第31話:鉄拳と閃撃

 北門は首都ロイエーと第二州都ブレイスへ至る道をつなぐ要所である。日々多くの商人や旅人が行き来し、最も往来の激しい門である。そのため、他の門よりも門衛、衛兵が多い。


 日はまだほんのり赤みを帯びている程度で、往来者の通行まではあと一時間半程度ある。

「ふぁぁあ~…ねみいなあ。まだ交代まであと三時間くらいあるか…さっさと帰って寝たいぜ」

「ああ全くだ。一昨日のレジスタンス襲撃のような事件がまた起きねえかな。こう暇だと腕も鈍っちまうぜ。俺も暴れてねえな」

「あー俺も最近人殺ってねえな。中々金持ってそうな旅人いねえからなあ」


 門衛が無駄話で時間を潰していた時、二人の人間が空から降りてきた。


 全身黒服の男と少女。その少女は四本の角を見事に生やしている。


「ああ?おい、テメエラ、今上から降りてきたよな?何勝手に門通過してんだよ?こりゃ通行料を多くもらわねえと豚箱行きだぞこら、あ?」

 一人の門衛が男に食って掛かった。


ガボンッ!!

 門衛の腹から拳が突き出て、大量の血を流し倒れた。それを見た仲間の門衛が叫ぶ。


「て、テメエエ!何しやがった!?」

 黒服の男、瀬界航せかいわたるは言った。


「イレドを滅ぼしにきた」


「な、なな何いってやがる!!」

 門衛は首にぶら下げた笛をピーッと吹いた。


「おい!!襲撃者だ!!みんな集まれ!!」

 門衛や周りの衛兵がぞろぞろと集まってきた。その数およそ三十。


「てめえら、よくもやってくれたな!ぶっ殺してやる!!」


「これだけ集まればいいか。閃凛せりん

「了解!」


「殺された仲間の仇だあああああああああああ!!」


「なにふざけたことぬかしてやがる!死ねえええええ!」

 兵士が武器を手に一斉に襲い掛かってきた。だが、閃凛は手に光を収束させ、そして周囲に閃撃を放った。


「ぐわあああああああああ!!」

「ぎゃあああああああああ!!」


 次々と閃凛の閃撃で吹き飛ばされ、絶命していく兵士たち。


「くそ!おい!他の寝ている奴らも起こせ!早く!」

 攻撃を逃れた兵士らが応援を呼びに詰所へ駆けていく。だが閃凛はそれを見逃さず、すぐに追撃する。

「させないよ!!」


「よし閃凛!厩舎を破壊するんだ!」

「おっけー!!」

 閃凛は上空へ舞い、厩舎の方へ先程よりもいくらか強い光の閃撃を放った。


ドガアアアアアアアアアアアアアアン!!


 次々に厩舎が大爆発を起こし、全壊していく。

 航は下で兵と戦い、その余りにも常識はずれの力で彼らの体を粉砕していく。


「うおおおおおおおおおおおお!!」

「ぎゃあああ!俺の、俺の腕があああ!!」


 航の一撃で部位が破壊された者、頭を砕かれた者、上半身を貫かれた者、彼の攻撃を受け命果てた者は全て体の一部が原型を留めていなかった。


「航!厩舎の破壊完了!!門の破壊に移るね!もう少し踏ん張ってて!」

「心配御無用!!」


 航は敵に斬りつけられるも、その強靭な鋼以上の強度を誇る肉体には痛みだけで切り傷どころかかすり傷さえつかない。


「どうした!?そんな攻撃で終わりか!?そんな程度で俺達を殺れると思うなよおお!!」


 北門近くの詰所から閃凛の迫撃からうまく抜け出し、応援要請されて駆けつけた衛兵らがどんどん集まってくる。だが、航は怯まない。絶対の信念と決意がそうさせた。例えひどい痛みだろうが、そんなものは無残に殺された仲間を思うと消し飛んでいた。全身が強烈な興奮物質で満たされ、それが常に分泌されていた。


「ば、化物め!!魔法だ!!魔法を放て!!」

 特別衛兵が魔法詠唱を始めた。


「準備完了です!」

「撃てええええええええ!!」


ボオオオオオオオオオオオオオオン!!


