第27話:暗雲其ノ二

 焔艶妃えんえんきの死の舞踏により次々と倒れ果てていく仲間達。


「親父!!」

 セギィと複数の組織員が闘技エリアに降り立つ。


「セギィ!逃げろ!!こいつはお前たちが勝てる相手ではない!逃げて再度組織を立て直すんだ!!」


「で、できない!おれは今ここで親父達を助け、奴らを討たないといけないんだ!!」


「馬鹿野郎!!この女の魔力を見て気づかないのか!!こいつは想像以上の化物だ!!」

 ドウセイがセギィに力強く言い放った。


「あらぁ~。貴方達、親子だったんだぁ。子供が奴隷の親を助けて、私達を倒す…すっっっごおぉぉい感動のシナリオじゃなあああい!?」


「黙れ!!ここで貴様らの悪政は終わりだ!」

「セギィ、俺が焔艶妃の注意を引く。その間にお前達は逃げるんだ」


「いやだ!!おれも戦う!!」

「お前が死んだら全てが終わる!いけ!!」

 ドウセイはそう言い残し、焔艶妃に向かっていく。


「俺はトリルの英雄ドウセイ!!貴様を倒し、トリルの復讐を果たす!!秘技『剣狼群斬けんろうぐんざん!!』」

 ドウセイの一本の剣筋が何本も分裂し、その無数の剣撃が焔艶妃に繰り出された。


「これはちょっとやばそうねぇ。撃滅獄炎柱げきめつごくえんちゅう!」

 焔艶妃が縦に開いた両手から、青い炎の柱が現れた。そしてドウセイの剣撃を全て焼き尽くし、攻撃を無効化する。


「なっ!!」


「この魔法は武器による物理攻撃への防御術。残念ながら私には効かないわねぇ。今度は私からいくよぉおおお!!」

 焔艶妃は再び舞踏の構えをみせ、ドウセイの周りで舞い始めた。


「さぁ!貴方に見えるかしら?この死の舞踏を!」

 彼女がドウセイの後ろに周り、背中を触ろうとした瞬刻、彼は体を伏せ、そのまま前方に転がり避けた。


「な!?」


「…ふふふ、どうした?まさか俺にはその踊りは見えないとでも思ったか?残念だったな。俺にははっきりと見えるぞ、その陳腐な似非舞踏がな」


「…貴様…」

「俺は英雄ドウセイだ!!なめるなああああ!!」

 ドウセイは自身を奮い立たせるため、激しく咆哮した。


「そう…じゃあこれはどうかしら」

 彼女は人差し指で大きく円をなぞると、たちまちのうちにその円が火球に変化した。そして両手人差し指を火球の中央に入れ、横に引き裂くように指を広げた。無数の火炎球が焔艶妃の周りを漂う。


玉焔たまほむら。無数の火球がこれから貴方を襲うけど、一体どうやって今度は避けるのかしらぁあああ!!」

 無数の火球がドウセイに向けて放たれた。ドウセイは皮盾を前方に構え、素早く詠唱する。


「そんな数だけの火の玉なぞ、俺の防御術でかき消してくれる!風神防空屏ふうじんぼうくうびょう!!」

 盾を中心に圧縮した空気の渦がドウセイの前を取り巻き、玉焔がボフンボフンとその渦に衝突し、かき消されていった。


「…へぇ…」


「どうした?お前の攻撃はそんなものか?魔力は絶大でも攻撃手法がそれではこの俺は倒せんぞ!」


「正直、人間がここまでやるとは思わなかったわ。素直に称賛してあげる」

「ふざけたことを」

 ドウセイはまだこの場に留まっている息子に気づく。


「セギィ!何をしている!!逃げろと言っただろう!!お前がそこにいると、この女が人質を取る!早く逃げるんだ!!」

「で、でも!!」


「人質ぃ~?心外ねぇ、そんなものはとらないわよ。それって弱者がすることじゃない?それにその子達にはまだしてもらうことがあるのよねぇ」


「そうか…ならばお前を遠慮なく討てるわけだ!!」


「面白い戯言ねぇ。さて、ギャクザンも丁度いなくなるようだし、この辺りで貴方を殺して私もおさらばしようかな」

「それこそ戯言というのだあああ!!」

 ドウセイは両手に風神防空屏を纏い、防御主体の攻撃を焔艶妃に打ちにかかった。


 途端、焔艶妃の双角と薄紫の瞳が光を発し、そしてドウセイの眼前から姿を消した。

「なっ!!!」


ズシュッ…!


「あ…がっ…な…なん…だと…?」

 ドウセイには何が起きたか判断がつかなかった。ただわかったことは自分の胸を炎を圧縮した鋭く細長い何本もの刃で貫かれていたことだけだった。ドウセイはドサァッと膝から崩れ、そのまま地面にうつ伏せで仆れた。


「がはぁっ…!」

 口から大量の血が吐き出る。


 焔艶妃は到底人間には捉えることができない早さでドウセイの背後に回り込み、炎の刃を突き刺したのだった。


「痛いぃ~?人間が私に少し本気を出させるだけ凄いことなんだからぁ、そのまま光栄に思ってくたばりなさいな」

「親父いいいいい!!」

 セギィは絶命の淵にいる父ドウセイの元へ駆けつけ、腕で体を起こす。


「ば…ガハッ…馬鹿野郎…!な、なぜ逃げない…逃げろと…言っただろ…!」

「喋るな!黙ってろ!!くそっ!!ひどい傷だ!」


「セギィ…よく聞け…組織を立て直し…て…もっと…もっと力を得るんだ…それが…お前の使命…だ…」

「わかった!わかったからもう喋るな!!体力が落ちるだけだ!おい衛生員!緊急治癒魔法を親父にかけ―」


ズシュッ!


