第22話:作戦前

 起床して大広間に移動すると、イセイや他の女性たちから「変態」だの「すけこまし」だの皆目見当もつかない罵声を浴びせられた。


「なんなの…?」


 その後閃凛せりんから例の話を言っちゃったことを聞き、俺は誤解を晴らすために家中を歩き回ったことは言うまでもない。閃凛の純粋さが怖いと改めて認識した。



 俺は地下一階の大会議室に集められた。作戦会議である。


 大きな円卓が置かれ、幹部や作戦関係者が一堂に会している。本来俺は新人のため呼ばれることはなかったのだが、閃凛が作戦実行部隊に加わったことで付き添いの俺も参加することになった。


「みんな揃ったな。では始める。メイカク、説明を」


「それでは、手元の資料をみてくれ」


 俺は十数ページの作戦概要資料に目を通す。


「当作戦も前回と同じく、奴隷運搬車からの奴隷解放作戦だ。前回は南で遂行したが、今回は北門から三キロ地点で行う。決行日は十五日後の深夜。戦闘員十四名、情報員四名の計十八名の作戦となる。奴隷商人、護衛、兵士は全員殺せ」


 なるほど。こうやって奴隷を救ってきてるのか。殺すという言葉にまだ抵抗はあったもののそれが酷いこととは思わなくなった。この国は俺達とは真逆の正義であるからして、対立が生じるのは最もな話だ。日本人の俺でも敵として捉えることにそう時間はかからなかった。人間というものはこうも簡単に心が変わるものなのかとも変な葛藤もあったが、致し方ない。


「今回は一昨日に新たに同志となった閃凛を先駆けとする。彼女の戦闘力は昨日の戦闘力判断戦で僕らリムダーフのナンバーワンだということがわかったからだ」


「おお…!」

 参加者から賞賛の声が上がる。


「そして、同じく同志となったわたるにも参加してもらう」


「え!俺が!?」

 予想しなかった人選に俺は思わず声を張り上げてしまった。それにセギィが代わりに応えた。


「ああ。おれ達はまだ航と閃凛に会って日も浅い。閃凛の性格もまだまだわからないから作戦の筆頭となってもらっても意思疎通に齟齬があってはならない。しかしそこに航がいてくれることで彼女も動きやすいと考えたからだ」


「なるほど…わかった。そういうことなら理解できる」


「航、一緒に頑張ろうね!」

 閃凛が隣で俺を応援してくれた。そしてメイカクが続けた。


「現場指揮はアジィ、戦闘員リーダーはイセイ、情報員リーダーはライシンが務める。各自リーダーの元で作戦内容を頭に入れておくように」


 続けてセギィが立ち上がり話し始めた。


「みんな、おれ達はこれまで二十八名の奴隷を解放し、今共にここで生きている。言葉を重ねるがおれ達の目的はこの無法国家を打倒し、奴隷という立場で辛酸をなめている人を解放することだ。それを常に胸に秘め、任務にあたってもらいたい。幸いにも戦力は組織発足当時の二年前よりも格段に上がり、そして一昨日に閃凛というおれ達にとっての希望の光が同志として輝くこととなった。その輝きは一ヶ月後の大闘技大会での大規模作戦の成功を照らしてくれる光だ。おれ達はやり遂げる!やり遂げて世界に平和をもたらす!我らに自由の導きあれ!」


「我らに自由の導きあれ!!」


 セギィの演説に皆が起立し同調した。


 これが人を動かし引っ張っていくリーダーなんだな。断固たる決意と目的と仲間の命を体一つで背負い、導く存在。人間が命をかけ生きている姿は日本ではまず見ない。だがここではそれが日常なんだ。俺は体の血が滾る、そんな心情だった。



 会議後、セギィが俺の肩を叩き、外で話さないかと誘った。


「閃凛を入って早々に実行部隊で動いてもらうことを謝る」

「それは彼女に?」


「ああ。彼女は、全然いいよ!ってすぐに承諾した」

「それなら何も問題はないさ。俺は確かに彼女の親みたいに連れ添っていたが、彼女は彼女なりに考えて行動しているからな。まあ、純粋すぎるのは困ったものだが」


「どうしても彼女の力が必要だったんだ。それはこれからの大規模作戦においてもね」

「大闘技大会の作戦ってことか?」


「そう。この作戦についてはおいおい話をするが、そこでは親父と仲間達が出る。おれ達は親父達を救い、そこで―」


「わったるーー!!」

 突然俺の名を叫ぶ閃凛の声が響き渡り、駆け寄ってきた。


「航!これから町で買い物に行くんだけど、一緒に行こっ!?」


「え、俺はいいよ。女性同士の買い物だろ?そういう時は男は行っちゃだめなんだ」


「えーそうなんだー残念!じゃあ今度行こうね!」

「あ、ああ、そうだね」


 ドアの前でイセイがうーっと唸っているし、その他女性たちも俺を訝しげにジト目で見ている。まだ完全には誤解がとけていないのは明白だ。そんな中で行けるはずがないだろう。


