S.G.A.L.2 エルフィン特殊機密指令 Das besondere geheime Befehl Elf-In.

小松多聞

第一動


 和歌山最南端、即ち本州の最南端に近いその目立たない漁港から、漁船の影が消えて何年たつだろう。現在の行政区分では大和州紀伊郡に属する。

 東海大地震に続く東南海地震では、地盤の固さもあってさほど影響は受けなかった。直前予知が成功したおかげで、津波の被害もさほどではなかったが、町々と漁港がほぼ壊滅した。

 そのあとに東京の名門私大、堀口大学が核融合開発研究所を作ったのは七年前のことである。すぐそのあとに、すでに核融合発電は実用段階に入っていた。

 なぜ今更こんなところに、といぶかしむ声もあった。しかしこの施設のおかげで、紀伊郡勝浦市のはずれにある那智土居津が、なんとか復興できたのである。

 人里離れた岸壁の上の施設は、「学校法人堀口大学応用核物理学研究所」と言う。少し風の強いこの夜明け前、施設内で爆発音がした。続いて警報がなりひびいて、自動消火装置が作動した。

 宿直の職員と警備員が爆発現場にかけつけた時、データの大半は失われていた。

「加藤さん、加藤さあん!」

 加藤久信と言う四十ばかりの技師が、ほぼ徹夜でなにかの作業をしていたはずだ。しかしその姿はどこにもなかった。

 警備システムのデータも失われ、いつ出たかも判らない。近くの宿舎に住む職員もほぼ全員、夜明け前にかけつけた。すでに警察と消防が施設を取り囲んでいる。

しかし加藤は、個人端末「ユニ・コム」の連絡もつかなかった。

 



 かつては自殺の名所だった富士の樹海。今は大半が特別保護林と国防省演習林となり、「地方人」すなわち民間人の立ち入りは制限されている。それ以前に自殺者の数そのものが、かの平成東海・東南海大震災以降極度に減った。

 震災復興後、また徐々に増えつつあるとは言うが。今は世界的な混乱が続いている。日本はまだ「まともな」ほうだった。アジアにおける通貨危機と経済恐慌は世界的混乱を招く。

 そこへ日本の連続震災である。日本は一時的に準戒厳令をしき、海外投資を引き上げた。

 そのことが混乱をさらに深刻にした。その少し前、経済的負担と犠牲者増加に耐えかねてアメリカは、「世界の保安官」を一方的におりていた。世界は「暗黒期」を迎える。


 今、この深く暗い森には、あまたの自殺者の怨念が漂っている。そして今は草木も眠ると言われる時刻である。

 松田美香は義務教育を終えたあと、やはり家庭の経済的な事情で、江田島の統合幼年術科学校に入った。全寮制二年の高等教育を経て、特進一号生徒となった。

 半分近くの生徒がこの時点で上級兵卒となり、法的には成人として扱われる。今年、軍事教練の専門コースがはじまったばかりである。

 数ヵ月後、突如妙な試験を受けさせられた。暗黒の空間の中で、何人他人がいるかを答えたり、うつぶせたカードの記号をあてたりするのである。

 厳重な脳波測定、脳の血流の測定などもされた。その一ヵ月後、教練初期課程を無理に切り上げられただちに富士演習地の訓練キャンプに連れてこられていた。

 そこでは精神統一や催眠誘導自律訓練など、これまた奇妙で不可解なプログラムが待ち受けていた。中には座禅や、瞑想もはいっていた。

 多くの軍事組織がそうであるように、極秘プロジェクトにかかわる兵士はその目的などを詳しく説明されることはない。ただ命令に従うだけである。それが兵士だった。

 実はこんなテストが行われたのは、二回目である。前回のテストでの合格者は「ある実験」の為に集められたが、「絶対極秘の事件」により、一人が亡くなり数人が傷ついたと噂された。

