第36話:出発
日が丁度地平線に沈んだ九時。閃凛の命令通りにイレド中の兵士が闘技場に集まっていた。
闘技エリア、観客席、至る所に衛兵や門衛、近衛兵がいる。そこには途中で急遽集まるよう命令された奴隷商人も多数いた。その数二万人。
「おい、一体ここで何をするんだ?」
「わかんねえ。ただギャクザン様達を殺した新しい統治者が何か演説でもするんじゃねえか?」
「奴隷や馬車を集めたりと何だかわけわかんねえことするんだな」
「馬鹿!聞こえたら殺されっぞ!」
「静粛に!!これよりイレドの新統治者閃凛様がお目見えになる!!」
近衛隊長ドーガが場を整える。
上空から四本角を生やした閃凛が降り、闘技エリア中央の十メートル上に停止した。
「全員、閃凛様に就任を祝う拍手を!!」
パチパチパチパチパチ!!
拍手が止み、閃凛が話し始める。
「皆今日はよくやったわ!これからはゆっくり休んでね!」
閃凛の角と目が淡く光り出し、体全体にも光を帯び始めた。
「せ、閃凛様…?」
ドーガが何か異様な空気を感じ始めた。
「今日でイレドの歴史が終わる!オマエ達にはそれと同時に殉職を言い渡す!」
闘技場がざわつき始めた。
「お、おい、これってやばいんじゃねえのか…?」
「じゅ、殉職って…え?え…?」
閃凛の体から発せられる光が強くなっていく。
ドーガがいち早く察知した。
「せ、閃凛様あああ!!話が違います!!殺さないって!!」
「ワタシは『ここで死にたくなければ』と言ったんだけど?」
「そ、そんなあああああああ!!うわああああああああ!!助けてええええ!!」
ドーガ隊長の言動を見て、集まった二万の兵士が一斉に我先にと逃げ始めた。
「逃げろおおおおおおおおおおおお!!」
「通せえええええ!!俺が先だ!!!!邪魔だああああ!!」
「ひいいいいい!!お、お助けをおおおおお!!」
だが、時既に遅し。閃凛は既に準備を整えていた。
「オマエ達に生きる資格はない!!死ね!!『天凛星無還(てんりんせいむかん)』!!」
閃凛の体を囲む光の球体が瞬時に大きくなり、あっという間に闘技場全体を包み込み、そして大爆発を起こした。
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!
粉塵が巻き起こり、辺りが真っ白になる。ただそこには先刻まで悠然と建っていた闘技場の瓦礫の欠片すらなく、巨大なクレーターだけであった。
イレドの象徴、奴隷の見世物であった闘技場と中央広場が一瞬で灰塵と化した。
「作戦完了!宮殿に帰って航と合流しないとね!」
閃凛は両手を広げて可愛い仕草でガッツポーツをし、航の元へ飛んでいった。
最終的に俺に追随する人は二百八十人だった。残り五百四十人は故郷に帰ったり、他の国に身を寄せると決めた。
晩に当たる十一時、俺は解放された民衆に向かって今後の身の振り方について説明した。
「短い時間の中で自分の進む道を決断してくれたことに感謝する!先程伝えた通り、皆は自由だ!だが突然自由の身になっても金も物資もないだろう!その心配は無用だ!これから俺達は皆に今後の資金と物資が入った獣馬車を提供する!先立つものがないと自由とは言えないからな!」
民衆から歓喜の声が湧き上がる。
「注意しておくことがある!イレドは滅びたが、まだロイエーの属州であることには変わらない。明日になればイレド奪還部隊が現れ、元奴隷だった皆は殺されるだろう!よって今から出立可能であれば随時そうしてほしい!その際は同じ方向、同じ町、これから生きていく場所が同じ仲間と固まって行動してほしい!道中野盗や獣が襲ってくるかもわからないからだ!」
これから自由を謳歌する者達は黙って耳を傾けている。俺はその他伝えられることを伝えた。
「―では、各自行動してくれ!皆の今後を心から祈っている!」
出立を決めた人達に忠誠心溢れる戦士達が金貨や宝石がどっしりと詰まった袋を渡していく。一人大体何枚くらいあるのかと袋に詰めた人間に聞くと、ざっと二千枚にも及ぶという。イレドと日本の物価を大雑把に比較すると黄金貨一枚三万程度だと思うから…
「六千万!!」
