第十一動
ジュムフーリーヤ共和国連邦。かつては中東の火薬庫とも言われたペルシア湾岸の中規模国家は、いま建設ラッシュに沸いている。
東洋と西洋をむすぶ石油の宝庫で、欧州共同開発機構の全面支援による発の商用核融合炉の建設が、順調にすすんでいた。
「石油のぎょうさんとれる新首都アル・ジュムフーリーヤで、核融合発電炉建設とはな。ほんま、時代もかわったもんですな」
「より効率のいいエネルギーをもとめるのは、どこの国も同じじゃよ」
国防委員会委員長で「万年」国防大臣の上田は、田巻の猪口に酒を注いだ。この謀略好きの将校。酔うとひどいことになる。上田は何度か醜態を目撃していた。
筑地にある上田お気に入りの料亭だが、昼間から飲みだすのは久しぶりだった。
「いよいよジュムフーリーヤの工事が、最終段階に入りつつある。政治工作の結果、虎の子の核心技術を供与せずにすんだが。まずは安心かな」
「しかし欧州方式の大層なトカマク式がホンマにうまく行ったら、日本の方式がかすんでまうでしょうな。こっちのほうが効率ええのに」
「こちらも『くくのち』の本格的稼動に入るしかないか。
メタン市場が心配じゃが」
「過去何十年も紛争の絶えなかった中東の火薬庫。そうすんなりと行くかどうか。
先生、こんな話知ってはりますか。あの核融合炉『ヘスティアー』つくっとる建設会社、カエメンターリウス社ですが、例の『世界友愛クラブ』が実質的にオーナーみたいですわ」
「なんだとぉ。奴ら非合法国際仕手集団はメタンハイドレート市場に莫大な投資をして、実用核融合発電を妨害し続けていたのではないのかね」
「さてねぇ……なんせ世界情勢は複雑怪奇やよって。わが国かて、両建てしてますがな。奴らあの中東の火薬庫で、なにしかけよるやろ」
「君の虎の子のほうは、どうかね」
「相当ひどい目にあってるみたいですわ。スガルの子ぉたちはいきりたってるけど、だいたいどこに連れて行かれたかも判らん。ほんま可愛そうに」
かつては日々のテロで多くの市民の命が奪われたジュムフーリーヤでは、いまも多国籍軍管理が続いている。おかげで治安はよくなった。船出した国際連邦も日々平和を喧伝している。
中東再生の目玉として、日本もしぶしぶ協力しつつ核融合炉『ヘスティアー』が建設されつつあった。欧州開発機構は次世代エネルギー産業の実験と考えている。
その基幹部分の工事現場には金色のcaementariusと言うエンブレムが輝いている。 このカエメンターリウス社の現地事務所は、新首都を睥睨するようにたつ「ホテル・グロリア」の上層階にあった。
現場監督は仮想モニター画面にむかって、その日の状況を報告していた。
「トリチウムの試験搬入に関する諸手続きは、完了しました。
警備部隊に対しては、強度実験と言うことにしてあります」
ベルリンのヴィルヘルムシュトラーセに面した豪華な建物、カエメンターリウス本社最上階で、社長になって一ヶ月もしないシュライヒャーが報告を聞いていた。
「ごくろう。第三工程が終了したら、また連絡してくれ。それまでの作業は自動モニターでいい。現地に一任する」
シュライヒャーは連絡を終えると、あらためて社長室の電子ロックを確認した。窓もドアもしっかりと防護されている。
そして手元のキーボードを操作して、仮想モニターに「人物」を呼び出した。
「君か。アル・ジュムフーリーヤの方はどうだね」
壁面いっぱいに現れた人物は、ほっそりとして小柄な男性らしい。しかしなにかエフェクトがかけてあり、シルエットだけで顔は判らない。
「いい天気です。かなり暑いらしいですが」
「もっと熱くなるな」
「……ええ。本当に主任技師クラスを退避させなくていいのですか」
「そんなことはしなくてもいい。革命には犠牲者が必要だ」
