第七動

 その人工島は、日本では「北彩帆島」と呼ばれている。日米共同開発したリゾート地で、周囲は二キロほど。岩礁などを利用した非常に小さな島である。

 しかし海底に眠るメタンハイドレート採掘のための、重要な拠点だった。

 そして日米豪加などからなる環太平洋条約機構の、共同補給基地も兼ねている。そこで密かに日米壕加エネルギー協定の非公式協議が行われていることを、知る者は少ない。

 アメリカは十年以上前に、軍事費の肥大化と相次ぐテロによる犠牲者、国内の新モンロー主義的風潮から、「世界のシェリフ」たることをやめただした。世界各地から撤兵しだしたのだ。

 そのことが中東、アフリカ、南米やアジアの混乱に火をつけた。アメリカは自国防衛にとって死活的に重要な二つの大洋の防衛のみに専念しだした。

 その一つ、太平洋防衛の要が、環太平洋条約機構である。その条約は共同防衛のみならず、経済圏の形成や、金融政策の調整などを含んでいる。

 世界的経済恐慌はなんとかおさまりつつある。しかし世界の三割近い地域を今も戦雲が覆っている。しかしそんなことは、日本やアメリカ、東南アジアなどから訪れる観光客にとってもどうでもいいことだった。

 そのエネルギー協定非公式協議では、脱炭素メタン燃料の共同採掘と今後予想される商用核融合発電に対してどう対処するか、が話し合われている。

 メタンハイドレートの採取と発電利用については、ここ十数年は日本が世界をリードしている。しかし日本はまた、核融合発電の基幹技術をも有していた。

 核融合発電が実用化されれば、メタンハイドレート市場は暴落する。しかしメタンハイドレートに固執すれば、石油の台頭で閉山に追い込まれた炭鉱と同じ運命をたどることになる。日本にとっては難しい綱渡りが迫られていた。

 かつて日本は核分裂反応による電気供給に未来を託そうとした。しかしあいつぐ大震災で原電の安全神話が揺らぎ、急速にメタンハイドレートによる火力発電が進んだのである。

 その人工島自体がカムフラージュされた要塞であり、警備は厳重なはずだった。 軍事施設であるという安心感が、盲点となっていることは常々指摘されていた。

「パスポートを」

 黒髪のがっしりとした白人は、完璧に偽装された電子パスカードを渡した。いや偽装ですらなかった。名前などをのぞけば、正規の手続きをへた「本物」だった。

 オドアケルはほどなく、ロバート・マーティンとして空港の検査を終えた。他の同志達四人もこうして、北彩帆要塞に侵入できたはずだった。

 しかし監視カメラの「自動相貌読取装置」にまでは気づかなかった。

 オドアケルひきいる『真実の夜明け』の五人は、それぞれ封印された鞄を受け取った。飛行機にのる前に税関で検査を受けたことを示す、シールで封印してある。シールが偽物であること、検査をうけた鞄とはすでにすりかえられていることなど、誰も気づかなかった。

