第25話:そして我らは固く結束す
俺の役割は闘技場の状況を逐一戦闘員の幹部に報告することだった。これなら俺でも役に立てる。
隣でトレビィが食い入るように作戦資料を読んでいた。彼も俺と一緒の班で場内の状況を報告する任務を任されている。
「トレビィ、当日はよろしくな」
「こちらこそよろしくお願いします」
「そういやトレビィの故郷はなんてところなんだ?」
「あ…ドミル…です。ここから南東にある町です」
「そっか、いいとこなんだろうな。いつイレドに連れてこられたんだ?」
「二年前にドミルからです」
「二年もか…辛い思いをたくさんしてきたんだろうな…俺はつい最近仲間になったばかりの人間でね。まだ組織にもこの町にも慣れてないんだ。色々協力してやっていこう」
「はい。あの、ぼくはいつから外で実地訓練できるんでしょうか?」
「え、ああ、それは情報部リーダーのライシンに聞いてみないとわからないかな」
「トレビィ、君の初実地訓練は作戦十日前だ。ただまだ一人では危険だから先輩と同行することになる。勿論、作戦当日は一人での行動だがね」
近くにいた今作戦の班長カウトスが答えた。
「そうですか…わかりました」
トレビィはまた作戦資料に集中しだした。気合十分ってとこか。
夜、俺はネフタス、ジョウガンと中庭バルコニーで酒と語らいを楽しんでいた。男だけの飲み会だ。勿論閃凛も「私も混ぜてー!」と言ってきたが、男だけで飲む酒もあると丁重にお断りした。代わりにイセイ達が閃凛を連れていき、反対側のバルコニーで女だけの飲みを楽しんでいる。
「武器術の特訓はどうだ、
獣人のジョウガンが訓練の成果を聞いてきた。
「どうもこうも、昨日からイセイに剣の稽古をつけてもらってるんだけど、剣筋が全然読めないし見えないしで何度叩かれたことか…」
「ガハハハハ!おまえは
「だははははは!」
ジョウガンに続いてネフタスも笑い出した。くそぅ…。
「仕方ないだろ?閃凛に抱きつかれたり、胸を押し当てられたりしてみろ?あいつの胸すっげえ柔らかくて、弾力がすごくて、そりゃ誰だって反応するだろ?あれは不可抗力だっ―」
「ほう、猥談か、航?」
アジィが突然後ろからやって来た。
「アジィ!?いや、その、これはなんだ、えーと―」
「男だから仕方ないとは言え、本人が反対側にいるんだから少しは自重しろよ?ククッ」
アジィが笑いながら、反対側の女子会へと合流していった。俺の視線に気づいたのか、閃凛が手を振ってきた。まっ、彼女が楽しんでるなら俺の評判なんてどうでもいいか。
「なあ、ワタル、今回の作戦について何か感じないか?」
「え?いや、特には…。どんなに準備万全でも不安はあるってことくらいか。ネフタスは何かあるのか?」
ネフタスがグラスの酒を飲み干した。
「どうも、この前の作戦から変な違和感があるんじゃ…。どうも腑に落ちない何かが頭をよぎっては消えを繰り返していてな…」
「変とはなんだ?おジジ」
ジョウガンはネフタスの外見を親しみをこめていつもおジジと呼んでいる。
「わからん…まあしかし、その内わかるじゃろ」
「酒が足りないんだよ、飲め飲め!」
俺はネフタスのグラスになみなみと酒をつぎ、飲むように促した。
そして少ししてから、二人は明日は早いということで部屋に戻っていった。
俺一人か…。
「お、航いたな」
セギィとメイカクだった。会議が終わって一息つきに来たようだ。
「お、会議は終わったのか?」
「ああ、まだ細かい詰めのところがいくつもあるが、とりあえず今日のところはな」
「航、ぼくらも飲んでいいかい?」
「もちのろん!ってここはメイカク達が管理する家だろ?」
「はははは、そうだったな。向こうは女子会か」
「ああ。こっちはさっきまでネフタスとジョウガンの三人で男子会をやってたんだ」
二人は座って、グラスに注がれた酒を一口飲む。
「そういえば航、以前俺の自室で飲んだ時、まだ聞きたい事があるって言ってたが、その件はもういいのかな?」
「あー…そうだな。この組織の運営資金はどうなっているのかということかな」
「なるほど。それならぼくが答えよう」
メイカクが早いペースで酒を嗜みながら話した。
