第二動
最初の射撃訓練は、ポピュラーな国産突撃銃と、古風な六四式七・六二粍狙撃銃で行われた。狙撃成績も驚異的だが、突撃銃による標的射撃は神業に近い。
とっさに出てくる標的を敵か味方か判断し撃つのである。たいてい二割も命中しない。
「
見ていた小夜はうなった。夢見でも三十六だった。その他の成績も群を抜く。
「特殊装甲、重装備で三十キロ。それつけて百メートル十七秒か。
大したものね」
体力面での夢見は、平均より少し劣るかも知れない。
「精神集中度がはんぱじゃない。わたしなんかとてもかなわない。素敵………」
小夜は逞しく肉感的すぎる
午後からの教練では、「古武士」来島と格闘中の手合わせとなった。かつての自衛隊格闘術を発展させたもので、プロテクターをつけておこなう。打たれればかなりのダメージをうける。
さすがに来島にかなうわけはなかったが、それでも「いい線」は行っている。
「なかなかやるね」
「でも、とても構いません」
「ここまで自分に打ち込んできたのは、君だけだ。休もう、今日はもういい」
「まだ、確かめてもらってません。大神二曹、お手合わせをお願いします」
「わたし? あの……格闘でも射撃でも、あなたの勝ちよ」
「いえ、肝心のことを。PSNの相対干渉を」
「……そんなことして、どうなるの。勝ち負けなんて関係ないわ」
「自分の力がどれほどか、確かめてみたいんです」
「でもあの……」
「三曹心得、無理をするな。君の能力はすでに出ている」
「是非お願いします」と頭を深々とさげる。
来島も困ったが、試してみたい気もあった。しかしPSNの使用は訓練でもなかなか使えない。
市ヶ谷の各種機器に影響を及ぼす。ここ市ヶ谷地下の第三層、特殊実験区画に「パンドラ」と呼ばれる実験室がある。そこなら特殊能力を発揮できる。
夕方前に市ヶ谷へ戻ったスガル部隊は、真由良の希望通り「精神対決」を行うことになった。
とは言っても薄暗い部屋でむかいあって座るだけである。電磁的に隔離された実験室の様子は、モニターで観察できる。来島は少し不安だったが、命じた。
「無理はするな。いつでもいい」
夢見は大きく息をすった。真由良の鋭い視線はやや耐え難い。
「あの……いいかな、いくわよ」
「お願いします」
と言ったきり、お互いは相手を見つめて黙ってしまう。二人とも瞬きすらせず見詰め合っている。モニターを見つめている職員はいぶかしんだ。
「なんか室内の温度があがっているし、イオン濃度が上昇している」
「常人には判らない戦いが続いてるんだ」
となりの小夜は、少し頭がいたいと言う。夢見は顔をゆがめだした。いっぽう真由良の顔は赤くそまり、脂汗を流しだしている。
ほどなく夢見が微笑んで、大きくため息をついた。
「もういいわ」
その声とともに、全身の力の力が抜けた真由良は椅子から転げ落ちた。
「あの……大丈夫?」
「へ………平気です。ありがとうござました」
「あなた、すごいわね」
「……わたしは全力で防御するのが、精一杯でした」
そう言う真由良の目は、あいかわらず燃えている。この熱意の源泉はよく判らなかった。
夕食後、真由良は自室で死んだように眠ってしまった。
斑鳩小夜は珍しく夢見をさそって、宿舎近くのパブへ入った。法的には成人だが酒に弱い夢見は、ジンジャエールである。
「疲れたわね、今日は」
「本当ですね。どんでもない新人が来たもんだわ。一般教養課程もいい成績ですって。
運動は万能であの負けん気。あの……いったい何者なんです」
「ここだけの話だけど、なんでもどっかのエラいさんの子らしいわ。ともかく才能があって負けず嫌いの努力家。うまくすればいい戦力になるけど……」
「下手をすると自滅しますね。そしてあの手のタイプ、えてして自滅するほうが多いわ。
少しあの子の心に触れました。その……いけないとは思いつつ」