 ともかく彼女は統合幼年術科学校の早期卒業が予定され、卒業後は成績優秀を以て三等曹長心得に昇進するはずである。この「特殊機密訓練」を無事終えれば。

「十七か八で下士官さまよ、法定成人にも成れるし」

 美香はそう自分に言い聞かせた。こけしのような顔立ちと小柄な体。無骨な戦闘服よりも学生服が似合いそうだ。

 そして最終段階と言われる、実地試験の夜となった。

「だめ、心を守って。こわくないこわくない。幽霊なんていないわ」

 周囲は漆黒の闇である。夜風が森をざわめかせるたびに、小さな悲鳴をあげた。

 彼女の位置はGPSで判る。それどころか静止衛星は表情まで読み取り、各種機器が体調をモニターしている。「物理的な」危険は全くない。

 しかしこんな状況で怖れるなと言うほうが、無理だった。

「精神統一精神統一。深く呼吸して心に注意をむけて。血液の流れを想像して……。だめ、なんでこんな訓練受けんのよ。

 江田島では単独行動は避けろって教わったのに」

 美香はふと立ち止まった。なにかを感じたのだ。

「……なに、この感覚」

 誰かが心を探っているのか。いや敵意すら感じる。

 周囲は鬱蒼とした森が、闇の中でざわめいているだけである。野鳥すら、息を殺しているようだ。

 季節は秋に入りつつある。虫の音ももっと聞こえていい頃だった。

「いや、なにこれ」

 恐怖心が心臓を凍えさせる。

「あ……いや!」

 美香は突如走り出した。体重の半分近くある重い装備を背負って。暗視スコープにうつるぼんやりとした光景を頼りに、その「意志」から逃げようとする。

「誰っ! いや、来ないで」

 半泣きになっていた。そして理性をかなぐり捨てて、ひたすら逃げようとする。

「助けて!」

 突如視界がまばゆい光に覆われた。暗視スコープは自動的にその機能を停止したが、サーチライトの光に視力を奪われ、立ちすくんだ。

「状況終了」

 スピーカーから冷厳な男の声が響く。ライトがやや弱まった。周囲に数人の人影が見えるが、涙でくもってよく判らない。

「松田上級兵卒。よくやったけど、あの……ここまでよ」

 澄んだ可憐な、そして聞き覚えのある声だった。長身の影が、進み出る。泣き顔の美香は、直立不動の姿勢をとった。

「お、おおみわ二等曹長」

「恐怖に支配されてはだめ。あの……恐怖を感じる相手を、知ろうとしないさい。

 今わたしは、あなたに殺意など全くいだかなかった。でもあなたは勝手に、わたしの強い意志を敵意と感じたのよ。その、よくやったわ」

 あいかわらず、はにかんだような話し方をする。最近やっと相手の目を見て話してくれるが。

「もっと精神修行が必要だわ。

 でもいい線行っている。わたしの思念をするどく感じたわ」

「は、はい。自分の未熟さを実感しました。訓練していただいて、ありがとうございます」

 泣き顔を袖でぬぐって、室外の敬礼をした。


 大神おおみわ夢見ゆめみ二等曹長は夜間訓練を終え、偵察車で双子山山ろくの衛戍病院特別宿舎へと戻ってきた。清楚な顔が少し紅潮しているのは、軽い興奮のせいかも知れない。

 将校用保養施設を特別にあてがわれている。その質素なロビーで、見事に鍛えあげられた体格の、髪を刈上げた浅黒い女性が待っていた。

 少し驚いた夢見は敬礼した。

「隊長」

 情報統監直率武装機動特務挺進隊長、来島郎女くるしまいらつめ二等尉官も軽く敬礼を返した。

 情報統監部第十一課所属の特殊実験部隊で、通称名はスガルと言う。

 それはSpecial Group of Armed Legionariesの頭文字であるとともに、非社会性の狩り蜂である「ジガバチ」の古名でもあった。また、古代説話の神をも畏れぬ勇士、少子部ちいさこべ蜾蠃すがるにかかっているとも言われている。

