第三動
「夢見、人質は?」
「あの、こっちです。恐怖心を追います」
合流したスガル部隊の四人は、テロリストと矢島氏を追う。人質は屈強なアジア系にひきずられるようにして、漆黒の森の中を逃げている。
山の麓からいくつものライトが揺れつつ近づいてくる。犬の鳴き声も多い。
「来い! 勝負をつけてやる。おまえは盾だ」
静止衛星の画像にも、テロリストの逃げる姿は映っている。男一人ひきずっているため、速度は遅い。スガル部隊の四人は、相手の進路を予測して先回りすることにした、隊長がきく。
「
「あの……逃げるのではなく、最後の決戦に有利な場所を探しているみたい。多分、華々しく散りたいようですね。
あの、やっぱり恐怖心はほとんどないですね」
闇につつまれた森を駆け足で進みつつ、来島はすぐうしろに言った。
「アソベ三曹心得、今度は焦って発砲するなよ。発砲命令はわたしが出す」
「……すいませんでした」
夢見はこの負けん気の強い新入りの「焦り」とかすかな恐怖心を、横で感じ続けている。
「来い、いそげっ!」
その日本語はどこかおかしい。矢島は息がきれて走れない。
「た、助けて。もう逃げられない。どうするんだ」
「こっちが有利な場所で、奴らを待ちぶせてやる。
弾も爆薬もまだある。一人でも多く道連れにしてやるさ」
テロリストは行く手の斜面に、やや土地が隆起したようなところを見つけた。天然の遮蔽物となっている。
「よし、あそこで勝負をつけてやる」
矢島は腕をつかまれ、急な斜面を這いつつのぼった。しかしそこで行きどまりだった。土嚢を積んだように土地が盛り上がった先は、急に土地が落ち込んで数メートルの崖になっている。古い時代、断層がずれた名残らしい。
「しまったっ!」
その時、崖の下からライトが照らされた。
「包囲されている。投降しろ!」
一人のこったテロリスト傭兵は、ぐったりした矢島副所長代行を崖の淵に立たせた。その肩に短機関銃を置くようにして、発砲する。
「来い! こいつも道連れに華々しく散ってやるっ!」
「大神二曹、奴の心に侵入できないか?」
いくら夢見でも、狂人の心にはアクセスできなかった。心理障壁がある。
「多分あの、わたしたちの本能が邪魔してます。こちらの精神が汚染されてしまうから」
「わたしも全くアクセスできません。まともじゃない…これはひょっとしたら」
テロリスト傭兵は、腰にいくつも破砕手榴弾をつけている。その一つを取り出し、安全ピンを抜こうとする。
顔に「死相」が出て、眼の焦点が定まっていない。
「いかん!」
「隊長、危ない!」
木陰から崖の下に飛び出した夢見は、見上げた。
死を覚悟した矢島と視線があう。
「矢島さん、わたしの目を見て」
声が聞こえるわけではない。ハッとした矢島は、五六メートル下でこちらを見つめる、ヘルメットの下の鋭い眼差し見つめた。
「恐怖心はもうない。あなたは生きて帰るべき。家族も仕事も待っているわ」
矢島副所長代行の心から急速に恐怖心が失せ、かわって闘争心が燃え上がる。
「さあ、いよいよ終りにしようぜ。見てなっ!」
矢島を盾にしている男は、右手で短機関銃をかまえ、左手で強力な破砕手榴弾の安全ピンを抜いた。
崖の下には、軽装甲服をきたスガルの四人が集まっている。夢見は叫んだ。
「さあ、今よっ!」
怒りの表情にかわった矢島は、右足を後ろに蹴り上げた。背後で哄笑する狂人の股間に、靴の踵がめりこむ。
テロリストは目を見開き、息をとめてよろめいた。
「信じて、飛んで! みんな、受けて!」
矢島はそのまま崖から大きく飛んだ。両手を広げて水平に落下する。とっさに四人の挺進隊員が両手を上げ、落ちてくるやや肥大した肉体を支えようとした。
八つのしっかりとした女性の腕にうけとめられた矢島だったが、そのまま女性達とともに地面にころがってしまう。
「防護!」
転がりつつ来島が叫んだ。小太りの小夜、続いて夢見が矢島の上に覆いかぶさる。次の瞬間、崖の上で爆発がおこった。
