第21話:訓練と交流

 翌日、俺と閃凛せりんはサブリーダーのアジィと作戦参謀リーダーのメイカクに「訓練所に行こう」と誘われ、獣車で向かうことになった。


「訓練所とは?」

 俺は獣車に揺られながら尋ねた。


「訓練所はリムダーフメンバーの戦闘力を上げる特訓場のことよ。そこで戦闘訓練をして戦力を増強しているの」

 対面に座っているアジィが説明した。


「今回、戦闘員として配属された閃凛の力を確認したくてね。今大きな作戦を計画している中で閃凛の力はどうしても把握しておかなくてはいけないんだ」

 アジィの隣に座っているメイカクが補足した。閃凛はパンをもしゃもしゃと食べながら、「ふぉっけー」と親指を上げて返事をする。


「閃凛って竜を倒すほどの力があるんでしょ!?やばいよね、そんな力!」

 閃凛の隣に座っている黒髪のショートカットでいかにも運動大好きの二十代前半に見える女性が閃凛に抱きついて称賛している。


 彼女は戦闘員のサブリーダーで名前をイセイといった。セギィの幼馴染でよく彼と昔から戦闘の訓練をしていたようだ。ちなみに戦闘員のリーダーはセギィである。


 獣車には他に三名の戦闘員が乗っていた。二名が獣人、一名がエルフである。



 ホームから獣車で一時間程だろうか。獣車が止まった。


「着いたわ、ここが私達の訓練所よ」


 目の前には大小様々な岩が点在する平野が広がっていた。確かに訓練所には最適な環境だ。


「ここはイレド領内の北東部にあたるの。イレドは東から北東方面はまだまだ未開拓の地が多いから戦闘訓練にはもってこいの場所よ」


 至る所に木製の剣や盾、人をかたどったかかしが置かれている。


「んじゃ、柔軟、準備運動をしてから訓練始めよっか」


 アジィの掛け声で全員体を動かし始めた。俺は固すぎる体を獣人の戦闘員に押され伸ばされしてほぐす。ほぐすといってもこれで体がすぐに柔らかくなるわけではない。自慢ではないが前屈なんて床上三十センチほどしか曲がらないからな。閃凛は元から柔らかいようで羨ましい。


「航は戦闘員じゃないが、基本的な剣術や体術は少しずつ覚えていったほうがいい。情報員でも敵に追われることもあるだろうから」

 メイカクの助言に俺は頷く。


「それじゃ閃凛、君の力を見せてもらう。閃凛の使える魔法は?」


炎術えんじゅつ空術くうじゅつ光術こうじゅつが使えるよ。あとは竜閃技りゅうせんぎ


「竜閃技?聞いたことが無いな。それに僕らは光術なんて見たことがない」


「閃凛すごいね!!もうこんなカワイイのになんでそんな強いの!?」

 イセイが閃凛に抱きついて頭をなで、閃凛はえへへと照れている。


「見てみたほうが早いか。閃凛、あのかかしに向かってその光術というのを使ってほしい」


「えーと、光術自体は光を放ったりするだけで特に戦闘用ってわけじゃないんだ。光術はワタシ特有の力みたいで、竜閃技と合わせて使う攻撃手段なの」


 もう俺には閃凛が何を言っているかわからなかった。魔法なんて存在しない地球で育ったんだから無理もない。俺が知っているのは閃凛が光の波動砲のような技を使えるといったことだけだ。


「なるほど…合成魔術みたいなものか。わかった、それでいいから使ってみてくれ」


「おっけー。じゃあいくよー!」


 閃凛の左手が光り出し、刹那、かかしに向かって眩しい閃光がシュイーンと放たれた。


ドゴォォーーーン!!