「あの、その……起きてらしたのですか」

「ああ。二晩三晩、徹夜ぐらい平気だ。

 ごくろうさま。今回もモノになりそうな子は、いないみたいだね」

「ええ。いい線はいっているのですけど。あの、こう言ってはなんですけど、そうそう闇雲に訓練しても見つかるものではないと思います。

 その、補充が必要なのはわかりますが」

「田巻が例によって焦ってる。なにか他にも画策しているみたいだけどね」

 起床時間まで少し眠りたかったが、その前に熱いシャワーを浴びることにした。待っていた来島も、つきあってシャワーを浴びつつ言った。

「貴官や小夜さよは、やっぱり特別か。それが判ってるからこそ田巻は焦ってるのか」

「あの、そんなこと思いたくもないですけど。こんな能力、欲しかったわけじゃないんです」

「厄介な奴にスカウトされたのがきっかけだけど、おかげで世界最強の能力が開花できたんだ。

 神様をうらんじゃだめだ。田巻の言葉だが、天は気に入った者に二物も三ブツも与える」

「はい……」


「ふあああああ」

 国防省市ヶ谷中央永久要塞の中央棟地下で珍しく夜更かししていた、今時眼鏡をかけた丸顔の情報参謀が、大きなあくびをした。田巻己士郎こしろう一等尉官のあだ名は「謀略参謀」である。

 平面モニターに映し出された報告書を、細い目で読んでいる。

「そうそう簡単にPSN持つ子ぉは、おらんやろなあ。御剣君やユメミンは例外中の例外や。

 しかし……そやな。おらんなら、作るしかないわけで」

 大きな鼻を持つのっぺりした顔の男は、気味悪く微笑む。

「僕の計画が正しい、言うことを証明するだけでいい。無理は禁物やし」


 夜明けが近く、南の海は紺色に染まっている。黒く目立たないゴムボートが一艘、南紀の海をすすむ。

 自動操縦モーターのついたそれに乗るのは、黒い防水コートに身を包んだ中年男が一人。

 数年この漁村で暮らしていた彼も、そんな洞窟があるとは知らなかった。南へむかって口を開けたその洞窟内部は、さして広くない。かつての海賊の隠れ家だったのだろうか。

 自動操縦ボートはまだ暗い洞窟にはいってとまった。

「ここで降りろと言うのか」

 加藤久信はさすがに気味が悪かった。すると目の前に灯りがともった。

 そこには、小型の飛行艇のようなものが浮かんでいる。ロープかなにかで岩に固定してあったが、波に揺れている。

 全体的に黒い小型艇だった。加藤は左手首にはめた万能通信装置「ユニ・コム」にしゃべった。

「これに乗り込むのか。俺には操縦なんて出来ないぞ」

「全自動操縦低空艇だ。乗り込めばいい」

 冷静な声には、妙ななまりがあった。加藤久信はポケットの中をたしかめ、ゆれるゴムボートからなんとか小型飛行艇に乗り移った。

 キャノピーが自動的にひらいた。はいのぼった加藤は、広くもないコックピットに乗り込む。すると様々な計器が作動し、キャノピーがしまっていく。

 低い振動が機体をつつむと、飛行艇はゆっくりと進みだす。係留していた綱が小さな爆薬で切られ、いよいよ洞窟からまだ暗い海へと乗り出していく。

 加藤は安心するとともに、不安にもなってきた。

「これで俺は日本に戻れなくなる。約束の金は確かだろうな」

「今までの借金とも、しがらみともおさらばだ。快楽の新生活が待っているさ」

 小型ステルス飛行艇はエンジンをふかし、南へむかって海面をすべって行く。 ほどなく爆音高く飛び上がった。その音は一キロほど離れた土居津にまで響いた。現場検証中の警官達は、なにごとかと南の藍色の空を見つめた。

