第19話:新たなスタート

 朝日が眩しい。まだ朝日が昇りだして間もないというのに、通りにはごまんと人で溢れかえっていた。よくよく観察してみると、その多くは露天商で中央広場に向かって荷馬車を勧めている。朝から開店準備に追われているのだろう。


 俺と閃凛せりんは人気のない建物の通りの裏手で昨日の夜から身を潜めていた。もう少ししたら町を周りながら時間を潰し、ネンシンが指定した場所に移動しようと思っている。衛兵の目は気になるが、これだけ人が多ければ大丈夫だろう。


「無一文って辛いな…酒場にも喫茶店にも行けず、ずーっとこうして黙って時間を潰してるんだから。服もあちこち斬られてボロボロだ」


「お腹すいたな~」


「ネンシンさんに会ったら、組織に入る代わりとして食べ物でも奢ってもらうか?」


「いいねそれ!そうしよう!」


「冗談だよ!?」


「ねえわたる、さっきうたた寝してたでしょ?」

「え?あ、うん」


「股大きくなってたよ!で、ちょっとの間ニュグニュグしてたんだ、ごめんね、えへへ」


「ニュグニュグって生々しいね!?いや、そんなことよりダメだって言ったでしょ!?」

 どうりでなんだか気持ちよかったのか…。


「だって、男って股が弱点なんでしょ?昨日の夜、航がアイツらに股を攻撃されてないか心配で、大丈夫かなって―」


「大丈夫だから!それに女の子が男の股を軽々しく触っちゃいけませんよ!?」


「ごめんごめん、次からもう触らないから、えへへ。でも触ってたら体がホテっちゃって、不思議だね、男の人の股って。どんなふうになってるか見てみたいなー」


「見せないし、そういうこと他の人に言っちゃいけませんよ!?」

 はぁ…閃凛には男女の教育が必要のようだ…って俺には無理だ!


「そういえば、これからは組織の一員になるわけだけど、一応聞いておきたいんだ。閃凛はあの崖の家に帰らなくていいの?」


「…お母さん達には一人で生きるように強く言われたけど、でも…人を助けるほうが大事だと思うんだ…。だから…きっと理解してもらえると思う…!」


「そうか…そうだね、人を助けるってことは尊いことだから、両親にもわかってもらえるさ」


「うん!」


 閃凛もちゃんと決意して、これからの道を決めたんだな。


 俺達は他愛も無い話をしながら時間を潰し、ネンシンがいる所に向かった。



 中央広場は変わらず人でごった返している。衛兵が通るのを時折見かけたが、特に声も掛けられず平穏だった。こんなボロボロの服を着てたら怪しまれそうなものだが、貧困層と思われているのだろう。


「航さん、閃凛さん!!」


「あ、ネンシンさん、昨日はどうも」

 ネンシンがベンチに座っている俺達を見て駆け寄ってきた。


「まさかこんなに早く返事を頂けるなんて思ってもいませんでした。それで…答えは…?」


「ぜひよろしくお願いします」

 俺はきっぱりと自分の意志を示した。俺の返事を聞き、彼は一瞬硬直した。


「あ、ありがとうございます!!ぜひよろしくお願いします!」

 ネンシンは何度も頭を下げ、感謝の意を示した。


「で、では早速ですが私達のホームへ来て頂きたいのですが、いいでしょうか?リーダーに会って頂きたいのです」


「ええ。全然問題ありません」

 俺達三人は彼らが隠れ場としているホームへと向かった。


「ところで航さん…どうして服がボロボロに?」


「あ、はははは。これはその色々ありまして、ホームに行ったらお話しますよ、ははは」



 ホームは北西区の閑静な住宅街エリアに位置していた。そこは木々の少ない軽井沢の別荘地より一回り大きい敷地に佇む三階建ての石造りの豪邸だった。計算されたように植えられた樹や植木、見事に刈り揃えられた芝の庭があり、とてもじゃないが秘密裏に活動している組織のアジトとは思えなかった。周りの家も全てそんな感じで、ここは金持ちが暮らすエリアなのだろうか。


「すごーーい!」


「あの…随分と大きなお屋敷ですね…リムダーフは資金が潤沢なんですか…?」


「あはは、まあ色々理由がありまして。リーダーに聞くと教えてくれると思いますよ」


 建物の外装は周囲と合わせているのか立派だったが、中は事務的な、まるで会社のような雰囲気を醸し出していた。調度品、芸術品、嗜好品といった物は何一つなかった。組織の拠点だから実用性と利便性を重要視しているのか。