続いて残りの破砕手榴弾が爆発、崖の一部を破壊して彼女達に土砂を降り注いだ。テロリストは、トーチカ爆破用の強力な爆弾で微塵にくだけてしまった。
轟音に驚き、斜面をかけのぼっていた武装警官たちはあわた。
軽いが丈夫な装甲服に守られ、スガル部隊員は無事だった。隊長は矢島の顔を覗き込む。
「大丈夫ですか」
「あ……ああ、わたしはいったい何を」
斑鳩小夜は立ち上がると、夢見の肩をたたいた。
「さすがね、よくやったわ」
「あの……危なかった。でも一人逃げました」
矢島は座り込んで唖然としている。
来島はおきたこと手短に、田巻に連絡した。
「矢島代行確保。テロリストは自爆。一人、逃げたようです」
田巻一尉はただちに撤収を命じる。
「武装警官におうたら、相手が自爆した言うんやで。
君らは手出しできんかった」
来島はしゃがんで矢島の顔をのぞきこむ。
「お願いがあります。わたしたちと会ったことは、黙っておいてください。
もし強く聞かれたら、山岳パトロールらしい男達に助けられた、とでも」
「お、男達?」
「お願いします」
スガル部隊の四人は、警戒中のヘリが飛び交う中、田巻の指示に従って北にむかって流れる谷川にたどり着いた。
ほどなく、低音のティルトローター機が北のほうからあらわれたが、狭い谷には着陸できない。ホバリングしつつ、ロープを下ろしてくれた。
こうして四人は汎用ティルトローター機「あまこまⅡ型」に回収され、そのまま直江津の実験核融合炉付帯飛行場へと戻って行った。
初実戦で人の死を体験した「新人」真由良は、さすがに青ざめだまっている。 来島「古武士」隊長は元気付けようとした。
「三曹心得、はじめてにしては頑張ったな。あの状況で怯えもしていなかった。
まったく、たいしたものだよ。『心得』がとれるのもすぐだな」
夢見にはその恐怖がひしひしと伝わってくる。こんなときはなにも出来ない。 自分で乗り切るしかなかった。
市ヶ谷の特殊宿舎に戻ったのは、夜が明けた頃だった。隊長は正午までの休息を明示、それぞれは宿舎でシャワーを浴びてねむることにした。
真由良は自室に戻ると鍵をかけ、シャワーも浴びずにベッドにふせると、嗚咽しだした。
「怖かった……血が……なんであんなことに」
ひとしきり泣くと、ゆらりと立ち上がった。そしてベッドの下から、丈夫なアタッシェケースをひきずりだした。
中に隠してあったちいさな圧縮注射器を取り出すと、また右の首筋に打った。
真由良は長くため息を吐き出すと、からの注射器をアタッシェケースにいれ、ゆっくりと横たわった。すぐに、深い眠りにおちいったのである。
日本領海最南域にある大都島に、人が定住しだしたのは平成に入ってからだった。それまでは江戸時代に遭難者が漂着して、しばらく住み着くことがあったと言う。
日が沈めばほぼ真っ暗になる。その中で電波塔とレーダードームなどの黒いシルエットが目立つ。一部の小浜以外は切り立った崖である。
暗い中、荒々しく波が砕けている。その岩礁に乗り上げて半分壊れている異様な物体があった。気づいたのは定時哨戒中の海洋牧場職員だった。
黒い小型機は、寸詰まりのブーメランのようだ。
「なんだ? 遭難機かな」
海洋牧場職員は崖の淵まで近づきつつ、左手首のユニ・コムで連絡した。小型機は右翼の半分が折れ、波に洗われている。コックピットがあいて、無人である。
「一○二五三、一○二五三。こちら大都島海洋実験牧場管理部。
海上警備南海管区第七海堡、送れ」
ふと背後に殺気を感じ、ふりむく。闇の中で目が光っている。
「な……」
腰には警棒がつってある。それに手をのばしたとたん、全身が硬直した。
「うぅ……」
左手の双眼鏡を落としてしまう。腰の棒に右手がのばせない。
黒く小柄な影はなにもしない。闇の中で目を異様に輝かせている。しかし職員は恐怖につつまれ、全身から冷や汗を吹き出して震える。
左手首にはめた個人通信機が叫ぶ。