 オドアケルたち五人は、空港内のサウナへと入った。ここで武器を確認して身につけ、地下駐車場で待機している車に乗り込むはずだった。

 目的は四ヶ国非公式交渉が行われるホテル・グロリアである。

 その時オドアケルの左手首で、携帯情報端末「ユニ・コム」がなった。

「オレンジ警報! 包囲されつつある」

 潜入が発覚したらしい。だがオドアケルは同志たちに、「天意実行」の時が来たことをおごそかに告げた。テロリーダーの青ざめた顔が、不敵に歪む。

「諸君、天の恵みだ」

 オドアケルは同志の四人に、鉛筆状の細い金属筒をわたした。四人の屈強な男達はそれぞれの首筋に、圧縮注射器を押し付けた。


「包囲完了、一般客は退避させました」

 アメリカ陸軍兵士は少尉に報告した。空港の一般棟西部は閉鎖され、一帯警備担当の米陸軍部隊一個小隊が取り囲んでいる。

 おそらく「武器も持っていない」テロリスト五人。狂信者とは言え、軽く見ていた。まさか空港関係者が協力して、火器を持ち込んでいるなど想像もしていない。

 自動攻撃装置ではなく、武装した兵士と装甲車輌で取り囲んでいる。警備担当の米陸軍少尉はマイクで叫んだ。

「真実の夜明けの諸君、すでに諸君らは包囲されている。投降したまえ」

 返事はない。しばらくするとモーターのうなりが建物の中からきこえてきた。

「総員、警戒!」

 兵士達は銃を構える。ほとんどが最新のM二十七である。すると大きな窓ガラスをやぶって、こぶりな自動清掃マシンが飛び出してきた。人はのっていない。

 それが低速で包囲線へ近づいてくる。少尉は驚いた。

「なんだあれは」

 遠隔探査装置で清掃マシンを監視していた下士官が、叫ぶ。

「ば、爆発物反応!」

「退避! 前列発砲!」

 何人かが銃撃した。その直後、清掃マシンにしかけられていた高性能爆薬が爆発し火柱があがった。一番前の偵察車両がひっくりかえるほどのすさまじさだった。

 あたりは濛々たる煙につつまれ、警務やとりまいていた市民たちの絶叫と怒号がうずまく。

 続いて乾いた銃声が響いた。建物横の作業員用ドアから飛び出したテロリストは、慌てふためく兵士たちに銃撃をくわえる。

 敵は非武装、とたかをくくっていた米兵たちは無防備だった。「真実の夜明け」の革命戦士たちは目の前にあった軽装甲偵察車を目指す。周囲であわてふためく兵たちを銃と手榴弾で追い払い、四人が偵察車に乗り込んだ。

 傭兵上がりの浅黒い男は、兵士が投げ出した支援軽機関銃を嬉しそうにかかえ偵察車の屋根にのぼった。そこで立膝をついて機関銃を構えたのである。

 すぐに偵察車は発信し、兵士を跳ね飛ばして包囲線を突破した。

 小さな人工島に警報が鳴り響く。観光客のあいだにパニックがひろがる。盗まれた偵察車は四方に発砲しつつ、観光地でもひときわ目立つ建物に近づいた。

 南洋風の大きな屋根を持つクラブのような建物である。

 ホテルの付帯施設だが、銃声を鳴らしながら接近する車に怖れ、客や従業員たちは逃げ出してしまっていた。

 偵察車は階段をのぼって玄関につっこんだ。サロンはもぬけのからだった。

 しかしその地下にある会員制のカジノには、まだ逃げ遅れた人たちが隠れていたのである。


 陸軍、海兵隊と海軍特別陸戦隊がそのサロンを重武装で取り囲んだとき、リーダーのオドアケルはサロンの通信施設をつかって、わけのわからないことを叫びはじめていた。

「我々はこの腐りきった現代社会を浄化し、ただしい地球に戻すため、徹底的な人口削減を求めなくてはならない。人類こそが自然の敵、地球の敵であり……」

 地下会員制カジノにいた金持ちと、従業員など二十人が人質となっていた。包囲した米軍は手も足も出なかった。


 東京首都特別区は東海・東南海大震災後の復興五ヵ年計画によって、落ち着いた街に生まれ変わっていた。とは言え官庁街と大会社がほとんどで、定住人口は激減した。新古典帝冠様式のさして高くもない建物が立て並ぶさまは、悪くなかった。

 震災前は縦横無尽、無秩序に走っていた道路が「江戸開府以来」と呼ばれる改造によってすっきりした。実はその基本プランは、関東大震災後に後藤新平が提出し、実現不可能な大風呂敷と揶揄された、壮大な復興計画「帝都復興構想」を参考にしていた。

 そのかわり悪場所や繁華街が、きわめて縮小された。そして首都特別区の周囲は、まだまだ復興途上である。町全体に猥雑さと親近感が一掃されてしまった。

 ともかく我が国の行政中枢は、高度防災防衛都市に変貌しつつある。

 この日、非番だった夢見と小夜はそんな首都郊外の非公認市場をうろついていた。治安と風紀は悪いが、なかなかおもしろい商品が出回っている。

 特に大震災で破壊された美術館などからの流出品を求めて、外国人などもおとずれている。

 二人は開襟のシャツに略帽といったいでたちで、ぶらついている。もともと航空兵である斑鳩は空色の略服だった。帽子はドイツアフリカ軍団のそれに似て、夏季と冬季で素材が違う。

「でもね夢見。あなただって、はじめはおどおどビクビク。それが半年で見違えるように成長したわ。真由良はあなたの裏返しで、去勢はってるんだと思う」

 夢見の解禁シャツは、陸戦兵を示すベージュのものである。略帽はカーキ色だった。軍令本部勤務要員の兵科色はグレーだが、存在しないはずのセクションに所属する彼女たちは、好きな兵科色の制服が選べた。

