第十動

「感じた、真正面!」

 試験航海中の潜水空母「あまつかぜ」の将校食堂で、コーヒーを飲んでいた夢見が立ち上がった。

 来島や小夜、周囲にいた乗員が驚いた。小夜は夢見の顔をのぞきこむ。

「真由良ね」

「ええ。一瞬だけど、彼女の悲鳴を感じた。

 あの……なにかをされたんです。発令所へ」

 スガルの三人は発令所にかけこんだ。艦内はうすぐらいが、さほど複雑でもない。普通の空母のように艦内に騒音が響くことは滅多にない。

 最新式の艦艇はかなり少数で動かすことができる。また発令者が総員活動不能に陥った場合でも、市ヶ谷地下の電子脳がかわって指揮できるのである。

 広い甲板をもつ潜水空母は、長さは二百メートルを越えている。それが進路をゆっくりと東へ転じつつあった。飛び込んだ夢見たちは少し驚いた。

 艦長は言う。

「現在、三十ノットの速さでメタン燃料運搬船を追っています」

 と電子海図をさししめす。巨大タンカーの速力は二十ノット未満で、ペルシア湾を目指している。夢見は電子海図と衛星画像を交互に見つめた。

「あの……まちがいない。真由良はその、あの中に閉じ込められています」

「艦長、あの民間輸送船を追跡するように命じたのは、ひょっとして情報統監部ですね」

「命令者については秘密だが、さる女性将官の直接の部下とだけ言っておこう」

 やはり田巻だった。来島はただちに市ヶ谷に連絡した。

「あいかわらず鋭い勘やな。ある意味、PSNより厄介やな」

「なぜメタンハイドレート運搬船に新入りが監禁されていると、わかったんです」

「情報源はあかせん。諜報活動の基本や。ただし僕も自信なかった。近づいてマユランの意識感じたんならまちがいないわ。さすがユメミンやし。しかしや、はっきり言うとく。

 事態はもう我々の手出しできへん世界にはいっとる。彼女一人の問題やない」

 やはり来島は勘がいい。平安時代の「北面の武士」以来の家系の武人である。

「つまり、軍令本部としての正式な作戦発動命令は出せない、ということですね」

「そうや。それでも君らがやるなら、統監部独自の非合法工作として承認したる。

 責任は僕も少しはとらんと。あの超肉体派の別嬪、スカウトしたのは僕やし」

 情報統監部は十課までしかなかった。エルフィンとも呼ばれる第十一課を作ったのは、田巻の提唱するPSN特殊部隊のためである。小林初代課長の「コネ」と「色香」を利用して。

 この小心な策謀家こそ、スガル部隊の事実上の発案者だった。

「では御協力ください。我々スガル挺身隊三人は、小型潜航艇で敵輸送船に乗り込みます」

「……まぁ他に手ぇもないやろうけど、ほんまに気ぃつけや。君らまでやられたら、エラい損失や。そら僕が腹切ったぐらいでは、おさまらへんから」

 「あまつかぜ」伊地知いちじ久艦長は、小型潜航艇を用意させた。


 真由良の周囲は暗い。彼女は全裸で闇の中に佇んでいる。十代初め、まだ幼い彼女は寒さで震えている。風はない。しかし心から冷たいものが広がっていく。

「父さん……どこにいくの。母さん、泣かないで。わたし必ず家を……」


 黒い小型救助艇にステルス性はなく、さほど速度も出ない。しかし機動性はいい。潜水空母はメタンハイドレート燃料運搬船、パナマ船籍の「デーベラートル」のスクリューがまきおこす泡、キャビテーションにかくれ後方千五百メートルまで近づいた。そして小型救助艇を格納庫から発進させたのである。

 操縦は、「あまつかぜ」の発令所から遠隔操作する。相手にさとられないように、スクリューがおこした泡のなかをすすむ。

 極めて危険である。小型艇は翻弄され、中の三人は攪拌される。

「た、隊長、吐きそうです」

 小夜がまっさきに音をあげた。狭い艇内で三人はベルトに固定されて激しい振動に耐えていた。

 操縦席の来島は操縦桿を握り締めている。「もしもの時」のためである。

「もう少し耐えて。スクリューの下をもぐって、船底をくぐる」

 夢見は目を見開いた。

「あの……隊長、音が大きい。スクリューが近いです」

 スクリューにまきこまれれば、こんな小型潜航艇などひとたまりもない。

「隊長!」

 潜航艇の観測窓の前に、巨大なスクリューが突如出現した。救助艇の前方ライトに照らされ、泡のなかで輝いている。

「危ない!」そう叫んだ来島は操縦桿を思い切り前へ倒した。潜航艇は前方を急にさげる。小さなセイルが、巨大なスクリューにたたかれてへこんだ。

 振動と轟音が艇に響く。

「きゃっ!」

 夢見が珍しく叫んだ。小夜はひきつっている。セイルに皹が入り海水が噴出す。来島は臨時操縦桿を握り締めたまま叫ぶ。

「発令所、船体丈夫損傷。漏水開始っ! 制御回復願います」

 小型潜航艇の様子は発令所のコントロール部でも把握していた。コントローラーに座ったベテラン士官は、輸送船の底で翻弄される小型艇をなんとか立て直そうとした。

 しかし小型艇は一度船底にぶつかり、さらに海水漏れがひどくなる。

「来島より発令所、ただちにドッキングをっ!」

 なんとか船体は安定し、艇は船底に平行して進みだした。足首のあたりまで冷たい海水がひたしている。防水ブーツと戦闘服をつけていても、足がしびれる。

「隊長、どうします」

 と小夜は少し泣き声で言う。

「どこかに小型飛行艇を格納するハッチがあるはずだ。上面スキャン開始っ!」

 海水は頭上から降り注ぐ。艇はありったけの海水を排水して、船底にぶつかるほどに接近しつつ突入口を捜す。

「……真由良、待ってて」

 夢見は心の中で、そう叫んでいた。


「あった!」

 翻弄され冷たい海水が降り注ぐ中で、斑鳩小夜が叫んだ。メタン燃料運搬船「デーベラートル」号の船底右端から右舷船腹に、スリットがある。

 そこが小型艇などの出入り口らしい。

「アンカー射出、艇を安定させて」

 来島の声に驚き、「天津風」士官は「マグネット・アンカー」を艇上面から発射した。数メートル上の船底に円形強力磁石がすいつく。磁石はカーボン・ケーブルで小型艇と繋がっている。

 船底に張り付くようにして、なんとか小型艇は安定した。

 しかしその様子は「デーベラートル」側に当然キャッチされていた。広い船内に警報が響く。小型艇は安定したが、海水の流入はとまらない。

「時間がない。イチかばちかだよ」

 来島の要請により、千五百メートルほど後方を潜航していた「あまつかぜ」から小型邀撃魚雷が発射され、正確に船底のハッチを目指す。

 増速しきれず三十ノットほどで弾着した。邀撃魚雷は弾頭の炸薬を三分の一程度に減らし、蝕発信管をとりつけてある特別なものである。

 厚い特殊合板の船底ハッチに接触するや、邀撃小型魚雷ははじけた。さして被害はあたえなかったが、大きな船体を震撼させる。そして船底のハッチだけを見事に吹き飛ばしたのである。

 輸送船内に海水が流入する。内部隔壁に閉ざされ、ほどなく流入はとまった。航行にさして支障はなかったが、船内には警報が鳴り響いた。

「よくこんな無茶やってくれたね」

 依頼した来島が驚いた。警告もなく民間船を攻撃したのである。重大な軍規違反のはずだった。専守防衛に徹している統合自衛部隊にとっては、異例のことだった。事実発射直後も市ヶ谷と「あまつかぜ」発令所では、激しい交信のやりとりがあった。

 手動にきりかえて小型救助艇を操縦しつつ、来島は後方の夢見に言った。

「ふふふ、やったな」

 小型救助邸は吹き飛んだ船底ハッチの部分から、海中ドッキングベイに侵入した。中は海水に満たされているが、内部隔壁はしっかりと海水の流入を防いでいる。そして内部隔壁には、人が通れる程度の扉もついていた。

 モニターでその位置を確認した来島は、救助艇にいくつかある緊急脱出用の蛇腹状のチューブを使った。

 カーボン繊維性のチューブは数メートルのび、ハッチに吸着する。

 つつづいてチューブ内の海水が排水される。チューブはせまく、事実上這っていかなくてはならない。

「さ、行くよ。くりかえすけど、民間人殺傷は許されない。

 しかし武器で攻撃してくる相手は、民間人非戦闘員とはみなさなくていい」

 完全武装のスガル部隊員三人は、一人づつあまり堅牢ではない脱出チューブを這っていく。先頭は来島である。すぐ後ろの夢見に言った。

「中に敵意を感じたら報告して」

「あの……いまのところ、大丈夫です。殺意はまだ遠いです。

 それよりも……船員達はパニックになっていますね、やっぱり」

 真由良の意思はまだ感じられない。来島はハッチにとりつくと、小型のレーザーカッターでロックを焼ききった。小ぶりなドライヤーに形状が似ている。

 来島はハッチを蹴りあけて飛び降りた。中は広く暗い空間だった。空気は冷たい。目の前に黒いものがうずくまっている。見た事のないタイプの小型潜水艦のようだ。富士山麓の海岸から、真由良を誘拐したものだろうか。

 続いて夢見と小夜が降りた。三人とも軽量で薄いアーマー「パンツァーヘムト」を身にまとっている。剣道の防具のようにも見える。頭には軽量な三三式鉄帽を被っている。

 小夜はノクトビジョン・グラスをかけて周囲を見回す。腰につけたセンサーが、船内ドックの大きさをはじき出した。

「七千立方メートルほどの格納ポッドが五つ。中央の一つは全くカラですね」

「……真由良が確かにどこかに。

 その、覚醒しようとしているけど、押さえこまれている」

「居場所はわかるか」

「それが……あの、いろんな人の思念に邪魔されて、正確にはちょっと」

「隊長、電子反応あり! オペラートルです」

 軍用オペラートルではなく船内補修用の全自動機械ゆえ、訓練を受けた三人のスガル部隊員の敵ではなかった。


「来島から田巻一尉、敵性オペラートル三機無力化。

 この先、誘導してください」

「……誘導せえ言うたかて。マユマユはどこにおるのか、そっちで判らんか」

「艦橋を目指します。ユニ・コムに情報を。敵の勢力はどれぐらいでしょう」

「登録船員は十二人らしいけど、武装兵や多分医者なんかも乗ってるやろ」

「あの、感じます。確かに真由良です。でも……この上のほう」

 夢見は先頭に立って、船内ドックの鋼鉄製階段を登る。ハッチはロックされていたが、レーザートーチで簡単に破った。

 船内はそこここに赤いランプが明滅している。

 警報が鳴り響き、やかましい。完全武装の三人はブルパップ式の三三式突撃銃を構えて、通路を走る。頼りはしだいに強くなる「新入り」の意識だけである。

 突如、行く手から発砲してきた。その直前に殺意を感じた夢見が「敵!」と叫び、三人は通路に伏せた。頭上を弾丸が飛ぶ。

 先頭の来島が突撃銃を伏射すると、五十メートルほど先の兵士が倒れた。横手から仲間が彼をひきずって消えた。来島は立ちあがる。

「プロだね、傭兵かな。行こう」

 ここ十数年、世界各地で混乱と紛争が広がっていた。祖国を失った兵士は傭兵、外人部隊として先進各国や巨大企業に雇われている。

 しばらく行くと通路の片側に大きな窓があいている。

 そこから下を見て、小夜が思わず声をあげた。大きな胸が揺れる。

「これはっ!」

 夢見ものぞいて驚いた。眼科には暗く巨大な空間が広がっている。そこには各種兵器の部品や、戦略的物資の記号がついたコンテナが並んでいる。

「一曹! 証拠分析」

 小夜は雑嚢からオペラグラス状の機械を取り出し、のぞいた。立体画像が記録されていく。

「まちがいありません、各種戦略物資と最先端兵器の核心部品です。

 武器輸出を原則禁じている、わが国の最新技術も多いです」

「タンカーに見せかけた密輸船、いえ機動要塞かもね。行こう」

 スガル部隊三人はPSNで敵意を探り、銃で警戒装置を破壊しつつ真由良に近づいていく。いよいよ上層甲板に達する前に、来島は命じた。

「二曹、PSNのアクティヴモードを許可。船員と兵士達に不安をおくりこめ」

 夢見は立ち止まり、目をつぶって大きく呼吸し始めた。息をゆっくり吸って少しとめ、やがて徐々に吐いていく。小夜は微弱なPSNで夢見をサポートする。

 その間唯一の「常人」である隊長は、一人で周囲を警戒しなくてはなかった。


 大型偽装タンカーの広い艦橋では、各種警報が鳴り響いている。

 口ひげを生やしたコーカソイド系の船長は、通信装置を握り締めたままモニターを見比べていた。

「傭兵どもはなにやってんだ。相手はたった三人の、しかも女か?」

 南部訛りの米語だった。一等航海士も、通話受話器を握り締めたままである。

「やつら薬の中毒でおかしくなってる。こっちの命令なんてききませんよ」

 その時、五十ばかりの船長は、天啓にうたれたかのように瞳孔を見開いた。

「!た………待避………退避命令……そ、総員退避だ。救命艇をただちに用意」

 一等航海士も青ざめだした。

「はい、ただちに警報をだします」

 すでに船員や一部傭兵達も正体不明の不安に取り付かれている。そこへ総員退避命令が鳴り響き、船員達はあわてて甲板に殺到した。

 重要書類などを持ち出すのも適当だった。退船命令に驚いた「本社」が船長に連絡してきたが、おそかった。何千億クレジットの価値ある偽装タンカーは、こうして見捨てられていく。

 その船の「最深部」、特殊実験室の闇の中で、一人手術台のようなところによこたわっていた真由良は、意識を取り戻しつつあった。

 自らの意志ではない「なにか」に支配されているが、心の底に沈められた自我までは何者も支配できない。

 そんな真由良の「さけび」を、確かに夢見は感じ取った。


 田巻からの指示に従い、スガル部隊は船の後部にある予備コントロール部に突入した。すでに自動警戒装置や各種オペラートルは破壊されている。もう抵抗らしい抵抗はなかった。

 小夜はメインブレインの端末を捜査し、簡単にパスを解いてしまった。仮想モニターに船内の「本当の見取り図」が立体的に浮かび上がる。

 二号タンクと四号タンクのあいだの、こぶりな三号タンクは空洞で、中はかなりの大きさの実験室のようになっていた。小夜がさきほど探査した部分だった。

 その部分は赤い点線で囲まれ、一般船員は立ち入り禁止になっている。

「船員と一部科学者は退避してますが……武装兵らしき人員が数人、居残っています。北陸に攻め込んだ連中と同じく、恐怖心を失っていて夢見の『力』がきかないみたい」

「……この中央部が研究施設になっている。ここに真由良が捉えられているな」

「あの…まちがいありません。この方向に意思を感じます。目覚めかけている」

「でもここまでたどり着くのが一苦労みたいだな。周囲はメタン燃料、下手すると大爆発だ」

 小夜はキーボードをたたいていて、おどろいた。

「隊長、暗号を解読してます……これフロギストン爆弾の起爆装置設計図の一部ですよね」

 来島は驚いて仮想モニターを見つめる。

「………らしいな。データをユニ・コムに保存できるか」

「一部壊れてるけど…やってます。これって我が国の最高国家機密アルカーナ・マークシマですよ。

 紀州那智の研究所から持ち出されたデータでしょ。持ち出した技師はおいつめられて自爆して、データは失われたことになってます」

「転送したあとに抹殺されたんだ、きっと。しかし妙だな。奴らメタン・ハイドレート燃料市場を守るために、核融合開発を妨害していたはずなのに。

 どうして核融合発電に応用可能なフロギストン起爆システムを、欲しがったんだろう。これを公開して、日本の独占を阻止するためか」

「密かに純粋核融合爆弾を開発、ほぼ完成していることを世界に知らせるぞ、と脅すためかも知れませんね。……なんとかデータ蓄積完了」

「もっと邪悪なことを考えているかもな。ここのデータは全部破壊。実験部に突入する」


 夢見はただ「新入り」を救いたい一心で、中央部分にたどり着いた。警報が響き赤いランプが気ぜわしく回る。

 抵抗はもうない。ほどなく夢見は立ち止まった。少し顔色が悪い。

「あの……ここです。この赤い扉のむこうに真由良が!」

 立ち入り禁止、とドイツ語でかかれた高さ三メートルほどの巨大ハッチは赤く塗られている。まるで金庫のようだった。小夜はハッチ横のカードスロットルに、小型爆薬をしかけた。

「さがってください」

 みなが下がって物陰にかくれると、左腕のユニ・コムのキーを押した。

 鋭い音が通路を駆け抜ける。ロックは壊したものの、重い扉を三人がかりで開けるのは一苦労だった。中は暗いが、大きな空間であることは実感できた。空気が冷たい。

 三人は警戒しつつ突入した。暗い空間のあちこちで、各種の光がともっている。まるで宇宙空間の中にいるような感じだった。なにかの振動音が、空間を包んでいる。

「マユラ!」と夢見が叫んで走り出そうとする。来島がとめた。

「待て! 危険だ」

 暗い空間の中央、実験台の中央に横たえられた裸体の真由良には、さまざまなコードや端末がとりつけられている。頭は剃り上げられている。

「マ、マユラ! なんてひどいことを」

 驚く夢見の目の前を、弾丸がかすった。

「危ない」

 と上へむけて反撃したのは、小夜だった。五・五六ミリ銃弾が火花を散らす。

「ラッタルの上に火線っ!」

「君たちが送った恐怖心が、効かなかった? ……笑ってやがる。薬でやられているな」

 傭兵達は首にラクリマデイーを打ち、半分狂気にとりつかれている。上層部からは「実験体の保護」を厳命されているにもかかわらず真由良周辺に乱射する。

「援護する。新入りを保護しろ」

 来島と小夜は、暗視電子スコープに赤外線スキャナーを重ねた。体温や吐息などで敵の居所がわかる。二人は分散して銃を発砲する。傭兵達は支援機関銃や、迫撃弾までつかってくる。

「真由良!」

 真由良を助けようとする夢見だが、体は実験台に拘束されている。コードをはずそうとすると、意識を失ったままの顔が苦痛に歪む。

「この子の頭……」

 剃りあげた頭のうしろ、後頭部を覆うように金属製の「システム」がとりつけられている。

「これ、ジーンと同じ。こんなものをとりつけられて……なんてひどい」

「二曹、危ないっ!」

 顔をあげた夢見は、正面の闇の中に敵意を感じる。右手をあげて空気を押すようなかっこうをした。同時に闇で、目が妖しく光る。

「う!」

 銃を撃とうとしていた傭兵が、銃をおとして顔を手でおおった。

 別の方角から銃弾が飛んできて、夢見のヘルメットをかすめる。来島は振り向いて突撃銃を発射した。

「一曹! 敵の数は」

「多分……四人」

 船底にある緊急脱出艇では、一人残ったオドアケルが恐怖に耐えつつ、連絡を続けていた。

「船員は勝手に脱出しました。残ってるのはわたしと、いかれた傭兵だけです。

 なんだか脱出しないともうこわくて、わたしももう………」

 通信機からは冷徹な声がひびく。英国式英語だった。

「勝手に脱出するなら、その船を爆破する」

「そ、そんな」

「こちらでもモニターしている。脱出艇ではなく、前部の水中艇に移りたまえ」

「操縦したことはありません」

「加藤と同じだ。こちらで総てやる。ただ、彼女は連れて来い。それが君の命の保険だ」

「……わかりました。傭兵たちが全滅しないうちに」


 自分が実験台のちかくにいたのでは、真由良も危ない。まずは敵の無力化だった。夢見は小夜と合流し、なにかの装置の影にかくれた。

「あの、敵は」

「一人は隊長がやったし、自律作業機械オペラートルは片付けたわ。あと二人だけど手ごわいわ。心理攻撃もきかないし、相手の武器のほうが有力よ」

「こっちの弾は、あんまりありません。相手の視神経に触るしかないか」

「やってみて。一時的でいいから。隊長と援護するわ」

 来島と小夜が飛び出して、キャットウォーク上の二人に対して乱射しだした。相手がひるんでいる隙に、夢見も前に出た。目をとじて息を大きくすい、両手をさしだす。

 のこった敵の視神経を、一時的に麻痺させようとするのだ。

「うぅ、目が!」

 一人が叫んだ。もう一人も視界が歪むが、かまわずグリネードランチャーを使った。あらぬ方向へ飛んだ擲弾は金属の床で爆発する。

 その爆風に煽られ、夢見は尻もちをついてしまう。

「大丈夫?」と小夜が助けおこした。

「あの……それよりも真由良は」

 闇の中に硝煙が漂っている。実験台のあたりが見えない。夢見の「力」も途中で邪魔され、傭兵はまだ狂ったように撃ってくる。三十八口径支援軽機関銃が、雨のように弾丸を降らせる。

 これでは身動きがとれない。来島はさけぶ。

「投槍を使う。伏せろ」

 来島はキャットウォークにむかって、担いでいた三十センチばかりの短い槍のようなものを投げつけた。とたんに「フィン」が三つひらき、炎をひいて飛び出した。

 傭兵がさかんに撃っているキャットウォークの中央で、中規模な爆発がおきる。振動と爆風で傭兵は倒れてしまった。続いて鋼鉄製の通路が中央で折れ、そのまま落下してしまった。