「どうした! こちら南海管区第七」
「ぎぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
職員は大きく叫んで気絶した。
海洋実験棟のドーム前に、国産新式多目的輸送機「あまこまⅡ型改」が着陸したのは、職員が連絡して一時間後である。機体両側と後部にダクテッドファンを三つ持つ。
棟舎の前にはすでに沿岸警備部隊の大型ヘリが止り、ライトがゆっくりと一帯を掃いている。
その全天候ヘリの手前、組み立てられた救急テント内の簡易ベッドによこたわっているのは、あの海洋牧場の管理人だった。
医務担当者が瞳孔を覗き込んだり、血液を採取したりしている。管理人は汗だくになって震えている。ただ顔色はいい。テントに入ってきた沿岸警備員は、医務担当者にたずねた。
「やっぱり外傷はないんだな」
「何度センサーかけても、内臓その他一切異常なしです。
でも、大変なショックを受けてるようですね」
「いったいどんなに恐ろしい目にあったんだ。
こいつは正月に一人で施設を守れるほどの猛者だぞ」
「……なんでこんなに」
背後で少し沈んだ女性の声がした。
「あの……彼自身もなにに怯えているか、判っていないようですね。
これは、明らかにPSNの心理攻勢を受けてます」
ふりむくと、統合自衛隊ジャストの暗緑色の一般作業服をきた長身の女性が立っている。
「な、なんだ君達は」
後ろから入ってきた来島は、沿岸警備隊員たちをほぼ無視した。
「心にアクセスしてみて」
夢見は簡易ベッドの前で跪き、管理人の頭を両手でつつむようにして自らの額
をくっつけた。医務担当者が驚く。
「あ、あの」
患者にとりつけられた各種計器が赤く点滅し、警告音を出した。警備員は驚く。
「なにをしている」
「静かに」
来島は胸ポケットからカード型の証明を取り出して開いて見せた。
「軍令本部、情報統監部情報第十一課?」
「来島二尉だ。悪いがここの処理はまかせて欲しい。一切ね」
怯えていた管理人は、少しづつ落ち着いてくる。夢見は囁くように言う。
「その……落ち着いて。恐怖は中和してあげる。具体的な恐怖はないわ。あなたはなにも怖い目に会わなかったはずよ。思い出して」
来島によって自分たちのテントから追い出された二人は、忌々しそうにタバコをふかして立っていた。
「情報第十一課? 軍令本部がなぜこんなところに出張ってくんでしょう」
「……侵入した相手が問題なんだろ。十一課なんて初耳だ。九課までしかないはずだが。
奴ら市ヶ谷からなら、こんなに早く駆けつけられるはずねえのになぁ。それに自動警戒システムにもひっかからない、超低空侵入のステルス飛行艇だ。
こっちのセンサーでもダメだったのに……」
「なにしてるんですかね」
「……情報課の若すぎる女性将校か。まさかあれが噂の魔女かな」
「なんです?」
「噂には聞いていたが、まさかあんなベッピンぞろいとはなぁ」
狭い救急テントの中で、夢見はひざまずいて「作戦」を続けている。
「どう二曹、アクセスできる?」
管理人はすっかりと落ち着き、今は熟睡している。
「……間接的だし、イメージが固まりませんけど、感覚が似ている気がします」
「あなたの夢に介入して来た相手ね」
「……多分。そしてここ数時間、急速に拡大してわたしを求めていた意思です」
「特殊超常能力極秘部隊……?」
沿岸警備部隊員は忌々しそうにタバコを捨て、踏みにじった。
「まぁ単なる噂だ、今のことは忘れろ。そんな馬鹿なものあるはずもない」
そこへ来島とやや疲れたような夢見が、テントから出て来た。警備部隊員は、兵科こそ違うが上官にあたる来島に敬礼した。
「用件はお済でしょうか」
「……彼を心理攻撃した相手は多分」
と夢見は山を見回す。
「あの……島のどこかに、怯えつつ潜んでいます」
「島の住民はどれぐらいかな?」
