第26話:暗雲其の一

 作戦決行当日の暁の頃。


 空がようやく明るみ始めていたが生憎の曇り模様だった。だがこの星の曇り空は灰色の他にも薄紅色や淡い青色の雲もかかっており、見ているだけで心が奪われた。


 地下二階の大広間では俺が組織に属して以来初めてとなる、メンバー全員が集まっていた。活動員以外の救出され今はホームで安心して人としての生活を取り戻している元奴隷の人達も同様に集まっていた。


わたる、おはよっ!いよいよだね」

「ああ…。いよいよだな。閃凛せりん、頑張れよ」


「うん!航も絶対無茶しないでね」

「ははは、俺は情報伝達係だからな。大丈夫さ。緊張してないか?」


「ちょっとだけ。でも角は出てないよ?ずっとこっちに来てからセーブするよう訓練してたから」

 閃凛の角は初の奴隷奪還作戦でも生えていなかった。俺が毎日頭をわしゃわしゃして気を落ち着かせる練習をさせていたから、その成果がでていたのだろう。


「今日はこの町の支配者を倒す任務だ。角を出すのは俺が許可しよう」


「わかった。ねえ航、ワタシが攻撃する時に全力を出すと、兵隊以外の人も巻き込んじゃうんだけど…それっていいのかな…?」


「え…ああ…そうだな…それは―」

「みな、静粛に!」

 アジィが声を張り上げ、セギィが大広間の中央に立った。


「時は来た!悪政、悪行によって民を苦しめる非道な執政者を討ち滅ぼす時が!おれ達はずっとこの日を待っていた!そしてそれが今日、果たされる!今回の作戦は必ず成功する!しかし、犠牲も覚悟しなければならない心痛の作戦でもある!それでも、おれ達は行動しなければならない!みな、覚悟と信念、正義を胸に、任務を全うしてほしい!全ては自由のために!我らに自由の導きあれ!!」


「我らに自由の導きあれ!!!!」

「うおおおおおおおおおお!!やってやるぞおおおおお!!」

 リムダーフ全員の雄叫びがホームに鳴り響き、全身に振動が走った。


「各自、行動開始!!」

 セギィの号令とともに、メンバーは装備を携え、闘技場へと向かっていった。


 俺も所属する班の仲間と共に行動を開始した。



 闘技場界隈はこれまでに見たことがないくらい混み合っていたが、リムダーフの戦闘員達は幸運にも作戦時の座席が確保できたようだ。


「いいか。我々情報三班はこの南入口から内部までの動向を監視する役目を担っている。各自周囲に気を配り、不審な様子や状況の変化を察知したらすぐに連絡体制に沿って行動するように」

 俺の所属する班のリーダー、カウトスが改めて指示した。ここからは情報員は一人で行動するため、トレビィを始めとした同班員らは散っていった。


 南エリアの三階観客席から三階移動通路が俺の任務位置のため、ゆっくりと迅速に周囲に気を配った。俺だけのアイテム双眼鏡を懐ポケットに忍ばせながら、観客席も注意して観察する。西エリアの貴賓席周囲には閃凛達がしっかりと陣取っている。


 どのエリアも人、人、人だらけだな…。前来た時よりも遥かに多い。


 東エリアの音楽隊の演奏が会場に響き渡り、派手な衣装に身を包んだ司会者が姿を現した。


パーパパパー!パーパパパー!パララッ!パララッ!パララッ!


「皆様ー!本日は生憎の曇天模様となりましたが、この大闘技大会には全く関係ありません!今大会は半年に一度の祭典!皆様の歓声と熱気で我々が太陽となり、このイレドを導かれる偉大なる統治天導者てんどうしゃギャクザン様と焔艶妃えんえんき様を照らして差し上げましょう!!」


