第七動

 午後八時。内務省からの連絡を受け、市ヶ谷中央永久要塞内の国防省でも、緊急対策会議が開催された。

 すでにブラフマン施設は最下層最高機密区画レベル5から、二子山中腹のレベル2までが占拠されているらしい。警備員の多くは同士撃ちで倒れ、職員の大半は避難した。まだ何人かが残っている。

 現地報告によると、敵はたったの三人らしいが、不思議な力を使うと言う。

 警備モニターからおくられた写真が大写しにされると、居並ぶ人々からため息とうめき声が聞かれた。

 一人はウイッグをつけたミネルヴァに間違いない。情報官の一人が言う。

「ブラフマンへの不正アクセスについて、先月石動将帥から報告が入っておりました。敵が下調べをしていたのかも知れません」

 あわてて戻った上田は、田巻に顎をしゃくって見せた。二人ともまだ顔が赤い。

「ええっと、なんや職員が最深層ファイルへのアクセスを………メンタル・ジャックされとったみたいで。

 ともかくその職員を、警備が寸での所で取り押さえました」

 服部総長は眉間に皺をよせた。自衛隊時代から情報コミュニティーの法皇と呼ばれている。

「アルカーナ・マークシマ? 統合防空計画か、それともエステル計画かね」

 田巻は痛む頭でモニターを読んだ。双子山に常駐している情報担当下士官からの報告が次々とあらわれる。少なからず混乱し錯綜している。

「それが、なんやサンクティタースたら言うファイルやそうで。なんやろこれ?

 敵は最深バンクに保護されるファイル『サンクティタース』に接近を試みているもののごとし。直ちに対抗措置の要ありと認む。

 ………ところでなんでしょう、これ。聞いたこともない」

 その名については服部と上田と石動いするぎが顔色をかえた。石動は田巻を冷たくにらむ。

「敵がサンクティタース最高機密計画ファイルを狙っているのは、確かなのね」

 改めて言われると田巻は返答出来ない。ひきつった顔で頷いた。

 上田は咳払いをして唸るように言う。

「やはり敵は………コンドラチェーンコ大統領の言うように例の計画の残党であり、しかもあのファイルを狙っているとしたら……」

 品のいい紳士として有名な服部軍令本部総長が、めずらしく眉間に皺を寄せている。

「まさか今になってあの悪夢が。歴史の彼方に消え去ったと思っていたのに。

 何故、どうやってあの計画を今頃?」

 石動がやや皮肉げに答えた。

「しかしもしミネルヴァが例の計画の関係者だとすれば、年齢があいませんよ」

 上田は電話をとり、白瀬首相の個人的電話番号にかけはじめた。

「我が国が大金をはたいき、犠牲者まで出して入手した極秘重要ファイルじゃ。

 それが公になれば、我が国が優位に立つPSN開発事業に支障をきたす」

 服部は別の心配をしていた。

「それに、あの非人間的な歴史の全貌が明らかになれば、現内閣の崩壊どころではすみません。

 特殊超常能力研究そのものが、世界的な非難を受けて頓挫するでしょう」

 上田はボタンを押す手をとめた。

「…………奴等、それが狙いか」

 女性将帥石動の冷ややかな声が響く。

「それはまだ判りません。研究開発の基礎理論とデータを独占したいのかも知れませんし、どこかへ大金で売るつもりかも」

「ともかく、毒をもって毒を制するしかなさそうだ。いざとなれば施設は犠牲にしてもいい。断固ブラフマンとファイルを守る!」

 上田哲哉国防大臣は、「武装機動特務挺身隊スガル」の出動許可を得るため、あらためて内閣総理大臣兼国家安全保障会議議長に電話をかけた。白瀬はまだ官邸にいた。服部と石動もただちに出撃を命じるべく、席をたった。