「定住者はもういません。夏は行楽客が押し寄せますけど、今の時期は海洋牧場関係者が数人残ってるだけです。彼は島で管理する三人のうちの一人です」
夢見は眉間に軽い皺を刻み、黒い森を見つめる。
「やはり能力者か?」
「ええ、間違いありません。恐れと不安、そして怒りを感じます。
でもその………奇妙な波動ですね。こんなのはじめて」
「PSN。しかも統自のレーダーに影響するほどの。ついにあなたなみのPSN保持者が出現したわけか。しかも友好的ではない。いえ、敵かも」
「その……それはどうかと思います。怯え悲しみ、助けを求めてます。
わたしのことを察知して、海のむこうからやって来たのかも知れません」
あまこま機の後部ハッチがあいて、小型偵察車が出てきた。操縦は来島である。助手席の夢見は、通信機で市ヶ谷を呼び出した。
「斑鳩一曹、モニターお願いします」
偵察車は海洋牧場を出て、森に覆われた山道へと急ぐ。しかしモニターにあらわれた立体映像は、見たくもない顔だった。
「こちらタマキや。接触したか」
「来島です。大神二曹が間接接触したけど、通常の能力者とは違うようです」
「ああ、そりゃそうやろ」
「……なにかご存知なのですか」
「あ、いや。ともかく得意の政治工作で、海上警備部隊からこっちへ所轄が移った。
ただし本部長直令の甲種極秘作戦や。しかし犠牲者が出たら、終わりやからな」
「いま二曹が意識を追っています。直接接触したら、連絡します」
厚い眼鏡の男の後ろに、心配そうな小夜の顔が半分だけ映った。通信を終えると、来島は半自動で偵察車を進める。さして大きくもない島である。
「タマキの奴、あいかわらずなにか隠してやがる。そしてまた汚い画策をしている」
「でも一尉の謀略好きが、わたしたちの情報統監直率機動特務挺進隊をかろうじて守ってくれますから。わたしもその……能力を見出されてしまったし」
「いまいましい奴。方向はこっちでいいか」
「ええ、『思い』が強くなっています」
特殊車輌で深い森の中を行く。道路は整備されているが無人である。この島は、夏限定のリゾート地であった。
偵察車後部の狭い荷台で、夢見は個人用ジェット飛翔装置を見につけた。偵察や救助に使うが、さして長くは飛べない。操縦席の来島は、モニターに妙なものを見つけた。
「なにこれ、海上を小さな移動体がたくさん。かなりの速度だ」
夢見は市ヶ谷の小夜から、島の警備を担当する管区に問い合わせてもらった。五分後、回答があった。
「シー・バーベリアンとか言う、この近海を荒らしてる海の暴走族だそうです」
「海の暴走族? わざわざこんな離れ小島までか」
「ええ。警察もいないから暴れやすいんですって。昼間に遊覧潜水艦なんかでこっそり上陸して隠れていて、深夜に暴れるそうです。
海上警備部隊も取り締まるのが面倒で、ほぼ黙認してるんだそうです」
深夜、月明かりに照らされて水陸両用バイクが七台、次々と上陸していく。海岸の洞窟のようなところに隠れていて、夜行性野獣のように出てきたのである。
今時、B級映画に出てきそうないでたちの若者は十人ほど。七台の高価なバイクに分乗している。半分近くは盗難車であろう。
頭をそりあげた頭目が奇声をあげる。
「今夜もだれもいねぇ、暴れ放題だな!」
ふとって髪の長い副リーダーも叫ぶ。
「今夜はパーティーだ、ヤクもあるぜ!」
暴走族は防水ポンチョを脱いで、叫びながら走り回る。海水浴監視小屋を壊し、自動監視ポールを蹴倒し、森へと入って行った。
森の中のキャンプ場は数年前に閉鎖されていた。しかしトイレなどの施設は今でもきれいに清掃されている。
爆音が黒い森を騒がせる。十人七台のギャングたちは、叫びつつジグザグに走りながらキャンプ地を穢しにやってきた。
シー・バーベリアンの獣たちは叫びながらキャンプ地を走り回る。
その副頭目バイクの暗視モニターに、人影がうつった。
「!ボス、キャンプ地に誰かいやがる」
「海洋牧場のヤツだろ。みんな気をつけろ」