シュライヒャーは少し当惑したような顔を見せた。
「これから犠牲者はどんどん増える。そして生き残る資格のある者だけが生き残り、あらたな時代を築くのだ」
カエメンターリウス建設会社新社長は、少しこもった声で聞いた
「……ジルヴェスター博士は、本当に世界的規模での人類淘汰を起こすのですか」
「さてな。確かにこんなごちゃごちゃした世界は、一度浄化したほうがいいとは思うがな」
二等尉官来島郎女は、陸戦部隊を示すカーキ色の一般勤務服に、つばの広い略帽をかぶっている。電子ファイルブックを、情報参謀補田巻一尉の大きな執務机においた。田巻はそれをひろげた。
「商用核融合炉『ヘスティアー』? 新首都アル・ジュムフーリーヤのか」
「そうです。偽装メタンハイドレート燃料運搬船『デーベラートル』は、保険会社に対してアル・ジュムフーリーヤ外海までの保険を申請していました」
「中東の油田積み出し基地で、核融合炉つくってるところにか」
「そして中身は、誘拐され装置をとりつけられた真由良。さらになぜかフロギストン起爆システムの核心技術。
デーベラートルは事故で吹き飛び、保険金が出ています」
「確かに保険はここまでやろうけど、素直にここに向かうつもりかどうか判らへんなあ。海空両用艇はステルス性が高くて、追えなかったが、まあ真東にむかったのは確かや」
田巻は電子書類を見つめた。今時眼鏡をしているのは、視力回復手術が怖いからだった。
「しかし、ややこしいところやなあ」
「特殊情報工作として処置してください。また我々だけで行きます」
「また閣下にあれこれきかれるなあ。最近警務や内務監査部にも狙われとるが」
「おねがいします」
傍らにいた夢見と小夜も頭をさげた。夢見はきらきらしい目で見つめる。
「あの、一尉殿だけがたよりです。かならず真由良を取り戻します」
「……そやな、あの突撃グラマー娘を助けるためなら、また危ない橋わたろか。
一つだけ聞かせてくれ。保険会社の機密データにどうやってアクセスした。顧客情報は絶対に教えへんやろ」
「情報第七課の協力を得ました」
「七課? あの堅物課長がよく引き受けてくれたなあ」
来島はさらりと言う。
「一尉の判子をいただきましたので」
「僕の? め、命令書偽造したんか。どうやって判子ださせた!」
「あの……参謀室副官殿の真心に、『お願い』しました」
と直立不動で平然と答えたのは、夢見だった。
「真心………ふん、まあええわ。その力を片野御大の時も、つこて欲しかったわ。
あんまし時間がない。民間機に偽装した超高速機多目的機をつこたる。二十分後には用意完了、出発は厚木から一時間後。
地球の裏側、ジュムフーリーヤまで三時間。空の旅を楽しみや」
あわただしく各種手続きをすませ、特殊作戦と言うことで高高度超高速多目的機「はやぶさ」を急いで準備させた。
それからやや遅れて、田巻は定期情報連絡会議にとびこんだ。出席者はすくない。うすぐらい会議室のすみでコーヒーをいれ、いつもの席に陣取った。
そろそろ厚木基地から「はやぶさ」が発進する頃だった。最近やたらと会議が多い。中央画面には、さきほど話題にしていたジュムフーリーヤの核融合発電所がうつっている。
田巻はコーヒーを噴出しそうになった。
「な、なんやあれは」
情報第一課の女性将校が、説明を続けている。
「アメリカからの情報をもとに、当方でも調査をつづけています。
アメリカは北サイパン人工島における失態で神経質になっていますが、ご存知のとおり二十年前の痛手のおかげで中東では情報活動が不活発です」
田巻はとなりの顔見知りの文官に、そっと聞いた。
「あの、ジュムフーリーヤでなんかおましたん?」
「例のテロリストですよ。これが決定的ともいえる写真です。