 飛行艇はやや進路を東へかえ、飛び去ってしまった。


 やがて水平線の彼方から太陽が顔をのぞかせはじめた。

 飛行約三十分。自動操縦機の中で縮こまっていた加藤は、鋭い警告音に驚く。

「な、なんだ!」

 モニターに光点が輝く。統合自衛隊J.U.S.T.の沿岸警備有人哨戒機らしい機影が、急速に近づいているのだ。

 またユニヴァーサル・コミュニケーター「ユニ・コム」に叫ぶ。

「見つかった! もうだめだ、おろしてくれ!」

 暗い部屋の中で、わずかになまりのある男が静かに答える。

「大丈夫だ。探査システムを無力化する」

「ど、どうやって」

「声」は答えず、別の小さな携帯通信機にささやくように言う。

「どうだジーン。追っている連中の姿は見えるか」

「……見えない。でも感じる。奴らの意識を乱してやる」

「おい、なにをしている。哨戒機が迫ってるぞ。副委員長!」

 小型ステルス艇は進路をさらに東に転じた。ほぼ東南東のコースをとる。しかし哨戒機はそれがわからないかのように、東南へと飛び続けている。

 コックピットのモニターを見つめていた加藤技師は、驚いた。

「なんだ? 見えないのか。どんどん離れていくぞ。

 ともかく……助かったのかな」

 ほっとしたとたんに喉がかわいてきた。施設から逃げてから、なにも口にしていない。

「おい、いつまで飛ぶんだ」

 また警報がなる。

「今度はなんだ。赤い光がすごい速さで近づいてくる。

 また哨戒機か? いや、早すぎる」

 それは海上警備部隊の「Antisubmarine Flying Automaton」通称アーファだった。小型ロボット対潜哨戒機である。

 また左腕のユニ・コムから「副委員長」の冷静な声が響く。

「安心したまえ。またコースをかえてみせよう。

 それに日本はやたらに発砲しない。

 しかし君のデータは危ないな。それをポッドにいれたまえ」

「ポッドだと」

 コックピックわきの丸い蓋かあいて、水筒のような筒が競りあがってきた。その先端に小さな穴がある。

「ここに、データを入れるのか」

 加藤はいぶかしみながらも、ポケットからマッチ箱のような金属ケースを取り出した。それを穴に入れると筒は自動的に沈んでいく。

「いれたぞ。どうする」

「保護する」

 ポッドは機体の下へと射出された。軽い衝撃が機体をつつむ。

「なにをした。今の衝撃はなんだ」

「データを射出したんだ」

「お、俺はどうなる」

「心配するな。今から脱出させてやる。絶対に捕まらないところへだ」

「脱出、ここでか? どこへいったい」

「まだ見ぬ、未来へむかってな」

 次の瞬間、黒い機体はオレンジの炎につつまれた。加藤技師もろとも砕け散ったステルス機の様子は、追尾していた自動哨戒機のカメラにとらえられていた。

 自爆直前に海にむかって落とされた保護ポッドは、信号を出しつつ南の海に沈んで行く。

 それを待ち構えていたロボット小型潜水艇が、ほどなくアームで回収してしまった。


 同じ頃、遠くはなれた富士山麓。双子山の国防省保養宿舎では、訓練につかれた大神夢見が、起床時間前に突然目をさまして飛び起きた。