「どうだった」
「あの、焦ってました。ひどく焦ってる。そして自分を半ば賞賛し、半ば呪っています」
「そう。あなたを見つめる眼差し、ただごとじゃなかったわ」
「複雑な過去がある万能の新兵か。なんとなく危なそうですね」
「わたしたちの仲間になれると良いけどね。きれいだし……魔性の女かな」
その頃、早々と眠っていた真由良は息苦しくなって起きていた。裸で毛布をかぶっていたが、全身にひどく汗をかいている。
ベッドから降りた彼女は、冷たい水を飲んだ。それでも息が荒く頭が痛い。
真由良はベッドの下から、鍵のかかるアタッシュケースを取り出した。
その中には金属製の箱がある。箱の中から、エンピツ大の透明な器具を取り出した。圧縮注射である。それを右の首筋に推し打てた。薬液が注入される。真由良は少し顔をゆがめた。
しだいにおだやかな顔になって行く。やがて大きくため息をついた。
この夜更けまで、緊急情報評価部会が続いていた。警察庁の情報担当者が報告する。
「沿岸警備警察が機体と、遺体の一部を発見しました。
加藤技師はギャンブルと酒で身を持ち崩し、奥さんにも逃げられてます。一見まじめな技師でしたが、危ない借金まみれだったようですね。
あと女好きで金遣いが相当派出でした」
聞いていた田巻一等尉官が鼻から息を噴き出した。
「堀口大学には密かに、フロギストン起爆システムの民需転用研究を依頼しとった。なにが盗まれたんかは、バンクが焼けてもうてようわからん。
最高国家機密やったのに」
沿岸警備部隊の将校が答えた。
「データはどっかに送信されていない限り、機体とともにバラバラになったと思われます。
しかし送信された可能性も否定できません。現在、大学研究部の責任者で研究所の設計にかかわった片野さんが、のこったデータを解析中です」
「片野さんって、片野秀信かな」
総務省の情報担当官が聞いた。首相の側近であり野党からも信頼されている。
「あの人か。内閣長期政策諮問委員会を実質的にしきってる。大物登場やな。
しかしなんでわざわざ自爆したのか、よう判らん」
「哨戒機の観測機器に不可解な乱れがおきて、追跡が中断されました。
その間に自爆したのですが、脱出した形跡はありません。遺体の一部も発見されていますし」
「観測機器の乱れは、強力な妨害電波やないんですな」
「その可能性は低いですね。その計器の乱れと言うより、隊員の心理にその」
「なにぃ、PSNや言うんか」
「PSNって、なんです?」
「………いや、なんでもない。気にせんといて」
会議が終わったのは十時頃だった。田巻はそそくさと会議室から出て、地上部へ上がろうとした。そのエレベーターに、富野が乗り込んできたのである。
「田巻、不用意な発言はつつしみたまえ。『力』の存在は国家最高機密だ」
「わかっとるがな。しかし海の上飛んでる隊員の心をいじれるPSNをもってる人間なんて、そんなにはおらん。こりゃエラいことかも知れへん」
「まさかスガルの隊員たちを、疑っているわけじゃあるまいな」
「そんなアホな。もっと大変なことかも知れん。
でもPSN保持者の発言率は、一億人に一人おらん。世界で五十人かな。多くは発現せずに妊娠したりして、能力は失われる。日本では例外的に出現率がかなり高いらしいけどなあ。
ともかくこの能力、進化や生物学的適応の為にはむしろ有害みたいやからな」
エレベーターが地上についた。ドアがあき、下りたとたんに田巻は凍りついた。大きく前をあけたセクシーな白衣のグラマラスな女性が、立っている。
「あんら、タマタマちゃん。会議終わったの」
富野は前任の第十一課長、小林一佐に敬礼した。
「田巻ちゃん。あなたは医務部の許可も得ずに、パンドラで実験したそうね」
「ええっと……いろいろと、言いがたいことがおまして」
「そう。得意の謀略でわたしを追い出したら、言う必要はないってことね」
「いえ………そんな。僕というよりむしろ」
魔性の中年女性は、顔を近づけた。胸元から豊かな乳房が半分出ている。妖艶な香りが田巻をあわてさせる。歩くフェロモン散布機などとも呼ばれていた。
「紀州の研究施設から、フロギストン起爆システムのデータが盗まれたそうね」
「いえ、まだそうとは。その……」
「フロギストン爆裂筒の開発はいまだ極秘。もっとも同盟国はとっくに知っとるけど、メタンハイドレート市場の崩壊を恐れてだまってくれてるのよね」
「は、なんのことか、自分には」
「レーザー式の核融合起爆装置の技術は、核融合炉に応用できるって言うことよ。もし今実験が最終段階の、とても経済的な商用核融合炉が完成したら、我が国が寡占状態にあるメタンハイドレート燃料市場が暴落するわよねぇ。
政府もだいぶ予算突っ込んでるのに。だから中東で欧州機構がすすめている商用核融合炉に、我が国は消極的なのよ。
でもその核心技術が研究所から盗まれたとしたら、何人が腹を切るのかしら。
その中に、あなたが入っていないことを祈ってるわ」
妖艶な医学博士は、尻をふりながら去っていった。田巻は冷や汗をぬぐった。
そろそろ夜の十一時を回ろうとしていた。朝の早い田巻は、大きなアクビをしている。
しかし今日は会議などで、ろくな食事もできなかった。築地にあるいつもの料亭についた頃、影の総理こと国防大臣の上田はかなり酔っていた。
酔っても乱れることはない。そして夜型だった。
「えらいおそなって、申し訳ありません」
「かまわんよ。まだ宵のうちだ。いつもごたゃあげさまだな。片野先生の件では、君に大変世話になったな。今度あらためて一席もうけるがや」
「しかし片野センセも危険、つうかそろそろ終わりですな。あまり肩入れせんほうがよろしやろ。あの手のタイプは、きょうび嫌われはります。
宮田御大の地盤と手法継いで派手にやってはるけど、宮田御大ほどの度量はないわ」
「宮田御大と言えば、君の切り札はどうかね」
「ああ。ようやってます。いい戦士になりまっしゃろ。度胸も気骨もあるし、お母さんの血ぃひいてエラいグラマーやし。おかげで恥かきましたが」
「あまり無茶はせんでくれ。遊部議員は嫌がってたんだし」
「アソベ言うたら古来、魂送りの一族。元々そう言う力があったんですわ。
むかしから巫女、神の妻つうかシャーマンつうのに女性が多いんは、特殊超常能力ポテスタースの潜在性と関係あるかも知れまへんな。
お母さんもそっちのケ、あったかもな」
上田は田巻の猪口に、酒をそそいだ。
「ただ、あの負けん気の強さが、危険やな」
直江津に近いその海岸で実験融合炉を建設しはじめた時、さして反対運動は起きなかった。
事前に原子力発電との違いを、入念に説明していたからである。ただ、妙なことに外国の一部環境団体が押しかけた。
その背後には石油メジャーがいた、とされている。
しかしこの核融合実験炉の「立ち位置」は微妙である。日本は、近海のメタンハイドレート採掘で、この市場における寡占状態をたもっている。
もし核融合発電が本格的に商用運転されだせば、当然メタン燃料の需要は激減する。日本としてはまだまだ、核融合発電に本格化して欲しくない。
とは言え、欧州や中東で進んでいる商用核融合炉開発に乗り遅れることも不利だった。
日本方式と欧州のトカマク方式では大きくことなる。欧州式が将来の核融合市場を独占することも、避けねばならない。
この直江津実験炉はフロギストン起爆システムの平和利用研究のための、重要な実験施設なのである。またその成果は、中国山地で昨年運用を開始した本格的商用核融合発電炉「カグツチ」で、見事に実りつつある。
この日の深夜、西のほうから民間の小型ジェット機が近づいてきた。機体の調子が悪く、新潟空港までも行けない。緊急着陸したいと言うのだ。