「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


「さあ皆様!!ギャクザン様と焔艶妃様を称賛なる拍手で迎えましょう!!」

 貴賓席に二人が姿を現し、観衆に手を振る。焔艶妃に至っては投げキッスをし、観衆を更に盛り上げていた。


「我が親愛なるイレドの民、そしてイレドを愛し、潤いを満たしてくれる旅人よ!今日は栄えある大闘技大会!大いに叫び、大いに飲み、大いに楽しむがよい!!それが我の願いであり、このイレドの真髄である!!」


「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 ギャクザンが貴賓席の中に戻っていった。


「それでは!最初の演目を開始致します!」

 司会の開始の言葉で第一演目が始まった。作戦はドウセイ達が出て来る第二演目だから少し待機すれば始まる。この初戦で奴隷達を救えないのは心が痛むが、それは仲間も同じ思いだ。俺は試合の最中も自分の任務に従事した。



「―見事な演目でしたねー!さて続いては第二演目!しばし準備を整えますので今しばらくお待ち下さい!」

 司会者が第一演目の終わりを告げた。次が作戦決行の演目だ。そろそろトレビィから定期連絡が来るはずだが、遅いな。


 俺はトレビィの担当範囲の二階エリアまで見に行った。だが彼の姿は見当たらなかった。


「トレビィがいない?もうすぐ作戦決行が近いってのに!」

 俺は仕方なく第四、五階エリア担当の班長カウトスに状況を報告しに行った。


「カウトス!」


「どうした航、遅かったじゃないか」

「トレビィからの報告がなく、二階エリアまで探しに行ったんだが見つからなかったんだ」


「トレビィが?それは一体ど―」


「皆様!!お待たせ致しました!続いて第二演目を開始致します!第二演目は今から十年前に我々イレドの光栄なる属州提案に拒否し、あろうことか武力で抵抗を試みたドルミの愚民に天誅を下した時の戦いをご覧入れましょう!」

 司会者が第二演目の開始を宣言した。


「航、とりあえず自分の持ち場に戻るんだ!ここからはもう作戦が始まる!」

「わかった!」


 司会者が演目試合内容を説明している間に、俺は人混みを縫って持ち場の三階へ戻った。


「それでは愚民の登場です!!皆様どうぞ罵倒の限りを尽くしましょう!!」


「うおおおおおおおおおおおおおお!!!」

「イレドに楯突く者には死を!!」


 闘技エリア北門から奴隷となっているドウセイ達が出てきた。誰もが革らしき軽鎧と盾、腰に剣を差している。全員髭が長く伸び、誰がドウセイかは見当がつかなかったが、恐らく中央にいる白髪で額から頬にかけて切り傷の跡がついている男がそうなのだろう。


「そして!なんと今演目はサプライズ!!普段は大闘技では第九演目でその華麗かつ妖美な姿を披露して頂く焔艶妃様が愚民共の相手をなさるということです!!!皆様どうぞ最大級の賛美でお迎えください!!」


「うおおおおおおお!!焔艶妃様ああああああああああ!!!」


「なんだって!!??」

 予定外にはない焔艶妃の登場に俺は喫驚して叫んだ。


 予定では貴賓席に二人いる所を四方八方から一斉に魔法で攻撃する手筈だったのに、これでは戦力が分散されてしまう!


 焔艶妃が貴賓室から飛び、闘技エリアに降り立った。赤や黄色等の暖色系が混ざった派手な細かい刺繍が施されたノースリーブドレスとグローブに身を着飾った姿は美しさ以上に不気味な存在だった。


 彼女の突然の登場に、ドウセイ達は戸惑いの色を隠せないでいる。


「なぜここに!!貴様の試合はまだ先のはずだ!」

 ドウセイは焔艶妃に叫んだ。


「お初にお目にかかります。レジスタンスの仲間の皆様」


「な!!なぜそれを!?」


 焔艶妃が氷の微笑を浮かべている。

「そんなことどうだっていいじゃなぁい。それよりぃ貴方方は少しばかりやれるんでしょぉ?楽しみましょうよぉ!きゃーーはっはっは!!」



 北観客席二階エリアにいたセギィは作戦の変更を余儀なくされていた。

「馬鹿な!!奴が出てくるのはまだ先だったはずだ!くそ!」


「セギィさん、どうしますか!?」


「これでは…戦力が分散される!二人を殺るのは無理か!?いや!ここで殺らなければ次はない!」

 セギィは決心し、上空に向かって攻撃の狼煙となる炎魔法を放った。そして声や音が大きく響く声音振幅魔法で仲間に命令した。


「作戦変更!北と東で焔艶妃に!残りはギャクザンに攻撃!!やれ!!」

 北と東エリアの戦闘員の手が光り出し、階下の焔艶妃に向かって攻撃魔法が撃たれた。


 セギィからの攻撃命令を受け、西の貴賓席裏で待機していたアジィと南エリアのメイカクがギャクザンに攻撃するよう指示した。


「閃凛いくよー!!思いっきりやっちゃえ!!」

「う、うん!」

 イセイが隣の閃凛に声がけし、一斉にギャクザンに攻撃を開始した


ドオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!


 爆炎が会場全体を轟かせ、貴賓席と闘技エリアに巻き上がった。


「うわああああああああああああああ!!逃げろおおおおおおお!!」

 その攻撃により、観衆は我先にと闘技場から脱出を始め、観客通路が溢れかえった。


「殺ったか!?」

 セギィが爆炎と共に吹き上がる煙の奥に目を凝らす。


 だが、それは徒労に終わることとなった


 ギャクザン、焔艶妃双方が魔法障壁で全ての攻撃を防いでいた。


「これはこれは、レジスタンスリムダーフの皆さん。初めての挨拶にしては少々手荒いので驚きました」

 粉々に破壊された貴賓席と焼け死んだ近衛兵の中で、ただ一人無傷のギャクザンが貴賓席の後ろを向き、ぺこりと一礼をする。


「せっかくの大闘技大会が台無しになってしまいましたね。困ったものです」


「くっ!!構うな!撃て撃て撃てええええええ!!」

 アジィの掛け声に合わせて、西と南の戦闘員らがまた一斉に魔法を次々と放ち続けた。

 だが、強力な障壁にはヒビ一つつかず、ギャクザンはその場で微動だにしない。



「もぅ、無粋ねぇ。私はこれからこの奴隷達と遊ぼうとしていたのに。そんな魔法で私の灼炎輝紅障しゃくえんきこうしょうを貫けるはずないじゃない。魔力の桁が違うのよぉ」


「ば、化物が…!!」


「化物?うぅ~ん、私は魔族だから、巨大な魔力を有しているのは認めるけど?ただぁ、化物って呼ばれるとぉ~むかつくんだよねえ!!」


「全員、焔艶妃に攻撃!かかれーーー!!」

 ドウセイの声に応え、これまで彼と奴隷として戦ってきた仲間達が焔艶妃に突撃した。


 ドウセイの罵りに幾分激昂した感じの焔艶妃は自分に向かってくる彼らに、フフッと微笑みかけ、そして俊敏な動きで舞いながら、彼らの腕や足を吹き飛ばしていく。


「ぎゃあああああああああ!!」

「ぐわあああああああああ!!」


「きゃーーーはっはっは!!踊りなさい!もっと踊りなさい!私の炎花線香撃えんかせんこうげきで体を破裂させながら汚く、醜く踊りなさいなぁああああああ!!」



「君らには、もっとちゃんと私自ら挨拶をしないといけないのだが、ここはあえて失礼させてもらうよ。私はイレド統治天導者なのでね。それでは、良き終末を」

 貴賓席辺りから観衆がいなくなったのを確認した閃凛は角を生やし、ギャクザンが去る直前に閃撃を放った。


「くらえええええええ!!」

「!!??」


 ドオオオオオオオオオオオオン!!ビキキ!


「ほう!?」

 閃凛の閃撃がギャクザンの障壁に大きなヒビを入れた。


「…この破魔重圧壁はまじゅうあつへきに傷をつけるなんて…やるね。おや?その角は…」

 そうギャクザンは言い残し、その場から消えて行った。



to be continued...


※ここから物語は大きく変わっていきます。

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