第5章
光を斜めから当てたときのトパァズは、こんな白っぽい色かな。
僕の部屋の灯りを見上げながら、そんなことを思った。
まさか本当に待ってたなんて・・・。
「三日月って、見てて寂しくならない?」
以前、自分が描いた三日月の絵を見返しながら、砂都貴がこう言ったことがある。
「欠けてる部分があんまり大きくって、でもそんな不安定な形が、せつないほど綺麗で、『孤独のホルマリン漬け標本』みたい」
しかし、砂都貴はこの孤独の標本のような、トパァズ色の三日月を、
絵のモチーフとして愛し、多用していた。
まるで、砂都貴自身の孤独の象徴のように。
螺旋階段を四階まで一気に駆け上がり、ドアの前で一つ深呼吸をして、ノブに手を掛けた。
鍵は、開いている。
「ただいま」
居間の真ん中、床に正座していた砂都貴が、驚いたように顔を上げる。
レンジの傍には温めるだけにしてある料理と、僕の好きなワインの瓶。
「待ってて・・・くれたんだ。嬉しい・・・よ。ありがとう」
どう言えば、彼女を喜ばせられるんだろう?
言葉を慎重に選んでも、こんなことしか言えない。
「いやがる・・・かと思った。水凪さん」
砂都貴の堅い表情が、泣き笑いへと崩れる。
「ど・・・うして? いやがるなんて」
できるだけ優しく、砂都貴の顔を覗き込む。
「僕がいやがってるように、見えた?」
「ん?違うの。水凪さんは私には、いつも優しい。
でも、何となく、この頃、辛そうだから。
・・・私、水凪さんを描きたいっていう願いだけで押しかけてきちゃって。
水凪さんの迷惑とか全然考えてなかったなって。
・・・それどころか、水凪さんももしかして、私のこと・・・なんて自惚れも本当は有ったりして。
だから、この頃貴方がイライラしているの、私のせいかなって。私が、水凪さんの生活を引っ掻き回してるせいかなって。」
・・・・・ごめん、砂都貴。君の不安は、僕の不安が伝染ってしまったものだったんだ。だけど・・・。
「迷惑、なんて・・・」
僕は、これだけ言うのが精一杯。
こんな、過去も先行きもはっきりしない男に、
彼女を安心させるような言葉、言う資格は無い。
「ねえ・・・何故そんなに、壊れ物を扱うみたいに、いつも私を見るの?」
見てるだけで、とても幸せだったから。
君の笑顔。
そんな壊れそうな表情されると、どうしていいかわからないんだ。
「ご飯、まだでしょ?」
・・・気まずい沈黙を破って、笑いかける砂都貴。それきり、彼女はいつもの彼女だった。
絵のような笑顔、詩のようなおしゃべり。
だけど後をひく。二人の心の間に入った小さな亀裂。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます