第20話:リムダーフの成り立ち

 夕暮れ模様となり、歓迎夕食会となった。歓迎の主役は俺達と昨夜仲間になった元奴隷の人達だった。


 夕食会は地下二階の大広間で開かれ、長い長方形のテーブルの上には豪華な料理が並び、閃凛せりんは皿いっぱいに料理を盛り付けながら俺と一緒に各メンバーに挨拶回りをした。閃凛の大食漢ぶりに皆目を丸くしながらすごいと感嘆していた。


 組織人員は俺達を含め四十七人と聞いていたが、任務などで全員が集まることは決起会以外はないらしい。

 顔ぶれは獣人やドワーフ、エルフ、人間といった多種に渡り、その七割は人間種族だった。話を聞くと、もともと奴隷で、この組織に助けられて今は組織の一員として活動している者が数多いという。


 どのような方法で奴隷を助け、こんな大人数を支えているのか、俺は不思議に思っていた。



 夕食会がお開きになり、各自部屋に戻り始めた時、俺はセギィから飲みに誘われた。それを見た閃凛も「私も!」とせがみ、結果三人で彼の部屋で飲むことになった。


 ブランデーのような香りのする酒をグラスに注がれ、乾杯をして酒を一口嗜んだ。


「セギィ、俺はまだこの世界のことを何も知らない。色々教えてほしいんだ」


「ああ。何から教えようか?」


「そうだな、よければこの組織の成り立ちから聞かせてほしい」


「近いうちに話すつもりだったから構わないさ。このリムダーフの人員の七割は同郷の仲間で構成されているんだ。あれは今から約二年半前のことだ。ここから北東に獣車で四十日はかかるどの国にも属さない小さな町トリルでおれ達は製糸業や農業で生計を立てて不満なく生きていた。町はロイエーと隣国レミスに挟まれていたが、設立二百五十年の間は争いもいざこざもなかった。だが、突然、ロイエーの奴らが襲ってきやがったんだ…!」

 セギィは酒をぐいっと飲み干し、注ぎ足す。


「突然の襲撃に仲間は次々に殺されていった。そして奴らはこう言ったんだ。『これから貴様らはロイエーが信仰するロイエー神を崇め、ロイエー神の血肉となって生きよ!拒否すればこの場で肉塊となり、ロイエーの大地の養分と化せ!』と…」


「…どこまでも腐った国だな、ここは…」


「ああ…。町の長で俺の親父ドウセイはロイエーに服従することを決めた。理由は民の命を守るため。親父はその辺りでは屈指の魔法戦士で奴らの襲撃が始まった際に、町を守るために戦った。だが…敵の数は多く、このまま戦い続けても自分は助かったとしても民は死ぬ、そう思ったんだ」


 俺は額に手をやり俯いて話を聞き続ける。閃凛は両手でグラスを持ちセギィの目を見続けていた。


「故郷トリルはロイエーの支配下に置かれ、親父は町の精鋭と一緒に『反乱分子』として捕らえられ、連行された。残った民は今でもロイエーの圧政の元で休みなく働かされている…。おれ達は秘密裏にロイエーに対抗するための組織を結成し、今に至っている」


「そうか…口にしたくない話をさせて申し訳ない…」


「いや、ぜひ聞いてほしかったんだ。現実を知り、ロイエーを倒す起爆剤としてね」


「一ついいかな?俺はこの組織は奴隷解放組織と聞いているが、現在の話までだとロイエーの対抗組織ということだけだ。その後の経緯は?」


「ああ。最初はロイエーに対抗し、トリルを解放するのが目的だった。だが一年半前にロイエーの第二州都ブレイスの闘技場で親父が奴隷戦士として戦っているという情報を得たんだ。すぐにブレイスに向かったよ。すると紛れもなく連行された仲間と親父が闘技場で死闘を繰り広げていたんだ」


「お父さんが奴隷になってたんだ」

 閃凛が口を開いた。


「そう。親父達は闘技場奴隷として見世物にされ、いつ死んでもおかしくない状況に置かれていたんだ。だが親父は強い。結果としてブレイスよりも奴隷都市としては最大のここ第三州都イレドの方が多くの観衆を呼び込めるということで半年前に連れてこられている」


「ワタシ、昨日闘技場に行ったけど、まさかその時にお父さんは―」


「大丈夫。親父達は二ヶ月前の第一演目で生き残り、次は一ヶ月後の大闘技大会まで奴隷収容所にいる」


「よかったー…」


「おれ達が奴隷解放組織と称し始めたのは、ロイエーにトリルが占領された時は奴隷制度など知らず、ロイエーの州都に行ってからだ。同じ人間がまるで物として扱われる奴隷という存在を知った時、怒りがこみ上げたよ。故郷を解放するだけでは一時凌ぎにしかならない、この制度をつくったロイエー自体を崩壊させなければってね」


「そうだったのか…」


 人間はあまりにも酷い現実を知ると、どう受け答えや反応をすればいいかわからない。俺は黙って首をゆっくりと上下に振るくらいしかできなかった。


「夜はまだ更けていない。他に聞きたいことがあれば教えるよ」


 俺は酒を一口飲む。まだ残っているグラスにセギィが新たに注いでくれた。


「…そうだな、たくさんあるんだが、酒の入った俺の頭にはこれ以上は単純な話しか無理そうだ。そうだ、この町の兵士は一体どうなってるんだ?暴行に恐喝、殺人まで平気でするような兵士なんて見たことがない。奴隷制度同様に治安制度も腐ってる気がするんだが」


「驚いただろ?それはイレドに限った話じゃない。ロイエー全土がそうなんだ」


「な!?」

「うそ!?」

 俺と閃凛は驚嘆した。


「門衛、衛兵、軍兵には犯罪者や戦争捕虜が多いんだ」


「なんだって!?」


「イレドは質のいい奴隷を扱っている。だが犯罪者や捕虜は売り物にはならない。いつ主人に歯向かうかわからないし、裏で悪事を働き、家名に泥を塗るかもしれないしな。だが国自体が餌をちらつかせ、子飼いにすれば奴らはなんだってやる。他の地域への略奪、戦争、並の人間なら尻込みするのを飴さえ与えてやればやってくれるんだ」


「だ、だが…それではやつらを管理することはできないのでは…?」


「力さ。奴らを管理するのは絶対的な力を持つギャクザン、焔艶妃えんえんき、親衛隊といった強者だ。この国は力によって支配されている」


「力か…。そうだな…地球でも力は権力において何よりも勝る…」


「衛兵達は金が持っていそうな少人数の旅人に目をつけては、わたる達に昨日したような行為を繰り返している。だが、奴隷を連れている人間にはそういうことはしない。国に金を落としてくれるお客様だからな。狙うのは奴隷を買っていない、もしくは買うつもりはない旅人。奴隷を買わないなら客じゃない、獲物だ。俺達が力で奪い取って国の利益とし、報奨金を貰おうってことをいつも考えている」


「町が犯罪を許しているってことでしょ?許せない!!」


「そういうことなら、俺達が詰所を破壊しても何ら問題ないのか」


「そう。おれ達の作戦は兵隊を殺すことも多々ある。昨日の航達の行動はリムダーフにとっては非常に喜ばしいことなのさ」

 セギィはグラスを少し上に掲げ、俺を見たので、動作をして応えた。


「他になければ、地球のことを色々教えてくれ」


 俺達は夜更け過ぎまで酒を交わし語り合った。閃凛は途中で寝落ちし、アジィが部屋へ連れて行った。

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