「あの……わたしもそう思います。その去勢が崩れた時が、こわい」

 ふたりは、手作りの小物などを見て回っていた。

 突如古いビルの前で、ふたりのユニ・コムがなった。「非常呼集、甲級隊員」などと言う文字の下に、認識番号を示す数字があらわれる。

 なんと、夢見と小夜の番号が光っている。

「え~今から? 無視しちゃおうか」

「でも…そう言うわけにもいきませんよ」

 二人のすぐ前、ふるいビルのわきで泊まっていた輸送会社のトラック運転席から、突然黒い作業服の二人が飛び出して来た。二人は迷うことなく、こちらにむかってくる。

「夢見!」

「その……敵じゃないです。緊張はしてますが」

 黒い作業服のふたりは、夢見たちに身分証明証をしめした。二人は情報統監部の文官、いわゆるキャリア官僚である。

「斑鳩一曹、大神二曹、外出許可は取り消しです」

「わたしたちを尾行していたの?」

 ともかくふたりは、中型トラックの後方から荷台に乗り込んだ。中には軍装備がずらりとならび、各種計器も装備している。

 偽装軽装甲輸送車らしい。ここで戦闘服に着替えろというのか。仕方なくゆれるトラックの中で、二人は下着姿になった。

 偽装トラックは自由市場からはなれた政府ビルの地下駐車場から、極秘地下トンネルにはいって行く。さほど大きくはなく、暗い。

 荷台で軽量個人装甲通称パンツァーヘムトをつけつつ、小夜はユニ・コムで運転席に目的地を尋ねた。

「厚木で待ってるよ。非番なのにすまない」

 と答えたのは、来島隊長の声だった。

「隊長! 今度はなんです」

「待機している高速偵察機『おおわし』で一時間と少し。北彩帆島の環太平洋軍の共同補給基地だ。そこで裕福な観光客二十人ほどが人質になっている。

 例によってテロリスト『真実の夜明け』のしわざらしい」

「なんで環境テロリストは、そんなところを」

 聞いていた夢見はうんざりした顔を見せた。

「田巻によると、太平洋連合のエネルギー部門の極秘交渉がおこなわれていたそうだ。メタンハイドレートの減産と、太平洋地区での核融合発電の推進をめぐって。

 わが国はね、核融合炉技術の開放を、アメリカなんかから強く求められてる。欧州方式が完成する前に共同戦線はろう、ってね。その秘密会議を狙ったらしいけど発覚して、カジノかどこかに逃げ込んだみたい」

「なんでそんなこと、奴らは知ってるんですか」

「その辺り、やつらのバックが問題だ」

「でも」

 と小夜が少し抗議口調で言う。

「我々出撃の理由はなんです」

「よくわからない。すまん。ただ問題は、有力議員で大蔵大臣の片野秀太郎大先生みたいだ。上田先生に近く、片野秀信内閣長期政策諮問委員会副委員長の兄上の」

「大臣が人質なんですか」

「そのドラ息子。高級地下カジノで大負けしているところへ、テロリストが飛び込んできたんだ。もう半時間も膠着状態。テロリストは世界に主張をさせろってわめている」

「あの…どうして我々が、大先生のドラ息子を助けるんでしょうねぇ」

 夢見にも不思議だった。


 厚木に着くと、待機している高速偵察機「おおわし」の中に、真由良が待っていた。「おおわし」は汎用偵察機と言いつつもかなり大きい。大気圏すれすれに飛び、衛星も発射出来る。

 こうしてスガルの四人が南へむかうこととなった。出発すると、田巻から連絡が入った。

「そもそもなぜ我々が国外に出てまで、テロリストとやりあわなくてはならないのですか。隊長たるわたしに説明してくれませんか」

 さっそく来島がかみついた。

「いや、僕も反対したんやし。でもなあ、問題は片野秀太郎先生の一人息子。政治家や高級官僚だらけの一族やけど、ドラ息子は親の金で遊び人きどり、三十近くなっても働きもせんロクでもないヤツや。

