水草で窒息
韮崎旭
水草で窒息
おそらくは障害者自立支援制度とか何かそういうものの関連で、幾分かの公費負担を受けながら精神科に通院していた。私には定職がない。定職どころか職がない。職があったことが生きてきて一度もない。もう未成年でもないのに、未成年でなくなって久しいのに、そういう屈託がまた鬱を加速させて心象を腐らせて、やってられない、死ぬ、死ぬ気も起きない、激しく自分を恨む、生まれてきたことは罪じゃない、それは私の責任ではないから。しかしながら、自殺しなかったのは私の責任だ。私の生が惨めで私をがっかりさせるようなものであり、それが私を苦しめるなら、それは自殺しない私の罪だ。私のこの惨めさと、どうしようもなさ、人としての公緒良俗の欠如と非社会性が周囲を苦しめるなら、それは自殺しなかった私の罪だ。ところでモノアミンオキシターゼってなに? セミパラチンスクが思い出せなかった。
私に生きようという意欲などあろうはずがなく、ただねじ曲がった自己愛が傷つけられるのがおそろしく責任を避け続け、要求される場面を避け続ける。労働ってのはそういうことだ。責任感。自覚。能力。無いなら得ろよその能力。得ようと努力しろ。労働者である以上は。社会規範に忠実であれ。感情的不快を与えず、常識的に行動しろ。社会的人間であれ。
社会的人間? 社会的人間!?
私に欠けているものが社会性だ。人前に出ても死体の話しかできない。本当に大学2年の博物館関連の資格のための授業では、死体について書き続けた。法医学の教科書をそのとき読んでいたのだから仕方がない。死体について網羅的に展示します。医学的に、化学的に、文化的に、宗教的に、死体を検証します。なんて、それっぽい。とてもとても「それっぽい」。ただのグロ画像マニアなんですけれど、芸術分野における死体の扱いの変遷、などと描き、宗教性との関連、などと九相図を持ち出せば、それらしくみえる気がしてくる。食事の席でいきなり腐乱死体の話を持ち出そうものなら社会的に排斥されかねないが、専門書のタイトルならいくらでも「死体」「屍体」を用いることができる。そういうものを普通に読んでいる環境にいた。むろんただの怪奇趣味だが。
社会さんに求められていないのが嫌われているのが想像できたし、嫌われているなりに渡り合うような能力も特技もないし唯一のすきなことであり特技でもあることとかを、否定されるのも嫌な地方都市の小・李徴だから、いや第一、その唯一の特技・兼趣味が、否定され、評価され、批評され、文脈づけられ、それは良いことだけれど、消費され、飽きられて、いやそんなことになるほどのものでもない、ただの落書き的なものでしかない有象無象であることを思い知って、いくらでもぼろが出て、そのたびに否定否定否定批判批判批判、苦痛の中核になる、そんな未来は耐えられない。向上とは。否定と批判と苦痛がそれを加速させ、作り出す。向上に伴う苦痛に耐えられないものにはその程度の価値しかない。学びなさい。ああでも学ぶって。いままでを否定されることだ。もう二十何年? ワタクシの全人生?全人格? それらの否定じゃないか。君は混同しているよ。これは純粋に技術的・またはその分野的な問題であり、君の人格は問題ない。
ああ君はそういうよ。そうだろうよ。おそらくそれもただしいよ。それこそが正しいよ。だが分かちがたく結びついて癒着した人格とワタクシの技能をいまさら、どう分離しよう?
結局何者にもなれないで怨嗟と臆病さで傷めてひねくれてゆくのだね。それは精神科にもいくよ。精神的に衛生的じゃない。精神的に衛生的な生き方って何。
そうこうするうちに父から、「お前にはやる気がない。そういう奴には支援を受ける資格がない。社会のクズだ。クズに出す金がどこにある?」
と言われた。いや実をいうとこの三倍くらいの文量でより婉曲かつ辛辣に。はぁふざけんな誰が無責任にも私を産んだんだよお前に子宮はないが責任はお前にあるだろうが!?
でも生きてきたのは私が悪いし私の性格も私の病状ももはや私の自我同一性と化した病的価値観も私が消極的であれ選び取ってきたものだもうだめだ。敗北感。
でもその日も予約があったので母の運転で精神科に行きました。運転すらできない。技能的には可能なのだが、心理状態が許さないとでもいうか、私は自転車運転の責任にも耐えられないんだから。
相変わらず向精神薬をもらって帰りました。服薬してても鬱なので服薬しないと頭の中が災害です。服薬してこれなのか、落胆。
という夢を見た。精神科の予約は明日だ。甚だ鬱だ。
水草で窒息 韮崎旭 @nakaimaizumi
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