第28話:暗雨

 東区の端に佇む酒場は絶好の隠れ蓑であったが、他の客の話に耳をそばだてると、闘技場の話題でもちきりだった。


「おい、闘技場でギャクザン様と焔艶妃えんえんき様が反政府組織に攻撃されたんだとよ」

「ああ知ってる。俺もついさっき中央広場の顔見知りの商人から聞いたんだ。おかげで大闘技大会が第二演目で中断したそうだ」

「まだ犯人は捕まっていないんだろ?おいおい、大丈夫かよ」


 その実行犯がここにいるわけだが、なるほど…当事者ってのはこういう感じになるのか。

 俺は飲みたくない酒を一口すする。


「この先、組織は大丈夫なのか…?」


「ワタル、心配するな。犠牲者は何人かでて無念だが、それでもセギィを始めとした幹部や大半は無事じゃ。ホームでまた立て直せる」


「そうか…それならいいんだ…くそっ…あんなに奴らは強かったのかよ」

 俺は何もできずにただその場で戦闘状況を傍観していた自分に腹が立った。だが同時に今こうして生きていることにホッと安堵する自分もいて、複雑で情けない気持ちだった。


「ワシもあんなに力の差が歴然としているとは思わなかった…。魔族である焔艶妃は確かに強いとは踏んでいたが、まさかギャクザンまでもあんな強大な魔力を備えているとは…」


天導者てんどうしゃって奴か…」

 俺達はここからホームへの移動時間を計算し、出発時間までしばらくここで適当に時間を潰した。



「ネフタス、そろそろ行こう」

「うむ…」

 テーブルに勘定を置き、酒場を後にした。


 外は雨がぱらついていたが、傘はなく、服に装着されているフードを被る。


「どうしたネフタス?」

 俺が話しかけても何か考え事をしているようで、無口になっているネフタスと大通りを歩いて行く。


「組織を立て直すとして、まずは何から手を付ければいいんだろうか…」

 俺が独り言を言うと、ネフタスから反応が帰ってきた。


「…まずは力じゃ。力を更につけなくてはどうにもならん。そして組織の存在が―」

 ネフタスが話を途中でやめ、一点を見つめだしてまた口を開いた。


「ワタル、なぜギャクザンはワシらリムダーフのことを知っていたのだ?」

「え?」



 閃凛せりんとセギィはイレド北東エリアにある公園の茂みでじっと身を潜めていた。


「セギィ、傷は痛む?」

「大丈夫だ閃凛。俺の情けない治癒魔法でなんとか治りかけてはいる…」


「そっか、よかった…。ワタシは治癒魔法使えなくて…」

「傷を一瞬で治す治癒魔法は数ある魔法の中でも特別才能のある一部の人間にしか扱えない。組織内でも複数人いるが、それも全員が応急手当てくらいなものだ」


「難しいんだね…」

「ああ…。それよりも作戦が…作戦が失敗に終わった…!親父が…親父が殺されるなんて!」


「…ごめん、セギィ…ワタシがもっと全力を出していたらお父さんを死なせずに済んだのに…」

 閃凛は観客を巻き添えにすべきかどうかという迷いで今作戦が失敗したということをひどく悔やんでいた。


「違う。閃凛は何も悪くない。悪いのはこの俺の奴らの実力が見抜けなかった愚かさだ…!全ての責任は俺にある!甘かった!全てが甘かった!俺は…いけると思った…だが心のどこかで舐めていたんだ。魔族と天導者の力を…!英雄と呼ばれ、トリルでも絶対的な存在だった親父でさえも簡単にやられた…くそ!くそおおおお!!」

 セギィは拳を地面に打ちつけ、涙を流し作戦の失敗を悔やんだ。


「…次があるよ!もっと強くなって、もっと組織の力を上げて、また…また挑もうよ!」

 セギィは呼吸を乱しながら、閃凛の言葉に耳を傾けていた。


「次か…次は…うまくいくのかな…」


「いくよ!!諦めちゃだめ!命があれば、失敗したってまた立て直せるんだよ!リーダーのセギィがしっかりしないと、組織はどうなるの!?リムダーフの目的は!?たった一回の失敗で諦めたら、それはもう…死んだとおんなじだよ!!」

 閃凛の目に涙が浮かんでいた。セギィはそんな閃凛を見つめ、言った。


「…そうだよな。そうだ…!おれ達にはまだ希望がある!親父も言っていた。組織を立て直し、力を得る…それが俺の使命だって…。ありがとう閃凛。もう一度再挑戦だ!」


「うん!!やってやろうよ!!」

「ああ!」



 ネフタスは続けた。

「あの時ギャクザンはこう言ったんじゃ。『レジスタンスリムダーフの皆さん』とな。ワシらは名乗ってもいない。だが奴は知っていたんじゃ。まだあるぞ。あの時闘技場にいた近衛兵と衛兵は目につく奴は全員倒した。だが、兵はそいつらが全員ではない。あれだけの騒ぎを起こせば闘技エリアの北と南の出入口から応援が来るはずなのにそれがなぜか来なかった。なぜじゃ…!?考えられることはただ一つ…情報が漏れていた…!ワタル、何か最近変わったこととかはないか?」