確かに新潟空港も富山の基地も遠い。識別コードはなんとDFK、ディー・フィルマ・クライネキーファー社である。研究所の当直はただちに東京の本社に連絡したが、当然のように「おエラいさん」たちはまだ夢の中である。
「現地で対処せよ」
ただ一人おきていた部長は、自宅からテレヴァイザーでそう指示した。そうするうちに、十五人のりの個人用低燃費ジェットは、近づいてくる。小型機専用空港まで、あとわずかである。現地の職員は、許可せざるをえなかった。
「DFKとは中東の発電所開発で提携している。おえらいさんかも知れん。
丁重におむかえするしかないだろう」
実験炉周辺を守っている州警察の武装部隊にも通告し、施設警備員も配置についた。ほどなく短い滑走路に小型のジェット機が着陸した。
ずいぶん下手な操縦で、機は何度かバウンドして、滑走路ぎりぎりでとまった。やがてバックし、これまた危ない「足取り」で施設の近くへと走行する。
職員達が出迎える中、ハッチがあいて六人ほどの男達が降りた。
五人とも仕立てのいいスーツを着た外国人で、一人はサングラスの機長だった。出迎えた副所長代理の手を握り、英語で礼をのべた。
「本当にありがとう」
「まずは身元確認です。おそれいりますがあちらでパスのチェックを調べます」
応接室に通された六人は、大きめのアタッシェケースなどを大事そうに持っている。
「まずパスと掌紋を東京にある御社の極東総支社に……」
その時、建物に轟音が響いた。ガラスが何枚も割れる。施設近くに駐機していたビジネスジェット機が爆発したのである。
燃料タンクの引火などではない。大量の高性能爆薬が機体を粉みじんにし、警備員や建物にも損害を与えた。警報がなりひびく。
副所長代行はあわてて窓にはりついた。
「な、なにごとだ」
「攻撃用意っ!」
機長はそう叫ぶ。スーツ姿の白人やアジア系は、スーツからそれぞれ高性能武器を取り出して用意した。機長は拳銃を受け取り、副所長代行につきつける。
「実験炉に案内してもらおう」
武装警官や警備員が爆発に気をとられているあいだに、テロリストたちは中核部分に近づいた。副所長代行は大きな防護扉を指差す。
「本社からしか開けられない。あの爆発で全施設が封鎖されていて、ここから先は無理だ」
「穢れた文明の象徴、核融合研究などをしやがる連中を皆殺しにしてもいいな」
副所長代行はふるえだした。相手は狂人である。
「武器を捨てよ」
無機質名声がうすぐらく広い空間に響く。人はいない。自動警備システムが作動している。カメラらしいものに偽機長は発砲した。副所長代行はあわてて伏せる。警備装置も発砲を開始した。
「撃て! 撃てっ!」
だが相手は機械。正確に撃ってくる。偽機長は副所長代行を立たせて、盾にした。自動警備装置は副所長代行を避けて、正確に射撃してくる。
一人、スーツ姿の傭兵が頭をふきとばされた。
「こいつがどうなってもいいのかっ!」
「や、やめてくれ! 機械相手に交渉は通じない。わたしが死んでも誰の責任でもないんだ。相手は警備マシンだぞ」
「うまく出来てやがるな。よし、これぐらいで十分だ。ただちに撤退、世界に声明を出す」
日本時間の深夜二時、ニュースは一斉にこの事件を報じた。
日本政府は隠蔽したかったが、世界的コンピューターネットワークを通じて、各国の報道機関に「真実の夜明け」のメッセージが届けられたのである。
「わたしはオドアケル。この星の意志を実行する」
その狂ったようながなり声は、眠気をさましてくれる。
旧式のティルトローター多目的輸送機「あまこまⅡ型」の座席で、大神夢見は狂人の主張に少し青ざめていた。
今の環境破壊の原因が現代文明であり、かつそれを生み出した人類だと言うのである。ゆえに自然を守るために人類の七割以上を「削減」し、かつ先端科学を禁止しろなどと言う。