これは工事現場上空から人工衛星から撮影しました」
ヘルメット姿の白人男性が、眩しそうに空を見上げた顔が、映し出されている。
「これは工区上空でとられた十七万枚の写真の一枚です。この男が『真実の夜明け』首魁オドアケルである確立は、八十パーセント以上です」
「オドアケル!」
と田巻は思わず声をあげた。
「なにか発言したいかな」
「いえその、第十一課のほうから、この地域でテロリストがテロを行う危険性があるので、予備調査したいとの申し出がありまして」
会議に出席していた十数人が、田巻の顔を見つめた。
「……そう、十一課か。しかし十一課の活動は原則的に国内と、在外邦人に対する脅威にのみに限定されるはずよ。君が裏でなにをしていようとも」
「はぁ。しかしアメリカさんの警告に基づいて、なんらかの措置せんと」
「欧州には通達してある。それと……すでに警察庁外事課が現地大使館とともに動いている。
君もよく知っていると思うけど、中東での商用核融合炉建設にはわが国も表面上協力しているものの、いろいろと政治的な動きがある。
統自も、できればまきこまれたくないわ」
「はあ、そう言うことならば仕方ないですわ」
「ともかく形式的には海外におけるテロリストの活動は、統自の管轄外です。
まあ君が極秘作戦でなにかやっても、表にでないだろうけど。あくまでも極秘でね」
女性情報統監部長は、意味ありげな目で田巻を見つめた。
民間のビジネス機に偽装した高高度超高速多目的機「はやぶさ」は、ペルシア湾岸のジュムフーリーヤ国際空港に到着した。
降りたとたんに、夢見は真由良のかすかな意思を感じる。
来島は田巻に到着を連絡した。
「君らのカンは正しかった。テロリストがそこに潜入しとる」
「……商用核融合炉の破壊ですか」
夢見ら三人は、中東の女性で最近はやっている明るい色の長い民族衣装である。その下は素肌に簡易プロテクターをつけていた。パンツァーヘムトの軽量版だった。
「そう思うがわからん。核融合炉つくってる会社も『世界友愛クラブ』がきっちり買収しとる」
「それはどう言うことでしょうか」
「……だからよう判らん。マユラン誘拐はまあジーンのかわりやろうけど。
ともかく、なんかとんでもないこと考えてんのは確かや。
ほら、紀州南端からフロギストン起爆システムのデータ盗まれたやろ。小夜ちゃんが船で見つけたヤツ。
あれ応用したら核融合発電に利用できると思てたけど……別に転用せんでも、そのまま使う可能性もあるわな」
夢見が眉間に軽くしわを寄せた。
「つまりあの、フロギストン爆弾。その、純粋核融合爆弾を作るのですか」
「…まだ判らん。ともかくフロギストン起爆システムの秘密握った狂信者と、多分人工的にPSN強化されて精神までコントロールされてる真由良が潜んでる。
それになんのためか、早々とトリチウムを搬入しとるらしい」
「しかし一尉、タンバーに起爆装置を取り付けるだけでフロギストン爆弾なんて出来ませんよ。構造はもっと複雑です」
「……安全な核融合炉建設にも反対が多くてな。一番バカバカしいのは、爆発したらどうする、言うやつやねん。アホらしいけど無知な連中説得するのは、骨おれる。もしも、もしもやけどその建設中の商用炉で、フギストン爆裂筒を爆発させたら、世間はどう思うやろ」
小夜と夢見は顔を見合わせる。来島は大きく息をすった。
「危険ではない核融合炉が大爆発なんて、まずありえない。でも民衆は信じますね。いや扇動者はそう信じさせる。核融合発電計画は頓挫、メタンハイドレート市場は高騰します。
でもテロリストは、本気で自分たちもろとも爆発させるのかしら」
「半分くるっとるが……いや、真由良がコントロールしたらやりおるやろ。