 その時、上田は立ち上がった田巻に尋ねた。その目は冷たく輝いている。

「ブラフマン三世は確か……………耐核シェルターに守られていたな」

「は、はあ。それが?」

「強度は?」

「理論上、五十メガトンの水爆が直上ではじけたかて大丈夫、と聞いてます。

 もっとも上層部と地上部は消滅してまいますけど、心臓部は守り抜くはずや」

 出口にいた服部はふりむいたまま硬直した。

「服部軍令本部総長。フロギストン熱子爆弾をすぐに準備出来るかね」

「!しかしまだ開発途中ですし、存在の公表はまだまだ尚早だと前回の三役会議で決まってます」

「事は急を要する。あれならば構造体は比較的無事で、人間を…………」

 石動が冷静に答える。

「職員もまだ残っていますよ」

「ともかくあの特務部隊を突入させる。しかしどうしようもない場合は、虎の子の魔女たちをただちに撤収させ、フロギストン爆弾を投下する。

 緊急防衛行動規定に従う」

 上田は細い目をとじ、ため息をついた。


 大神夢見は、市ヶ谷地上階の下士官・兵一般食堂で、間食中だった。ポテスタースを使うと腹がへるのか、このところやたらと食う。筋肉もついて来た。

 そこへ小夜が胸を揺らしてかけこんで来た。夢見は食らいついていた鳥の骨を落した。

「出撃よ!」

 出動命令が下るや否や、市ヶ谷から一機の「あまこまⅡ型改」が飛び立った。

来島、斑鳩、大神の三人は強襲海兵団用の軽量装甲ベスト「パンツァーヘムト」に空挺強化ヘルメットをかぶり、各種機器を取り付けた重武装である。

 それに突撃銃を持つと装備は十五キロ近くになる。目を輝かせる隊長とは反対に、二人の曹長は重苦しい表情のまま黙り続けていた。

 その間、敵は何度もセントラル・コンピューター・コンプレックス内にアクセスすべく、木崎技師をあやつって端末を触らせたが、最高機密ファイルは十数桁のパスワードと指紋チェックでしか開かない。いかな木崎でも無理だった。

 やがてミネルヴァの強いポテスタース・スペルナートゥーラーリスに耐えかね、工学博士は失神してしまった。

――仕方ない。これまでね。今度はシラセ首相でもつれてこようかしら」

 リーダー格の長身の女性がそう考えると、後ろの二人がくすくすと笑った。

 やがてその片方、ラテン系の若い女性が何かに気付いた。

――ミネルヴァ。お客さんのようですよ」

――また? こりないわね。こっちには人質がいるし、奴等になにも出来ないよ」

――今度のはちがうわ。ちょっと手強そう。頭のシンが痛むわ」

――! あなたが昼間感じたってあれ?」

――ちょっと質が違うけど、同じように強力なPSNよ。注意して」


 富士山南麓にはりついたようにある小高い丘が、通称二子山である。その火山台地を穿った六層の巨大な地下施設が、我が国の電算中枢ブラフマン三世の「繭」なのだ。

 山頂には政府系観測施設に偽装した、三階建てのビルがある。すでに第一種警戒態勢で、警官や技術者が右往左往している。双子山一帯の空気は極度に緊張していた。

 人々の中にいつのまにか紛れ込んだのか、小柄で色白、日本人らしからぬ女性が一人まぎれていた。

 警戒厳重な政府施設に平然と近づく彼女に、警官の一人が気付いた。

「き、君、ここで何を………」

 総てを言いおわる前に、黒髪の美少女は人差し指を警官のひたいにむけた。とたんに警官は硬直した。

 数秒後、我にかえったとき美少女の姿も記憶も消えていた。

 その時、航空機の甲高い爆音が響いた。殺気立った人々はいっせいに空を見上げる。濃いオリーブ色に塗られた機体の横腹には、「桜に晴明判」の銀色のマークが輝く。

 統合自衛部隊所属のダクテッドファン多目的機「あまこまⅡ型改」だった。

 降り立ったのは意外にも、三人の妙齢の女性である。警備陣は、その美しい女性たちが無骨で豪壮な強襲海兵部隊なみの装甲戦闘服に身を包んでいるのを、いぶかしんだ。

 警官と職員が遠巻きにしていると、警備主任の警視正が人ごみをかきわけてやって来た。

「く、来島三尉はどちらか?」

 来島が敬礼すると、警視正は急いで三人を案内した。建物の地下一階には倉庫に偽装した緊急脱出シャフトがある。

 ほとんどの職員も知らない、秘密脱出口だった。

「わたしも政府から連絡があるまで、こんなものがあるとは知りませんでした」

 それは薄暗い倉庫の片隅、プラスティック箱の下にハッチがある。それを押し上げると、幅二メートルほどの穴があいていた。これが地下七十二メートルのレベル六まで通じる、極秘緊急脱出口なのだと言う。

