第3話 バトラーの回想 エピローグ2

桜舞い散る春霞の昼下がりにバトラーは海の見渡せる小高い丘の上の公園にいた


湾になった海の向こう岸は切り立った崖になっていて、その上に小さく彼の学校が見えた

そこは彼が今年入学した海軍兵学校だ

雷との連絡が取れなくなってから、半年ほどして彼女のクラスメートを名乗る女の子から1通の手紙を受け取った

そこには雷がしばらく海外にいるから、バトラーに会えないゆえの事が書いてあった


僕ははなんとかして雷と連絡を取ろうとしたが全て無駄だった

胸には漠然とした不安と疑念がよぎった



1年前の今頃の季節にバトラーと彼女は同じ場所で海を眺めていた

二人で丘に上がってくる前に近くのコンビニで買ってきたオランジーナの強めの炭酸が喉の奥ではじけた

桜の花びらが一片、彼女の栗色の髪に散ってきて、それが髪飾りのように見えて愛らしかった

彼女はちょっとの間会話をとぎらせ、しばらくなにかを考えているような表情になった

それから間を置いて、しばらく会えないかもしれないわ と言った

僕は なにかあった?と聞いた

彼女は任務と言いかけて、慌てた様子でちょっと海外に出かけなきゃいけなくなって、と言い直した

僕は彼女の事を何一つ知らなかった

住所も学校も、何一つ知らなかった

住まいは寄宿舎らしい事だけは話の中から想像できたが何をしているのかさえ知らなかった

きっかけがあれば聞いてみたかったが、彼女はきっかけを与えてはくれなかった

しばらくの沈黙の後 彼女はちょっとの間だけよ 帰ってきたらすぐ連絡するわと言った



鎮守府の昼下がり 潮風が心地よい陽だまりの中を雷は特設輸送船山陽丸を護衛してサイパンに向けて出発した

3日目の午後 メレヨン島に差し掛かった時、海面に潜望鏡の作る破波があった

潜望鏡深度で潜航するソ級だ

ソ級は吹雪型の雷あるいは響クラスと判断していた

雷はジグザグに対潜警戒航行をしていたがソ級に気付いていなかった

ソ級は慎重に近づき雷の進行方向と垂直になる絶好のポジションを取った

距離900ヤードで2本づつ2回放射線上に魚雷を発射したソ級は急速転舵し、

ずる賢く減速して潜望鏡から状況を観察した



バトラーは彼ができる限りの事をした

彼女は今どこにいるのか

街を歩き回って彼女の手掛かりを探した

眠れない夜が幾晩も続いた

彼はなにも判らないまま憔悴しきっていたが何か手掛かりは どんなことでもいい そんな気持ちだった

6ヶ月ほど経ったどんよりと曇った晩秋の日、いつも2人で丘の上から見た港を歩いていると、幾人かの艦娘とすれ違った

いかづち… そう聞こえた気がしてハッとして、後ろを振り返った

彼女達はなにか話しながら鎮守府の方に向かって歩いている

いかづち… 確かにそう聴こえた


彼は彼女達の物腰が雷に似ているなと思った時、すべてを悟った

何か手掛かりをつかみたい

そんな思いで彼は海軍兵学校に入学する事を決意した

どんよりした空がバトラーの将来を暗示しているようだった…

それが彼と深海棲艦の怨念の始まりになるとは、彼自身、気付きもしなかった




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