正常な相手ではない。恐怖心をとりのぞいてやれば、なんでもしよる」
「あの……そのために真由良を! なんて連中」
「まぁ総ては推測やけどな。そう考えたら、いちばん納得いく。一連の事件の総ては、商用核融合炉建設阻止のためだとしたら。考えやがったな。
そっちの工事邪魔するだけやない。核融合炉開発計画そのものを頓挫させることになるし、当然メタン燃料市場は高騰するわな。まったく悪賢いやっちゃ」
来島がさけぶように言った。
「ただちに現地警備部隊に警告を! 工事関係者、付近住民の退避も必要です」
「………断られた」
田巻は録画を再生した。来島たちのユニ・コムに毛深そうな白人将校の顔がうつる。
「警備主任、強襲海兵団のオーガスト大佐です。なにやら警告をいただいたそうで感謝します。しかし日本は憲法を楯に、共同警備を拒否されておられますな。
ご心配はありがたいのですが、現場は我々にお任せを。今のところ警備強化はしません」
「一応多国籍軍統括しとる国際連邦安全保障委員会にはかけあってみるが。
それとこれは命令や。やつらがいよいよやらかすとなったら、新入りのことはあきらめて、すぐにそこを脱出しろ」
「どう言うことです」
「核融合爆発おきたら、なんぼ超人スペリーの君らでもひとたまりもない。
道路でも広場でも救出機つけるから、すぐに逃げい」
「あの……三曹心得をほっておいて。一尉が見つけ出した、その、あの子を?」
「新入り一人のために、部下二人犠牲にするんか。世界最大のPSN能力者を」
「わかりましたが、判断はこちらにお任せを」
その頃、現地警備多国籍部隊長オーガスト大佐は、警備本部のテレヴァイザーで、一応カエメンターリウス社の現場監督に警告していた。
「監督主任補のシュタインです。特にかわったことはありませんし、現場は警備オペラートルが監視しています。ありがとうございます」
シュタインは警告をそのままベルリンの本社へ伝えた。
「共同警備部隊が問い合わせてきました。主要な技術者はほぼ待避させました」
「ごくろう、ガジェットを用意ししだい君も退避したまえ。あと人工PSN兵器はかならず連れてもどれ」
「オドアケルたちはどうします」
「……ほっておけ。マユラだけでいい」
一等尉官田巻己士郎は各種情報をもとにして、電話で石動にかけあっていた。
「もっと落ち着いて整理して話したまえ。勝手にスガル部隊を国外に出動させて、そのうえ命令で撤退させろって言うの?」
責任回避と謀略にかけては誰にも負けないこの男が、珍しく動揺していた。
「外務省経由で警察庁にもたらされた情報でも、テロリストの潜入は確かです。
でもこの国は例によってなんもせえへん。政府は密かにテロを期待してるのかも知れません」
「なにを言ってるのかしら」
「政府要人の中にも、例の国際仕手軍団の息のかかった連中は少なくない。
うまくそいつらの尻尾つかんで脅してやろう思てましたが、ここまで無茶やるとは思わなんだんです」
田巻はいままでの経緯を、おどおどと話した。
「フロギストン純粋核融合爆発……それで南紀の研究所を」
「核融合炉の爆発はありえないけど、確実に反対運動がおきます。全世界的に核融合発電は下火になって、世界的経済恐慌に拍車がかかる。
けど、メタンハイドレート価格だけは上昇しますわ」
「……日本の関連企業にとっては万々歳ね。一部の政治屋が世界友愛クラブに操られているのではなく、本当にこの国の権力者が仕手軍団の黒幕かもしれない」
「それは……世界友愛クラブに日本人メンバーがいるのは、確かみたいです。
そやから片野大先生の秘密ファイル、見たかったのに」
「わかった。ただちに機動特務挺身隊を撤収させます。多国籍警備軍には最高緊急警報。現地日本技術者には、外務省を通じて避難勧告よ」