 炎刃がドウセイのこめかみを貫き、ドウセイは命を散らした。


「させないよぉ~」


「きさまああああああああああああああああああああああああああ!!」

 セギィが怒り狂い、焔艶妃に突撃していった。



 ギャクザンがいなくなり、アジィは闘技エリアに目を向けると、そこにはドウセイや仲間達が倒れ、セギィが焔艶妃に向かって攻撃を仕掛けるところだった。

「くそおお!!一体どうなっている!!??」


「アジィ姉!セギィに加勢しよう!」

 イセイがアジィに提案し、彼女はそれに承諾した。声音振幅魔法を使い命令する。


「総員!セギィに加勢!!魔法は放つな!彼を巻き込む恐れがある!!」


閃凛せりん!いくよ!!」

「う、うん!!」

 イセイは閃凛と仲間を引き連れ、一斉に闘技エリアに向かった。



 セギィは両手剣で焔艶妃に斬りかかるが、彼女はそれをヒョイヒョイと躱していく。


「貴方のお父様はとぉっても強いのに、貴方はてぇんでダメねぇ」

「よくも!!よくも親父をおおおお!!」

 常に冷静なセギィが今は我を見失い、闇雲に武器を振り回している。


「そんなに怒らなくてもぉ~心配する必要なんてないわよ。じゃ、そろそろかな」

 焔艶妃は炎刃を手から出し、そしてセギィの右肩に刺した。


「ぐあああああああああああ!!」

 セギィがその場で悶絶する。同時にいち早くその場に駆けつけた近くの戦闘員が焔艶妃に攻撃を仕掛けるが、一瞬にして彼女は炎花線香撃えんかせんこうげきで彼らの頭や上半身を爆破していった。


 そして彼女は空高く舞い上がる。

「ではではぁ~皆さん、ご機嫌よおぉ~」


シュイーーーーーーーーーーーーン!!!!


「!!??まずい!!」

 突然焔艶妃目掛けて閃撃が放たれ、彼女は咄嗟に角と瞳を光らせ、巨大な灼炎輝紅障しゃくえんきこうしょうを張った。


ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!


「私の灼炎輝紅障にヒビ!?あいつか!!」

 焔艶妃はそれを撃った眼下の闘技場から僅か上空に浮かんでいる人間を見やった。


「双角!いや、四本角!?空術も使えるようね。あいつは早々に消しておくか」

 両手を掲げ、魔力を集中し始める。見る見るうちに巨大な黒炎が膨れ上がり、それを閃撃を放った人間に放った。


煉獄黒葬炎れんごくこくそうえん!!消し炭になりなああ!!」

 その黒炎はゴオオオオッと轟音を轟かせ、対象に直撃した。


 焔艶妃はそれを見て、姿を消した。



「せりーーーーーーーーん!!!」

 俺は巨大な黒炎に直撃した閃凛に向かって叫んだ。


 モクモクと舞い上がる黒煙。


「くそおお!!なんだってあんなに強いんだ!!閃凛!!せりーーん!!」

 なんとか無事でいてくれ!


 黒煙が徐々に消えていく中で見えたその光景に俺は大きく息を吐いて安堵した。閃凛はバリアを張って防いでいたのだ。

「閃凛!!閃凛!!よかった無事で!!」

「航!!」

 閃凛は空中から俺の元に降りてきた。


「航!!ワタシ、ワタシ…最初から全力で撃てなかった…ワタシ…他の観客が―」

「閃凛、大丈夫!大丈夫だ!」


 アジィとイセイ、メイカクがセギィの元へ駆けつけた。


「セギィイイイイイイ!!!死なないでセギィイイ!!」

 イセイが叫ぶ。


「だ、大丈夫だ…それよりも脱出する!メイカク、総員に合図を!」

「わかった!」

 メイカクは空に向けて氷魔法を射った。脱出の合図である。


「よし…!各員退却!」


 俺は退却の合図を確認した。


「閃凛!君の退却同行員はセギィだ!彼を担いで飛んで脱出しろ!」

「わかった!また後でね、航!」


「ああ!セギィを頼んだぞ、あいつは組織の要だ。失うわけにはいかない!」

「うん!!」

 閃凛はセギィの元へ飛んでいった。


 作戦開始と同時に闘技場内の兵士は全員倒したはずだ。今も逃げ惑う観衆で出入口が塞がり、応援は来るのはまだしばらくかかる。このチャンスを逃す術はない。


「本来ならトレビィと退却する手筈だったのに、あいつはどこ行ったんだ!仕方ない、非常対応として一人で逃げるか!」

 二階観客通路に差し掛かった時、俺はネフタスの姿を目にした。


「ネフタス!ネフタス!」

「おお、ワタルか!一人か!?」


「ああ、トレビィの奴がいなくなってな。あんたは?」

「ワシも一人だ。同行員だった奴は…」


「…そうか。それなら俺と同行しよう。一人より二人がこの退却作戦の肝だからな」

「ああ、そうしよう。ではまずはここから早く逃げることにするかの」

 俺達はホーム帰還時間まで身を隠す待機場所に向かった。




「この酒場だ。人が多いから紛れられる」

「木を隠すなら森か。だが…飲む気にはなれんな」


「…なんでこんなことになったんだ…」

 酒場に入り、怪しまれないよう適当な酒とつまみを注文する。闘技場から遠くの酒場まで周囲に目を配らせながら歩いていったので、もう日が暮れ始めていた。だが酒場で身を潜めるには丁度いい時間であった。


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