「今のなに、強力な意思を感じたPSNは……」

 彼女は大きくため息をついた。

「いやだな、こんな能力」

 この特殊な能力のおかげもあって、一種の対人恐怖に陥っていた時期がある。 他人の自分に対する感情、特に悪意がいやほど判ってしまうのである。

 その克服と生活の糧をもとめて、統合自衛部隊に入った。そこでついに、特殊な能力PSNが「開花」してしまったのだ。本人が望んだことではなかった。

 統合自衛部隊は数年前、三隊の整理統合で生まれた。四つの高度航空化機動艦隊「タスク・アーマダ」を基幹とする、実力世界第三位の防衛力だった。

 Japanese Unified Self-defense Troopsの頭文字J.U.S.T.からジャストとも呼ばれる。


 次の日の午前、樹海での特殊能力開発訓練を終えた通称「スガル部隊」は、市ヶ谷台の国防省に戻ることになっていた。

 この存在すら公表されていない特殊部隊の形式上の所属は、これも存在しないはずの情報第十一課、通称「エルフィン」である。

 ドイツ語の「エルフテ・インフォルマティオン・ビューロー」の略である。

 可変ダクテッド・ファン輸送機「あまこまⅡ型改」で東にむかいつつ、夢見は隊長の「古武士」二等尉官来島くるしま郎女に、起きたことを語った。

「PSNを感じたのか。夢見が飛び起きるほど強い特殊超常能力か」

「夢かも知れない…です。でも、あの、斑鳩先輩も同じ夢を見たと言ってます」

少し脂肪をまとった斑鳩小夜一等曹長は、小さないびきをかいている。

「疲れきったあなたを飛び起きさせるなんて、相当強力なPSNだね。

 わたしたちが訓練した子たちではないな」

 PSN。ラテン語で「常識を超えた能力」を示すポテスタース・スペルナートゥーラーリスの略である。日本では特殊超常能力と称される。古くはESPなどと言った。

 その力が非公式に確認されたのは今世紀初頭。そう古い話ではない。

 わが国はまだ防衛省だった時代にその研究開発に極秘予算をつけ、いまや先進各国の研究をリードしている。

 しかしその実態と発生原因についてはまだまだ解明されていなかった。第五の力とも言うべき一種のゲージ粒子が、脳から発せられるらしい。

 それは意思または想像力によって制御され、他のゲージ粒子、特にフォトンやグラビトンに干渉する、とされている。実態の解明はまだ先のことだった。

「あの隊長。田巻一尉がわたしたちとは別に、PSN保持者を発見し訓練していると言う話がありましたね。確か富野課長代行がそんなことを」

「そんなに簡単に見つかるとも思えない。第三次特別総合精査でもあの通りでしょ。

 君たちが採用されるかなり前から、ジャストと厚生産業省が組んで、潜在的PSN調査やったのは知ってるね。一尉はその計画にずっと関わっている。

 でも有望な保持者は、君を含めて五人ほどと聞かされている。

 全調査対象は十代の少女、数百万人に及んだのに。第二次精査で見つけ出したわが国最初のPSN能力保持者は、例の事故で今も入院しているらしい。つまりあの松田一号生徒とわがスガル挺身隊の二人ぐらしいか、存在しないんだ」

「そうですか……」


 市ヶ谷台国防省。正式名称は国家中央永久要塞と言う。わが国防衛の要であるこの建造物は、新古典帝冠様式で統一され、宇治の平等院を模したとも言われている。

 一見無防備なこの施設の地下には、東洋有数の堅牢な要塞が隠れている。

 また東京首都特別区内に張り巡らされた地下壕は、偽装された各種施設をつなぎ、世界有数の大都会を一大要塞地帯にしていた。

 この市ヶ谷要塞中央部の目立つ建物で、この日の午前、乙種情報連絡会議が開かれた。定例会ではあるが、参加したのは情報統監部長石動いするぎ将帥以下、十数人である。

 一等尉官田巻己士郎は、軍令本部要員の兵科である青みがかった灰色の制服に、銀色の参謀飾緒を吊っている。

 腹が少し出ている。正式には「参謀補」である。

 大きな円形テーブルを囲む高官たちの冷ややかな視線などものともせず、得意げに話す。

 この男、人前ではあがる癖があるが、生来の小心者で策謀好きだった。

「続いて通称スガル部隊、こと情報第十一課機動特務挺進隊についての現状報告です。

 小林一佐の転出により、課長ポストは課長代行として、なんでか富野先任一尉がついてはりますが、新人の獲得に難航しているようですな」

 富野が出席していないことをいいことに、嫌味を言った。通常課長は二佐相当職である。

 冨野とは同じ階級だが、田巻のほうがかなり年長である。しかし彼は京都の私大を出て就職にこまり、当時の有力議員上田徹也のツテで旧・防衛省の広報会社に入った。

 三軍統合の混乱期、初代国防大臣となった上田の後押しでジャストに入ったのである。一方富野は統合防衛大学校出身の生え抜き、寡黙で優秀な男だった。 

 人嫌いで、日々自らを鍛えている。

 特別に会議に出席していた、「万年」国防大臣の上田国防委員会委員長は少し驚いた。

「その、部隊長以下まだたった三人なのかね。部隊が発足して、来月には半年にはなるのに」

「実質二人。隊長の来島二尉は勘が鋭すぎる程度で、PSN保持者とは言えません。斑鳩くんはまあ、大神おおみわくんの半分もあるかどうか。

 これが東洋、いや多分世界最強のPSN特殊部隊の実態です。

 そもそも世界にスペリーは五十人もいません。だからこそ新計画が重要なのでして」

 情報統監石動将帥は上田のほうをむきなおした。あと少しで五十歳にはなるが、凛として若々しい女だ。

「いまさらですが大臣に承認いただいた新計画については、その危険性についてもう少し慎重に調査しなおすべきだと思います」

 田巻にはそれが、自分に対する皮肉だと判っていた。いつものうすら笑いを浮かべる。

「しかし閣下、つぎなるPSN戦士の候補者のデータは」

「それは判っている。君の努力は認めるわ。PSN開発に対する執念も。

 しかし性急すぎる。本人の同意を得ているとは言え、ここまで危険をおかす必要があるのか疑問だ。

 データが、ここ三ヶ月ほどで急速にあがっている。あがりすぎよ」

「まあ石動さん」

 永田町では「微笑みの寝業師」とも言われる国防大臣は、田巻をかばった。

「スガルちゅう部隊設置を進言したのは君だ。その補充兵を開発するのは当然だがや。

 しかしあれほど大規模に潜在能力の洗い出しをやっても、有望な候補者はおらんかった。ならば多少強引な方法も、やむをえんよ」

 将帥石動麗奈は整った顔をくもらせた。

「ほならさっそく、来島二尉に面通しさせて正式に配属言うことでよろしいでしょうか」


 秘密会議のあと、田巻は中央棟の将校クラブ食堂でコーヒーを飲んでいた。

するどい視線に顔をあげると、第十一課長代行の富野が立っている。通常は二佐、特例で三佐がなる情報課長に代行とは言え先任一等尉官がなるのは、異例の抜擢だった。

 冷たくハンサムな顔はいつも無表情である。「メンコの数」即ち軍歴は田巻より少し長い。年齢はかなり若い。

「田巻。またよからぬことを考えているらしいな」

「なに人聞きの悪いことを。きちんと手続きしてスカウトし、保護者納得させてJUST入れたんや。母親だけしかおらんけど。

 前のんは残念やったけど、今度はホンマもんや。一般教練は三ヶ月コースを一ヶ月でクリア。半年で特例二号生徒編入。大した女の子やし」

「数ヶ月前から、石居いしい製薬の研究室と何度も会合を開いているな

「……エラいこと知ってはるな。別に薬会社とおうたかて、問題ないやろ」

「あそこはクライネキーファー系の製薬会社と提携して、大脳機能の活性薬を開発していたはずだ。そして君の性急すぎる危険なプロジェクトは」

 田巻は立ち上がった。

