第6章

 砂都貴の実家、かぁ。実家といえば、彼女が言った、謎のような言葉を思い出す。

「母さんは眠り姫なの」

 彼女が家族について語ったのは、それ一回きり。

「砂都貴ってさ、不思議な名前だね。五月生まれなら、普通、五月って書いて『さつき』だろ?」

 何かの折に、砂都貴に僕がそう聞いたのだ。あれは、砂都貴がうちに引っ越す、という連絡ハガキを書いてたときだ。

「私はね、砂漠の都の、貴族の姫君なんだって。それで砂都貴。砂丘のある町で生まれた母さんがつけたの。底無しのロマンチストでしょ?」

 うん、すごいセンス。砂都貴は母親似だな、これは。

「そうかぁ、砂都貴はおひめさまか」

「それでね、母さんは眠り姫なのよ」

ふと、悲しげに砂都貴はつぶやいた。

「私が四つの時、母さんは私を胸に抱いたまま、冷たくなって眠ってしまったの。真夜中、家中の人達は私の泣き声で慌てて駆け付けて、その後のことは、私はよく覚えていない。気がついたら母さんはお墓の中だった。父さんが帰って北のはお葬式の一週間も後だった。そして、父さんがひとこと、言ったの。母さんは、眠り姫なんだって。…父さんはいつも外出がちで、めったに話したこともないけど、あの言葉だけは、耳の奥にはっきり残ってる」

 いつも、地に足がついていないみたいな、妖精みたいな彼女の姿が、その夜はやけに存在感を持って見えた。うつむく彼女の肩越し、蜜いろの半月が、揺れていたっけ。


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