「殺ったか!?」


 モクモクと巻き上がる煙の奥から航が駆け出し、魔法を放った衛兵に手刀で攻撃した。


「ごああああああああああ!!」

 手刀を受けた衛兵は左上腕部から右脇腹が真っ二つに裂かれ、上半身が下半身から滑り落ち絶命した。


「ひいいいいいいいいいいい!!」

「ひ、怯むなああ!!全員どんどん撃ち込めええ!!」


 だが、航は一瞬行動が止まるだけで、猛然と兵士に突撃していく。


ドオオオオオオオオオオオン!!


「も、門が!!!!」

 威風堂々と構えていた二十メートル程の石門が轟音を立てて崩れていった。


「ば、化物だあああああ!!!助けてくガパッ!」

 逃げ始める兵士に閃凛が航の後ろから目にも留まらぬ早さで飛び出し、兵士の体を粉砕していく。そして休むことなく特別衛兵に向かって閃撃を放ち、木っ端微塵と化していった。


「航やるじゃん!こんなに囲まれても無傷なんて!服はボロボロだけど」

「だから言っただろ?俺は何気に強いんだって!!力は地味だけどな!」


「いやだああああ!!助けて!!逃げろおおおお!!!」

「お、お前ら、逃げるな!!戦え!戦ええええ!!」

 衛兵隊長らしき男が、逃げ惑う部下に戦場へ戻れと必死で命じている。


「お前の言う通りだ。俺達に殺されることがお前達の義務だから、な!!」


「ひぃっ!!」

 航は思い切り衛兵隊長の背中に膝蹴りをお見舞した。


「ぐぼぁああっ!!」

 背中から骨の折れる鈍い音がし、男はその場で倒れ痙攣を起こした。


「北門の兵どもは遁走し始めたか。頃合いだ。閃凛、軍獣馬大厩舎へ向かうぞ!」

「よっし!!」


 北門辺りにいた酔っぱらいや徘徊者はその惨状を目の当たりにし、悲鳴を上げてその場から逃げ出していく。



 闘技場から少し北西に位置する軍獣馬大厩舎は約三ヘクタールに及び、放牧場、騎乗訓練場、数多くの厩舎を有するイレドでも最大の軍施設である。


 閃凛は航を大厩舎から離れた屋根に降ろし、再び対象の上空で静止した。


「建物は十五棟か。よーしいっくよーーー!!」


 閃凛は両手を広げ、後ろに引いていく。徐々に両拳に赤みを帯びた光を発し、そして勢い良く両手を前に押し出した。


「『凛炎衝閃波りんえんしょうせんは』!!」

 炎で縁取られた巨大な光の弾が大厩舎の建物に次々と直撃し、そして一瞬の静寂の後に大爆発を巻き起こした。

ドオオオオオオン!!ドオオオオオオオン!ドオオオオオオオン!!


 農場や外に出ていた兵士らが、その惨劇に慌てふためき、厩舎から逃走を図り始めたが、閃凛に容赦はない。


「全部吹き飛べえええええ!!」


ドオオオオオオオオン!!


 上空からはもう広大な厩舎の敷地上に人や動物の影は見受けられなかった。


 閃凛は航の所に戻り、そして次の標的である東門へと高速で移動した。

 空が赤から橙色に染まり始め、ようやく朝日が少し顔を出し始めた頃だった。



 東門の兵士らは遠くで鳴り響く衝撃音に少しざわついていただけで、北門や大厩舎での惨劇はまだ伝わっていなかった。


「おい…なんだってんだよさっきから…雷じゃねえだろこの音は…どっかでとんでもないこと起きてんじゃねえのか?」

「わからんが…だが、何も連絡を受けていないからなんともいえんな…」


ドゴオオオオオオオオオオオオン!!!!


