第八動

 スガル部隊の四人は、建物の北にあたる薄暗い一角で、突入する方法をさぐっていた。夢見はなんとかテロリストたちの心にアクセスし、不安感を植えつけて投降させようとする。

「……だめです。あの、ひとりはひどく興奮しているし、あとの連中はなんと言うか、恐れも不安もしらない。まともではないですね」

 少し反対側が騒がしくなった。警備兵達が叫んでいる。

 なにか動きがあったようだ。

「来島から田巻一尉へ。倉庫部のメンテナンスハッチらしい突入口を確認。

 そちらでなにか動きありましたか」

「ただちに作戦終了。見つからんように戻って来い」

 簡単に起きたことを説明した。まんまと一人、食材搬入口から脱出した「大先生のご子息」は、そのまま包囲している米海軍と海兵隊に助け出された。自分の金で脱出した、とぬけぬけと自慢したという。

 いまはマスコミの取材攻めにあっている。

「ともかくもう終わった。あとのことはええ」

「しかし、斑鳩一曹がメンテナンスハッチの原始的な警報装置をはずしました。おくっていただいた設計図によると、人質のいる地下部には簡単に到達できます。

 夢見と新入りでテロリストたちの闘争心を押さえ込んで、なんとか」

「もうええ! これは命令や。大臣のバカ息子は助かった」

「しかしあとの人質はどうなるんです」

「カジノの金持ち客なんぞほっとけ」と田巻は通信をきってしまった。

「わたしにまかせて」と駆け出したのは、真由良である。

「一人でも助けてみせます」

 小夜があけたこぶりな鉄製の扉の中にとびこんだ。中は暗く、パイプがはしり雑多な荷が積み重ねられている。夢見がとめようとした。

「その、隊長。とめないんですか」

「……今ばかりは、遊部三曹心得に賛成する。日本から国禁をおかしてやってきて、エラいさんのドラ息子が無事だから引き上げるなんて、屈辱だ」

「それにあの謀略好きな一尉、なぜかあの新入りにはすごく気をつかってるから、なんでも大目に見てくれるわよきっと。ああ言うタイプが好みなのかしら」

「我々も行こう。大神二曹は遊部真由良を手伝って、敵の心理封印」

 こうして四人はメンテナンス通路を通って建物内にはいった。

 しかし建物内部の新しい警報システムまでは無力化できなかった。たちまち豪華な建物内部に警報が響き渡る。

「なんだ!」

 いままで高いテンションで演説をぶっていたオドアケルが立ち上がった。モニターに人影がうつる。しだいに彼の心に、恐怖心がひろがっていく。

「あ、あの時と同じだ。あの日本の施設で……」

 とあわてだす。スガル部隊はラッタルを降りて地下カジノにむかおうとした。しかし地下へのハッチにも、鍵がかかっている。

「た、大変だ、侵入者だ!」

 恐怖にとりつかれたオドアケルが、地下の会員制秘密カジノ「インペリアル」にかけこんできた。照明がおとされ、薄暗い。人質たちかどよめく。

「全員一階で集まれ、人質も全員だ、や、やつらがくる」

「やつら」とは誰か、叫んだオドアケルも判らない。ともかく残った人質を盾とすべく、傭兵達は上の階へとおいたてた。

 傭兵達は妙に陽気である。酒の飲み過ぎかもしれない。

「おまえたち、真面目にやれ!」

 サロンで待っていた傭兵隊長は比較的まともで、やはり恐怖感にとりつかれている。しかし「勇気の出る薬」を首筋にうち、恐怖心を押さえつけていた。そこへ下から、泣き叫ぶ人質達がやってきた。傭兵はうすきみの悪い笑いを浮かべている。