「ぼくらがロイエーに占領されたトリルの出身だということは知っているだろ?で、セギィは今作戦で救出する英雄ドウセイであり町長の息子だ。リムダーフの資金源は多くは彼の財産なんだ。あとは占領される前までの貯められていた税収さ。これをロイエーの共通通貨に変えて、このホームの購入や組織運営費に充てている」
「そういうことか。気づかなかった。そうだよな、町長の子息ならそうか」
町長の息子って時点で気づくべきだったな。
セギィが補足した。
「ただ…それにも限界はくる。他には奴隷運搬車から奴隷を解放した時に護衛や商人から金を取り返している」
「それは聞いたな。『人を売って得た汚い金であり、それは買われた人のために使われるべき』だって」
「そうだ。他人からみたら盗賊だと思われるだろうが、おれ達は決してそう思わない。この金は奴隷として虐げられてきた人に返すべきものだからだ」
「特に否定意見はないさ。奴らは敵でもあるしな」
俺は二人の主張に賛同した。続けて聞く。
「この作戦でギャクザンを討った後はどうするんだ?」
「ギャクザンと
「確かに、しばらくは町に兵士がごった返しそうだな」
「目指すはロイエーの戦力を上回る力を得ること。力を見せつければロイエーの戦士でもおとなしくするはずだ。そこから初めて奴隷を公に解放することができる」
メイカクがきっぱりと自信を持って言った。
「そのためには、後ろの可憐な少女が必要なのさ」
セギィの視線が俺のすぐ後ろに向いた。
「航!一緒に飲みに来たよ!」
「のわっ!いつの間に後ろに!?」
そこには閃凛の他に、アジィ、イセイ、アイケイが立っていた。
「随分とお暗い男同士の会話だね、そんなんじゃこれから迫る作戦に暗い影を落とすことになるじゃないか。ここは私達女子が混じって場を明るくしないとね」
かなり酔った感じのアジィが絡んできた。
「ほらイセイ、貴方、セギィの隣に座んなさい」
「え!?わ、わたしはその、あの―」
この反応、なるほど。確かイセイとセギィは幼馴染だったっけ。若いって微笑ましいなあ。俺は意地悪い顔をして言う。
「イセイ、せっかくアジィが言ってくれてるんだ、ほら、セギィの隣に座った座った」
「ぐ…航…」
ふっふっふ、今日の稽古のお返しだ。
「イセイ!ほら座ろ!」
閃凛がどきまぎしているイセイの肩を掴んで、セギィの隣に座らせた。ナイスだ閃凛!
「イセイ、おれはリムダーフをまとめる仕事でどうしても戦闘員ばかりをみることはできないが、サブリーダーとして、おれの親友としてこれからもよろしくな」
「え!あ、えーとその、ま、まあセギィが忙しいのはよくわかってるつもりだし、そこは心配しなくてもだ、大丈夫!」
イセイは片手でボーイッシュな髪を忙しく整えている。
初々しくて本当に幼馴染かどうか疑わしくなってくる反応だな。こいつは今後からかいがいがありそうだ。
「よーし、じゃあ男女が集まって酒が入ってるところで、お決まりの恋バナといくかー!」
アジィが高らかに言い放った。
「ぶ!!」
一人飲みかけの酒を吹き出したイセイ。
「ちょ、ちょっとアジィ姉!いきなり何言い出すのよ!?」
「何って、恋バナだよ。そろそろイセイも恋に積極的になる時がきたんじゃないのかな?ん?」
もうアジィは完全に酔ってるな。
「姉貴、飲み過ぎだぞ」
「なーに言ってんのよ。こんなの飲んだ内に入らないわよ。じゃあセギィからね。弟はどんな恋話を聞かせてくれるのかしら?」
「そんなこと考えたこともない。今はこの組織のことで頭がいっぱいだからな」
「かーー…我が弟はいい年して色恋沙汰がないって…心配になるわー。おまえはリムダーフのリーダーだ。リーダーには仲間を守るという使命がある。そうだろ?」
「そ、そうだが?」
「人を守るという力はそれだけで自身の力を高めてくれる。自身の心も成長させる。だがそれは仲間を守りたいということには繋がらないのさ。仲間を想うことは大事だ。だがそれは特定の誰かをもっと守りたいという気持ちが前提にあって成り立つ」
アジィは良いことを言っている。俺にも経験があるからよくわかる話だ。
「この人がいるから頑張れる、この人を傷つけたくないから、もっと笑顔を見たいから頑張れる、そういう気持ちが仕事につながり、結果、仲間を守るんだという決意にさせてくれるんだよ」
セギィは黙って聞いていた。
「そして、それはリーダーに最も必要なことさ。お父さんだって町の仲間を助けたいためにロイエーの占領を受け入れた。ただ、そこにはお母さんや私達がいたから、愛する家族がいたからそういう行動をとれたんだよ。別にリーダーは特定の誰かを好きなってはいけないとか、そんなことは許されないとか思ってるんじゃないか?」
「そ…それは」
「大間違いだ!誰もそんなこと思ってはいない。いいんだよ、特定の人を想って。それが大事なのさ。だから私は今の言葉を聞いて心配で心配で。なあイセイ」
「え!?わ、私はその…好きな人がいる!から…よくわかるな、アジィ姉の言ったことは…」
イセイがちらりとセギィの顔を見た。
「…あ…その、なんだ、姉貴が言ったことをよく心に留めておくよ…俺もそうならないとな…」
セギィがイセイの視線に気づいていたのか、イセイの方を一瞥した。
なんだ、お互い想ってるんじゃないか。アジィの言葉は二人の距離を近づける意図もあったのか。さすがは副官だ。
「ねえ航、アジィの話したこと、ワタシにはよくわからなくて、どういうこと?」
閃凛が俺の袖をくいくい引っ張って尋ねてきた。
「あーええと、簡単に言うと、誰かを好きになったら、今の自分よりももっと強い自分になれるってことだよ」
「なるほどーうーんそっかー」
「航、お前はそういう話あるのか?」
アジィが今度は俺に聞いてきた。俺は恥ずかしながら答える。
「あるよ…。若い時にね。すごい好きな人がいて、その人のことを考えるだけで胸が張り裂けるような痛みや焦りでいっぱいになって、何をするにもその人のことをずっと考えてしまうんだ。で、今アジィが話した通り、その人のために何かしたいって本気で感じるようになる…」
「航が?意外ー!」
「なんだよ意外って。俺にもそういう話はあっていいだろ」
俺は笑いながら、茶化すイセイに言った。
「だって、いつも閃凛に変態なことしてるから、そんな話ないと思ってた」
「ひどいね!?」
わははははは、という笑い声が周りから響いた。
「ぼくは、ないな…それこそ今のセギィよりも。参謀としてクレバーに努めないといけないってどうしても思ってなかなか…」
「メイカク、任務に身を捧げるのはいいが、それを突き詰めるといずれ心に余裕がなくなってくる。でもそういう時に想う人がいるだけでまた本腰を入れて任務に励むことができるんだ。もっとおまえは柔らかくなっていいんだよ」
「そっか…アジィの言う通りかもな」
「アジィ…君は酒が入ったほうが良いことを言えるんじゃないか?」
俺がアジィにそう言うと、また笑い声が響いた。
「アイケイは?」
「私は…故郷に恋人がいたんだが、ロイエーに殺されてね。もうこの世にはいないけど、でも今でも彼が向こうで笑ってくれるようにって思いながら生きている。それが心の支えになっているんだ」
「そっか…絶対笑ってくれてるよ」
イセイがアイケイの言葉に短く共感した。
「さてさてーでは、私達リムダーフのアイドル、閃凛は好きな人とかいるのかなー?」
アジィが閃凛に問いただした。
「ワタシ?ワタシはみんな好きだよ!みんな好きだし、守りたいって思うし、この人達とずっと一緒にいたいっていつも心で感じてるんだ」
「ある意味、恋バナとしては模範解答だな」
「閃凛は私が一番好きなんだよねー!」
イセイはどこまで閃凛が好きなんだ。
「えーと閃凛、そういうことじゃなくて、もっとこう、特定の人で他の人よりも好きっていう人はいないのかな?例えば、その人のことを想うだけで心や体が温かくなったり、ずっと一緒にいたいなとか」
「やめてやめて、アジィ姉!閃凛は純粋なんだからそんな特定の人いるわけないでしょ!」
「うーん…あっ!それなら航の股をニュグニュグした時だ!」
「ぶはっ!!ゲホッゲホッ」
俺は飲んでた酒を吹きこぼしてしまった。
「ニュグニュグしたら、すっごい体ポカポカしてき―」
「だあああああ!!閃凛!!それを言っちゃだめでしょーが!!」
俺は大慌てで彼女の口を押さえた。
イセイ以外が大笑いし始めた。
「ほんと、変態!」
なんでこうなるのかな?