 その閃光はかかしどころか二十メートル先の大きな岩を粉微塵にした。


「…な…な…す、すごい!こんな技みたことがない!」

「びっくりしたー…流石、竜を倒して詰所を破壊しただけあるわ…」

「きゃーーー!!閃凛やばーーい!!」


 各々が大騒ぎして驚きの反応を示した。


「えへへ。まだそんなに力出してないけどね!」


 竜を瞬殺するくらいだ。閃凛が何をしようが驚かなかった。


「では次は、近接集団戦闘の実力を見せてもらう。戦闘員らと閃凛の模擬戦闘だ。武器はこの弾力のある木製を使う」


「ワタシ、剣とか武器使ったこと無いから、素手でいい?」


「え?」

「ウソ!?それだけの技使えるのに!?」


「あはは、お父さんお母さんには魔法と竜閃技しか習わなかったから」


「そうか…それならやめておくか」


「でも多分大丈夫。よく竜や怪獣と素手でやりあってたから」


 言うことがいちいち規格外だ。


「そ、そうか。なら試しにやってみよう。よし各自戦闘態勢に!」

 メイカクの号令で、アジィ、イセイを含め五人の戦闘員が閃凛を囲むように陣形をとった。


「始め!」


 馬のような顔をした二・五メートルはあろうかという獣人が閃凛に走り出し木剣を横に薙ぎ払った。しかし閃凛は卓越した動体視力で剣先を見切っているのだろうか、開脚し、下に躱し、そのまま足で獣人の足元を払い倒す。

 続いてアジィが斬りかかるが、瞬時に後ろへ跳び躱し、振り向きざまにエルフのみぞおちに肘打ちを打ち、エルフが倒れた。

 そこに両横に構えていたイセイと熊のような茶色の毛に覆われた獣人が閃凛に攻撃をしかける。熊の獣人が武器を捨て、体術に切り替え馬鹿でかい拳を閃凛に上から振りかぶったが、閃凛は左腕でそれを払い、そのまま体を横に倒して右腕で支えながら左足で獣人のみぞおちを蹴った。獣人は吹っ飛び、地面に転がり滑る。

 閃凛の攻撃に怯むことなく間髪入れずにイセイが二刀流の剣先を閃凛に何度も突き出し、攻撃をしかける。しかし閃凛はその剣先を見切ったかのように目に見えない速さで躱し続け、遂にはバク転の勢いで下から足で剣を上にはじき飛ばし、着地と同時にイセイの懐に入り、両手で彼女をふっ飛ばした。

 最後に残ったアジィは彼らが戦っている中で魔法の詠唱を終え、大きな火炎玉を閃凛に向けて手から放出した。だが避ける気配はなく、逆に手が光り出し、火炎玉を受け止め消し去った。そしてアジィの前へいつの間にか現れ、右足で彼女の脇腹を蹴り、模擬戦闘は幕を閉じた。


 その光景にメイカクと俺は声が出ず、ただ立ち尽くすばかりだった。


「こんなんでどうかな!?」

 閃凛が息一つ乱さず、俺達の方を振り向いて満面の笑顔で模擬戦の感想を求めた。


わたる…彼女は…僕らの希望だ…」

 メイカクはぼそりと呟いた。



 戦闘員達に怪我はなかった。閃凛は可能な限り力を抜いたらしい。


「すまない閃凛。お前の実力では大丈夫だろうと炎術を放ってしまった」


「大丈夫だよ!気にしないで!」


「せりーーん!さいっこーー!もう完全にあれ格闘術じゃん!なんであんな動きできるの!?」


「え、あれ格闘術なの?お母さんの動きを真似してただけなんだけど」


「アナタは戦いの天才のようだ。アナタと共に戦えることを至極光栄に思う」

 閃凛の回りに仲間が集まっていた。今まで四百年間孤独に生きてきた彼女にとって仲間との触れ合いはさぞ嬉しいことだろう。


 その後は俺も剣を構えたり素振りをしたりして、戦闘員に教えられながら訓練をした。ぎこちない動作に閃凛はきゃははと笑っていた。



 帰りの中で俺は組織の戦力について聞いてみた。


「戦闘員は二十八名いて、誰もが武器術と魔術を習得しているわ。勿論得手不得手はあるから全員といったってその威力はばらばらだけど、少なくとも腐った衛兵よりかは強いわ。私達はトリルで父に剣術と魔術を習っていたから、戦いの基盤はできているの。それに組織発足から訓練を怠けることなく続けているし、当時よりも強くなっている」

 アジィは答えた。


「父親のドウセイさんはかなり強いとセギィから聞いたんだが、閃凛よりも強いのか?」


「攻撃で言えば閃凛の方が上よ。父は防御魔術に長けていて、そこに剣術があるからどちらかというと防御タイプの戦士ね。二人が戦うと長引く試合になるんじゃないかしら。父は私達の地方では英雄だったから、焔艶妃えんえんきにも引けを取らないと思ってるわ」