「さ、オドアケルさんよ、言うとおりにしたぜ、これからどうするんだ」

 オドアケルはパニックになりかけている。しかし傭兵達はまるで酔ったようだ。

「……おまえら、ラクリマデイーの使いすぎだ」

「どうします。ここに逃げ込むなんて予定にはなかった。

 約束の迎えって、いつ来るんです」

 オドアケルは怯えつつも、外の様子を伺う。

「人質を盾にして外へ出る。やつら金持ちに発砲できるはずもない。

 車をうばって海岸にまで出れば、なんとか迎えがくる」

「この人工要塞島でか」

「……ああ」

 突如オドアケルはふりむいて、傭兵隊長の顔をみつめた。

「こわいのか」

「馬鹿を言え」

 気味の悪い笑みを浮かべ、オドアケルはポケットから圧縮注射を取り出した。

「お前も一本うっておけ」

 さきほど使っている。

「これは特別だ。恐れを知らない万能の戦士になれるぞ」

 オドアケルはもう一度表を見た。固く閉ざされた玄関ドアのむこうには、米兵が集まっている。そして小型爆薬を用意させた。

「いいか、玄関を爆破したらお前たちは走り出せ。残っているやつは撃ち殺す」

 と人質に命じる。

「どうするんです」

 夢見たちの送り込む恐怖心に耐えかねて、純度の強い「ラクリマデイー」をつかってしまった傭兵のリーダーも、少し酔ったように上機嫌だ。

「こいつらを追い立てろ。米兵どもが混乱しているあいだに、裏口から脱出だ」

 この馬鹿げた「作戦」に、歴戦の勇士たちは笑い出した。しかし反対はしない。

 どこかお祭のような楽しさだ。夢見たちはサロンのすぐ裏手、倉庫のような部分に達している。しかし壁のむこうに人質が集められていて、手がだせない。

「やつら何をしようとしているのかしら。夢見、わからない?」

「恐怖心にとりつかれているのは多分一人だけ。

 その……あとの三人、いえ四人は……」

「浮かれ、興奮している」

 と真由良がつぶやくように言った。

「なにかで恐怖心を麻痺させているのかもしれません。これは……」

「なんだ、三曹心得」

「恐怖心も殺意も戦闘意欲もない。ただ楽しんでいる」

 いまや隊長も含めて三人の傭兵達は、ほぼ酩酊状態にあった。高級なウイスキーをかぶのみして盛り上がっている。オドアケルは手下に厳命した。

「いいか、絶対に人質は撃つな。撃てば米軍が反撃する。

 混乱に乗じて裏から逃げ出して海岸へ走れ」

 傭兵達は笑うばかりである。

「伏せろ!」

 オドアケルは叫んだ。人質たちはいっせいに伏せる。つづいて豪壮な正面玄関が、外にむけて吹き飛んだ。包囲部隊が緊張する。

「全員発砲控えろ!」

 将校が叫ぶ。白煙がもうもうと噴き出す中から、人影が飛び出してきた。

「撃たないで!」

 両手をあげた人質たちが、破壊された玄関から次々とよろめきつつ走り出す。

「撃つな! 人質だ! ただちに保護せよ」

 米海兵隊の兵士達は、飛び出してきた金持ちたちを次々と保護し、後方に待機していた護送車に誘導した。そのうちの一人、白人男性が叫ぶ。

「ト、トイレ行かせてくれ」

 仕方なく兵士の一人は、近くの商店にオドアケルを案内した。


「なにがおきたんだ!」

 まさかの爆発音に来島は驚いて、夢見の顔を見つめた。

「……犠牲者はいません、まだ。でも人質たちの恐怖心が遠ざかってる」

「ともかく突入だ!」

 それぞれが軍用拳銃を構えた。メンテナンス部のハッチを来島が蹴破り、小夜ともに突入した。バーカウンターの陰に隠れて、広い室内を伺う。

 硝煙がたちこめ、破壊された玄関から光がさしこめる。傭兵達は笑いながら、銃をかまえてこちらに歩いてくる。緊張感はない。

「動くな! 包囲している」

 こちらが貧弱な武装と知られては、不利だった。