「いや、女だ! 正面の大木の陰」
女と聞いて野獣たちはいろめきたつ。
七台の水陸両用バイクは大木を扇型に囲んでとまり、ライトで照らした。大木の陰に浮かび上がったのは、奇妙な大きなつばつき帽子を被った黒い全身スーツ姿の女である。
「ひょう! 女だ。若いぜ」
「外人か? いいスケですぜ」
「いただき、一番のりぃ!」
バイクから飛び降りたスキンヘッドの頭目は目をギラつかせ、それが当然であるかのように女に飛びかかった。動こうともしない女の目が、異様に光った。
汎用小型偵察車輌のせまい荷台で、夢見は特殊ヘルメットを装着し、ジェットパックをつけ終えた。ここ数年改良が進んだとは言え、飛行時間は十五分。
戦場ではさほど役にたたない。むしろ捜査や救助に使う。突如夢見の表情が曇る。
「うっ」
「どうした、二曹」
「今、激しい恐怖と苦しみを感じました」
「ターゲット?」
「いえあの、もっとたくさん。これ……これはいったい」
「!……その恐怖を追って」
来島がスイッチを押すと、走行しつつ天井が開く。個人飛翔装置が白い煙を吐き出して飛び上がる。正式呼称は三十年式個人短距離偵察飛翔体である。
夢見は断末魔の叫びを追って、夜の森を越えていく。それを追う偵察車は速度を増す。
「こちら大神おおみわ。森の外れに炎が見えます」
「衛星画像で確認した。森を大きく回りこんでむかう」
夢見は木々の上すれすれを飛んで、開けた広場をめざす。そのキャンブ場では燃えるバイクが転げ、人が叫んでのたうちまわっている。
「大神より来島二尉! 被害者発見」
ジェットパックはライトをつけて着陸した。その凄惨な光景に、夢見は慄然とした。七台のバイクは激突し、燃えて頃図っている。
何人もの若者がぐったりし、あるいは目から血を流して狂おしく叫び、のたうちまわっている。地獄図のようだった。
「た、た、隊長! 島の警備部隊に知らせてください、救急医療が必要です」
「なにがあった、映して」
偵察車のモニターに惨状が写った。
「!……やっぱり海の暴走族。ついに犠牲者が出たか」
「まってください。いま、あの…誰かの意志が」
三十年式個人短距離偵察飛翔体を背負ったまま。キャンプの一番奥へと歩いていく。
古木が一本、炎に照らされてぼんやりと輝いている。その前に影が佇んでいた。
「あの……あなたですね。探していたのはわたしでしょう」
影が動いた。夢見は飛び上がり、逃げる相手の前に回りこんで下りた。肩にとりつけた志向性ライトが、その人物を照らした。
ライトに照らされたのは、大きなつばつきキャップを被った女である。青ざめ硬直したその顔は東洋的でもあり、ラテン的でもある。敵意のないことはすぐにわかった。
「あ、あなた……」
たどたどしい日本語である。夢見は相手の心に安心感をおくりこもうとする。
「わ……わたしを知っているわね。わたしの思念を頼って、ここまで来たのね」
極度に緊張していた女の顔から、恐怖感がぬけていく。やがて大きくため息をついて膝をおった。疲れきっていたようだ。
そこへ小型偵察車のライトが近づいてきた。女は驚いて顔をあげた。
「おびえないで、上官よ。あなたを保護したい。言葉判るはね」
浅黒い美女は小さくうなずいた。ヘルメットの通信装置から少し低い隊長の声がする。
「そっちのお客さんを乗せて。警備部隊が医療キット持ってやってくる」
偵察車後部荷台にのって、夢見はやっと重い飛翔装置をはずした。その向かい側では、兵員椅子に座ったラテン系の女が、怯えたような目で見つめている。
操縦席から、来島は市ヶ谷の田巻に報告した。
「保護しました」
「よし、尋問はこっちもどってからや。対象の姿はうつるか」
市ヶ谷地下第三層、シチュエーション・ルームとよばれる特別指令所でモニターを見つめている田巻は、妙に大きな帽子を被った野生的な美人を見て少し驚く。
「……エラい大きな帽子やな。なるほどなぁ、それとってもらえ」
「でも」