 そいつを密かに助けるのが、君らの特殊任務や。他の人質は現地の兵隊にまかせたらええ」

「片野先生にはいろいろ悪い噂もあります。例のクライネキーファー社にまつわる疑獄でも、名前が出てました。我々とは関係ないでしょう」

「それがなあ、上田センセになきつかれてなあ。片野秀秀太郎は上田大臣の親分みたいなもんやから。現在の改進党、共和党の連立は上田センセと片野御大の合作や。しかも弟の片野秀信内閣長期政策諮問委員会副委員長は、上田ハンの片腕や。

 その上田先生がいてはるからスガル部隊もできたんやし。恩返しや思い。それにユメミンは奴らの心に、一度アクセスしとるやろ」

「あの……その言い方、やめてくれませんか?」

 遊部真由良の顔色は、よくない。完全装備のまま、座席でおしだまっている。

気づいた夢見は振り向いた。

「大丈夫?」

 真由良は泣き出しそうな笑顔を見せた。

「大丈夫です……」


 日本名「北彩帆島」、アメリカ名「ノースサイパン」へ「おおわし」がむかう一時間のあいだに、多少交渉は進展した。

 リーダーの自称オドアケルは狂人ではなかった。女性と老人五人は解放されていた。かわりに食糧などが運び込まれた。

 そして彼らの主張通り、監視カメラにむかっての映像が全世界に流されだした。覆面をして突撃銃を構えたオドアケルが、長々と絶叫する。

「現代文明は腐敗しきった。世界は淘汰され、浄化されるべきだ。国連はおろかしい核融合で世界をまた物質文明のゴミために……」

 それをしゃがんで目の前で聞いている人質の一人に、長い髪を茶色に永久着色した、片野仁がいた。

 この間、「おおわし」は米空軍基地に到着していた。せっかく装着した完全武装をぬがされ、現地の連絡員がみつくろった適当なレジャー服に着替えさせられた。

 アロハに似た地味な服だったが長身の夢見には小さすぎ、小夜と真由良には胸が苦しかった。

 左手首にオオワダ製のユニ・コムをはめ、目立たない小さなホルダーを腰などにつけ、基地から米軍の車で現場までおくってもらった。

 四人のユニ・コムに、市ヶ谷地下からの指令がはいった。幅の広い腕時計のような形態で、内側に小型モニターが開く。四人は耳にイヤリングに見せかけた通信機をつけている。

「こちら来島、ちょっと趣味よくないですね。この服」

「そう文句いいなや。元がエエからなに着ても似合いはるやん! カジノは十重二十重に兵隊がとりかこんどる。なんとかするから指示まっときや」

「目標は片野大臣のご子息ですね」

「ご子息てなもんやない。典型的アホ息子。できればそいつだけ消えてもろたほうが、アホ遺伝子を残さんでええんやけどな。

 大先生と弟さんの秀信副委員長が上田先生に泣きついてる。しゃあない。ええか、エラいさんのバカ息子だけを救え。派手にやると君らの存在が発覚する。国連の要請のない派兵はご法度。君らは休暇でたまたまそっちへ来ている。ええな」