「まかせてください」と、女性にしては大柄な真由良が立ち上がった。

「危ない、伏せて。相手は正気じゃない」

 夢見は自分の「能力」が通用しないことを気づいていた。しかし真由良はカウンターから出て、テロリストの傭兵三人が笑っているところへ近づく。

 豪華なサロンは、天井から落ちた瓦礫で無残な有様だった。

「なんだおまえは」

 傭兵隊長は突撃銃を構えたまま、うつろな目で肉感的な少女を見つめる。

「もういいわ。降伏するしかないわね。人質をどうして逃がしたの」

 見回すと首魁らしい男はいない。観光客に化けた傭兵たちは、全員一種の酩酊状態にある。まともな人間はいない。

 真由良も夢見も、相手に恐怖心を送り込もうとしている。夢見まで飛び出そうとするのを、なんとか小夜が押さえつける。

「でもあいつら、死すら恐れていません。あの……このままでは新入りが」

 来島「古武士」隊長も叫んだ。

「三曹心得、接近するな!」

 遊部真由良はテロリスト傭兵らの心にアクセスしてみて、ある種の「楽観さ」に気づいた。

「……あなたたちも、ラクリマデイーを?」

「かわいいねえちゃん。愛してくれるならいつでも降伏するぜ」

 傭兵の一人がおどけて銃を投げ捨て、手をあげて見せた。

「俺たちつかまったら、姉ちゃんの手柄かい」

 もう一人も笑い出す。真由良は少し安心した。だが後方のバーカウンターの陰で援護していた夢見は、ユニ・コムに叫ぶ。

「マユラ! さがって、こいつらにPSNは通用しない」


 人質に化けたオドアケルは、米兵に案内された店のトイレから裏口に脱した。

 そして近くに止めてあった乗用車を盗んで、海岸へと向かいつつあった。車内テレビのニュースでは、包囲されるサロンが映っている。

 海兵隊と海軍部隊は、包囲線を前にすすめ投降を呼びかけている。

「そろそろいいか」

 オドアケルは胸ポケットから、小さなコントローラーを取り出した。

「いままでありがとう。新時代を築く礎になりたまえ。君たちは殉教者だ」

 とスイッチを押した。


 真由良とは二十メートルほど離れていたろう。薄暗く広いサロンの天井は高い。 三人の傭兵がニヤついている。中央のリーダー格が、言い放った。

「お前さんだけの手柄にするのも、おもしろくないな」

 と、銃を構えた。真由良は全身を緊張させる。

 次の瞬間、傭兵隊長の腹付近が光った。広いサロンに轟音が響く。カウンターの陰から飛び出した夢見が覆いかぶさる前に、真由良は爆風に煽られて尻餅をついた。血と肉片で真っ赤になっている。

 他の傭兵達も、腹にしかけられた爆薬が次々と爆発した。

 サロン内は赤い硝煙で視界が閉ざされる。包囲部隊もいっせいに伏せた。夢見が覆いかぶさっている真由良は、瞳孔を見開いたまま茫然と天井を見つめている。

「遊部、大神、無事かっ!」

 来島が助けおこした。二人ともほぼ無傷だった。軽量パンツァーヘムトが役立った。しかし真由良は血と肉片で真っ赤である。

「いやあああああ!」と狂おしく叫んだ。

「いかん、ショックを受けている。早く裏から外へ」

 真由良を抱きかかえるようにして、スガル部隊はサロンの通用口から外へ出た。

「動くな!」

 四人は米海兵隊と米陸軍兵士に包囲されていた。


「感謝します。司令官に是非大臣からもお礼を。

 ……ええ。一人はショックを受けてますが、四人ともまったく無事です。海軍基地から偵高速察機で、そのまま日本へ連れ戻します」

 市ヶ谷地下の指揮所で、田巻は上機嫌だった。

 ともかく「大先生のバカ息子」は助かった。あの名門官僚一族にも、恩を売ったのである。スガル部隊はさして貢献しなかったが、「心理攻勢がテロリストを軟化させた」との噂が、広がっていく手はずだった。

 部隊は秘密裏に帰国する。サロン内に隠れていた日本人観光客として。

 本当なら被害者でもいろいろ取り調べられてしかるべきだったが、夢見が米兵の心理にうったえかけて、間逃れたのである。

「また先生に対して点数かせいだな。ほんまようやってくれはる、美しい魔女達」

 その魔女たちは高速偵察機の機中だった。強いショックをうけた真由良は、鎮静剤で眠っている。厚木の基地では、橋元医務正が待機しているはずだった。

 夢見は手をのばして、座席で眠っている新入りの額に手をあてた。

「かわいそうに……なにをそんなに焦っているの」


 東京築地の料亭「佳つら 吉朝」は京都嵐山に本店がある。東京進出は二十世紀末で、いまでも保守系議員の社交場の感がある。

 その特別離れには「元老院」の別名があった。

 連立与党の一角をになう改進党総裁で、歴代内閣で国防大臣をつとめる上田代議士は、便利だが危険でいけすかない情報将校をこの夕方も慰労していた。

 軍令本部情報統監部付情報参謀補である田巻己士郎一等尉官は、すでに顔が赤い。好物であるアワビやイセエビの刺身を、うれしそうに食べている。

「本当によくやってくれた。あとは厄介な法律上の処理がのこっておるが、法制局のほうにもよく言っておいたからな。ごたゃあげさまだったなも。

 片野大臣や片野君、大学の先生からも礼の電話をもらったよ」

「さんざ汚してきた手ぇや。出世はあきらめてますけど、機密費とか特別手当のほうで、ご配慮よろしゅうに。これで片野一族も先生の味方やし。

 軍政課だけはまったく厄介やけど、先生には逆らえまへんやろ」

「片野先生は本当に感謝しておられる。スガル部隊の特殊な能力が、テロリストの心は動かしたのだと信じておられるがね」

「まあそう言うことにしといたってください。しかしあの、乱暴なオドアケルを取り逃がしたんは、スカタンやったなあ」

「ところであの娘、可愛そうに入院しているそうだが」

「まあ検査入院、つうことになってますが、ねえ……。

 目の前で次々とテロリストが自爆したのもそうとうなショックだったろうけども、なんせ断末魔の意識が流れ込んできたらしくて。ほんま可愛そうに」


 大神夢見は夜になってやっと、市ヶ谷要塞の衛戍病院を訪れることができた。その特別室で、静かに真由良が眠っている。橋元がつきっきりだった。

「食事は少したべたけど、まだまだ不安定ね。脳波の乱れがねえ」

「あの……やっぱりかなりショックだったんですよ、かわいそうに。

 ここにきてから、ずっと虚勢を張り続けていた。あの……なんとか自分を強く見せようとしていたわ」

 悲惨な現場は夢見も目撃していた。しかし自爆直前に精神自律防御をほどこし、死ぬ間際の意識が進入しないようにしていた。

「でも回復不可能なほどのショックではないと思う。時が解決するとは思うけど。

 ただこの子、もともとのPSN能力って、そんなに強いものじゃなかったみたい。斑鳩一曹ほどもなかったみたいよ」

「えっと……どうしてそのことを?」

「第三次総合精査の結果を探したの。その年は五人ほどなんとか能力みとめられる子がいたの。その中の一人が彼女で、やっぱり田巻一尉が目をつけたのよ」

「その、斑鳩一曹が言ってましたけど、実家は裕福な家庭なんですね。お母さんは議員さんだし。この容姿で……何故ジャストに」

「なにか自分に人と違った力が欲しかったのよ。美人とかそう言うのじゃなくて。

 それでPSNに目覚めて、田巻の口車にのったのね。術科学校時代のプログラムも普通じゃない。しばし学生の身分で秘匿出張もしているし、二年で特別卒業ね」

 その時、橋元のユニ・コムがなった。隊長の来島だった。

「いま将校宿舎で三曹心得の個室を調べてます。

 妙なものを見つけたので、今からそっちへ行きます」


 十分後、来島は橋元の小さな研究室にいた。

 市ヶ谷衛戍地の北側に将校専用官舎がある。特別に入居を許されている真由良個室のベッドの下に、鍵のかかるスーツケースがあった。

 ケースはあかなかったが、ベッドの下にこれがころがっていた、と差し出した。

 鉛筆ほどの細い金属ケースは、携帯圧縮注射だった。すでに使っている。

「新入りさん、どっか悪かったのかしら」

「ともかく調べてください」