 奥行きのある廊下を通り、地下への階段を下る。地下二階まであるのか。


「ここがリーダーの部屋です」

 ネンシンがドアをノックする。


「ネンシンか。どうぞ」


 部屋には男二人、女一人がおり、俺達が入室したと同時に椅子から立ち上がった。書斎机の後ろに立っている男は青いワイルドショートの髪型で短い無精髭を生やし、太いキリッとした特徴的な眉と幾分つり上がった目をしている。その顔つきから強い決意をした男に見える。その男が挨拶をした。


「初めまして。おれがこの奴隷解放組織リムダーフのリーダー、セギィ=チサジウスです。貴方達のことは昨日ネンシンから聞いています。歓迎しますよ」

 彼はそう言い、握手を求めてきたので、俺達はそれに応える。


「初めまして。私は航、連れは閃凛といいます。どうぞよろしくお願いいたします」


「よろしく、セギィ!」

 相変わらず閃凛は誰に対しても同じ口調である。俺は組織の代表ということで緊張しているというのに。


「ははは、これはこれは美しい女性だ。よろしく、閃凛」

 早くも閃凛は長と打ち解けたようだ。これが閃凛のなせる技なのか。羨ましい。


「他の二人も紹介します」


「サブリーダーでセギィの姉のアジィ=チサジウスよ。これからよろしくね」


 セギィと同じ青い色でポニーテールの髪形、そして彼よりかは細いが太い眉とつり目のかっこいい感じの女性が気さくに挨拶をし、橙色で長い前髪を右側に垂らし、インテリメガネをかけたいかにも頭脳明晰そうな男性が続いた。


「作戦参謀リーダーを務めているメイカクです。閃凛さんがあの焔艶妃えんえんきの戦いを目で追っていたとネンシンから聞いています。ぜひ力を貸してください」


「任せてよ!」

 二人とも握手を交わし、書斎机の前の応接椅子に座るよう勧められた。


「まずは話をお互いにしましょう。先に航さん達の身の上話を聞かせてください」

「わかりました」


 俺は地球からやってきたこと、この町に来た経緯を要点を交えて話した。



「…にわかには信じられませんね…航さんが地球という、こことは違う世界から来た人間、閃凛さんが四百年の間、一人で南の危険地帯で暮らしていたこと、どれも絵空事のようです。しかし、信じます。二人はおれ達と同じく奴隷制度を反対する思想を持っていますから」


 俺は黙って小さく頭を下げる。セギィは続ける。


「一点、これだけが最も信じ難いことなんですが、女神の存在です。女神を含め、神は信仰上の創り上げられた実在しない象徴として古くから伝えられています。実在するのは神を神から最も近い立場から崇める統一神官であり、統一神官の国を治める叡智を称え、民は神を信仰しています。それが各国の一般的な理です」


「信じて頂きたいですが、宗教や信仰について私はどうこう言うつもりはありません。これが私の言う真実であり、そして神は私達の考えから言えば、悪そのものです」


「ホントだよ!?女神は最っ低なやつなんだから!」

 俺と閃凛はごまかすことなく率直に主張した。


「そうですね…仮に神が悪というなら、この国ロイエーは奴隷国家。その奴隷国家を取り仕切る菊黄帝きくおうていはおれ達の敵、ならばその神であるロイエーも悪でしょう。全てを信じるのは今は難しいですが、悪ということは賛同します」


「理解いただくだけで私達には十分です」


 セギィの隣に座っていたアジィとメイカクは黙って聞いている。そして最後に俺は昨夜のことを話した。


「え!?昨日の詰所襲撃事件は君達だったの!?」

 立ち上がり、ポニーテールが揺れたアジィが驚嘆した。そして作戦参謀のメイカクも口を開く。


「こいつは驚きました…情報員の話によると、詰所の兵士は全滅、建物はあちこちに穴が開き、火災で半壊状態だったようです…それを貴方方が…」


 え!?兵士全滅してたのか。俺は二人殺したけど、じゃあ残りの十人くらいは閃凛がやったのか。目撃者はいないようで安心した。


「ええ…ほぼ閃凛ですが」

 閃凛は胸を張ってドヤ顔している。


「素晴らしい…素晴らしいですよ!閃凛さんのような豪傑な方がいれば、今後の作戦の成功はほぼ間違い無し!」

 メイカクが興奮しだした。そしてリーダーが再び話し出す。


「お二人は大変お強い、そしてそれはリムダーフにとって大きな助けになります。今後は航さんには作戦遂行情報員、閃凛さんには戦闘員として活動していただきたい!」


 セギィも立ち上がり、俺に改めてお願いしたいという握手を求めた。俺達も立ち上がりそれに応えた。


「よろしく、航、閃凛。これからおれ達は同志。気兼ねなく接してくれ」


「わかった。セギィ、アジィ、メイカク、よろしく!」


「ところで航、その服は?」

 俺は恥ずかしながらも事情を説明し、替えの服と今後の衣食住の面倒をみてもらえることになった。


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