救助計画2

「今、なんとおっしゃいましたか?」

人事部長が恐る恐る尋ねる。それに対する長官の回答は聞き間違えようの無いものだった。

「現在月面で進行している、エンタープライズの改修作業を中断しろと言った」

その場にいるほぼ全員が、何がおきたか理解できないといった目で長官を凝視していた。

「話を聞く限り、この計画ではエンタープライズを単なるブースター使うつもりでいるらしい。膨大な税金が投入されて建造された最新鋭船を使い捨てにするなど到底許されない。第1、一研究員には月面基地を指導する権限はない上に月面基地技術部門長には国有財産である宇宙船の使途を独断で変更する権限はない」

今にも長官の胸ぐらを掴みそうになっていた俺を別の声が思い留めさせた。

「しかし長官、ことは人命に関わることです。イメージ面からも人命軽視と受け取られるような言動は今後に響くかと」

長官が大統領選に立候補するにあたって 上級アドバイザーに内定していると噂の長官秘書官が人をいたずらに刺激しないように計算し尽くされた静かな声で指摘をする。

いつもはこの秘書官を政治屋の犬と内心蔑んでいる俺でもこの発言には感謝した。いくら政治屋でも、いや政治屋だからこそ人命を軽視するような行動は決して取れない。

「私には、この国の宇宙開発の未来に対する責任がある」

長官は壁に掛けられた歴代長官の写真を見ながら続けた。

「もし、アンダーソン船長が帰還できなくても今までの経緯から地球を救った英雄として祭り上げることができるだろう。船長の意思を絶やさないという名目で宇宙開発事業を続けることも不可能ではない…。しかし、エンタープライズを失ったらどう足掻こうとも次の有人船が就航するまでの5年間は宇宙開発が滞ることになる。今の、宇宙開発事業に対する予算が潤沢な時代の5年の喪失は人類の宇宙時代への扉を永久に閉ざすものになるだろう。つまり、エンタープライズの流用は人類にとって損害となるのだ」

長官の言うことは一見して正しい、俺だって宇宙開発に携わる1人の技術者として5年の遅れがいかに重大かは分かっているつもりだ。しかし忘れては行けないのは、長官は1年半後の大統領選挙への立候補が決まっていて航空宇宙局長官としての最後のミッションをエンタープライズの華々しい成果で飾ると云うスケジュールを崩されたくないだけだ、と云うことだ。

「これは決定事項だ、月面基地に伝達したまえ。第1、国家資産の流用を行うならまずは議会に話を通したまえ。解散!」

これで終わりだと言わんばかりに長官は窓際に移動し日の沈みかけた宇宙港を眺めていた。



今、俺がするべきことはなんなのだろうか?宇宙開発の未来に対する賭にのってアンダーソン船長を見殺しにすることか?

長官のプランにしたところで不確定要素がある、アンダーソン船長を英雄化することに失敗し、世論がアンダーソン船長の死を糾弾する構えを見せたら最後、メリフラワー級宇宙船計画は廃止に追い込まれ、エンタープライズ級は良くて無人船化、悪くてスクラップ処分だろう。また、エンタープライズを救助に使用したとして、無人の輸送船として建造中のシャングリラを有人船として建造すれば宇宙開発の滞りも最小限に抑えられる。


そうと決まれば保身と人類の未来のためにやるべき事は明らかだ、エンタープライズ流用計画を実行させなければならない。


エンタープライズ流用計画を実行期限155分後。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る