「せやけど……来島くんらが、命令きくやろか」
田巻の予感はあたった。通信の声も沈んでいる。
現地情報員の運転する黒い大型バンの中で、来島たちは完全武装を整えつつあった。目指すは新首都郊外、砂漠の巨大な工事現場である。多国籍軍はまだ警戒もしていない。
「すでに用意は出来てます。大神二曹は新入りの微かな意識を感じ取ってます」
「……あかん。国際連邦の多国籍警備軍は我々の忠告をきかへん」
「しかし実際にテロリストが、主要施設を狙っているんでしょ」
「確たる証拠がないし、多国籍警護軍にも意地とかいろいろあってな。
言うたように、そこの核融合炉つくってる会社はとっくに『世界友愛クラブ』に買収されとるわ。多分主要な幹部はもう逃げ出して、残っとんのはなんも知らん気の毒な技術屋ばかりや。
そいつらが核融合爆発で蒸発したら、もうだれも核融合炉なんて作れへん」
「なんて連中……金のために、その…人の命なんてなんともおもっていない」
通信装置の画像が乱れた。小夜が夢見の肩をたたいた。
「夢見、落ち着いて。あなたの怒りがこっちの心臓に悪いわ」
「クライネキーファー本家の力も大したもんやな。建設中の絶対極秘の現場図面、手にいれてくれた。そっちのユニ・コムに送るから、うまいこと使いや。
でもくれぐれも、無茶はしいなや」
「では救出作戦開始でよろしいですね」
「……しかたない。言い出したんは僕やから。二尉にまかせよう。
ただしや……ヤバくなったらただちに緊急脱出を命じる。多国籍部隊と戦闘になってもエエから、VTOL機着陸させて君らを救出する。
おとなしゅう逃げてくれ。マユラのことはしゃあない。さもないと君らまで蒸発してまう」
「ありがとうございます。我々もまだ、死にたくありませんから」
白い砂漠の果てに夕陽が沈みつつあった。スガルの三魔女をのせたバンは、日本人技術者が宿泊している建物の地下駐車場に入った。
ここから地下通路をつかって工事区画までいけるという。技術者の安全確保のためだった。
田巻から再三の警告が多少は功を奏したのか、傲慢な多国籍警備部隊も警戒レベルをあげはじめた。
完全武装のスガル挺進隊三人は日本人技師の電子パスをもらい、遺伝子情報を急いでかきかえた。地下通路の警備システムはなんとかそれで突破、巨大な建設現場地下へと侵入しつつあった。地上はまだ静かである。
「……感じる」と夢見が立ち止まった。
「遊部三曹心得か。この上に?」
「いえ。でも、近づいてきている。あの……目覚めきってはいないようです」
「奴らにコントロールされているな。急げ」
多国籍警備部隊は文字通り『寄せ集め』であり、一丸とはなっていない。なかには英語の相当あやしい兵士もいる。いまだにアメリカ合衆国に「公用語」は定められていない。
それでもアメリカ強襲海兵団から派遣されたマーク・オーガスト大佐の「おとこぎ」と面倒見のよさが、四百人の兵士をなんとかとりまとめていた。
大佐は何度か建設会社や、バーレーンの国連軍現地司令部に問い合わせていた。しかし「特に警戒の必要はない」との返事しかかえってこない。
北ゲートも一応警戒レベルをあげ、固く閉ざしていた。
新首都のほうから大型のトレーラーが近づいてくる。頻繁に出入りしている建設会社のエンブレムがついている。人が運転するタイプのようだ。
下士官は手をあげてトレーラーをとめた。運転席には帽子をかぶったオドアケル。助手席は、ぼんやりとした真由良だった。
「電子許可証を見せてもらおう」
下士官が窓からのぞきこむと、真由良のにごった瞳が見つめている。
「後ろの……トレーラーも…………」
やがてオドアケルが静かに言う。
「通っていいですな」