 座席で真由良はまっすぐ前を見つめて、おしだまっている。その異様な闘志を、夢見は感じ取っていた。隊長に耳打ちする。

「あの……隊長、三曹心得の心理は、普通じゃないですね。無理に恐怖を押し殺している」

「わたしもそう思う。それに、田巻はなんか彼女に逆らえないみたい」

「惚れてるとか? あの…斑鳩一曹みたいなふわっとしたタイプが好みですよ」

「ならば弱みを握られてるのかもな。奇妙な関係だわ。三曹心得自身も、参加を強く求めてる」


 現場は封鎖され、野次馬がとりまいている。人ごみをわって四人は封鎖線に近づいた。四人の耳元に田巻の声が響く。

「リーダーは通称オドアケルと呼ばれる奴や。北陸の施設襲ってから、どうやって警戒厳重な我が国から脱したか。考えると不気味やな。

 あとは判らんが、やっぱり数人はプロの傭兵みたいやな。北陸の件でもわかったやろけど、奴等死ぬことをなんとも思ってへん。薬物でもやっとるんちゃうか」

「包囲線はどうやって突破します」

「建物の裏手が手薄や。兵隊の心へのアクセスを許可する。ユメミン、マユちゃん出番やし」

「あの、その呼び方、お願いですからやめてくださいよぉ」


 観光客に扮した四人は、下にパンツァーヘムトと呼ばれる個人装甲の軽量版を着ている。戦闘用よりは軽く薄い。拳銃の弾ぐらいならとめられるが、暑い。

 田巻の言われたとおり、民族風の大型建物の裏は手薄だった。建物と倉庫のあいだの路地には、地元海兵隊の万能軽車両が一台とまり、停止線を守っている。

 兵士は四人ほどである。肩に赤い肩章をつけたいかつい米軍憲兵下士官が、日本人観光客を見て戻るようにどなった。

 日本人女性は四人とも、かなりの美人である。一人は鍛え上げられた肉体を持ち、一人はモデル体型の美女。一人はやたら胸の大きな丸顔。

 そして一人は、往年のハリウッド肉体派女優のような若い女である。

 兵士達は、ニヤつきつつ見つめる。

「あの、道に迷ってしまって」などと言いつつ、来島が近づいた。顔にはぎこちない微笑みを浮かべ、全身から殺気をはなっている。

「こっちは危険だ。北へ回って大通りに出なさい」

 来島の少し後ろに立った夢見が、憲兵隊下士官を見つめる。

「あの……わたしたちを通してください。危険はありません」

 英国英語に近い発音だった。

「う……しかし」

 夢見の大き目の目が、軍曹の青い目を見つめる。いかつい米陸軍憲兵軍曹は、夢見の瞳にうつった自分の姿を見つめて瞳孔を見開いていく。

「特に危険はないです。ここはわたしたちにまかせてください」

「特に……危険はないのか」

「そうです。少し下がっていてください」

「…………」

 憲兵一等軍曹は振り返り、きょとんとしている兵士達に命令した。

「よし、ここはもういい。大通りまで下がる。乗車!」

 驚き呆れる臨時部下達にもう一度命令して、ニュー・ハンビーに乗せた。

 車は四人の日本人を残して去っていく。ただ、自動警戒用の偵察オペラートルだけは残された。二十世紀型のポストに、キャタピラがついたような形をしている。

「さ、行こう」

 と来島が先頭にたつ。銃は隠し持った自動拳銃と破壊手榴弾ぐらいだった。

 隊長に続く夢見はふと強い殺気にきづいた。少しうしろに、やや青ざめた真由良の顔があった。目を見開いてまっすぐと前を見つめている。

「あの……リラックスして。目的は救出よ」

「隊長」

 と斑鳩小夜があらためて問う。普段は「おっとり」しているが、実戦での的確な判断力は、「女古武士」たる隊長を感心させていた。

「ほかの人質はどうするんですか。

 エラいさんの息子さんだけなんて、かえって難しいわ」

「田巻がどういおうと、人質全員を救出する。できればテロリストたちもな」


 地下カジノに残された人質は、元気そうな男達ばかり十三人になっている。

 リーダーのオドアケルともう一人は、一階の警備部に入っていた。ここのカメラを使って、「真実の夜明け」の狂信的メッセージを全世界に発信するためである。

 人質を見張る傭兵は三人。東南アジア系が一人と、白人が二人。三人ともいつも不気味な笑みをうかべ、高級なワインをラッパ飲みしている。

 人質達は一箇所にあつめられ、囁きあっている。その様子はサロン中にしかけたカメラによってモニターされていた。

 田巻はその映像を来島のユニ・コムにおくった。画像を見せられた夢見は、物陰から独特の建物を見つめる。

「……リーダー格の男は、なにか社会に対する怒りをかかえています。自分を認めてくれなかった世間を、はげしく憎んでいる」

「挫折したエリートってところね。多分オドアケルと呼ばれる幹部だよ。ほかの連中は」

「三人か、四人……不思議です。その、怒りも憎しみも感じない。

 いえ、戦闘意欲すらほとんどないような」

「なんだそれは」

「なんと言うか……まともじゃないんです」