俺達は夜更け過ぎまで笑い話に花を咲かせた。
後からセギィにアジィには想っている人はいないのかと聞くと、前に付き合っていて婚約していた人がいたのだが、親父と一緒にロイエーに連行され、その後奴隷闘士として戦って死んだという。
皆、重たい歴史を紡いでいるんだな…。そう考えると俺の歴史なんて平和で幸せそのものだ…。
作戦開始十日前。俺は同じ班の仲間と闘技場で下見訓練をしていた。他の班も自分達の持ち場で作戦当日の行動を確認している。
今日から五日間の間は、大闘技大会に出場する奴隷達がお披露目され、闘技博打が開かれるという。これは大闘技大会でしか行われないもので、数え切れない民衆が奴隷公開収容所に駆け寄り、奴隷の状態を確認して生き残るか否かで大金を賭ける。
そしてその収容所には、セギィとアジィの父親ドウセイと町の仲間がおり、暫く振りに親子が対面することになった。
闘技場地下一階奴隷公開収容所には大闘技大会に出場する奴隷がいくつもの鉄檻に入れられ、民衆に晒されていた。民衆の中には檻の中に食べ物や服を投げ入れたりして施しを与える者も多い。ただ、剣闘士として扱われているのか、誰もが体格はしっかりしている。
セギィ、アジィ、メイカクの三人が檻一つ一つを入念に確認し、ドウセイを探す。これだけ人がごった返し、騒がしい状況は彼らには都合がよかった。衛兵も檻の近くにはおらず、会って作戦書を渡すことは容易であった。
セギィは中央辺りの檻の奥で片膝を立てて俯いている髭が伸びた男を見た時、ハッとした。
「ドウセイ!ドウセイ!!俺だ!!」
セギィは親父とは言わなかった。それは周囲に近親者だとは思われたくなかったからだ。
自分の名前を呼ぶ声の方を見て、彼は驚嘆し、檻柵の方へ駆け出した。
「セギィ!!セギィか!!??」
「そうだ!そうだ!!」
親子が対面した。お互い目に涙がじわっとこみ上げている。
「アジィも!!ああ、神よ…この奇跡に感謝します…!」
ドウセイはセギィとアジィと檻から腕を出して抱擁する。他の仲間たちも駆け寄ってきた。
「坊っちゃん!お嬢!よくご無事で!」
セギィは再会の喜びをもっと感じたかったが、長くなると周りに怪しまれるため、要件を声を落としてすぐに伝えた。
「親父、おれ達はトリルを取り返すため、奴隷を解放する組織を作り活動している。そして十日後の大闘技大会で親父達が出てきた時、ギャクザンと焔艶妃を討つ作戦を実行するつもりだ」
「なんだと!?おい、それは―」
「心配するな親父。おれ達は強く、既に奴らを倒せるだけの力を持った。これが詳しい作戦書だ」
セギィはポケットから丸めた紙を取り出し、ドウセイの手にぎゅっと握らせた。
「わかった。読んでおく」
「ああ。また明日来る。何か気づいたことがあればその時に。会えて嬉しいよ、親父…!」
「俺もだ、息子よ」
「父さん…会いたかった」
「アジィ…すまない…バラーは前の町で…守れなかった…」
「うん、知ってる、知ってるよ父さん…大丈夫だから」
「そうか…本当にすまない…」
ドウセイは奴隷として戦って死んだアジィの婚約者の死を謝罪した。
「ドウセイさん、二人は大丈夫です。強く生きてますから」
「メイカク…二人をこれからも頼む」
「はい」
「じゃあ親父、おれ達はそろそろ行く。また明日」
「ああ。神の導きあれ」
「…親父、神はどいつもクソッたれのようだぜ」
そう言い残し、三人はその場から去っていった。
そして運命の日が訪れた。
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