「……あ、ああ、通っていい。問題ない」
下士官は部下に命じ、ゲートをあげさせた。通常の検問手続きをまったくとらなかったことに兵士は驚いたが、逆らわなかった。
大型トレーラーが砂埃をまきあげて通り過ぎても、下士官は暫く茫然と立ち尽くしていた。
「よくやったな」
再び自動運転にきりかえたオドアケルは、真由良の首筋に、あの銀色の圧縮注射を打った。
「ごほうびだ。スコポラミンがまぜてあるから、気分が楽になる」
つづいて後部にいる仲間に連絡した。
「いよいよだ。地下搬入口からはいる。
抵抗する奴は射殺しろ。にげる者はほっておけ」
なだらかなスロープのむこうに巨大なシャッターが見える。警備兵はいない。自動警備では、真由良の「能力」も生かせない。
トレーラーがとまると、後部ハッチがあいて迷彩服を着た傭兵が降りてきた。 そして構えたロケットランチャーで、シャッターの一部を吹き飛ばしてしまったのである。
工事区画に轟音が響き、警報がうなりだした。ただちにトレーラーを発進させるオドアケル。
こわれたシャッターを吹き飛ばし、搬入口へと侵入した。その直後、緊急用の防護隔壁がゆっくりと下り始め、やがて搬入口を閉鎖してしまった。
「緊急配備、警戒レベル一だ!」
警備部隊隊長大佐は、正門わきの警備司令室でわめいていた。
爆発の衝撃は僅かに地下通路を揺らした。
「マユラよ! 来ている」
夢見は断言する。小夜も頷いた。来島はユニ・コムの小モニターを見つめる。
「警報が出ているな。いよいよテロリストが牙をむいたか。よし上層階に出る」
三人は非常階段を探す。小夜は右肩の上に、小さなセンサーをとりつけた。
一方進入したテロリスト三人と傭兵四人は、技術者や工事関係者が逃げ惑う中、核融合炉の炉心建設現場に侵入した。
次々と警戒システムを突破し複雑な暗号をやぶり、各防護隔壁を閉めていく。
連合警備部隊は、よもや狂信的国際テロ集団が詳細な設計図や警備マニュアルを持っているなど思いもしない。
指揮官大佐がようやく隷下部隊を第一種警戒体制配置につけたとき、工事現場の最重要統制区画はテロリストに支配され、封鎖されていた。
「……なんてことだ」
誇り高い強襲海兵隊大佐は絶句した。外からの敵を撃退する訓練は続けていても、内側を「攻める」戦術マニュアルなどない。
周辺各国から援軍がかけつつある。またマスコミなども騒ぎ出していた。
真由良は意識が混濁し、ぐったりとしてトレーラーの助手席にいる。剃りあげられた頭の後ろをつつむ銀色の「装置」は、ぼんやりと輝いている。
額にペン状の器具を押し当てていた三十代の女は、心配そうにオドアケルの元へやってきた。
彼は後部トレーラーで、フロギストン起爆システムの最終点検をしていた。
「彼女の体温があがってます。脳波もおかしい」
「システムが馴染んでないのと、薬になれてきたかな。理性とやらが抵抗してるんだろう。大方役目はすんだ、ほっておけ」
「でも、彼女も絶対に連れて帰れとの命令です」
「それはそうだ。大金がかかっているからな。
それにあの子がいると、ジャストの特殊部隊も攻撃出来ない」
冷酷にそう言うオドアケルに、女は確認した。
「迎えは来るんですね」
薄笑いを浮かべていたオドアケルが、真顔になった。
「……そう言う約束だ。我々三人とあの子はな。特にあの娘を見捨てたりは、絶対にしない。
そしてこの大工事はふきとぶ。世界に核融合発電への恐怖をすりこむために」
女科学者は、悲しげに微笑んだ。
「あの子は……確かに役に立つでしょうね」
「確かに真由良は僕が見つけて、能力開花させた子ぉや」
田巻はほぼ泣き声になっていた。炉心近くの暗い通路で、来島は突入前の最終命令を待っていた。三人の特殊軽量ヘルメットに、甲種アクセントの少しいらつく声が響いている。
