第30話:斯くて光は覚醒す

 ギャクザンらによる襲撃後の夜更け過ぎ、俺達は亡骸を一つ一つ集め、北東の訓練場に運び埋葬した。その間は俺も閃凛せりんも終始無言だった。


「よし…これであとは、この綺麗な岩を立てて、皆の名前を彫ればいい」

「うん…」


 乳白色の少しの輝きを放つ大きな岩を立て、剣先で名前を掘っていく。


 掘り終わった頃には既に朝日が顔を出していた。あの激しい雨が嘘のようだった。


 俺は俯き黙っている閃凛の頭をなでる。角はずっと生えたままだった。怒りややるせない気持ちが抑えられないのだろう。だが、それは俺も同じだった。俺は既に決意していた。


「閃凛、聞いてほしい」


「うん…」




「俺は…俺は…!この町を……滅ぼす!!」

 その確固たる信念のこもった言葉に閃凛は顔をふっと上げた。


わたる…?」


「この町を滅ぼし、奴らを…ギャクザンと焔艶妃えんえんきを殺す!!」

 閃凛はずっと俺の顔を見ていた。


「俺は自分の持つ力を信じずに、ただ奴らに怯え、作戦では裏切り行為すら気づかず、人に…仲間に頼りっぱなしだった…!自分が可愛かったんだろう…心のどこかで自分の命のほうが、作戦よりも組織の活動よりも大事だと…そう思っていたんだ。俺の目的はこの世界で暴れ、神を引きずり下ろし、地球に帰ることだ。だが…!せっかくその環境にいながら、この力を持っていながら、俺は人任せ…甘えていたんだ!」


「航…」


「だが今回のことでよくわかったよ。俺が立ち上がらないと駄目なんだって!それが…それが…俺がこの腐り切った世界で生きる使命なんだ!!もう迷わない、もう立ち止まらない、もう悲しいのは見たくない…!やってやる!!」


「うん…うん…!」


「そのためには、閃凛…。君の力が必要だ!俺と一緒に、修羅の道を、この退廃した世界で歩んでほしい!!」


 閃凛のその大きく美しい瞳に涙が浮かぶ。


「うん!!!!やろう!!こんな、こんな腐った世界と敵を…やっつけてやる!!」


 俺は右手を差し出し、閃凛と固い握手を交わした。




 俺達はホーム跡地から原型を留めいてた金黄貨や宝石を集め、雑貨屋で高級地図や文具を買い、仲間の墓の前でこれからの作戦を閃凛と話した。


地図を広げ、作戦の概要を閃凛と確認する。


「この町の出入口は三つ。北、南、東門だ。間違いなく西の宮殿にもあるだろうが、それは今は行けないから放っておく」

「この三つの門を破壊するんだよね」


「そう。特に北はロイエーの首都と第二州都ブレイスに至る重要拠点だ。まずこの北門を破壊する」

「応援部隊の要請を遅らせるため…と」


「まあ、宮殿から空術で呼ばれてしまえば意味は無いんだが、ギャクザンはそれはしないだろう」

「え、どうして?」


「あいつは自己陶酔型で自分に絶対のプライドと自信を持っているからな。応援要請なんて格好悪くてできないという性格さ」

「なるほどー」


「問題は他の州都から来ている諜報員だろうな。ただこればかりはどうしようもない。北門に着いたら、門の前に厩舎を破壊する。ここだ」


「東、南門も同じようにする、と。攻撃順は北門、闘技場のちょっと北西のこの軍獣馬大厩舎、東門、南門の順だよね」


「そうだ。そして最後は―」

「メインディッシュの宮殿!」


「ああ。思いっきり…暴れてやるぞ…!」

「ふぅーー…絶対許さないんだ!」


 俺と閃凛は改めてリムダーフの仲間の仇をとるために奮い立たせる。


「そうだ航、どうしてこの北東、北西、南西の奴隷収容所は解放しないの?」


「いい所に気づいたな。そこは販売用奴隷の収容所だ。確かにすぐに奴隷を解放したいところだが、町が混乱している中で解放しても意味はない。そこはギャクザンらを殺し、町の統制機能を停止させてからだ」


「あ、そうだよね!確かに町が大騒ぎになっている時に奴隷達を自由にしても意味ないよね」


「この南東は刑務所兼犯罪者奴隷収容所だから放置しておけ。死んでも何ら困らない奴らだ」

「勝手に死んでおけってことだね!」


「閃凛、あの闘技場での作戦で君に質問されたことだが…すまない…俺もどうすればいいか答えがわからなかったんだ…」

 俺は閃凛から決起会の時に相談された観客を巻き込むことについて謝罪した。


「ううん!私がもっと自分で判断すればよかったんだ…!」


「改めて答える。向かってくる奴らは殺せ。そして、たとえ君の閃撃を放つ方向に民衆がいても躊躇するな。この町の連中は腐ってるからな。全員敵とみなすんだ」


「うん!ぶっ殺してやるよ!」


「よし。さて…後は色々細かいところはあるが、少しずつ把握していこう。決行は明後日の夜明け前だ…!」


「じゃあ、それまではたっくさん食べて力をつけておこっと」


「覚悟しておけよ…クソどもが…!!」

 俺は両拳に力を入れ、奮い立たせた。二度とあんな悲劇は起こさせない。


「航、改めて言うんだけど、戦える?」

「ん?ああ、心配するな。俺は結構強いようだぞ?ふふふ」


「あのへっぴり腰で!?」


「違う、あれはやったことのない剣術だったからだ。俺は格闘術?いや違うな…何て言うんだ?力術?わからんが、打撃と頑丈さが俺の武器だ!」


「うーん…?」

 閃凛が口の片側の口角を上げ、怪訝そうな顔で俺を見ている。


「あ、信じてないよなその顔は?よーしじゃあ俺に閃撃を撃ってくれ。何の問題もなく俺は立ち上がるぞ?」

「え!?」


「俺は離れるから、そこから撃つんだ」

 俺は閃凛から十メートル程離れた。


「いやいやいや!!絶対無理!!死んじゃうから!」


「手加減して撃つなら大丈夫だろ?よし、来い!!」


「ダメダメダメ!!たとえ大丈夫だとしても、万が一ってことがあるでしょ!!ダメだよ、撃てないよ!」

 閃凛はぶるぶると頭を振って拒否した。むう、困ったな。


「そうだ!じゃあそこに落ちている岩を俺に投げるんだ。それならいいだろ?」


「うう…わかった。でも本当に大丈夫なんだよね?」

「大丈夫大丈夫!」


「よーし…いくよーー!えいっ!!」


 閃凛は足元の拳程の岩を広い、振りかぶって投げた


ドガッ!!


「ぐぺっ!!」


 当たった箇所は股間だった。

 岩が飛んでくるスピードが尋常ではないくらい早く、全く視認できなかった。


「ぐがああああっ!!」

 痛みは一瞬で引いたが、この痛みは紛うことなき、あの激痛だった。


「航大丈夫!!??」


「だ、大丈夫!怪我なんて…ちょっと待ってね、一応確認するから…よし大丈夫!」


「航、股に当たったんでしょ!?男の弱点なんだよね!見てあげる!絶対腫れてるよ!!」

 閃凛は俺の股間を触り、服を脱がそうとしたが、俺は必死で止めた。


「わざとじゃないよね!!??」



 作戦の共通認識を深めるため、俺達は綿密に計画の確認をした。


「うん。問題ないね!見てろよー絶対倒してやるんだから!」


 閃凛の気合は充分だったが、どうも迫力が足りなかった。


「うーん…閃凛」

「ん?」


「閃凛は言葉の一つ一つが可愛くて、どこか丁寧で迫力が足りないんだ」

「え、そうなの?」


「ああ。大概にして、大悪党を殺す時は、奴らに罵りの言葉を浴びせ、怒らせ、後悔させて殺す。これが一番効果的だ。特に今回は仲間の仇討ちだからな。奴らに叫びや命乞い、後悔の懺悔を言わせてから殺したほうが、天国の仲間も喜んでくれるだろう」


「ど、どうしたらいい!?」


「まず、第三人称、つまり敵には『貴様』『お前』が一般的だな。後は『クソ、クソ野郎』、女には『ビッチ』『アバズレ』等がある。いっぱいあるから少しずつ覚えていけばいいさ」


「うんうん」


「そして『倒す』よりも『殺す、殺る』『あの世に送る』『片付ける』等、これも色々ある。あとは語尾に『よ』『ね』は使わないほうがいい。弱く見えるからな」


「わかった!とりあえずそんな感じで敵と話す時は汚い言葉を使えばいいんだね!大丈夫、言葉は知ってるから、その時に切り替えるよ!」


「ふふふ、奴らの頭を沸騰させるくらいの悪態をつくことを期待してるよ、閃凛」

 閃凛と俺は二人で笑い合った。


「さて、決行まで一眠りするぞ。体力を温存しておくんだ」

「じゃあ一緒に寝ようね!」


「いや…まあ、あ、うん…そうだな…」

 閃凛が昨夜と同様、俺の腕にぎゅっと抱きつく。イセイが天国から見ていませんように…。


「閃凛…最後の確認だ…。奴らを殺せば俺達は国から、世界から狙われることになる。それを覚悟の上で俺と一緒に行動する、できるか?」


「もう航!ワタシは元々そういう覚悟だよ!一緒に修羅道を歩むんでしょ!!それに悪い奴らを倒して、まともな世界にすることはワタシにとっても大事なことなんだから!」


「そっか…悪かったな、変な事聞いて…よろしく…よろしくお願いします」

「…うん!」


 俺達は決行まで休んだ。




 夜明け前。まだ太陽が昇る方角にはうっすらと赤い光程度しか覗いていなかった。


 俺達は仲間の弔いを意味する黒を基調とした服装にした。首までかかる長袖アンダーシャツと長タイツ、上下は黒のローブとパンツ。指先が空いている黒革のグローブ。赤いベルトをタイトに締めているため体のラインがはっきりと見える。他に俺は黒革の肘当てと膝当て、ローブの下には鎖帷子を着込んだ。この世界には下半身用もあるためそれも装備した。店員から重いから普通は履かないと言われたが、この程度は軽すぎて苦にならなかった。閃凛は赤いブーツだったが、俺はお気に入りのウェーディングシューズを履いている。


 俺の場合はこれだけ着ても、恐らくすぐにボロボロになるんだろうな。


「準備はどうだ?」

「あとは員章バングルをつけるだけかな」


「じゃあお墓の前で二人でつけようか」

 俺達は墓の前で組織の活動員がつける銀の員章バングルを右手首に装着した。


「それじゃ、行ってくるよ。この員章から俺達の勇姿を見守っててくれ」

「じゃあ行ってくるね。楽勝だよ!心配しないで、皆!」


 まずは北門。


「行くぞ閃凛。鏖殺だ!」


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