思わず叫んでしまったが、それでもまだ金庫内の金貨が減っているようには見えないと言われ、俺は開いた口が塞がらなかった。その他に宝石も含まれてるから、これからの生活には事欠かないだろう。俺ができるのはそれくらいなものだ。
自由を手にした者達が次々に出発し、イレドを去っていく。
新たな門出に向かって出発していく人達を俺と閃凛は手を振って見送った。
「ばいばーーい!!新天地で頑張ってねーー!!」
「本当にありがとうございます!!貴方達のことは絶対に忘れません!!」
彼らからひっきりなしに熱いお礼を言われたことが本当に嬉しかった。
そして最後に新たな国の民達だけとなった。
残った獣馬車はまだまだたくさんあり、そこにできるだけ宝を詰め込んでいき、宮殿の壁や彫像にはめ込まれている装飾品や宝石も削り落として積んでいった。
時刻は十四時を回っていた。あと二時間ほどで朝焼け模様になるだろう。
「陛下!!全車両への積み込みが完了いたしました!」
「よし、では出発はこれより一時間後とする。各自最後の支度を整えるんだ」
「はっ!!」
「あと…その、あの、陛下って言うのはやめてほしいかなって…」
「え、いやしかし、国の長は国王でございますし―」
「瀬界さん、とかでいいから、大丈夫、うん!」
「で、では今後は…瀬界様、でよろしいのでしょうか?」
「あー、うん、とりあえずそれで!」
「承知いたしました、瀬界様!!」
「様」付けでもやはり恥ずかしかった…。
「じゃあ、ワタシも航様って―」
「閃凛はいいからね!?」
宮殿前には一同揃ってただ呆然と俺達のしていることを傍観していた使用人達がいた。
「トラバー」
「は、はっ!!」
「たった今より、お前達は自由だ。金庫内に残った宝を持って宮殿から去るんだ」
「え、え!?ど、どういうことでしょうか!?」
「イレドは滅びた。もはやお前達が仕える者はいない。宝は退職金として自由に使えということだ」
「し、しかし、貴方様が新統治者として―」
「新統治者としての仕事は終わった。俺は今この場をもってその職を辞した」
「ひえっ!!」
全く何が起きているのか彼らには理解できない様子だった。
「この宮殿は最後に破壊する。残っていたらお前達も死ぬだけだ。すぐに宝を持って宮殿から離れるんだ」
「は、破壊ですか!?」
「そうだ。すぐに理解できなくてもいい。宝と荷物を持って宮殿を脱出しろ」
「あ、あ、あの!!私達はこれからどうすれば!?」
「勝手にすればいいさ。この先の人生を優雅に過ごすなり、事業を起こすなり、慎ましく暮らすなりな。短い間だったがお勤めご苦労だった」
俺がそう言い、その場から離れようとした時、トラバーが前に回り込んで土下座してきた。
「わ、私達はこの宮殿にずっと仕えてきた身でございます!この先このイレドが滅びれば、私達もどうなるかわかりません!ロイエーへの反逆者、宮殿を守れなかった大罪者として処刑される可能性もございます!!ど、どうか私達もお連れください!!なんでも致します!ど、どうか御慈悲を!!」
「ふぅむ…俺に忠誠を誓えるか?」
「は、はい!!絶対の忠誠を!!」
「…よし、ならば同行を許す。各自急いで身支度をするんだ。一時間後に出発する」
「は、ははあ!!」
新たに使用人百五十人が追随することとなった。
「全員出発!!」
俺の号令で獣馬車が列を成し、ゆっくりと悠然に秘密の抜け道を通っていった。その光景は圧巻だった。六百八十台の荷物をぎっしり積み込んだ車両が蟻の行進のようにいつまでも続いていた。民族大移動。まさにそんな言葉がぴったりだった。
車両がイレドから十分離れたところで、閃凛は贅を極めたギャクザン宮殿を裏にそびえる崖を崩落させ、粉々に破壊した。
「これで俺も、大罪者か…」
イレド建立三百年の歴史がたった二人の存在により僅か一日で終幕した。
【首都ロイエー】
航と閃凛によるイレド陥落から一日半後。
黄乃国ロイエーの首都ロイエーは人口千二百万の大都市であり、その規模はイレドの八倍にも及ぶ。イレドから北東千八百キロの位置にあり、周囲を崖に囲まれた要塞都市として君臨している。鉱石や石材、宝石がこの大地からは豊富に採れ、鉱山資源と奴隷が主な収益源である。
ロイエー中央に天高く屹立する大神殿において、ロイエーを統治する統一神官『菊帝黄(きくていおう)』は、当国の実質支配者である国神『黄神ロイエー=フラーウム=ジャッロ』と天上の間で二人話していた。
「菊帝黄、その他大きな事で伝えるべきことはあるか?」
「いえ、数日前にイレドが奴隷解放組織の襲撃を受け、それをギャクザンらが壊滅させたこと以外は至って平和でございます」
長い黒髭を三叉に分け生やし、豪奢に光り輝く司祭服に身を包んだ菊帝黄は前方高くそびえ立つ黄金のロイエー像を見上げて応えた。
「そうか。では各地の領土拡大を引き続き進めろ。このオリヴァルはとてつもなく広い。まだまだどの国にも属していない都市や町村が星の数ほどある。それらを占領下に置き、領土を広げ、他国を圧倒するんだ」
「ははぁ~。全てはロイエー神の御心のままに」
「余は変わらず力となってくれる天導者を異星より探しているが、そうはいい者は見つからない。ギャクザンやドーヒ程の戦士は異星でもそうはいないからな。主(ぬし)は焔艶妃のような魔族や古来種を領土拡大と合わせて探し続けろ」
「ははぁ~」
「ではこれで定例注進会を終―」
神ロイエーが終わりの言葉を告げようとした時、部屋の外が騒々しくなった。
「おい!!今は菊帝黄侯の祈祷の最中だ!!無礼は許されんぞ!!」
「可及的速やかに注進しなければならないことがある!!通せ!!」
天井の間の外で神兵らがざわついているのに苛立ち、菊帝黄は扉を開けて一喝する。
「何事じゃ騒々しい!ロイエー神に何たる無礼を!!」
「菊帝黄侯に至急差し上げるご注進が!!」
伝令兵の切に懇願する様子を見て、仕方なく菊帝黄はそれを許す。
「伝えよ」
「はっ!!ありがたき幸せ!」
伝令兵は息を整えてから落ち着いて注進した。
「およそ一日半前に、イレドが襲撃され、され、」
「なんじゃ、早く続きを言わんか」
「襲撃され、壊滅いたしました!!!!」
菊帝黄、神ロイエー、その場に居合わせた神兵がその報告の意味がわからず硬直した。
「な、なんじゃと…?もう一度言わんか」
「はっ!!イレドが襲撃され、壊滅いたしました!!」
一瞬の静寂の後、ようやく菊帝黄はその意味を理解した。
「ど、ど、どういうことじゃ!!もっと詳しく話さんかあ!!」
「情報員の報告内容をそのままお伝えいたします!一日半前に二人の襲撃者により、イレドの北南東門は崩壊、中央広場の闘技場は跡形もなく消え去り、ギャクザン宮殿も破壊されたとのことです!!」
「な、な、な、な、それで、それでギャクザンらは!!??」
「死亡したとのことです!!」
「ば、ばかな…!そ、そんなことが…!!どこのどいつじゃ!!そんなことをした大罪者らは!!」
「一人は男、一人は女で四本角を生やしていたようです!!」
「よ、四本角だとお!?たった二人い!?」
「はっ!!衛兵や門衛ら兵士の姿は無く、詰所も全て破壊され、民衆は遁走!!イレドの統制機能が完全に消失し、壊滅となった模様です…!!」
菊帝黄の顔が紅潮し、怒りで小刻みに震えている。
「す、すぐに奪還部隊を編成!!その大罪者を討てええええ!!」
「しょ、承知致しました!!」
菊帝黄は扉を勢い良く締め、ロイエー神に今のことを伝える。
「いい、全て聞いていた…。くそがあああああ…!!」
「や、やった奴らは二人ということでした…」
「…天導者しかいないだろう。そんなことができるのは。ギャクザンよりも強い天導者か…。どっかの神が宣戦布告したのか?国家間の直接のいざこざは神間協定で強く禁止されているんだがな…」
「い、いかがいたしましょうか?」
「まて、四本角と言っていたな」
「え、ええ」
「まさか…まさか…」
「どうされましたか…?」
「…忌み子、か…!?」
「まさか!!忌み子は行方知れずとなり、既に死んだと…」
「四本角なら可能性はある…余はすぐに他の神を集め会議をする!!もし忌み子だとしたら、奪還部隊などすぐに全滅だ。余が命令するまで待て!」
「ははぁ~!」
【女神ルルック】
女神ルルックは瀬界航と交渉とは名ばかりの策略もない一方的な要求をした後、自室にこもり、まるで廃人のように地球人に関する召喚生命体適応学論文を読み耽っていた。部屋には書籍が多く散らかり、足の踏み場もない。
「あーあれで瀬界航がおとなしくなってくれればいいのですが…あーうー…」
コンコン
コンコン!
ドアをノックする音すら気づかない主人に短いため息をつき、特別専属執務長パイパは部屋に入った。最近はずっと本を読み漁り、何を読んでいるのか問い詰めても言葉を濁してくるルルックにパイパは今日こそ何をそんなに没頭しているのか知ろうと黙って少女の背後に回る。
「『オリヴァルでの地球人の肉体変化に関する考察』?」
「ぴゃああああああ!!」
パイパの呟きに気づいたルルックは驚き金切り声を上げた。
「ぱ、パイパ!?なんですか、黙って部屋に入るなどと―」
「私はちゃんとノックしましたよ。気づかなかったルルック様が悪いのです」
「う…でも、だからといって黙って人の背後に回るのは感心しません!」
ルルックがほっぺをふくらませる。
「そんなことよりも―」
「そんなことより!?」
「そんなことよりも、この地球人の肉体なんたらというのは何ですか?また地球人のことを調べていたのですね。まさか…最近ずっと地球人のことを?」
「ち、ち、違いますよ!たまたま論文にあったんです!それをたまたまパイパが見ただけです!」
「……そうですか。しっかりと管理統制学を学んでいるなら、この雑然さには目をつむります」
パイパの鋭い視線がルルックに突き刺さり、ルルックはぷいと視線を反らし横を向く。
「それより、何用ですか?」
「はい。ロイエー神より神集(かみつどい)がかかりました」
「神集!?どうしてです?まだ定例会には日がありますが」
「議題は、ロイエーの第三州都イレドが何者かにより壊滅したことについてらしいです」
「ぴゃっ!?今なんて?」
「耳の穴をかっぽじってもう一度よく聴いててくださいね」
「一言余計ですよ!?」
「イレドが壊滅したということです。それについての話がロイエー神よりあるようです」
「あ、あ、そう…ですか」
ルルックは嫌な予感がし、部屋の壁に張られた惑星地図に駆け寄る。
「ええと…イレドはどこでしたっけ―」
「ここです。地理もしっかり勉強して、可愛さだけの取り柄をもっと内面から伸ばしていきましょう」
「は、はい…」
ルルックはイレドと航を飛ばした場所『壮恐帯』の位置を確認する。
「あ…あはは…イレドって壮恐帯に割りと隣接してるんですねぇ……」
「どうしました、ルルック様?」
「い…いえ…なんだか頭が痛くなってきたなぁって……」
「大丈夫ですか?足りないオツムでずっと本を読まれているからですよ」
「もう治りましたー!」
パイパはくすくす笑う。
「ルルック様、会議は二時間後です。支度をしておいてくださいね」
そう伝え、パイパが退出した。
「…そういえば、瀬界航と一緒にいた人間がいましたね…ええと確か、閃凛でしたっけ。どっかで聞いたことがあるんですが…ちょっと検索してみますか」
ルルックが神専用の魔法情報石に閃凛となぞり、検索結果が表示された。
「ええと…」
「…………」
「ぴゃああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
その悲鳴はルルッカの居城全体に大きく響き渡ることとなった。
エピローグへ続く
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