「とれば多分、かなりのことが判る」
来島も振り返った。夢見と目があう。夢見は少し気の毒そうに、ゆっくりと言った。
「もしとりたくないのなら、かぶったままでいいけど」
「……とるわ」
不安げな女は、躊躇いつつ大きな帽子をゆっくりと脱いだ。
「あ……」
夢見は正直に驚いた。そりあげた坊主頭で、後頭部はメタリックなヘッドギアに覆われている。厚みはさほどない。
「あなた……それ」
「なんだ? 頭の後ろになにをつけているんだ」
来島の角度ではよく見えない。偵察車は自動操縦で出発地点へ戻りつつある。
「そうか……増幅装置みたいなものね」
「……ええ」
少し落ち着いたようだった。夢見に対しては、安心している。自分と同じ「臭い」を感じ取ったようだった。
「わたしの意識を受け止めてくれた唯一の人が、こんな若い女性だったとはね。
……あなたたちが本心から私を保護しようとしていることは、伝わるわ。
わたしの名前は……ジーンと呼んで。暗号名だけど、それがいちばんいい」
「ジーンはその、増幅器って」
「そう、自ら志願してね。クライネキーファー社の太平洋実験フォートで。これが会社ご自慢の脳潜在電位活性化システムよ。特殊超常能力PSNを増幅する。
わたしはあなたと違って、人工的な能力者」
「人工超常能力者………。クライネキーファー社ならではの考えね」
「各国とも密かに能力者確保に躍起になっている。人工増幅は我が国でも研究中のはずだ」
「でももう嫌になったの。この装置がある限り……わたしは、人間ではない。
このあいだも、命令でジャストの警備システムを狂わせたし。そのあと、操縦していた日本の科学者は自爆したそうね」
モニターしていた田巻は、フロギストン起爆システムのデータを盗んだ加藤技師のことを思い出していた。あのとき追跡していた哨戒機の計器が狂わされ、かつ操縦士は幻を追ってあらぬ方向へと飛んでしまった。
「あの……装置は、はずせないの?」
「脳幹に接続されている。外した者はいないって。死んだ人以外はね。
でもあるいは、世界最高の日本の技術なら可能かもしれないって言われたの」
突然、通信機から田巻のあわてた声が響く。
「か、海上警備隊の連絡を傍受した。とんでもないことになったな。
三人死亡、二人が意識不明。一人発狂、四人重傷で現場緊急措置中。
なんですぐに報告せぇへんかった! 大惨事やないか!」
「彼女の正当防衛です、やや過剰だけどね。あと五分で撤収地点に到着します」
「むかえの機は出しづらくなった」
「何故です。策士策に溺れましたか」
「……エラい言われかたやな。そちらのジーンさんの仕業やろ? な?
いくら札付きの海の暴走族とは言え、死人が出てもうた……ほんまエラいこっちゃで。
こりゃ管轄外、警察の出番になってまうわ。南部管区警察局がもう動いてはる。ヘタに迎え出したら、睨まれ怪しまれる」
「これは統監部長命令の最優先作戦でしょ」
「まぁ承認は、後回しやけどな」
「な……では命令なしでわれわれに出動を?」
「落ち着きぃや、なにもせっかくの大事なお客さん、見捨てたりせぇへんわ。
ともかく海洋牧場の自動荷受場へ急げ」
「設定しました。なぜそんなところへ」
「普通の輸送機とかでは目立ちすぎる。
もしもの為に、必要物資の自動運搬シャトルを制御したある」
「もしもの時? なにか突発事態が起こることを予想してたんですか」
「まぁ、そう言うこっちゃ。ちょっと臭うけど、それに乗り込め。
警察もロボ・ボートまでは怪しまん。君らが来たことは海上警備南海管区第七海堡にきつう口止めしとる。情報部の怖さは、知っとるやろうし」
いまいましいとは思いつつも、来島は自動荷受場へと急ぐ。幸い係わり合いになりたくないのか、島の警備員は何も言ってこない。あるいは田巻が手をまわしたのかも知れない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます