第34話:対決其の2

 ギャクザン宮殿の豪奢な庭園に眩しい朝日が降り注いでいる。


「俺は、朝が苦手でね。朝にこんな騒ぎを起こされると、少しムカツクんだ」

「これからもっとムカツクことになるさ」


「お前、天導者てんどうしゃだろ?どこの国の神から喚ばれた?」

「天導者…?」


「違うのか?あの女は魔族のようだが、古来種には大概は身体的な特徴がある。だがお前にはない。俺と同じようにな。そういう人間で他者より圧倒的な力を要する者は大体天導者だ」


「なるほど…勉強になった」


「天導者は他国に対して直接干渉してはならないと、神の間で結ばれた協定で決まっている。だがお前は今こうしてイレドを攻撃した。どういうことだ?」

「神の協定など知ったことじゃない。俺の目的は腐った神に俺を元の世界へ帰させることだ」


「ほう……お前、望んで来たわけじゃないのか。神の誰かがトチってお前が巻き添えを食ったということか。はっはっはっはっっは!!これは面白い!!」

 高らかに笑うギャクザン。


「…天導者ってのは神からこの世界に召喚された人間ってことでいいのかな?」

「そうだ。俺は神ロイエーから前の世界の力を評価され、この星オリヴァルのロイエーという国で力になってほしいと頼まれてやってきた天導者だ。俺は前の世界で採っていた奴隷制度を更に充実させ、巨万の富を得る政策をとり、そしてこのイレドが誕生したってわけだ」


「なるほど、天導者ってのも碌なやつはいないようだな」


「天導者はいいぞおおお!?前の世界よりも俺の地位は上がり、なんでも意のままだ!衣食住は素より、金!芸術品!権力!女も好きなだけ抱ける!あらゆる欲が満たされるんだ!!」

「力を持った人間が最終的に行き着く典型的な欲に転んだということか。愚かだな」


「だが!そんな俺の生活に水を差す奴らが現れた!怒り心頭に達するだろう!?」

 ギャクザンが怒りと余裕に満ちた表情に変え、航への殺気を露わにした。


「安心したよ。現時点で怒りで満ち溢れていることにな。死んだ仲間にお前の怒る姿を見せたかったんだ」

「ほざけえええええええ!!」


 ギャクザンの叫びを機に、航は彼に向かって走る。


「はっはっはっはっは!!なんだその遅さは!!神のミスで喚ばれただけあって、戦闘には長けてないようだな!!」

 航は渾身の一撃をギャクザンに振りかざしたが、ギャクザンはそれをひょいと避け、後ろへと移動する。


 彼を追い、走り続け、突きや蹴りを繰り出す航だったが、天導者であるギャクザンには当たらない。

「くそ!」


「くっくっく!てんで素人の動きだな。がむしゃらに突っ込んで攻撃が当たるのは、弱い衛兵くらいなものだ。恐らくあの魔族の女の力でここまでやってきたんだろ?近くにいなくて残念だったな、はっはっは!」

「心配するな。閃凛もあのビッチを始末し、やるべきことをやったらまた戻ってくる」


「お前は天導者の力をまるでわかっていないな。見せてやろう。このギャクザンの重圧魔法を!」

 ギャクザンが杖をかざすと、杖に装着された紫の玉が淡く光り、航の周囲が紫の空間に染まった。


「『神之悲壮かみのひそう』!」


 そう詠唱すると、ゲリラ豪雨のように紫の雨が航に降り注いだ。。


「ぐわああっ!!なんだこの雨は…いてええ…!」


「はっはっは!その雨は超重圧の金属よりも固い水だ!お前の体を細かく粉砕し、ゴム人間のようにしてやろう!!」


ドガガガガガガガガガガガガガ!!


 激しく打ち付ける金属の豪雨に、航は必死で痛みに耐え、立ち続ける。

「くそ…痛みだけが休むこと無く続いてやがる!なんとかして打開しないと…!」


 航は全身の激痛に耐えながら、両足に力を入れ、ギャクザンの方へ駆け出した。

「な、なに!?」


 紫の空間がギャクザンにまで達しようとした時、ギャクザンは慌てて防御障壁を張った。

「か、『神之祈祷かみのきとう』!!」


 障壁に激しい衝撃音がこだまし、徐々にヒビが入り始めていく。


「くっ!全体防御魔法をかけている状態では移動できん…!やむを得ないか…!」

 ギャクザンは神之悲壮を解き、航と距離を置いた。


「へ…へへ、やっと解いてくれたか。ふぅ~…」

「貴様…タフさには自信があるようだな…」

 航は再びギャクザンへ向かっていく。


「だがタフさだけでは俺を倒すことなど不可能だ!『神之忘憂かみのぼうゆう』!」

「な、なんだこの球体は!?」


 ギャクザンの詠唱と同時にいくつもの紫の巨大な球体が航を取り囲んだ。そして、その一つが航目掛けて突撃し、突き飛ばした。

「ぐはっ!!」


「さあ!どこまで貴様のタフさが続くかな!?重圧球で弄ばれる様子をじっくりと楽しんでやろう!!」


 突き飛ばされた航を、その先にある球が待ち構え、そしてまた別方向へ突き飛ばしていく。


「ぐあっ!!ぐふっ!!がはっ!!(これではあいつに近づけない…この軌道を―そうか…!)」

 航は視線を常にギャクザンに向け、彼に最も近い球に飛ばされた瞬間、その方向へ飛ばされるよう体勢を変えた。思惑通り、高速でギャクザンに向かって飛び、航は拳を後ろに構え反撃に転じた。


「な、なんだと!?『神之祈祷』!!」

 自分に飛んでくるその早さに対応できず、ギャクザンは防御魔法を展開した。


ドオオオオオオオオオオン!!バリッバキキッ!!


 航の拳は障壁とぶつかり、ヒビを入れた。

「しょ、障壁が!!」

 ギャクザンは詠唱をやめ、後方へ素早く移動する。


「くそっ!!もう少しだったのに!!あの障壁は厄介だな…!」


 ギャクザンが航を睨む。

「……ただの力技で俺の障壁にヒビをいれる奴は初めてみたよ…」

「お褒めの言葉ありがとうと言いたいところだが、下衆に褒められてもな」


「…貴様のそのタフさと力を封じるには、完全詠唱魔法しかなさそうだ」

「…お手柔らかに頼むよ」


「『我は普遍!我は荘厳!厭わしき存在は平伏!命ずるは隷属!無用の疑念!刮目せよ!我は光臨する!!神之平定かみのへいてい』!!」

 地面に紫の魔法陣が広がり、突如航の体にズドンッととてつもない重さが上からのしかかった。


「ぐ…ぐおおおお…!!お、重い……!!」


「どうだ動けないだろう!!完全詠唱の範囲重圧魔法だ。以前放った『神之恫喝』とは比べ物にならない威力だ!さあ、もがき苦しみ、潰されてしまえ!!」

 片膝をつきその重力に耐え続ける航。


「はーーーはっはっは!!やっと膝を曲げ始めたな!!どこまでもつかな!?おや?」

 ギャクザンが遠方の闘技場の上に燃え上がる巨大な黒炎を目にした。


「はっはっは!やるな、お前の連れは!焔艶妃えんえんきの完全詠唱『煉獄黒葬炎』を引き出すとは!だがそれまでだったな!あの女は灰となり消滅するだろう!闘技場も消失するのは痛いが、また奴隷で建てればいい!」


「はは…そううまくいけばいいがな…」

 航は苦悶の表情を浮かべながら笑う。


「いい加減地に伏せろ、出来損ないの天導者が」

 ギャクザンは杖を航に向け、炎魔法を次々に放つ。

 航の体に次々と炎球が直撃し、爆発音が響き、周囲に爆煙が充満する。


 ギャクザンは目に遠望魔法をかけ、闘技場を見やる。

「おかしいな、闘技場が爆発しないぞ…」


 と、その時、闘技場から巨大な光が上空に放たれた。


「あ、あれは…!!焔艶妃!!焔艶妃いいいいいいいいい!!」

 ギャクザンは焔艶妃が消え去る光景を目の当たりにした。


「な…な…焔艶妃が…焔艶妃があああ!!あの女ああああ!ぶち殺してくれるうう!!」

「は…ははははは!閃凛の前に俺を殺さないといけないんじゃないのか…?」


「この…このくたばり損ないがあああああ!!」

 航の無傷の姿を見て、ギャクザンは怒り狂う。


「こんな魔法じゃ…俺は殺せないぞ?何かあるんだろう…?チンケな奥義が」


「いいだろう!!お前の原型を留めていない屍体をあの女に見せてやろうじゃないか!!」

 ギャクザンは空高く舞い、杖をかざして詠唱した。


「光栄に思うがいい!!この俺の完全詠唱『神之大裁定かみのだいさいてい』を見せるのは貴様が初めてだ!!あの世ですぐに会えるあの女に誇るがいい!!『神よ慈悲に!神よ無慈悲に!我に鉄槌を!我に栄誉を!審判こそ我が誉(ほまれ)!断罪こそ神の御意志!我は乞う!『神之大裁定』!!』


 紫の巨大な球体が航に放たれた。


ドオオオオオオオオオオオオオオオオン!!


 球体は航ごと庭園を地下深くえぐり消失した。



 埃が空へと舞い、ギャクザンはその陥没した地面の底を覗くと、うつ伏せで倒れ伏した航を発見した。


「はーはっはっはっはっはっは!!!五体満足で死んだことだけは褒めてやろう!!」

 ギャクザンは穴へと降り、航の頭のすぐ前に立つ。


「約束だったな。原型を留めていない屍体をあの女に見せてやると。さて、どの部位から破壊していこうか―」


ガシッ!


 その時死んでいたと思われた航の手が動き、ギャクザンの足首を掴んだ。

「…やっと捕まえたぞ」

「きさま!!死んでなかったのかあああ!!」


「かなり痛かったがな…不思議と俺は死なないんだよ…」

「ぐっ!!離せ!!離しやがれ!!」

 足首を掴まれた手に力が入り、その痛みでギャクザンは片方の足で航の頭を蹴り出す。


「はは、この時を待ってたよ!お前が油断して俺に近づくのをな!!」

「な!!貴様!それを狙って俺の魔法を!!?」


「こうでもしないとお前は俺に近づかないからな。うまくいったぜ…!」

 航は目一杯掴んだ手に力を入れた。


バギャァア!!


「ぐわあああああああああああああああああああああああ!!」

 ギャクザンの左足首の骨が粉々になった。


 ギャクザンはその場に倒れ、転がり悶える。

「足が!足があああああ!!くそおおおおお!!」


 航はその機を逃さず、もう片方の足を思いっきり踏みつけ、そしてギャクザンの両足が折れる。

「おがあああああああああああああああああああ!!!」


「さて…そろそろ終演だ」

「ぎ、ぎざまあああああ!!『神之慈愛かみのじあい』!!」


「何だそれは?」

「は…ははは!この魔法で貴様の物理攻撃など弾き返してくれる!!」


 航は目を閉じ、静かに首を横に振って言った。

「馬鹿かお前は。そんな防御魔法、俺にとっては何の障害にもならん」


 ボギィイイン!!


「ぎゃあああああああああああああ!!」

 航の足がギャクザンの右大腿骨をへし折った。


「どうした?飛ばないのか?」

「ぐ…!ぐぞおお!!」


「そうか。飛べないのか。どうやら空術は足を破壊すると使えないようだな」

「ぎ!!た、助けてくれ!!」

 航はギャクザンの腕を掴み、穴の外へ放り投げた。


 放り投げた先でギャクザンは両手で這うようにして逃げる。だが航の歩く速度には及ばない。


「お前の愛する庭園で死なせてやる。俺は優しいんだ。平和に育った日本人だからな」

「や、やめて…許してくれ…命だけは!なんでもする!!お前の部下になって、お前に尽くす!!だから…!」


「腐った奴の最期の言葉ほど不快なものはないな。苛立ってくるぜ…」

 航の足が今度は命乞いする男の左腕を破壊する。


「はぎゃあああああああああ!!」

「た…頼む…!金、宝、女、全てお前のものだ…!!だから命だけは…命だけは…」


「そんな通俗的な欲に興味はない。俺が欲するのは元の世界に帰る方法だけだ」

「そ、それならわかるはずだ…!首都ロイエーには神ロイエーがいる!助けてくれたらロイエーに会わせる!約束する!!」


「そうか。神には会えるんだな。それはいいことを聞いた」

「じゃ、じゃあ―」

 ボギィイン!


 ギャクザンの右腕が粉々になる。

「ぎゃあああああああああああ!なんじぇえええええええ!!??」


「俺は約束は必ず一つしかもたない。お前とぜひその約束を交わしたいんだが、実は今交わしている約束がまだ果たされていないんだ」

「あが…そ、それは…!?」


「お前を殺すことだよ」

 航の極めて冷酷な視線がギャクザンに突き刺さる。


「ひいいいいいいい!!」

「仲間を…仲間を失う辛さなど、お前には到底わからないだろう。死ぬ間際に腐った欲を口にする奴にはな!!リムダーフをなめるなよおおおおおおおおおおおお!!!!」


 航は右足をギャクザンの顔に踏み当てる。


「な、なにを!?やめ、やめじぇえええええええええええええええええええ!!」


 グジャンッ!!


 ギャクザンの頭が破裂した。


 こうして航と閃凛は、殺された仲間の仇を討った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る