 三人は黒い穴をのぞいてため息をついた。頼りない梯子を、重い装備のまま降りていくしかないのだ。夢見と小夜は顔を見合わせる。

「さあ、行くよ!」

 来島が威勢良く叫んだ。少し嬉しそうにも聞こえた。


 ミネルヴァら三人の侵入者は、技術大国日本がつくりあげた電脳の素晴らしさと、そのガードシステムの巧みさに驚嘆していた。

 すでに木崎以下人質職員は、万策を尽くし放心状態である。PSNによってコントロールされ、言われるままに防護障壁を突破しようと試みた結果だった。

 しかしブラフマン三世の記憶バンク最重要層「アルカーナ・マークシマ部」にはどうやってもアクセス出来ない。ミネルヴァは薄暗いコンピュータールームでもサングラスをしたまま、しだいに焦っていた。

――さすがと言えばさすがね。こうなれば作戦かえて出直すしかない。

 ルディア、さっきの敵は?」

 東洋系の美女は眉間にしわを寄せる。

――少しづつ近づいて来ている。感じるわ」

――! リフトもコンベアーも総て閉鎖しているわ。緊急用ラッタルは隔壁がしまってる」

――でも力強いPSNが確実に近づいている。三つ、ややおくれて…もう一つ」


 三人のスガル戦士が緊急脱出シャフトを下っていったあと、建物は命令通り完全封鎖された。警備主任警視正が驚いたことには、白瀬正志首相じきじきの命令で、全職員と全警備陣の二子山からの緊急下山が命令されたのである。