「深夜の非常呼集、しかも我が部隊とはさして関係もなさそうだけども」
挺進隊長の来島は、二晩三晩寝なくても平気である。斑鳩小夜は大きくあくびをした。新入りの真由良の目は、妙に輝いている。
人質になっているのは幹部クラスの科学者で、身分は副所長代行、五十歳である。そして人質をとって実験施設から脱したのは環境テロリスト、『真実の夜明け』に間違いない。
数人が自動警備システムに攻撃されて倒れ、現在四人が逃亡していると言う。
ヘリは首都郊外の基地へ着いた。すでに高速輸送機が待機していた。直江津までは三十分もかからない。輸送機にのりこむと、やっと本格的に目覚めた小夜が尋ねた。
「核融合実験炉、爆発したら危険なのでしょうか?」
「超低温の重水素が周辺を凍らせるけど、原子炉じゃあるまいし爆発はしない。しかもすでに『かぐつち』が可動しているので実験炉を破戒してもたいして意味はない。
奴らもそんなことは百も承知のはず。事実、警備オペラートルに反撃されて、施設からはすでに逃げ出してしまってる」
「カグツチは警戒厳重すぎるから、比較的手薄なほうを狙ったんですかね」
めったに反論しない夢見が、たずねた。
「あの…でも隊長、どうしてわざわざ統合自衛隊ジャストが動くんです。
州警察では手に負えないのでしょうか」
「それもある。相手は重武装で有名な狂人。死すら恐れない恐ろしい連中。
州警察の武装警官ったって、狙撃銃とせいぜい殺傷能力のおとる短機関銃ぐらいだ。やっぱりわたしたちが乗り出して『穏便』に解決しないと、ね」
「穏便に………ですか」
「それにタマキの説明によると、核融合開発会社に恩を売りたいそうよ。
人質の矢島副所長代行って、
まぁ国家重要人物だな」
「でも妙ですね」と小夜が言う。歳のわりに甘ったるい声である。しかし度胸があった。
「わが国にとって実用核融合炉の開発はなんて言うか、鬼門じゃないんですか」
「そこが政治の複雑なところだね。欧米の開発には消極的だけど、次の産業として政府は、安全安価な核融合発電の商業化を成功させているし、世界をリードしてる。カグツチだってデータとるためと称して、出力は抑えている。
実はメタン市場維持のために隠しているらしい。
ほら、先週紀州南端の大学の施設から、技師がなにかデータ盗んだだろう。あの研究所で開発した技術の応用実験が、ここで行われているって。なにか……関係ありそうだね」
「つまりあの……我々スガル部隊が出動したと言うことはその、心理攻勢で極力犠牲を出さないようにするためですよね」
「だといいけどね。田巻曰く第一の目的は、矢島さんの救出。そのための犠牲はいとわない。出来れば、何人かを生け捕りにしてこい。自殺させるなって」
「じ、自殺………するんですか」
と、夢見は正直に怯えた。
「奴らは捕まるぐらいなら、自爆する。捕まって背景をさぐられると、とても困るらしいね。
核融合開発を目の仇にするのも、謎だ。環境にはやさしい発電なのに」
任務は市街地に近い山に潜入した連中の『心』を探り出すこと。そして彼らに恐怖心をうえつけ、出来れば投降させること。州警察は統合自衛部隊の現地駐屯部隊に、非公式に捜査協力を求めている。その現地駐屯部隊も、ジャスト上層部もスガル部隊の出動など知るわけはない。
田巻は「トップレベルの誰か」と深夜に話をつけて、非公然部隊の極秘出動を説得したらしい。彼の背後には、事実上の最高司令官たる内閣国防会議議長の国防大臣が控えている。
白瀬靖首相は、軍事面では素人の経済学者で社会生物学的哲学者だった。
実験炉に隣接する民間小規模空港。爆発機の残骸は大慌てで片付けられ、高速輸送機がなんとか着陸できた。
首魁オドアケルたち四人のテロリストは、矢島代行を人質に南部の山に逃げ込んでいると言う。テロリストたちの何人かは、腹に爆薬をまいている。
監視カメラなどの情報によると、体温が異常に上昇し脈も早い。なんらかの薬物で、痛覚すら鈍っているらしい。
スガル部隊は「やまねこ」と呼ばれるケッテンクラート型の装甲小型車を使った。前部がオートバイ状で、後部の両輪は三角形のキャタピラーとなっている。 かなりの急斜面でも走行できる。二台に分乗した四人は、州警察の警備線をこえて山の中に入った。
夜明けまではまだある。風は冷たい。完全武装の四人は、念のために小口径の「マシン・ピストル」をもたされている。あたりは漆黒の闇。暗視カメラでみると、小動物たちの目が光る。
夢見は、「万能の新入り」にとって初実戦であることを思い出した。美しい顔が青ざめている。
「
「別に焦っておりません」
夢見はなんとなくその意識を感知するが、ほとんど恐怖心を感じていない。
しかしなにかに追い立てられているようだ。そして不可解な闘志を燃え上がらせている。
「
「ええ、恐怖心は多分その……矢野さんのものですね。あとは……。なにこれ」
異様な高揚感、いや幸福感すら感じると言う。夢見のさししめす方向を、静止衛星の夜間映像がとらえた。
テロリストたちは大胆にも火をたいて、なにかを食べているようだという。
救出を待っているのかも知れない。しかしこの厳重な包囲の中を、どうやって脱出するのか。
さらにヤマネコで近づき、あとは徒歩で接近した。小夜が先頭を歩き、夜間スコープで目標を監察した。
接近してきた部隊には気づかず、酒をくみかわしている。
少し離れたところで、矢島氏が幹にもたれかかってぐったりとしている。パイロット服姿の人物が、携帯電話でいらいらしながらなにかを話している。
「隊長、電話をモニターしてもらってください。
多分、暗号化されていると思うけど」
いっぽう夢見は目をとじて、深く呼吸した。精神を集中させる。
「……あの機長は、多少怯えて焦ってます。あとの三人は、ほんとうに恐れも怯えもしていません。……戦意が高い。傭兵かプロですね。
でもあの…その、妙です。心を感知しにくい。雑音が入ると言うか、こんなのはじめてです」
小夜も言う。
「わたしにも判る。なんて言うか、心がない?」
「精神工学的操作を受けているか、なにかの薬物を使用しているかな」
「進言」と肉感的すぎる新入りが言った。
「機長風の首魁に恐怖心を送り込んで、降伏させましょう」
「あの……それは無理と思います」夢見はそう反論する。
「あの偽機長が名高いオドアケルでしょうか。
その、唯一まともな人間のように思えますが、彼が突然投降しようとすると、のこった狂信的なプロが彼を攻撃します」
「科学者の体力も限界みたいですよ」
暗視双眼鏡で監視していた斑鳩一等曹長は、矢島副所長代行の身を心配していた。そこへ市ヶ谷の田巻一尉から連絡がかかってきた。
「あかんわ。電話を傍受できん。
電波部でも暗号解読できひん言うのは、相当なこっちゃで」
「地元警察の動きはどうです」
「テロリストを遠巻きにしとる。こわくて近づけん」
来島はこちらの状況を説明した。
「どうやって脱出しようと言うのでしょう。
ここから海岸に出るのかも知れません」
「海岸は警察と沿岸警備隊が固めとる。案外町に出るのかも知れん。これ以上矢島代行の体力がもたんようやったら、適当な処置をとれ。
ええか、エラいさんの娘婿やぞ」
「そうでなければ、助けなくてもいいのですか」
「そうや。違うか」
「わたしがまいります! お任せ下さい」
「人質がいる。どうする」
「恐怖心を送り込んでいてください。わたしは大きく回りこんで、遠方から威嚇します。恐怖を忘れた連中をこちらにひきつけますから、人質救出を願います」
「……ほかにすべもないか。人質と、狂信者を分離するべきだね。