 閃凛は彼女たちの所に戻っていった。


「はははははは!航はほんとに閃凛に慕われてるんだな。やはり作戦への同行は正解だ。さっきの話は今度話す。作戦決行書によく目を通して訓練を続けてくれ」


「ああ。そうするよ」



 十五日後の作戦を控え、俺は日々作戦会議や戦闘訓練、町の地理に関する勉強に明け暮れていた。部屋は作戦の連携を良くするために、作戦参加者の共同部屋で寝泊まりしていた。当然男女は別々だ。だが閃凛は毎日のように俺の隣で寝に来ては、イセイやアジィによって元の部屋に連れ戻されていった。閃凛に理由を聞いてみると、イセイと一緒に寝るのも気持ちいいけど、俺の方がもっと気持ちいいということだった。悪い気はしないが、だめなんだよ、閃凛さん…。


 俺は戦闘には参加しないが、現場でじっと身を潜めて作戦の現況と閃凛を見守る任務をあてがわれた。恐らくその他には現場に慣れてもらうという意図も含まれているのだろう。


「ワタル、アンタは現場は初めてかい?」

 互いに湯船に浸かっている作戦参加者の仲間であるドワーフのネフタスから聞かれた。


「…ああ。緊張するな」


 ネフタスはフゥ~と大きく息を吐いた。

「みんな初めてはそうさ。殺しの経験は?」


「少し前に詰所で二人…」

「あの詰所襲撃事件か。嬢ちゃんだけじゃなくアンタも殺ったんだな。どうじゃった?」

「どうって?」

「初めて殺って、どう感じた?」


 今度は俺がフゥ~と一息つき、しばらく天上を見上げて言った。


「…そうだな。怖かった…な。いくら悪人でも人を殺すってことはこんなに嫌な気持ちになるのかって、思った。ただ同時に悪人を倒したんだっていう正義心からくるのか、妙な高揚感も湧き上がってきて、全身が興奮と恐怖心で満たされていく感じもしたんだ…」


「…正義は麻薬みたいなものじゃからな。その感情は至極真っ当さ」


「ネフタスは?」

「ワシは…ちょっと違ったな」

「どう思ったんだ?」


「ワシは元々奴隷でな。この町で買われてどっかの金持ちの馬車で移動してたところをセギィらに助けられてな。だが、助けられたはいいが、ワシにはその先どうやって生きていけばいいかわからなかった。十年前に故郷をロイエーに奪われ、家族を殺された身だったからもうこの先ワシの人生など死んだも同然として生きてきたからな。ただ…ここで無気力に暮らしていくうちに、同じ境遇の人間が強く立ち上がって生きていっているのを見て、変わろうって思ったんじゃ。ワシは一度死んだ身だ。もう嫁も娘もいねえ。だったらアイツらの仇を取るためにリムダーフの一員として生きていこうってな。生きていたら仇が取れる。死んでもあの世で家族に会える。どっちに転んでもいいじゃねえかって吹っ切れた時、敵を殺すことに何の感情も芽生えなくなった」


 ネフタスは熱い湯船を顔にバシャッと浴びた。


「そうか…すまない…」


「ワタル…あの嬢ちゃんには気をつけろ」

 俺はそう言った彼の方を振り向いた。


「あの子は純粋すぎる。アンタは直接的な親じゃねえが、あの子はアンタを慕っている。アンタの言動であの子は悪にも善にもなるんだ。正しい道へ導いてやることがアンタの最大の任務じゃ」


「ネフタス…全くもって同意見だよ」


 彼女の今後は俺にかかっているといってもいい。組織に入ってからはアジィやイセイ達と一緒にいる時間が多く、彼女達から一般常識や世界の成り立ちを習っているようだが、何かにつけて俺に許可や賛同を求めてくる辺り、俺は彼女を導いてやる義務がある。改めて第三者から忠告され、それを意識して行動しようと胸に秘めた。


 そして作戦当日が訪れた。

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