遭難2時間目 船外作業

船内の構造は覚えている、やはりここ数時間の記憶がすっかり抜け落ちている。

通路にもボールペンや船員の私物など様々なものが散乱し、激しいGの変化があったことを窺わせるが。船外作業服が傷ついている様子は無かった。

「普通、一人で船外作業とかありえない…」

船外作業は通常、メインで作業を行う飛行士とバックアップの飛行士がペアになって行い、船内から別の飛行士が支援を行うと言った体制で行われるはずだ。状況によっては地球の管制センターの支援も受ける。

「全く、ついていない」

私は、思わず立ち尽くした。

「これを自力で着るのか…」

私の直感は一人でも着れるように出来ているはずだ、と訴えるが無重力空間でさえ重々しさを感じる『服』と形容して良いのかさえ疑わしい白い塊を自力で着るのは難儀しそうであった。

「やるしかない」

いちばん手前に置いてあった宇宙服を手に掛けてみる。無重力特有の引っ張られるような重さを感じた。どこか、懐かしい感覚だった。

そのまま、宇宙服の後ろに回り込むと、ちょうど人が入るような(あえてこう言おう、)入口が口を開けていた。

現状の私の外見をここで見ると、まことに奇妙であった。一応手と足が生えてる白い物体と言った感じだ。これが宇宙服だと知っている人間からすれば、宇宙服の後ろ半分を切り落としたように見えただろう。残念ながら、ここにはそんな気の利いた感想を言ってくれる他人はいない。


そう、私は今、宇宙服の下半分しか着ていない。上半分はというと、目線の先で漂っていた。


「なるほど、あれを上から嵌めるわけか」


私は一旦、宇宙服の下半分から這い出ると、上半分の漂っている場所まで飛んで行った。

「外傷は認められず。大丈夫そうだな」

宇宙服の上半分を引っ張って、(宇宙服が重いので、これは結構しんどい作業だった、)下半分に潜り込むと、上から被せるように引っ張ってきた上半分を被せた。すると


『LOCKED』

と、目の前のバイザーに表示が出た。おそらく宇宙服の上下がロックされたということだろう。

続いて、宇宙服内の気圧が上がり、下がった。

『PRESSUER STABLE』


気圧安定か、どうやら穴は空いていないということらしい。バイザーには酸素残量なども表示されているが、どれも十分な量があることを確認できた。


宇宙服は着た、さあ船外作業の時間だ。

私は、宇宙服置き場の奥にあるやや小さめの丸い扉。白くて厳ついマンホールと言えば想像してもらえるだろうか。に手を掛けた。ロックを解除して中に入る、宇宙服にぶつけてどちらかでも壊したりしたら船外作業が出来なくなってしまうので、慎重に移動をする。やや大きめな筒のようなスペースに入ると、船内と繋がるさっき通って着たマンホールをロックし、減圧ボタンを押す。


減圧中を示す赤いランプが筒の中を照らす間。私は目を瞑っていた。

記憶はなくても、宇宙船の外がどれだけ危険な場所かということはもはや本能とでもいうべきレベルで感じていた。


どのくらい待ったであろうか。気づいたら、筒の灯りは減圧終了を示す緑に変わっていた。ここはもう、人間が生身で生きることを許されていない真空の世界ということだ。


入って着たのとは逆の端にあるマンホールに手をかけると、マンホールはすんなりと空いた。

「よしっ」

マンホールの外に付いていた金具に宇宙服に付いた綱の端をジョイントする。

「まず始めは、通信機器だ」

何かが引っかかっている程度ならその場で直す。致命的な故障があったら船内で予備機材を捜す。

しかし、船外で私を待っていたのは、そんな希望的観測を覆すものであった。

「…」

もともと通信機器が付いてあったであろう場所には折れた鉄骨や金属が擦れたような跡が遺されていた。

「何かが船にぶつかったのか…」

確かにそれなら、船内が散らかっている理由も納得がいく。

「これは、一旦船内に戻って他の施設に異常が起きていないか確認したほうがいいな」

せっかく着た宇宙服には悪いが、一旦船内に戻らせてもらう。

さっき出てきたマンホールに潜り込み、マンホールの蓋を閉めると。加圧ボタンを押した。これで筒の中の気圧が船内と等しくなれば、戻ることができる。しかし

「気圧計が壊れているのか?」

気圧計は0を差したまま動く気配はなかった。最悪の想定が頭をよぎる。そして、その予想は的中してしまった。

「加圧用空気タンク、残量0…」

おそらく、先程見た傷ができたのと同時に加圧用空気タンクにも穴が空いたのだろう。


「これでは、船内に戻れない…」


宇宙服のバイザーに表示された酸素残量は4時間分、これでは救助が来る前に窒息死してしまう。

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