第23話:作戦
夕暮時、作戦関係者は三人一組で時間をずらし現場に向かう。北門からではなく、北西の門壁の下を掘った秘密の抜け道を通り、イレド領内の外へ出て北門から続く主要幹線道の脇道を進んでいく。
ネフタスと初めての特訓場で一緒だった熊獣人のジョウガンと共に約二時間半の移動で作戦地点へ到着した。
これから起こる血の作戦に似つかわしくない、多彩な光で星が輝くこの世界の夜空が今日だけは好きになれなかった。
アジィがメンバーを集め、改めて作戦を説明する。
「情報員によると、今日は奴隷運搬車が一台この主要道を通る。奴隷商人一人と護衛が六人。特別衛兵が内二名で、少々厄介な相手になる」
「特別衛兵?初めてじゃない、そんな精鋭が運搬車を護衛してるのって」
イセイが驚いた。
「確かに。だが心配するな。私達の実力は彼らよりも上、そして
「よーし!」
閃凛は十分気合が入っているようだ。俺は緊張で身がこわばっているというのに。
「まず、イセイが馬車から馬を切り離す。そして閃凛は特別衛兵を先に始末。続いて残りの者が攻撃を仕掛けるという手順を踏む。奴らが魔法を使用してくる可能性は高い。各自盾を忘れるな」
「了解!」
「閃凛、特別衛兵を殺って余裕があったらすぐに他の兵も攻撃してほしい」
「任せて!」
「よし!それでは作戦まで各自待機!」
アジィの合図で事が始まる。俺達は背の高い草原に伏せ、じっと運搬車が通るのを待つ。
俺はポケットから双眼鏡を取り出し監視する。夜空が明るいので視界はいい。
ネフタスとジョウガンと息を潜めた声で緊張を紛らわすためとりとめのない会話をしていた時、ガタゴトという音とランプの灯りが近づいてくるのを察知した。
馬車は二頭の馬鹿でかい馬に、客車が一台、それに繋がれた最後部の粗末な檻型荷車一台の構成で、荷車には見窄らしい服を着た人間が一人乗っていた。恐らく奴隷だ。御者台は一人で、護衛は客車で体を休めているのだろう。
反対側で待機するイセイが動いた時が開始の合図だ。
馬車が俺達の前に差し掛かった時、イセイが素早い動作で馬と車体を切り離した。
「な、なんだてめえは!?おい!賊だ!賊が出やがった!」
御者が荷車に向かって喚き散らした。護衛が荷馬車から出る前にイセイが二刀で業者の首を跳ねる。
「急げ!急いで降りて賊を排除しろ!」
次から次に鋼鎧を装備した護衛兵が客車から飛び降りてきた。その中でも一際強そうな鎧を纏った兵士二人がイセイに向かって斬りかかった。
だがイセイの前に瞬時に閃凛が立ちはだかり、右手を一人の顔に突き出したと同時に手が光を帯び、刹那、兵士の上半身が消し飛んだ。そして一斉に草むらから仲間が飛び出し、護衛兵に攻撃をし始めた。
もう一人の特別衛兵らしき男は閃凛の攻撃に一瞬怯んだが、すぐに剣に魔法を施し攻撃体勢をとっていた。
「死ね!!