「僕のやることにケチつけたいなら、自分で有望な新人、獲得してみ。

 そもそもスガル部隊設置の絵ぇかいたんは、僕やし。それを僕をさしおいて先に課長補佐なったから命令するわけか。

 まあ僕は統監直属の情報参謀補やし……君に逆らいはせんよ。前任の小林一佐とばしたのも、君たちや言う噂やけどな」

「……噂にすぎない。貴公が上田大臣に頼んだと言ううわさもある」

「じゃあこっちも噂にすぎん。ともかくPSN能力の開発は重要国策や。

混沌が深まる世界情勢を乗り切るために、情報第十一課エルフィンには頑張ってもらわな」

田巻は残ったコーヒーをおいたまま、食堂から出て行った。


 数日後、市ヶ谷要塞の情報十一課エルフィンに呼び出された来島郎女いらつめは、課長代行の富野勝からある書類をわたされ、正直に驚いた。

「つまり新人、ですか」

「そうだ。上田大臣からの推薦もあって、スガル部隊に配属する。データだ」

「……なるほど、すばらしい成績ですね。それでPSNについては。

 夢見ほどではないにしろ、いいデータです」

「確かにデータはすばらしい。しかしその採用にいたったいきさつ、実験の経緯などにいささか腑に落ちない点がある。

 能力者スペリーなんて、世界に五十人いるかどうかなのに。

 そもそもスカウトして訓練したのが、例によってあの田巻だ。実験に橋元医官はいっさいかかわっていないと言う。いや、関わらせなかったんだろう」

「やはりそうでしたか」

「やはり、とは?」

「田巻情報参謀補が独自にPSN能力者を探している、との噂が本当とは」

「全国的な潜在能力テストで選び出した女性たちすら、ほとんど使い物にならなかったんだ。

 田巻はいったいどんな手段を使って、こんな子を見つけだしたのかな」

「ともかくこれだけの能力があるなら、頼もしいです。

 我々は喜んで新兵を受け入れます」

 「古武士」来島二尉は敬礼した。


 数時間後、正門から市ヶ谷中央棟に出頭した女性かなり大柄である。

 精悍な顔立ちの中で大きな瞳が輝いている。グラマラスを通り越して、やや淫靡ともいえる見事な肉体を、陸戦兵科を現すカーキ色の制服で無理に包み込んでいる。

 田巻はその魅力的すぎる新人を見て、答礼すら忘れてニヤついていた。

遊部あそべ真由良まゆら三等曹長心得です」

 真由良ははっきりと澄んだ声で答える。勝気そうな目だが、瞳が微妙に揺れている。夢見は少し緊張した。斑鳩小夜は目を輝かせて、つぶやいた。

「……すてき」

「よろしく。隊長の来島だ。君たちと違ってPSNはほとんどない。

 ただ武人としての勘は代々鋭くてね。おかげでここを率いている」

「あの……そんなに真剣に見つめないで。オオミワ二等曹長です」

「お噂は聞いています。わが国最高、いえ世界最高のPSN能力保持者とか」

 夢見は少し顔をあからめた。人見知りはまだ直っていない。「新人」の視線は鋭い。

「その……誰がそんな大げさなことを」

「大神二曹は存在自体が国家最高機密だ。でも君もまけないぐらい、能力が強いようだな」

「いえ、まだまだです」

 真由良は視線をそらした。そのとき夢見は、彼女が動揺したのを感じ取った。 どこか女豹を思わせる、妖艶な肉体派少女である。年齢は夢見とかわらないはずだ。しかしその秘めた闘志は、小夜でも感じられた。

 翌日から首都特別区郊外の訓練地などでのテストがはじまる。彼女の特務挺進隊員としての適正を確かめるのである。

「一曹、少しもんでやって欲しい」

 と来島が斑鳩小夜に言うと、真由良は直立不動でこたえた。

「是非、大神二曹でお願いします」

 夢見は驚いた。真剣な眼差しで見つめる。敵意すら感じた。

「……わたしはあの、いいけど、その」

「おねがいしますっ!」

「あ……訓練は明日からや。ともかく裏の特別将校官舎に荷物おいたら、ヒト五マルマル時に中央棟二階の軍務局人事部に出頭。

 一般勤務服に略綬をつけ正帽たる烏帽子をかぶること。

 僕もそのときに立ち会う。以上」

 統合自衛部隊では通常、つばのついた略帽か独特の「ミュッツェ帽」をかぶる。しかし儀式等では現代風の烏帽子を使う。

 田巻は敬礼した。遊部真由良三等曹長心得は敬礼すると大きなカバンを担ぎ、斑鳩一曹に案内されて市ヶ谷要塞北側へと去って行った。

「ほな、解散、分かれ」

 田巻がいうと、夢見が敬礼しつつ少し驚いた。

「あの……情報参謀殿」

「なんや、ユメミン」

「その右の鼻から少し、鼻血が」



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