第35話:後始末

 閃凛は焔艶妃を倒した後、詰所の中で最大の規模を誇る中央近衛兵所を襲撃していた。


「助けてくれええええええええええええ!!」

「いやだあああああ!!死にたくないいいいいい!!」

 兵士の阿鼻叫喚の中で、閃凛は衛兵隊長や指揮権のある兵を探し回った。


「この中で位の高い兵士は誰!!??さっさと出てこないと皆殺しにするよ!!」

 その徹底的かつ冷酷な戦い方に周囲の兵士は慄き、遁走しながらも、閃凛の要求に屈する者も現れ始めた。


「わ、私です!!どうか殺さないで!!なんでもしますから!!どうかどうか!!」

 立派な鎧を装備したスキンヘッドの年配の男が名乗り出た。


「アンタは兵士に命令できるほど偉いの?」

「は、はい!!私は近衛隊長ドーガといいます!!近衛兵と衛兵、門衛なら私の命令一つで動きます!!」


「ここで死にたくなければよく聞くこと!命令する!収容所と奴隷商から犯罪者奴隷以外の商用奴隷と闘技奴隷を解放し、全員ギャクザン宮殿に集合させること!」

「え!?あの、ですがそんなことをしたらギャクザン様と焔艶妃様が―」


ドオオオオオオオオオン!!

 閃凛は脅迫の意味で閃撃で建物に穴を開ける。


「焔艶妃はワタシが始末した!ギャクザンは連れが殺す!これからこの町を支配するのはワタシ達よ!!」

「ひいいいいいい!!わ、わかりました!!」


「そしてもう一つ!イレド中の馬車、獣車をありったけ宮殿に集めること!食料、衣服、医薬品、テントも忘れるな!!期限は夕刻七時まで!!終わったら全兵士は九時までに闘技場集合!!わかったか!!」

「しょ、承知しましたああ!!おい!お前達聞いただろ!?各員に通達し行動しろ!!」


「し、しかし、商人たちの反発が―」


ドオオオオオオオオオン!!


「そんなもの統治勅令として対応しろ!!」

「はいいいい!!!すぐやります!!」

 閃凛が慣れない言葉を連発し、兵士らを恫喝する。


「いいか、もし逃げることがあれば、オマエ達の家族もろとも必ず殺す!」

 兵士が詰所から全員出払い、閃凛は一息ついた。


「はぁ~~…ワタシの言い方問題なかったかなー…」


 慣れないことをするのは、殺しよりも大変だとしみじみ思う閃凛だった。

 彼女はその後兵士らの動向監視や収容所からの奴隷解放で忙しく動き回った。



「宮殿には必ず秘密の抜け道があるはずだ」


 俺はギャクザンを倒した後、宮殿内へと立ち入った。親衛隊は全滅し、内部にいたのは小間使いや下男、執事等、宮殿を管理する者だけだった。


 彼らは俺が宮殿扉から入った際に整列して待機していたが、俺の姿を見るなり、悲鳴を上げ、宮殿内を逃げ回った。間違いなくギャクザンの戻りを待っていたのだろう。


 隠れてじっとしていた小間使いを掴み言う。

「ギャクザンと焔艶妃は死んだ。今日この時点を持って俺がイレドの統治者だ。死にたくなければ、お前達の中で最も偉い世話係を今すぐ呼んでこい」


「わ、わかりました…!」

 怯えきり小刻みに震えるその女中は押っ取り刀で行動した。


 暫くして、上質な黄金色に僅かに光る布地の執事服を見事に着こなした白髪オールバックの初老男が現れた。

「わ、私がこの宮殿で前統治者様に仕えていた執事長のトラバーでございます…!」


「よろしく頼む。ここで死にたくなければ俺に仕えるんだ」

「は、はっ!!」

 トラバーは直立不動でその場で敬礼した。


「早速だが、宝物庫に案内しろ。このイレドの公庫を確認したい」

「承知いたしました!」


「ちなみに裏金もな。知っているんだろう?」

「しょ、承知いたしました!」


 執事長に付いていく間、俺は宮殿内の驕奢な装飾や作りにただただ目を見張るばかりだった。

 トラバーに色々と尋ねると、床は昼夜で光り方が変わり、特に夜は鏡のように反射する日夜光石が敷き詰められ、壁はホワイトオパールのように淡く上品に七色に光る輝白石でできているそうだ。光の宮殿といっても過言ではない。

 等間隔に金の額縁で飾られた絵画や彫刻が廊下に荘厳さを増し、クリスタルのシャンデリアが宮殿を闊歩する人間の風格を一層漂わせるようだ。


「広いな…」

「はい。このギャクザン―失礼致しました。この宮殿は地上六階、地下三階の構造で客室が百、使用人部屋が三十、ダイニングと浴場が五と、その他施設も様々ございます」


「は~とんでもないなこの建物は…想像以上だよ」


 地下三階。そこに公庫室、いわゆる大金庫が存在した。

「こちらです…が、その…」

「どうした?」


「この大金庫の鍵は、その…前統治者が所持しておりまして…私には開けることができないのです…」

 大金庫部屋の大扉は黒い鋼のような金属製だった。厚さも相当あるはずだ。


「うーん…何か奴らは魔法とか使っていたか?」

「い、いえ…鍵だけでしたが…」


「そうか…じゃあいけるかな。下がっていろ」

 扉の取っ手をがっちり掴み、力を思い切り入れて引いた。


「むん…!!」


バギィン!!

 分厚い黒扉が勢い良く開いた。


「力を入れすぎたか。もう少し力の加減を覚えないとな…」

 トラバーは目を丸くして少し頭を突き出していた。


「こ、これはすごい!すごすぎる!!すげええええ!!!」


 金庫内の光景は今まで目にしたことのない程の壮麗たるものだった。

 部屋に無造作に散らばり溢れかえった金銀貨、宝石、金や見たこともない金属の延べ棒、彫刻、装飾品が三十畳程の広さに所狭しと詰め込まれていた。


 執事長も中は見たことがなかったのか、思わず前に歩み出て部屋の様子を呆然と眺め尽くしていた。


「しっかし、これだけの財宝がこの州都一つに集まっているなんて、この世界は資源が豊富なのか?」


 俺はトラバーに裏金の在り処を聞くと、それはギャクザンらの部屋から行ける隠し部屋に蓄えられているらしい。五階のギャクザンと焔艶妃の部屋からそこに行くと、これまた浩大にして綺羅びやかな宝が並んであった。


「よし、これだけあればいけそうだ…。トラバー、秘密の抜け道はどこだ?」

 トラバーはすぐに案内してくれた。


 抜け道へと続く入口は意外にも宮殿を出て周った崖の岩壁にカモフラージュされていた。


「なぜ外に抜け道が?」

「前統治者が、抜け道など必要ない、どうしても作るなら、宮殿から見えない所にしろ、と…」


「なるほど。とことん自己陶酔型だったのか」

 扉を開けると、そこは大きな獣馬が横に二台は優に並べられる広さだった。


「これなら申し分ないな」

 俺はトラバーの方を向いた。


「トラバー、人を殺したことは?」

「え?いえ、ございません。私達は兵士ではなく、この宮殿の管理を任されたただの使用人ですので」

 嘘は言っていないようだ。


「よし、これから言うことをよく聞くんだ。まず庭園に商用と闘技奴隷がイレド中から集まってくる。その者達に食事を与え、小綺麗な格好をさせてやること。宮殿の大広間にでも連れていけばいい」

「ど、奴隷がですか!?」


「そうだ。俺は奴隷の制度を少しばかり変えることにしたんだ」

「しょ、承知いたしました」


「そして、夕方までに宮殿前に馬車や獣車が多数運ばれてくるから一台ずつしっかり整列させ、各荷台に食料や衣料品、雑貨を均等に配置しておくこと。あーそれと武具倉庫から可能な限り装備品を引っ張り出し、馬車の横にでも置いておくこと。いいな?」

「しょ、承知致しました。い、一体何をするおつもりで…?」


「新時代だよ。しっかりやれば、あとで褒美をたんまりやることを約束しよう」

「あ、新しい統治者様に敬意を表します」

 さて、その時まで宮殿を徘徊しているか。



 昼頃には次々と解放された奴隷達が集まり始め、彼らを使用人が嫌々ながらも世話をしている。突然の出来事に奴隷も使用人も狼狽してはいるが、商用奴隷だったためかおとなしく行動していた。生き残った兵士らは当初、俺の命令を聞く耳は持っていなかったが、ギャクザンの遺体を掲げたところ、素直に従った。閃凛がうまいこと言ってくれたらしい。


 馬車や獣車が庭園までの専用迂回路を通り、宮殿前広場に駐車し、使用人達が荷台や客車内の物品を整理していく。


 夕刻七時。宮殿前にはぎっしりと車が並び、それは庭園全体から迂回路にまで至っていた。使用人によるとおよそ千台はあるという。辺りには獣臭が漂い、少々鼻についた。


 奴隷達は宮殿大広間にこれまたぎゅうぎゅうになるほど詰め込まれていた。その数八百二十人。途中で好機と踏んで行方知れずとなった奴隷も大勢いると申し訳なさそうに兵士が伝えてきたから、実際は自由になった奴隷は千人は優に超えるのだろう。


 大広間の奴隷達は大半がボロ布から普通の服に着替え、時間のあった奴隷達は浴場で汗を流し、悦に入っていたという。食事も与えられ、満足している感じだった。


 俺は使用人らを馬車の作業に戻るよう伝え、大広間は俺と奴隷達だけになった。

「皆聞いてくれ!!俺は今回皆を収容所、もしくは奴隷商人から解放した瀬界航という者だ!」

 奴隷達が一斉に静かになった。


「この町の腐った支配者を討ち滅ぼした俺は、この場を持って皆に自由を提供する!悪しき奴隷制度は死んだ!これからは自由を謳歌せよ!」


「うおおおおおおおお!!」

 奴隷から解放されたことにやっと実感した民衆が歓喜の雄叫びを上げた。


「その上で聞いてほしい!!俺はこれから異郷の地で新しい国を築く!!この腐った世界を根本から改めるために!!その覚悟がある者は俺と一緒に歩もう!!約束しよう!!新時代を築くのだと!!」


「うおおおおおおおおおおおお!!」


「考える時間を少し与える!その上で答えを出してほしい!心配は無用だ!その意志が無くとも、皆は自由だ!俺は皆の意志を尊重する!故郷に帰るのも、他の国へ行こうともだ!」

 俺は慣れない宣言をし、どっと疲れが湧いた。だがまだこれからだ。


「この中で既に俺についてくる意志を持った者は隣の部屋にきてくれ!」


 隣室に集まった民は百五十人程度だった。もう少し多いと思ったのだが、突然あんなことを聞いてすぐに「ついてく!」という人はそうはいないから上出来なのだろう。


「俺の意志に賛同してくれたことに感謝する!ありがとう!」

「陛下!私達は貴方について参ります!」


 へ、陛下!?なんだそれは!?

「へ、陛下!?」


「陛下、我々はこれから如何したらよろしいでしょうか?」

「へ、陛下!?」


 皆が俺のことを陛下と言い出し、恥ずかしさの余り俯いてしまった。だが一端の指導者がこんなことであたふたしてたら示しがつかない。

「この中で、戦える者はいるか!?」


「はい!三年前にロイエーに滅ぼされた都市アニーで防衛部隊長を務めておりました。他にもこの場に四名おります!」

「私も同じくロイエーに滅ぼされたドエンという町で治安部隊を組織しておりました。今日までずっと闘技奴隷として扱われ、陛下には大変感謝しております…!」

 その他五十五名が元は戦士だったようだ。


 戦士の割合が大きいな…。


「俺に忠誠を誓えるか?」

 自分で言ってて本当に恥ずかしい。こんなセリフ日本ではまず言わない。


「はい!我々の故郷は既にありません。これからは陛下に忠誠を尽くします!」

 流石は戦士。忠誠心は一般人よりも遥かに高い。


「感謝する。ではこれから皆に命ずる」


 最初の命令、それは宮殿の公庫に眠る財宝を均等に配分することだった。こればかりはいい加減な人選はできない。忠誠心こそが成せる業である。

 

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