「いまなら、まだ間に合う。なんとか考えなおさへんか」
左手首内側の小型モニターを開いて、来島郎女はそれをにらみつける。
「ここまで来て、見捨ててなんて帰れません。死なばもろともです!」
「核融合爆発でユメミンたちまで失ってもうたら、僕はハラキリもんや。
二尉一人でカミカゼかけるのはええけど、小夜ちゃんたちまで巻き込む気ぃか? まだ二十歳にもなってない二人を」
「テロリストがフロギストン爆弾を作って持ち込んでいるって言うのは、お言葉ですが一尉の推測にすぎません。
確たる証拠はないのです。なるほど可能性は高いですが。
現在多国籍警備部隊がとりかこんでいて、テロリストは絶対に脱出できない。やつらに、自爆する勇気はないでしょう。他人の命はいくら奪ってもね」
「……薬で頭おかしゅうなったら、なにしよるか判らんがな」
「母さん………父さんはどこなの」
薄暗い助手席で真由良は汗をかき、うなされていた。
「……助けて。夢見さん」
その呟きは、突入準備の夢見にだけ聞こえた。
「え? 真由良……今行く、待ってて」
助手席で意識を失っていたはずの真由良は、涙を一筋流した、車の外であわてているテロリストは気づかない。
オドアケルは三人の傭兵に、「ラクリマデイー」の注射器をわたした。
「しっかりと防いでくれ、新しい時代はもうすぐだ」
しかし浅黒い女性科学者は、不安そうに言う。
「大慌てで組み立てて、まだ実験もしていないわ。うまく作用するかどうか」
「ステンレス鋼サーモスの温度に気をつけろ。まあ、本当に作動しないほうがありがたいが」
と本音をもらしてしまった。そこへ「会社」から連絡がきた。
「オドアケルか」
傲慢なテロリストリーダーは緊張し、仲間から少し離れて声をひそめた。
「副委員長、こちらは良好です。フロギストン起爆システムも準備完了です」
「よくやった」
「でも、我々はいつ脱出すればいいんでしょう。外は警備部隊でいっぱいです」
「本当に爆発させたりはしない。奴らに言いたいことを言い条件をつりあげろ」
「爆破しない?」
「当面はな。飛行機を用意させる。おまえたちは爆弾をおいて、堂々と出てくればいい。起爆装置はこちらが握っている。奴らにはなにも出来ない」
「そうですか。でも、フロギストン爆弾を持ちこんでいることを公表して、よろしいんですか?
あくまで事故に見せかけるのが、本来の目的では」
「生きて脱出したければ、ただ命令に従え。それとPSN少女は必ず連れ帰れ」
そこで連絡は終わった。オドアケルはなんとか「副委員長」の言葉を信じたかった。しかし相手は、世界人口の半分以上の「淘汰」、「適正化」を目論む連中の一人なのである。
「まゆら……真由良」
夢見は心の中で、さかんに呼びかけた。深呼吸して目を瞑っている。
「だめです……覚醒はしかけているけど、その……応答しません」
暗いメンテナンス通路の一角で、三人は突撃準備を整えつつあった。変装して進入したために本格的な装備はない。
短パンツとシヤツの上から軽量パンツァーヘムトをつけ、膝まである特殊戦闘ブーツである。
武器は小さな機関拳銃だけだった。主として警官が使い、威力は強くない。
「でも確かにこのドアの向こうにいるんだな」
「ええ。あの……近いです」
「一曹、どうだ」
小夜はファイバースコープを鍵穴にさしこんで、炉心周囲の様子を観察した。
「巨大トレーラーの周囲に四人。武装しています」
「新入りは」
「確認できません」
「……いいね。大神二曹」
「ええ。奴等の扱いには、なれています」
「よし……突入っ!」
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