 警視正はただごとなるざる気配を察し、慌てて全員を車とヘリで撤収させた。

 その大混乱の中、一人の華奢な美少女が建物の搬入口から入ったが、誰も気にするゆとりすらなかった。来島と小夜、夢見はついに第六レベルまで降りた。

 来島郎女いらつめは夢見に尋ねる。

「心を落ち着けて。敵を探知出来るか」

「あの、この下に確かに。ポテスタースを持つ者が三人か四人。あと普通の意識も少し」

「…………人質か。困ったな。

 いい、敵と遭遇したら、小夜と夢見は全力で敵のPSNを封じ込めるんだ」

「ど、どうやって?」

 夢見同様、小夜も驚いていた。そんな訓練など受けたことがない。

「ポテスタース・スペルナートゥーラーリスの原動力はイメージだ。

 敵が肉体から黒い怒気をはなっているところでも想像しろ。それを自分の意志で包みこんでいると思い込むんだ」

 そう言いながらも部隊長はどんどん下へ降りていく。危険だ、死を覚悟しろ。 そんなことをつぶやきながら、目はらんらんと輝き、汗腺からアドレナリンの臭いがしそうだ。

 すぐ上からついて降りつつある夢見は呆れ、ため息をついた。


――近いっ! ものすごい闘争本能を感じる」

 ラテン系美女は小刻みに震え出した。ミネルヴァはいぶかしんだ。進入路はすべて封鎖してある。強烈な超常能力をもった相手とは言え、隔壁を通りぬけることなど出来まい。

 ミネルヴァはメインモニターに映し出された警備状況地図を見つめた。

――どこかに、職員すら知らない抜け道でもあるようね」

 東洋系があせってたずねた。

――もう撤退しましよう。ただちにエレベーターの封鎖をといて! 山頂の様子がヘンよ」

――どうしたの? また動きがあったの」

――いえ、さっきまで劣等人類どもの恐怖と怒りが渦巻いていたのに、それが全然なくなってるの! もう一人もいないみたい!」

――! なんですって、いったい」

――ミ、ミネルヴァ!」

 二人同時だった。ついに「敵」が、地下第五層に達したと言うのだ。

――なるほど、私も感じる。来るわね三人。そして……………………」


 スガル挺進隊も敵を確実に探知していた。シャフトから出た三人は銃を構え、慎重にすすむ。

 敵は中央制御部に固まっているらしい。来島は殺気だった声で言った。

「前方から来る!」

 扉が左右にあいた。三人は訓練通り散開し、遮蔽物の陰から銃を構えた。だがあらわれたのは、放心状態の職員と警備員十人ばかりである。来島は叫ぶ。

「撃つなっ!」

 夢見は咄嗟に感じ取った。

 みな鉄パイプなど、武器になりそうなものを持っている。

「あ……危ない! すさまじい敵意!」

「操られてるな! 手を出すな」

 来島はプルパップ式突撃銃をひょいと小夜に投げると、飛び出して行く。

「素人相手だけどごめんよ」

 警備員の一人が顔面蒼白のまま拳銃をふりかざした。来島はまずその銃を蹴り飛ばし、警備警官の腹につきを入れた。それから三十秒たらずのうちに、十人ほどの人間をほぼ一人一撃で、全員をのしてしまったのだった。

 夢見も小夜も感心しつつも呆れた。

「さあ! 敵はこの奥だ。行くよ!」

 元気に叫ぶ部隊長に付き従って行くと、薄暗い中央制御室に達した。

 その制御主任用椅子に、何者かが座っている。

 三人はたちどころに、それが強い敵性PSNの発散源であることを感じ取り、戦慄した。椅子はおもむろに回った。

 長身の女性は微笑みながらサングラスをはずした。整った立体的な顔立ちの美女である。

 三十はいっていまい。アングロ・サクソン系のしっかりした顔つきだった。その青い瞳は驚くほどやさしげで、そして危険だ。

――はじめまして、やっと会えたわね」

 相手は口を動かしていない。夢見の、小夜のそして来島の声で、彼女たちの頭の中に語りかける。思わず夢見が聞いた。

「あの……あなたがテロリストのリーダーなの?」

――ふふ。そんな安っぽい言い方しないで欲しいわね。あなたも仲間なのに」

「な、なにっ?」

 夢見は妙な感覚に襲われた。初対面の敵が発する「意識」に、覚えがあった。相手も妙な視線で、夢見を見つめる。

――………あなた、どこかで会った? 

 いえ、そんなはずないわね。ふふふ、私が怖い?」

「大神三曹! 挑発にのるな」

 来島は叫ぶ。

「貴様が首魁、ミネルヴァかっ!」

――おおこわい。来島三尉、あなたは怒りのコントロールが出来ない限り二流よ。

 夢見さんって言うのね、こちらは恐怖と恥じらいのなかで、健気に自分を保とうとしている。それでこそスペリー、いえ聖別されし継承人類よ」

「私はあなたの仲間じゃない」

――ふふ。では劣性人類どもの仲間なの? 相手はそう見てはくれないかも。

 その答えが、ここのメイン・ハードバンクにあるわ。見たくない?」

「相手にするなっ!」

 三尉は叫びながら敵にむかって銃を発射した。ミネルヴァがにらみつけると弾丸は総て四方にそれ、火花を散らす。来島も驚いた。

「な、なんて奴だっ!」

――ポテスタースで対抗出来ないの、卑怯者っ!」

 白人女性は空気を押すような格好で両手を突き出した。掌からスパークが走り、来島のからだは後方へ飛ばされる。

 同時に夢見と小夜は凍りついた。あまりにも相手が強すぎる。

 赤毛のミネルヴァは冷たく微笑むと、ゆっくりと夢見のほうへと近づく。夢見は不思議なほど、恐怖を感じなかった。理由は本人にも判らないが、懐かしさに似た安心すら感じた。

――セイントとはね、サンクティファイド・インテリジェンス、つまり聖別された知性。

 聖別する主体はシュープリーム・インテリジェンス、神様よ」

「な…………何を言っているの」

――間もなくここは破壊されるわ。時間がないの。いっしょに行きましょう」

「!な、何馬鹿なことをっ? まだ職員もわたしたちもいるのよ」

――でも山の上にはもう誰もいないみたいよ。総員緊急待避はなんのため?