 俺は考えたくもないそのネフタスの推測にしばしの間硬直していた。


「いや…特には…あっ、いやこれは違うか…」

「なんだ?言ってみろ」


「いや、俺と一緒にいた班のトレビィが闘技大会が開催されてから行方不明になったんだ」

「トレビィ?トレビィとは、あのこの前救出した男か」


「ああ。入ってすぐにセギィに組織の一員として活動したいって直談判した勇気ある男だよ」

「ふむ…」

 ネフタスはしばし拳を口元にやり、考え込み、そして叫んだ。


「ワタル!まずい!急いでホームに戻るぞ!!」

「ネフタス?」


「ホームが危ない!理由は道中で話す!行くぞい!!」


 俺達は人混みを縫うように駆け出した。


「ワタル、そいつじゃ!そのトレビィがギャクザン共に作戦を漏らしたんだ!」

「え!!??まさか!!」

 俺は愕然とした。そして妙な胸騒ぎが全身を巡った。


「トレビィめ!あの裏切り者が!いいかワタル!ワシはアンタにいつか『変な違和感がある』と言ったな?」

「あ、ああ、言ってたな」


「その違和感が全て解けたんじゃ!」

「それはどういう―」


「よく聞けワタル、あの作戦時、いつもはいない特別衛兵がいたが、普段特別衛兵が奴隷運搬車を護衛することなどない!そいつらは衛兵の管理官で現場に出るのは緊急時以外ないからじゃ。あれはワシらリムダーフのメンバーを捕らえ、ホームの場所を吐かせるための表の役割、そして裏の役割がトレビィという潜入諜報員をホームに忍び込ませること!」


「な…なんだって…!?」


「最初にあいつを檻から出した時、あいつは何と言った!?」

「え?確か、ありがとうって」


「そうじゃ。だがワシはこれまで多くの奴隷を解放してきたが、そんなお礼は言われたことがない。ここの奴隷はみな人生に希望を無くした者ばかり。だから高値で売れていく。そんな者が檻からいきなり出されて、ありがとうと言うか?まして武装したワシらが突然目の前の兵士を殺し、今度は自分のところに来たらどうする!?お礼などまず最初の言葉として出て来んわ!」


「言われてみれば…」

 俺は徐々に寒気がしてきた。なんだ、この状況は…。何かとてつもなくまずい感じがする。


「あとは、奴がすぐに活動員として志願したことじゃ。そんな奴はまずいない」

「でも、トレビィは故郷のドルミを二年前に占領されてって―」


「なに!?ワタル!ドルミは…ワシの故郷じゃ!そしてドルミは十年前に既に滅んでおる!!間違いない、あやつはスパイじゃ!!」


「!!!!」


 その言葉は俺の頭に大きな岩が降ってぶつけたような衝撃を受けた。


「くそお!!アイツ!!」

「もっと早く気づくべきじゃった!!ホームが危ない!!恐らく、いや十中八九攻撃を受ける!!」


「まさか!!」

 俺はハッとした。なぜ奴らは俺達をあの時に殺さなかったのか、兵士が出てこなかったのか、そのピースが今当てはまった。


「奴らが闘技場で俺達を殺さなかったのは、闘技場で分散している俺達を殺すよりもホームで全員が集まる帰還時間を狙って全滅させた方が効率的だと踏んだからか!!」


「そうじゃ!!トレビィは全作戦を知っていた!急ぐぞワタル!!急いで皆に伝えホームから脱出する!」


「くそったれえええええ!!」


 よりによって東区の端の酒場を待機場所にするなんて!ホームは北西区の郊外でこの混雑模様では走っても二時間はかかる!帰還時間内には着くと思うが、帰還時間の始まりには無理だ!情報員の癖になんてざまだ!


 俺達は強くなってきた雨の中を必死で駆けていった。




 ホームには既に明かりが灯っていた。


「もう皆集まりだしている!」

「すぐに危険を伝えるぞ、ワタル!」


 ホームまで目と鼻の先の距離まで来た時、今度は俺が変な違和感を感じた。

「なにかおかしいな…」

「ワタル、何か言ったか!?」


 その違和感はすぐに解けた。


「なんでここまで来る途中の民家に明かりがついてなかったんだ…?」

「なんじゃと!?まずい!!」


 俺とネフタスはドアを勢い良く開け、皆が集まる地下二階の大広間へと走った。

 そこには全員といっていいくらいの人数が集まっていた。


「航!ネフタス!よく戻った!」

 アジィが俺達の姿を見て声をかけてきた。


「みんな揃っているのか!?」


「セギィと閃凛以外は全員揃っているぞ。帰還時間の始まりにはほぼみんな帰ってきていたからな」

「アジィ、メイカク聞いてくれ!ここが、ホームが危ないんだ!!」

 俺は必死の形相で彼らに危険を伝える。


「どうした航、危ないってどういうことだ?」

 最初から説明したいが、そんなことをしている間に奴らが襲ってくる。要点だけでも伝えなくては!


「トレビィが裏切り、作戦の全てをギャクザン達に漏洩したんだ!」

 俺のその一言に、全員が静まり返る。


「航、なぜそう思ったんだ?詳しく話してくれ」

 メイカクが参謀らしく、丁寧な説明を求めてきた。


「全て一から順序立てて話をしたいが、時間がない!もうすぐここが奴らに襲撃される!奴らは俺達全員がこの時間に集まるところを狙って、皆殺しにするつもりなんだ!」


「それじゃわからない。なぜそうなったのかを話してくれ」

「だから、途中でトレビィが闘技場からいなくなって、それでネフタスと話をし―」


「ワタル、どうやらもう遅い…」

 ネフタスが俺の説明を遮り、悪魔の宣告をした。



ドーーーーーーーーーーーーーン!!


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