ではわたしと遊部三曹心得でまわりこむ。無線はつかわない。二曹は適宜恐怖心を送り込んで、武装兵が離れたら斑鳩一曹と突入しろ」
その頃、比較的冷静な「首魁」は忌々しそうに携帯電話をもてあそんでいた。
「話が違うぞ。あんなに厳重な警備なんて、聞いていない」
「おい大将、飲まないのか」
「よく飲めるな。我々は包囲されているんだぞ」
「全部やっつけてやる。そのためにももう一本頼む。あれやると俺達は無敵になれるんだ」
「……頼んだぞ」
オドアケルは胸のポケットから金属の小さな箱を取り出した。
そこには透明なエンピツ状の器具が三本。スーツ姿で高性能火器を持つ傭兵達は我先にそれを受け取り、首筋にうった。
みんな陶酔に似た表情で、注射器を投げ捨てる。
「よし、力がわいてきた。何百人きても大丈夫だ。
この爆薬で、吹き飛ばしてやる!」
と笑い出す。ベルトには、高性能爆砕手榴弾がいくつもつるしてあった。
そのときオドアケルは嫌なものを感じた。漆黒の森を見つめる。何もいない。 ぐったりと幹にもたれかかっていた矢島副所長代行も、怯えたように顔をあげる。そして不安げに周囲を見回す。
オドアケルは足の先がふるえだした。武装した三人のスーツ姿は、焚き火を囲んで盛り上がっている。
「なんだこれは。おい!」
「どうした、オドアケルさんよ」
「警戒しろ。誰かが、いる」
スーツ姿の一人が立ち上がった。
「びくびくするなって。お迎えが来る約束なんだろ」
「そ、そうだが」
昂揚した白人は、おびえきっていた矢島の腕を掴んで立ち上がらせた。
「こっちには人質がいるんだ」
その様子を暗視スコープで観測していた小夜が、小さく叫んだ。
「まずいわ。人質が……」
その時、夢見たちの横手から焚き火にむかって、銃弾が撃ち込まれた。木の幹がゆれ、土煙がいくつも立ち上がる。来島たちの陽動である。
「火を消せっ!」
傭兵は矢島代行の腕を左手でつかんだまま、銃を用意した。
「木の陰にかくれろ。相手の人数は不明だ」
緊張しているが、恐怖心はほとんどない。
「た、助けて」
矢島は恐怖にとりつかれて、うずくまる。恐怖にとりつかれたのは、首魁の自称「オドアケル」も同じだった。
得体の知れない恐怖が心に満ち溢れている。そこへ銃弾である。
オドアケルはいきりたつ傭兵たちに気づかれぬよう、闇の中へと逃げ出した。
「オドアケルのだんな、迎えはいつ来るんだ」
傭兵のリーダー格がふりむくと、誰もいない。その様子を高倍率の暗視双眼鏡で見つめていた斑鳩小夜が言った。
「隊長に警告して。奴ら人質をつかまえたままよ」
しかし遅かった。スーツ姿の三人は、銃で闇にむかって反撃をはじめる。
「仕方ない、こっちも応戦するしかないわ。行くよ、夢見」
ドイツ製マシン・ピストルの威力は弱い。射程距離も短い。小夜と夢見は近づき、太い幹に隠れて照準をつけた。
幸い矢島博士は、ふるえて下草の上にうずくまっている。
マシン・ピストルから拳銃弾が噴出す。意表をつかれた二人の敵が次々と倒れた。とっさに伏せたアジア系の男は、うずくまっている矢島を無理に立たせた。
小夜は無線封止をやぶって、「ユニヴァーサル・コミュニケーター」ユニ・コムに叫ぶ。
「隊長、二人倒しました。一人は矢島さんを盾にしてます。
発砲を中止してください!」
「わかった。慎重に接近する。回り込んで退路をたて」
逃げたオドアケルは北のほう、海を目指した。その先には、銃声に驚いた武装警官たちが押し寄せようとしている。
彼は近づいてくる無数のライトを避けようと、木の上にのぼった。しかし木の枝につかまったときにそれが折れ、斜面に落ちてしまう。
「うわっ!」
急な斜面をすべり落ちた彼は、そのまま谷川に落ちてしまった。さほど流量の多くない川に水しぶきが散った。
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