 あなたたちは………そうね、職員なんかは無視しても構わない。そう命令されてるんじゃなくて、強い隊長さん?」

 起き上がりつつ特殊部隊長はうめく。

「………そ、それは」

――そう言えば日本では、無放射能性の強力な爆弾を開発してるそうね。確か………フロギストン。熱子爆弾とか言う。以前密かに実験もしたそうね」

 夢見が叫んだ。

「あの……その……本当なんですか?」

 確かに来島は命令を受けていた。人質については一切関知するな。ブラフマン三世コントロール部からの敵排除に専念せよ。失敗した場合、ただちにシャフトから脱出せよ、と。

 隊長の苦悩は、部下にも伝心した。

「そ、そんな」

――さあ、手を貸すわ。あなたの力と私の力を合わせれば脱出出来る。

 もちろん私は、外にいる仲間の力だけでも脱出なんて簡単だけど」

「職員たちはどうするの!」

――どうしようもないわ。あなたたちが気絶させちゃったんじゃない。

 それとも一人一人背負って行く?」

「あなたたちを倒せば、爆撃計画は中止よ!」

 その聞きなれない声に、四人の女性は一斉にコントロール部出入口を見つめた。黒髪の長い華奢な美少女がたたずんでいる。顔立ちは東洋系だが、日本人ではなかった。

 その言葉もややなまりがあり、目は金色に近いブラウンだ。

「これで四対一よ。どうする?」

――……やっと現れたわね。北陸のトンネルでは随分と世話になったわね」

 夢見は、見知らぬ少女の大きな緑の瞳を見つめた。

「あ、あなたが?」

「奴の魔力は私が押さえこんでる。三人のポテスタースを集中して弾道を確保するのよ」

「その手があったかっ!」

 と立ち上がったのは来島である。

「立射準備!」

 ミネルヴァは両手を大きく振り回し、小夜の大柄な肉体を飛ばした。その悲鳴に夢見が驚いていると、今度は彼女をスパークが襲う。

「きゃあっ!」

 だが光の龍は夢見の手前ではじけとんだ。少女は髪を逆立てて、両手を前へ突き出す。ほぼ同時にミネルヴァも同じ動作をした。

 コントロールルーム中央でスパークが破裂し、人々の視力を奪った。その光圧で少女の華奢な体は飛ばされ、夢見にぶつかる。

 来島は見えにくい目で敵を探した。

「逃げるぞ!」

 少なからずダメージを受け、敵首魁はよろめきつつ奥へ逃げた。メンテナンスハッチを抜けるとハッチを念動で閉じ、その周囲にスパークを走らせて瞬く間に溶接してしまった。

 来島と夢見がハッチにとりついた時、それはすでに隔壁と一体になっていた。

「畜生! 出てこいっ!」

 ミネルヴァはさらに長い廊下を進んでいた。

――聞こえる? 私よ」

 二人の仲間はすでに地上に脱出し、同志が奪ったヘリ・ジェットに乗っていた。

――油断した。敵もなかなかよ。もうすぐここは爆撃される。私一人じゃ脱出出来ないわ。

 お願いするわね………」

 セイントが奪ったヘリの遥か上空へ、大型爆撃機が一機近づきつつあった。


 夢見は、メンテナンスハッチに体当たりをくりかえす部隊長に叫ぶ。

「それより……あの、ただちに爆撃中止を!」

 緊張すると言葉が出にくくなる。そのとき、富野一尉から通信が入った。

「ただちに脱出せよ。時間は五分ぐらいしかない」

 爆撃機が指向性フロギストン熱子爆弾実験弾を投下、地上構築物を貫通して地下第一レベルから第五レベルへ強熱波を送ると言う。

 我にかえった来島が答える。

「五分? 命令を撤回してください。敵は遁走しました!」

 三人のヘルメットの通信装置に、同時に小林の能天気で妖艶な声が響く。

「はぁい、がんばってる? なんか大変なことになってるわね」

「課長っ! あの、その……フロなんとか爆弾を投下するって本当ですかっ!」

「あら、元気なのは夢見ちゃんだけみたいね。

 戦略爆撃機が富士管制区に入ったらしいわ。敵の殲滅が確認されない以上、最高国家機密の防衛のために命令は続行よ。頑張って五分でシャフトのぼってね」

「だ、だめです! 正体不明の少女や、傷ついた職員には無理です!」

「今、そこには何人ぐらい残ってるの?」

「気絶している職員がえっと、十人ぐらいです」

 多くの人間は意識を取り戻してかけているが、まだ茫然としていた。

「………そう。見捨てなさいって行っても無理ね。大事なあなたたちを犠牲に出来ないし。しかたない、緊急事態よ。

 いい、今から言う通りにして。考えている暇はないわ」

 ただちにシャフトに戻り、一階下のアルカーナ・マークシマ・エリア第六層へ逃げろと言う。

 その耐核機密シェルターならびくともしない。 仰天して来島が反論する。

「しかしレベル6アルカーナ・マークシマ地区に特級クリアランス保持者以外が侵入することは、重大な国家反逆罪です!」

「あら、あいかわらず固いのね。でも自分の命と役人のメンツと、どっちが大事? 私がいいって言うんだから、首相も法律も憲法も恐いものなしよ」

「絶対防御隔壁はどうやって破るんです? 破壊するにも爆薬が」

「破壊なんてしちゃだめよ。また閉じないと純粋核融合の強熱が侵入しちゃう。

 三人そろって、精神をメイン・ブレインのニューラル・ハイパー・ユニットに侵入させるのよ。つまり、メンタル・ハッキングね」

「そ、そんな訓練受けてません!」

 叫んだのは小夜だった。

「ふふふ。夢見ちゃんまだいる?」

「は、はい課長殿」

「いいこと、どんなハイパー・アーティフィシャル・ブレインだって所詮は電子の流れよ。スペリーが、小さなエレクトロンぐらい制御出来ないでどうするの。 ともかく言う通りにして。爆撃まであと四分ほどよ」


 三人のスガル戦士は、急いで職員、警備員を叩き起こし正気に戻した。来島はぐったりとしている美少女を背負って先頭を走る。

「急げ! 三分ほどでここは火炎地獄だ!」

 十数人はなんとかシャフトを降り、第六レベルにある、ブラフマン三世本体に通じる最高機密エリア入り口にいたった。

 核ミサイルでも破壊不可能と言われる、巨大金庫のような円形扉が鈍く光っている。また小林の脳天気な声がヘルメットに響く。

「いい、夢見ちゃん。電子の流れが逆流することを想像しないさい、どんなイメージでも構わない。特殊超常能力の威力を見せてやってね」

 夢見はコントロールバネルを見つめ想像した。とは言え量子論など齧った覚えもない。ただ電子と言う「光る粒」が「プラスからマイナスへ」逆走する様を思い浮かべ念じた。

――電子よとまれ。安全装置よ外れろ」

 来島は腰につるした手帳台の携帯レーダーを取り出した。確かに大型飛行物体が急速接近しつつある。

「来た! 直上まであと一分もないぞ」

 夢見は脂汗を流して想像する。


 我が国初の大型爆撃機ヤシマBP65は、「鳳凰」と名付けられている。

 爆撃と言うより、超高度無人偵察機の「母艦」として使われたりすることのほうが多い。

 全長六十四メートルの機体が爆撃高度二千七百と言う低空で、東北東の方角から富士山をかすめてやって来た。速力はマッハ以下に落ちている。

 やがて下部爆撃ハッチが両側に開き、大急ぎで搭載した「試作品」が姿をあらわした。頑丈な鋼鉄の防護筒に入れ、建物の屋根に命中させるのである。

 それはコンクリートの屋根と床をつき破り地下へ続く巨大な竪穴の内部で爆発、その莫大なエネルギーを下方向へ迸らせるよう設計されているはずだった。

 命令が下った。自動測距爆撃管制装置が、暗号名「フロギストン」爆弾を投下した。

 機体の半分以上あった「試作品ガジェット」は、正確に双子山上空に落ちていく。その頂上に建つ瀟洒な保養施設の屋根をつきぬけ、やがて役目を果たした。

 厚さ二メートル、直径三メートルはある巨大な扉が、振動と共にとじられた。そして電子音が響いた。

 その直後、巨大なシェルターが振動し轟音がかけめぐった。しかしさしもの高温も、特殊合金の繭の中に侵入することは出来なかった。

 十数人の人間はそれから約一時間、救援隊がくるまで、蒸し暑く濁った空気の中で待ちつづけたのである。

 二ヶ年の時と莫大な国家予算をかけた地下施設の大半が、焼きただれた。しかし日本の新型「国家中枢脳」とそこに隠された最高機密群は全くの無事だった。

 ミネルヴァ一党の生死も逃走経路も、一切が判らなかった。



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