「うわあああああああああ!!!」

「ぎゃあああああああああああああああああ!!」


「な、なんだ!!??」

「げ!!!門が、門が崩れていく!!」


 刹那、戸惑う兵子らに閃撃が放たれ、たちまちのうちに絶命していく。


「敵襲!!敵襲だあああ!!!」


 笛を吹き応援を呼ぶ者、大鐘を打ち鳴らし、非常事態を知らせる者がいる中で、航と閃凛は次々と撃破していく。


「厩舎破壊完了ーー!!」

「ナイス!後は適当に集まってきた奴らに鉄槌をくだせ!」


 二人は襲い掛かってくる悪漢を次々に蹴散らしていく。


「ぐぺっ!!」

「ぎゃっ!!」


「閃凛!疲れてないか!?」

「全然!!まだまだ足りないよ!!航こそ大丈夫なのかな!?」


「俺の体力を舐めるな、よおおお!!」


「ぐわあああああ!!」

「隊長!!コイツらは悪魔です!!勝てるわけがありません!!退却命令を!!」

「お、愚か者!!逃げたら、ギャクザン様に殺されるだろ!!」

「しかし―」


「その前に俺達に殺されるさ」

 隊長と部下の首が飛ぶ。




 航と閃凛の攻撃の知らせが宮殿にようやく入ったのは、東門の攻撃が終わった頃だった。


「う、う~ん…、まだ明け方か…」

「ギャクザン~まだ日が昇ってないわよぉ~さ、目を閉じてもう一眠り♪」


 ギャクザンと焔艶妃えんえんきは一つのベッドで心地よい微睡みを楽しんでいた。


「なんだかさっきから遠くで衝撃音が聞こえてる気がするんだよな…」


ドタドタドタドタドタ!ガタガタガタガタ!


「宮殿内が騒がしいな…」


ドンドン!ドンドン!


 突如部屋のドアが強く叩かれた。


「ギャクザン様!ギャクザン様!至急ご報告差し上げる事態が発生致しました!」


「うっせーな!!さっさと入って報告しろ!!くそっ!よりによってこんな朝方とか悪夢だぜ!」

 朝はとりわけ機嫌が悪いギャクザンがキレる。


「報告致します!!北門が襲撃者二名により…二名により破壊されました!!」


「なんだとお!?」

「え!?どういうことかしら?」


「詳しい状況はまだ不明ですが、北門の兵士らは大半が死亡!残りは遁走しているとのこ―」

 その時、新たな近衛兵が報告に入った。


「申し上げます!!軍獣馬大厩舎が何者かの攻撃により、壊滅!!厩舎内の建物が全て全壊し、兵士も全員巻き込まれた模様です!!」


 ギャクザンと焔艶妃の顔が鬼の形相と化す。


「くそがあああああああああああああああああああああああ!!!」

「で!!やった奴らの特徴は!!??」


 焔艶妃の激しい口調に通達近衛兵は一瞬怯み、伝える。


「はっ!目撃者の証言によりますと、二人とも黒ずくめの服装で男と女。男の人相に特徴はありませんが、女は頭に四本の角を生やしていたようです!!」


「あいつかあああああああああああああ!!あの小娘がああああああああああああ!!」

 ギャクザンと焔艶妃が怒髪天を衝く勢いで叫び散らした。


「ひいっ!!」


 そしてまた一人報告しに参上した。

「追加で申し上げます!!現在も襲撃者による攻撃を受けている状況です!!巡回兵によりますと、現時点で東門が攻撃を―ぐべっ」


 ギャクザンの重圧魔法がその近衛兵の頭を破壊した。


「おまえらあああああああ!!さっさと奴らを殺すよう伝えろ!!!!」


「は、はい!!!」

 近衛兵らは一目散に駆けていった。


「くそおお!!くそおお!!レジスタンス共は全員皆殺しにしたはずだ!!」


「まさか私の煉獄黒葬炎れんごくこくそうえんを喰らって生きているとはね…どうやら只の人間じゃないってことね。どうしましょうかギャクザン?」


「……恐らく役立たずの兵士が束になっても敵う相手じゃないだろう。お前の技を受けても生きてるんだからな」

「まっ、そうね…」


「奴らの狙いは俺達だ。奴らはここに必ず来る。俺達はここで待ち構えているだけでいい」

「わかったわ。それにしても何者なのかしら…」


「古来種、突然変異種その辺りかもしくは…」

「!?まさか、天導者だっていうの?あり得ないわ、それは神々の協定に反しているもの」


「そうだ…だが、可能性だって無くはない。神の一人が協定を破ってこのロイエーを攻め始めていることだって考えられる…」

「いずれにせよ、要注意ね」


「戦闘準備をしておけ、焔艶妃。もう少ししたらやってくるはずだ」

「わかったわ」


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