 傭兵は叫び、広い実験セクションの床に叩きつけられた。

「よし、新入りを助けろ」

 そう命じられた夢見はハッとした。あわてて真由良の横たわる大きな台の辺りへとはしった。まだ硝煙が濃くただよっている。

「真由良?」

 しかしあの特殊な、各種計器に取り囲まれた台そのものがない。

「真由良、真由良!」

「どうした」

 傭兵の「無力化」を確認した来島も近づいてきた。

「ここに台があって、真由良が」

 来島は小さくて強力なライトを使った。実験台のあったあたりの金属質な床に、長方形のスリットが入っている。

「リフトか」

 来島は銃床で、床を叩いた。続いて小夜が掌大のセンサーをとりだし、床にむかって「ピンガー」を打った。

「十メートルほどの竪穴です」

「戦闘に気をとられているあいだに、回収されたか。

 リフトはどこに通じている?」

 さきほど入手した船内データが、ユニ・コムに写しだされる。

「船底中央に船首から船尾にかけて通路があります。船首には魚雷発射室のような空間がありますね。もっと大きい。あまつかぜの水中格納庫みたいです」

「新入りを連れて脱出するつもりだ、急げ!」

「真由良、待ってて」

 真っ先に夢見が飛び出した。スガル挺身隊三人は複雑な船内を駆け回り、船首船底を目指す。

 オドアケルは実験台ごと、真由良を飛行艇の格納部に収納しつつあった。

「固定完了、いまから操縦席にのりこみます」

 そう連絡し、あわててコックピットに乗り込んだ。すると自動的に各種計器が作動し、エンジンが始動した。船内ベイに海水が満たされていく。

 スガル部隊はなんとか船首の船艇格納庫にたどりついた。しかしハッチがしっかりと閉まっている。小窓からのぞくと、すでに満水状態である。

 その中に、黒いブーメラン状の小型飛行艇が見える。まさに、船首の防護扉が開きつつあった。小窓に顔を押し付けた夢見がさけぶ。

「真由良!」

 その声に、実験台ごと固定されていた真由良が反応した。覚醒はしない。

 小型飛行艇は遠隔操作で、ゆっくりと扉から出て行く。クライネキーファー重工が開発しつつある「フリューゲルロス」と言う試作水中発射ロケット機だった。ドイツ語で天馬を表す。

「だめだ、一旦艇にもどろう」

 黒いブーメラン状の飛行艇は海面を目指す。夢見たちは船底の中央通路を急ぐ。訓練で走ることには慣れていたが、激しい戦闘のあと完全武装である。

 やっと小型潜航艇まで戻ったとき、船体が激しく振動した。自爆装置が作動したらしい。巨大なタンカーのあちこちで爆発音が響く。三人はいそいでドッキングチューブにはいった。

 最後に来島がハッチを閉めたとたん、激しい衝撃が偽装船を揺さぶる。回収していないドッキングチューブがおれ、海水があふれだす。

「小夜、緊急発進! チューブ切断!」

 小型艇は翻弄され、あちこちにぶつかった。しかしなんとか巨大タンカーから脱して、「天津風」の遠隔操作下に入った。数か所に皹がはいり、漏水もひどかったが、「鉄の巨鯨」の作業アームがなんとかキャッチしてくれた。

 そのころ海面に達していた黒い飛行艇は、波の上を滑空しだし、やがて飛び上がって西へと去っていく。波間の救命艇にのっていた船員たちは、無視された。

 巨大偽装タンカーに積載されていたメタン・ハイドレート燃料が、ついに爆発した。高さ数百メートルの水柱がたち、周囲の救命艇を吹き飛ばした。

 小型艇を回収したばかりの実験海中空母「あまつかぜ」も翻弄された。

 五分後、潜水航空母艦は泡立つ海面に緊急浮上した。被害は軽微だったが、乗員に多少の負傷者が出た。来島も腰をうっていた。

 乗員が静止するのをふりきって、夢見は飛行甲板に出た。あの巨大タンカーは粉みじんにくだけ、破片と油が見渡す限り浮かんでいた。

 救命艇で脱出した船員も負傷していた傭兵も、すべてふきとんだ。

 夢見は潮風にふかれて、西の空を見つめた。大きな目から、涙があふれる。

「真由良、必ず助けに行く! 待っててっ!」

 

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