「時間かかるかもしれないけど、やってみる」

 夢見は静かに眠る真由良の、精悍そうで魅力的な顔を見つめていた。


 次の朝までに、注射器残存物質の分析はおわった。僅かにのこっていた薬液は、「ラクリマデイー」だった。

 朝一番に「軍医」橋元医務正からの連絡を受けた来島は、橋元のもとに部下二人をひきつれて現れた。

 朝食がわりの濃いコーヒーを飲みつつ、太目の三佐相当の医務正は小型モニターにデータを映し出した。

「まちがいないわ。製造中止になっているラクリマデイーよ。もっと洗練されているけど」

 小夜も夢見も驚いた。

「試作段階で中止になってるけど、こっちはさらに研究が続いていたみたい。

 注射器自体は、統自で一般的なものね。使い捨ての無痛圧縮注射器だわ」

「あの……それを使うとその、真由良はどうなるんでしょうか」

 夢見は彼女の意識にしばし不可解な混濁が見られることを、知っていた。なにかの薬物の影響は感じていたのである。

「そうね。多分PSNが活性化するんだと思う。そう考えないとほかに使う理由がないわ。そしてこれを与えたのは軍令本部、もっと言うと……」

 来島の端正な顔に怒りの色がはしった。

「田巻かっ!」


「わかったわかった。みんな言うたる……そないに怖い顔せんといてぇな」

 昼食前、書類を置こうと中央棟地下第一層の情報統監部参謀控え室に戻ったところを、スガル挺身隊三人と橋元医務正が待ち構えていたのだった。

 身分的には田巻のほうが上だが、夢見の大きな目で見つめられると、心の底を見透かされているような気がする。「女サムライ」来島の殺気立った視線も苦手だ。

 また田巻が憧れているらしい小夜に悲しそうな顔をされるのも、いやだった。

「……前にユメミンらも受けた全国的な秘密テストの、第三回を実行したんや。

 そんなかで可能性のあった五人中、実際に力のあった二人のうちの一人や。もう一人は前に君らが落としたやろ。

 あの子が今回の最高能力者で、真由良はもともとたいした力はなかった。実戦にはむかへん。一応特殊施設で訓練重ねたけど、どうにもならんかったんや」

 来島がつめよる。

「それで能力を強くするために、ラクリマデイーを?」

「……あれは元々鎮痛安定剤やで。いっぺん中止になった抗欝剤を発展させてやな、戦争神経症みたいなのの治療に使うために開発したんやけど、ちょっと副作用があってな。確かにスイスのほうでは同じ成分で、鬱病とかの薬を作ったはずやけど、いまは販売してへんはずや」

「治療薬、なのですか」

 小夜が見つめる。田巻は嘘をつけなくなる。気まずそうに話した。

「そう言う話や。あの子ぉも訓練がすぎて、ちょっとおかしゅうなった。

 例の松田美香に負けたない言うて、相当無茶なことやった。軽い怪我して、妙な頭痛がとれんようになった。それで医務部に頼んで開発中の薬を試してみたら、たまたま例の力が強うなったんや」

「じゃあわたしでも、薬を使えば夢見みたいになれるの?」

「それは判らん。あんな反応見せたんは彼女だけや。人それぞれ作用も副作用も違うし、なぜそうなんのかは解明されてない。

 それに元になった抗欝剤も、習慣性はなくても依存性あるし、恐怖心やなんかが消し飛んで危ない言うて中止になったはずや。

 その改良版は試験的に隊でつこてるけど、あんな風に作用したんは彼女だけや」

「わたしの力なんて……別に」

 夢見はくやしそうに言う。来島はその鋭すぎる視線を謀略将校にそそぐ。田巻は冷や汗を流し始めた。

「そんな不確かな薬を、彼女に使い続けたのですか」

「あ、あの子が強く望んだことや。何度も止めたんやけど強情で。なんかこっちの心、さぐるような真似するし。こっちもちょっと怖くなってな。

 だから最初は鎮痛剤としてつこたんやて。教導団の軍医が」

「薬の使用の許可は」

「今は特別にとってある。上のほうからも、PSN強めるなら使え言われとる。

 内閣長期政策諮問委員会のお墨付きや、副委員長が上田センセの懐刀の」

「内閣長期政策諮問委員会? なんでそんなところが」

「だから長期政策、ぶっちゃけて言うと国策やからや。PSN戦士の開発育成は、わが国国防の生命線や。そもそもそれを提案したんはこの僕や、知ってるやろ?