 四人の危険な日本人観光客は、建物の裏手に近づいていく。


 ドイツ製短機関銃を左手にもったまま、傭兵の一人は胸のポケットから金属製の細長い筒をとりだし、自分の首筋にあてた。

「ふ~~~~」

 と大きくため息をついて、恍惚とした表情を見せる。すぐ前にしゃがんでいた片野仁は、不思議そうに見つめつつ言った。名門一族の「面汚し」と呼ばれている。

「なああんた、英語わかるか」

「おとなしくすわってろ」

「金、欲しくないか」

「もっと持っているなら、出せ」

「俺の親父は大物なんだ。親戚はけっこう大きな会社も経営している」

 金と聞いて、赤ら顔の傭兵は目を輝かせる。

「どうやって支払う? 郵便でおくってもらうか」

「上に指紋認証式の支払い装置があるだろ。そこから好きなカードにチャージしてやるよ」

「……ちょっと待て、仲間と相談してくる」

 その頃一階の警備部では、カメラにむかってオドアケルが熱演をふるっていた。

「今ここで日米の悪辣な企みが進んでいる。核融合などと言う神にのみゆるされた技術で、世界を忌わしい現代文明で穢そうとしている。

 文明が人類を堕落させ、正当なる淘汰を阻害した。人類は進歩をとめ、神にまで進化する聖なる使命を……」

 中の様子は、市ヶ谷要塞地下の作戦指揮所でもモニターされている。夢見たちの姿も静止衛星などでしっかりととらえられていた。

 四人は東南アジア風の大きな屋根を持つ建物の北、人気のない部分にいるが、サロン自体の警備システムに阻まれている。

 窓をやぶるなどしたら警報が鳴り響くだろう。

 スガル部隊四人を待機させたまま、田巻は自邸にいる上田に報告していた。

「今のところ、ご子息は無事のようです。地下の会員制秘密カジノにいてはります。さすが天下の片野家の跡取りや、やることが立派ですわ。

 そうそう、さっそくクライネキーファー本家の使者が、来はりましたわ、ええ。無関係やと言いにわざわざ大番頭はんが。

 いや、それはそうでしょう。情報統監部の調査とも一致してますな。ツー・デァ・クライネキーファー本家も見放したフォルティア・マーグナ社が、また絡んでるみたいですわ。

 ……そうです。株式の八割は例の国際仕手集団、『世界友愛クラブ』たら言うふざけた名前の連中が握ってるようです。

 残念ながらその背景まではつかみきれていません。情報部でもてこずってます」

 田巻は厚いレンズごしにモニターを見つめつつ、言った。

「極東総支配人のゴットフリート・ヴィルヘルム・フォン・リヒター・ゲナント・ツー・デァ・クライネキーファーは、行く行くは本家継ぐお方でしょう。

 味方につけといて損はおへん。今は協力をあおぎましょう。しかしあんなところに立てこもって、いったいどうやって脱出するつもりやろ。

 いや、そもそも秘密会談の現場突入して、生きて戻れるつもりやったんやろか」

 ふと田巻に恐ろしい考えが浮かんだ。少しあわてて来島を呼び出す。

「そっちどないや」

「建物の警備が厳重すぎて、我々の今の装備ではとても突入は無理です」

「無理して突入しなや。場合によっては片野先生の子供なんてあきらめてもええ」

「どう言う意味です。われわれは国禁を犯してまで、わざわざ」

「充分誠意は見せた。ここでバカ息子が吹き飛んでも、大先生に言い訳はできる。 いや、下手に救出して将来大先生の地盤と派閥を継がれたら、かえって国民がかわいそうや。実は片野秀信副委員長も、エラい嫌てはる……。

 それより君らのほうが心配や。前にフロギストン核融合装置の設計図をぬすもうとした技師が、飛行機もろとも自爆したことを思い出せ。

 いかれテロリストとの関係は判らんけどな」

「……やつら、生きてあそこから出るつもりはない、と?」

「よう判らん。カミカゼ攻撃は日本だけの得意技やないからなぁ」


 警戒厳重なサロンの奥には、キャッシャーがある。そこでは常軌を逸した傭兵に銃をつきつけられつつ、典型的な名門のドラ息子、片野仁が自分の指紋と暗証番号でフリーカードを「チャージ」していた。

「ほら、百万パシフィカ。すごいだろう」

「ひゃっははははは。これだけありゃ不自由はしないな」

「ほかの仲間には、言わなくていいのかい」

「黙ってな。おまえさんは下に戻さない。ここで始末してもいいが、勝手に殺すとあのオドアケルがうるさい。裏のロックを外してやる。逃げな」

「あ、ありがとう、感謝する」

 傭兵は警備室を気にしつつ、厨房へと片野仁をひきたてる。

 大きな厨房の奥に、食材搬入口があった。自動機械が、横付けされたトラックから小さなコンテナなどを下ろすらしい。

「ここから行けないか」

 傭兵はその部分の警備システムをきった。

「行けっ!」




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