剣が薄い寒色系に光り出し、薙ぎ払うと同時に、無数の氷の刃が閃凛に向けて発射された。
「
だが、閃凛が両手を上にかざし、横に広げると、光のバリアのような円形が彼女を包み、氷の刃を粉々にして攻撃から身を防いだ。
「すげえ…!閃凛、なんでもありだな!」
俺は思わず独り言で感嘆してしまった。
「なっ!!俺の秘技を!!てめええ!!」
特別衛兵は怒り狂い、閃凛へ走り出したが、実力差を把握できないことほど愚かなことはない。閃凛は剣の軌道から身を翻し、左足で衛兵の背中に思い切り蹴り込んだ。衛兵は遠くまで吹き飛び、転がり止まった時には背中が変な方向によじれ絶命したのは明らかだった。
閃凛はそのまま残りの敵をイセイと一緒に排除し、作戦は成功に終わった。
「勝利掴みたり!」
「勝利掴みたり!」
アジィの勝利宣言と共に、一同もそれに続いた。
俺は戦闘現場へと駆け急いだ。その足は嬉しいのかまだ恐怖があったのかわからなかったが少し震えていた。
イセイが閃凛を抱擁する。
「せりーーん!!大丈夫!?怪我はなかった!?」
「あるわけないないだろ」
アジィが笑ってツッコむ。
「えへへ」
閃凛はにこやかに皆からの祝福を受けていた。
「
閃凛は俺の姿を見て駆け寄ってきた。
「ああ、ずっと見てたよ。よくやったな」
「えへへー」
「さあ、捕まってた人を助けよう」
アジィの指示で後ろに繋がれた檻型の荷車の方へ移動し、檻から赤いボサボサした髪の青年を降ろした。
「た、助けてくれてありがとうございます…」
青年はおどおどしながら礼を言った。
「怪我はないか?」
「は、はい。大丈夫です…」
「そうか。ではとりあえずここから離れよう」
俺達は現場から人気のない場所へ移動することになった。
現場には護衛と奴隷商人の死体が散らばっていた。仲間は全員大した傷もなく無事だったが、いくら敵でも俺はその惨状に目を背けていた。しかし、ネフタスから「見ておけ」と忠告され、否応ながらもそれを頭に焼き付けておいた。
こうやって人の死に慣れていくんだろうな。
仲間達は死体や客車から金目の物を取っていた。これが組織が運営できている一つの理由なんだろう。聞くと「人を売って得た汚い金であり、それは買われた人のために使われるべき」という信条の元だという。
しばらく移動し、救出した青年と話をすることになった。
「私はアジィ。君の名は?」
「トレビィ…」
「私達は奴隷解放組織リムダーフの一員だ。この国から奴隷を解放し、普通の人間として生きていける世界を取り戻すことを目的として活動している。君は私達のホームに行き、そこでしばらく生活することになるが、その前に君は故郷や帰る場所はあるか?」
「…ありません…。みんな殺されて、おれ、ぼくはこのイレドに連れてこられたんです」
「そうか、ではホームへ行こう。心配無用だ。君と同じ境遇だった仲間はたくさんいるから、すぐに打ち解けられるはずだ」
「ありがとうございます…」
新たな奴隷を助けた一行は、深夜の内にホームへと戻った。
【ギャクザン宮殿】
リムダーフによって奴隷トレビィが救出された翌日の午前、ギャクザンは宮殿の会議室で幹部会議を開いていた。
「ふぁあ~…ミーアー、あの土臭い田舎町の調停状況はどうなっている?」
ギャクザンが茶色のサイドアップが朝日で照り輝いている外地調停部隊隊長ミーアーに眠気眼で尋ねた。その声色から朝は機嫌が悪いことが見て取れる。
「はい。現在町民からの決死の抵抗を受けていますが、一両日中には解決できる見込みです。ギャクザン様のお言いつけ通り、農場地帯は現状を保ちながら戦っていますので、ここまで時間をかけてしまったことをどうかお許しください」
「いいさ、あの地方の食いもんは旨いからな。それさえ無事なら何も言うことはない。例のごとく住人は抵抗する者は八つ裂きにしろ。無気力になった者は奴隷として使えるから確保しておけ」
「御意に」
「次、ドーガ。あの詰所の件、やった奴らの調査はどうなっている?」
「…も、申し訳ございません…現在もまだ調査中でござ―」
ドォン!
近衛隊長ドーガの話の途中で、ギャクザンは右手から高威力の火炎魔術をギャクザンの横にめがけて放ち、その後ろの壁と窓を破壊した。
「きさま…俺は朝はご機嫌斜めなんだよ。そんな俺には良い報告が当たり前だろうが…!」
「も、もも申し訳ございません!どうかお許しを!何卒お許しを!」
ドーガがギャクザンの横に走り、土下座で許しを請う。
「…あと二日だ。二日だ!」
「あ、ありがたき幸せ!」
「ドーガぁ、その時は私が可愛がってあげるからねぇ」
「あーしらけたな。後は各自ディーボに報告しておけ」
ギャクザンは親衛隊長ディーボに全てを任せ、焔艶妃と共に会議室を出ていった。
ドーガは肩を落としながら両肘をついて座っていた。するとそこに部下が駆け足でやって来て彼に耳打ちで報告をした。
「ドーガ様、本日未明、北門から僅かの地点で奴隷運搬車が襲撃を受けました」
「で、奴隷は!?」
「連れて行かれたようです」
ドーガはすぐにギャクザンの元へ向かった。
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