 すごいなファンタジー世界は。俺には閃凛どころか彼女たちの剣さばきすらはっきり見えないってのに。


「閃凛が組織内ではナンバーワンだってことははっきりしてる」

 メイカクが横から割って入った。


「閃凛には今後の作戦において率先して動いてもらいたいと考えているんだ」


「ワタシやるよー!悪い奴らを倒して奴隷を解放するんだ!」


「あーんもー閃凛はかわいーーなーー!」

 イセイは閃凛を抱っこしたまま座り、後ろから顔を出して頭をスリスリしていた。俺は獣人の仲間と談笑し、帰路を楽しんだ。



 ホームに着いたのは夕暮れ時だった。


 体は疲れていなかったが汗塗れの俺はこの世界に来て以来初めて風呂に入ることができた。ロイエーという国には浴場文化は無いが、トリルにはあるということで生粋の日本人には有難かった。ただ一つ違ったのが、裸ではなく、風呂用の下着を身に着けて入るということだった。着衣状態で湯船に浸かった時は何とも言えない気持ち悪さだったが仕方ない。こういう文化なのだ。

 郷に入りては郷に従え、それは異世界に来ても同じだろう。

 ここオリヴァルで俺の体に起こっている不思議な事は三つあった。体に疲れがみられないこと、うたた寝はするが何時間も眠ることはないこと、もう一つが腹が余り空かないということだった。食べられることには変わりないのだが、空腹感を感じることはなかった。ただ、何か食べないと体には逆に悪いだろうということで、激痛が突き抜けるが仕方なくそこは観念して食べることにした。これがあの女神が言っていた生体分子構造の変化によるものなのだろうか。


 夕食後は自由時間となり、俺は地下二階の大広間でコミュニケーションを取ることにした。

 閃凛は俺について回っていたが、イセイに女子会ならぬ歓談の場に連れて行かれた。女子は女子同士仲良くしたほうがいい。

 明日の午前は作戦会議があり、色々忙しくなるということだったので、俺は早めに三階の共同部屋で休むことにした。

 三階は全部で八部屋ある。一つの共同部屋では五人が寝泊まりし、広さは十五畳くらい。テーブルが三台別々に置かれ、筆記用具が上に散乱していた。ベッドはなく、折りたためる簡素な厚手の敷きパッドに薄いブランケットを掛けて寝る生活様式のため、五人でも十分すぎる程だ。聞いた話によると、当初は三人部屋だったのだが人が増え、現在に至っているということだった。

 部屋に入ると、昨夜と同様に俺以外の二人しかいなかった。後の二人は情報員で夜の町で任務についているのだという。俺もこの先は当番制で活動することになるのだろう。彼らと少し談笑した後、横になった。眠くはないが、目を閉じるだけで体は休まるのではないかと思ったからだ。