 あとはなんか人と違った力が欲しいとか言うて、彼女が泣きながら求めたんや」

「あの……それにしてもあの……、その、権限でとめられなかったのですか」

「僕かてあんな美人が破滅して行くの、見たないわ。まったく負けん気の強い」

「つまりその上層部は、真由良をテストケースとしているのか!」

 来島はそう断言する。夢見は静かに言った。大きな目が悲しげである。

「もしうまく行けば、弱いPSNを持つ子たちを同じように薬物で開発するつもりなんですね。その、あの……体質に合うあわないは関係なく」

「……まあそう言うことも考えてはるやろな。ジーンみたいに機械とりつけるよりかは、かなりマシやと思うけど。あの増幅器は惜しかったなあ。

 ともかく各国とも密かに、PSNの軍事利用は必死に開発しとる。

 ジーンの事件でも、ようわかったやろ。きょうび核でもロケット兵器でも時代おくれや。PSN人間兵器あれば、核ミサイルを自爆させることかて出来るわ。

 夢見んちゃん、あんた多分世界最強の兵器なんやで」

 大神夢見は嫌そうな顔をした。


 遊部あそべ真由良まゆらが入っている個人病室は、将官用の豪華なものだった。夢見は大きな内窓の外から、新入りの苦しげな寝顔を見る。

「いや! こないでっ!」

 夢でうなされている。耳元で隊長がささやいた。

「彼女の意識にもぐりこめないかな」

「あの……作戦外のPSN使用は……いえ、やってみます」

 夢身はゆっくりと呼吸し、目を閉じた。額を窓ガラスに押し付ける。しだいに意識を沈ませていく。そしてやがて闇の向こうに、別の意識を感じ出した。

「仕方なかったのよ! 許して」

 そんな声が頭に響く。しかし「光景」は見えない。意識が渾然としている。ふと、あのジーンの顔が過ぎる。また声が響く「許して!」

 やっと「視界」が開けた。あの南の島の地下サロンだった。目の前にいた傭兵の腹が光る。肉体がはじけとび、血と肉片が襲いかかる。

「いやっ!」と小さく叫んで、夢見は目をさました。

「大丈夫?」

 よろめいたのを支えたのは、小夜だった。

「すごい混沌ね。わたしの意識にまで介入してきたわよ」

「どうだった。新入りは何を」

「……後悔と悲しみ、恐怖。彼女やっばり決して強くなかった。でもその、自分を無理にいつわり続けていたんです」

 気がつくと小さな警報がなっている。ユニ・コムを確認しつつ橋元が言った。

「彼女のPSNが過剰放散して、電子機器に影響を与えたみたい。

 電磁的隔離が必要かな」

「可愛そうに……無理しつづけたのね。対人恐怖から自分の殻にとじこもってたわたしとは、その、正反対の道に光を見出そうとしたんです」

 夢見の目元が光っていた。


「それで、リーダー格の行方は」

 情報統監部長石動将帥に見つめられると、田巻は緊張して全身がこわばる。

「アメリカさんの大ポカで、まんまと海岸からにげられたみたいです。要塞島なんで外からは入りにくいけど、中から出るのはそうでもないらしい。

 その直後から、各地でまた環境テロリストが暴れまわってます。日に二件三件なんてのもあって、まあどこに出てくるかわからん」

 解体中の原子炉に小型ミサイルを撃ち込み、軌道エレベーター工事現場に爆弾をしかけ、大きな病院に放火している。

 一見目的がなく、単にテロだけが目当てにも見える。

 いや穏当な環境保護団体すら、「真実の夜明け」の攻撃目標となっていた。人類と地球環境の調和、共存とそのものが「悪」だというのだ。

「イカレた彼らがその都度発表しとる過激な宣言は、北サイパンのときと同じです。この辺り、一応一本筋はとおってますな。かなり狂っているとは言え」

 どこか嬉しそうに言う。情報連絡会議の面々はしぶい顔である。田巻の評判を知っている統合自衛部隊の幹部はともかく、警察関係者は多少面食らっている。

「現代文明の破壊と、自然保護のための人口大幅削減。なんか医療技術の進歩ですら許せんちゅう、ほんまにイカレた連中です。ただし……」

 田巻は細い目で、薄暗い会議室にならんだ情報関係者を見回した。

「現代文明を呪っているようであて、メタンハイドレート関係とガス液化脱炭プラントなんかは、一切攻撃していません。

 これがなにを意味するのか、ひきつづき情報統監部で分析中です」



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