第10話 アクの巣窟テクノ系


「ねぇ、八島さん。このリストを見てください」


 そう言って春子が差し出したのは、書名と電子書籍のサイトアドレス、そしてどこかのパソコンのIPアドレスをまとめたリストだった。


「これは、『****』の参考文献から割り出した、おそらくアスタリスクのパソコンのIPアドレスです」

「よし、どうやったか詳しく」


 八島の口に魂が戻ってきた。興味をひかれたように前のめりになっている。


「『****』の参考文献を調べていた時に気付いたんです。あそこに乗っている参考文献は、全て電子書籍で出版されている本でした。二十ページ、二百五十件にもわたる参考文献、全てです」


 途端八島は、呆れた表情になった。


「それで? アスタリスクが電子書籍しか使わないから、電子書籍のダウンロードサイトをさかのぼって、アスタリスクらしき利用者のIPアドレスを割り出したってことか?」

「だめですか?」

「ダメじゃないけど、アスタリスクは電子書籍じゃなくて、紙媒体を参考にしたかもしれないだろう? 別人を追ってしまう可能性はないのかい」

「……なら、」


 と言いさして春子はさらに資料を繰り出した。ドカンと。数百枚の紙の束がテーブルに乗った。


「なら、あのパーティの日に直接アスタリスクから読み取った参考資料五万冊あまりも、全て電子書籍で販売されていたというならどうです? うち二万冊は電子書籍のみで、紙媒体は絶版していました。これならアスタリスクが電子書籍のみを参考資料にしていたという証拠になるでしょう? もしかすると、アスタリスクは電子書籍しか読めないんじゃないでしょうか」


 その力強い宣言に八島は雷に打たれたかのような衝撃を受けた。

 そして八島は目を見開きぶるぶる震えて……ばくはつした!


「君の執念に負けた! サイコーにクレイジーだ! あの日気絶するくらい叩き込まれた参考文献五万冊、全部解析したのか! 五万冊読むアスタリスクも人間技じゃないと思ってたが、君もなかなかだな!」


 春子の手を取ってぶんぶん振り回す八島。春子はいろいろ思い出したのか目が死んでいた。寝不足ってレベルじゃなかったからな。


「さ、三回くらい死にましたが! 春子はよみがえりましたー!」

「えらいえらい。で、その五万冊分の電子書籍をダウンロードしたアスタリスクのIPアドレス、ぶッこ抜いたんだよな」

「警察権力って癖になりそうですね。無事にぶッこ抜きに成功して、なんと端末まで突き止めたんです!」

「ブラボー、おー、ブラボー!」


 カフェで盛り上がる成人二人。花火をぶっ放す酔っ払いのような騒ぎだった。

 店員が意を決して注意に向かおうとしたその瞬間……いきなり静かになった。


「……で、その端末、あのボーイの元勤め先のIT研究所にあるみたいなんです」

「つまり、アスタリスクはIT研究所にいて、そこの端末を使った可能性があると……?」

「ウィ,ムッシュー」


 静かな声色に反して、春子と八島の目は爛々と鋭く輝いていた。

 テンションガタ落ちではなく、討ち入り前の赤穂浪士のような暴走手前の静けさだったらしい。


「行きますか、犯書店員さん」

「行きましょうか、八島さん」


 二人はガタリと席を立った。

 先ほどの注意しようとしていた店員がびくりと震えて道を開けた。

 二人の形相は、寝不足と疲れと緊張感と、ここまでてこずらせてくれた犯人への殺意とその他もろもろの負の感情で無表情になっていた。


 目指すは、アクの巣窟、IT研究所である。

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