 明日もまた忙しくなりそうだ。組織のことをこれから知っておかないといけないが、それとは別に地球に帰る算段も立てておかないとな。



 航が部屋に戻っている中で地下二階大広間の片隅で複数の女性が集まり、話に花を咲かせていた。


「閃凛をあたしの妹にしたいなーうりうりー」

 イセイが閃凛を抱きかかえて座り、テーブルのデザートを閃凛の口に運んでいる。そこに幹部会議を終えたアジィがやってきて言った。


「何を馬鹿な。イセイ、閃凛はおまえよりずっと年上だよ」


「うそー!?」

 その場にいた女性全員が黄色い声を上げた。


「え、そうなの?ワタシは五百二十五歳だけど、みんなより年上だったの?」


「五百二十五歳!?それってリムダーフでも一番年上じゃない!」


「四百三十歳のエルフの私よりも年上なのか…」

 全員が閃凛の年齢とそれに見合わない容貌に驚きを禁じ得なかった。


「そもそも人間の寿命は五百年前後だよ!?え、閃凛なんでそんなに若いの!?」

 イセイの疑問にアジィが答える。


「閃凛は竜の血を引いているようだ。約四百年の間、未開の大地壮恐帯そうきょうたいでたった一人で生きてきたそうだ」


「竜の血!?壮恐帯!?」

「でも竜って卵生じゃ!?」


「えへへ、お父さんは人間の姿だったから、竜人なのかな、わからないや」


「よ、よくわからないけど、閃凛の強さの秘密がわかった気がする…」


「まあ、閃凛は年齢では年上だが、特別な血が流れているから、私達の尺度で考える必要はないかもしれないな」


「うん!今まで通りでいいよ!」


「閃凛がカワイイのは変わらないからもう妹でいいや!うりうりー」

 イセイは閃凛のもちもちすべすべの頬に頬ずりをし、変わらず可愛がった。


「あたいは今日の訓練に参加できなかったからわからないが、閃凛と一緒に入った航って男も強いのか?」

 豹のような顔をした女獣人が閃凛に尋ねた。


「うーんどうだろう。ただ兵隊に襲われた時は二人倒してたからある程度強いんじゃないのかなー」


「そうか。今度手合わせ願いたいものだ」


「あーやめたほうがいいかな。航は剣術も体術も今日の訓練をみてずぶの素人で戦闘向きじゃなかったから」

 イセイが戦闘サブリーダーとしての立場で言った。


「あははは、だよねー今日の航、すっごいへっぴり腰で面白かったもん!」

 閃凛が航の特訓模様を思い出して笑った。


「彼には情報員として動いてもらいたいが、なにせ地球という全く別の世界から来た人間ということで、イレドどころかこの世界のことも知らないから今はどうしようかとセギィと考えているところだ」


「その割には武術や魔法、陣形のこととか詳しかったよね」


「ああ。なぜそんなことを知っていると聞いたら、前の世界でそういったことを仕事としてたからと言っていた。情報員ではなく、戦闘参謀的な立場の方が合っているのではとも思っている」


「ま、その辺はセギィとアジィ姉に任せるよ。そうだ閃凛、今度町で服とか小物見に行かない?閃凛の欲しいもの買ってあげるよー?」


「え、ほんと!?行く!ワタシ色々欲しいものたくさんあったんだけど、航から金がないっていつも言われてたから買えなかったんだ!」


「航って意外とケチなの?こんな美少女におねだりされたら私なんでも買っちゃうのに!」


「その時は私も付き合おう」

 エメラルドグリーンの艶々しい髪をしたエルフも話に乗った。


 女子会は夜更けまで続き、大広間に笑い声が絶えることはなかった。


「じゃあ閃凛、今夜は私と寝よっか!」


「イセイ、閃凛は別室だったはずだが?」


「固いこと言わないでよーアジィ姉。ここは戦闘サブリーダーの権力を使わせてもらおう!」


「ワタシ、今日は航と一緒に寝ようかな!」


「え!?」

 その場にいたみんなが一驚した。


「閃凛!?男と一緒に寝ちゃダメだよ?」


「そうなの?昨日、いつの間にか一人で寝ちゃってて今日は航と寝れるーって楽しみにしてたんだ」


「閃凛、航とはずっと一緒に寝てたのか…?」


「この町にきてからね!航の腕や体に抱きついて寝るとすっごい気持ちいいんだよ!?」


「ダメでしょ!?」

 また全員が口を揃えて叫んだ。


「閃凛、閃凛!閃凛みたいなかーわいい女の子が男に抱きついて寝るとか、そんなことしちゃだめだよ?男はケダモノなんだから、閃凛が寝てる間、ぜっったい航は閃凛の体を触ったりして…その…変なことしてたはずだから!」

 イセイが閃凛にたしなめるように言った。


「変なことって?」


「え!?いや、その…変なことって、その…あんなことやこんなこと…って、言えないよ!」


「でもほんとに気持ちいいんだよ?航たまにうたた寝するんだけど、そしたら股が大きくなってそれをニュグニュグすると体が火照ってまた気持ちよくなるんだー!」


「アウトでしょ!!??」


「あっ、これ他の人に言っちゃだめって航に言われたんだ!」


「い、言っちゃだめって…ま、まさか航が無理矢理やらせてるんじゃ…あの男とんだ変態だったか!」

 イセイや他の女性が航への好感度を下げていく。


「でもイセイも気持ちよくなるでしょ?こんなに男の人がいるんだから」


「ないから!そもそも男の人と寝るなんてこと自体しないから!それに…その…セギィにそんなことできないし…」


「セギィ?」

「あ、違う違う、今の忘れて忘れて!とにかく!男はケダモノだから今後は寝ちゃダメよ!閃凛は私達女同士で寝るの」


「そうなんだー…それがここのルールなんだね」


「どこにいってもそういうルールだよ!?」

 閃凛は皆と一緒に割り当てられた部屋で寝ることになった。

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