第18話:歩むべき道と動き出す情勢

 ひと目の無い暗闇を飛び、俺達は建物のない平地へ降り立った。


「ふう…ここならとりあえず安全か…」


「どうして宿に戻らないの?」


「あの門衛達は宿に聞き込みして俺達の居場所を知った可能性があるからな。戻るのは危険だ」


「そっか…あーもうあいつらホント最低な奴らだったよ!」


「何かひどいことはされなかった?」


 すると閃凛せりんは胸の前で両手を交差させた。

「さ、された…胸を鷲掴みされた…あーーーー気持ち悪ーー!!思い出したくない!あーもー!」


「そ、そうか…」


 一体どうなってるんだ、この国は。仮にも町の治安を守る兵隊が暴行やタカりに殺人までするなんて腐ってるにも程がある。俺は座って後ろに手をつく。


「初めて…人を殺した…」


 閃凛が隣に座る。

「そっか…仕方ないよ。だってやらなきゃやられるんだから」


 正当防衛という言葉を持ってしても、殺人には変わりない。それが異世界だとしても。だが悪人を殺したという感情は、確かに人を殺めたショックはあるが、心の奥底で沸々と熱い何かが湧き上がり、アドレナリン以上の興奮物質で体が満たされていくのも感じた。


「閃凛は人を殺すことに何か特別な感情はあるのかい?」


「お父さんから悪いやつはやっつけろ、殺せっていつも教えられてたから特に無いかな。でも一人で暮らし始めて人語を話す竜を殺した時はやっぱり初めはちょっとショックだった」


「お、お父さんはなかなかの熱血漢なんだね…」


「竜だしね!」


「そうか…」

 閃凛は直系なのか。


わたる、なかなかやるじゃん!兵隊何人かいたんでしょ?」


「…三人かな。がむしゃらに向かっていってなんとかって感じかな…まあ一人は閃凛が倒したけど」


「あんな奴ら何人来たって問題ないよ!航はワタシが守ってあげる!」

 閃凛は俺の方を向き、両手で小さくガッツポーズを決めた。


「あ、うん。そのセリフは普通は男が言うんだけどね」

 俺はリュックを枕に仰向けになり、大小様々な星が瞬く夜空を見る。


「今日はどこで寝よっか?お腹も空いちゃったな」


「あーそうだね…ただ…ポケットに入れてた黄貨おうかが剣で服をボロボロに切られてどっかいっちゃったんだよ…この竜の鱗は普通の店じゃ買い取ってくれないし…参った」


「お金なくなっちゃったんだ。じゃあ町から離れて野宿する?」


「たくましいね!?」


「えへへ。ここで航と一緒に寝るのもいいよ」


「言い方誤解するから!?はあ…世知辛い世の中だな…。どうしようかなあ…明日ネンシンさんにお金借りてみようか…いや、会ったばかりの人に金の貸し借りとか最低だよな…うーん」


 レジスタンス、金の工面、今後の生活等、どれも一筋縄ではいかない問題が脳裏を駆け巡り、眉を八の字にして目をつぶる。


[瀬界航せかいわたる!瀬界航!いますか!?いたら返事してください!]

 突如頭の中で大声が響いた。やつだ!クソ女神だ!


「よう、ビッチ!」


[び、びび、ビッチーー!?女神に対してなんて言い草ですか!!]


「航!?」

 閃凛が驚嘆する。そうか閃凛には聞こえないんだ。俺は小声で女神が話しかけてきたと説明する。


「残念だったな、ビッチ。俺はまだ生きてるぜ!」


[く…くうう!!瀬界航!警告します!貴方がオリヴァルこの星で何かよからぬことをしようものなら、貴方を滅しますので十二分に注意してください!]


「だったら、俺を地球に戻すことだな。そうしたら何もしないでこのままボーっとしててやるよ」


[そんなことはできないと言ったはずです!この鳥頭!]


「て、てめええ…!だったら、他の神とやらに頼め!ビッチの脳無し頭では到底考えられない解決策をご教授していただけるだろうからな!」


[の、脳無し!?くううう!どこまで私を愚弄するんですか!そんなことできるわけないじゃないですか!!]


「あ、凄い凄い!本当に女の人の声が聞こえる!」

 閃凛が女神の声をキャッチしたのだろうか。


[だ、誰かいるんですか!?]


 俺は閃凛に静かにしておくようにと人差し指を鼻にもってくる。


[せりん…?まさか既に誰かと会っているんですか!?あんな未踏の大地に送り込んだのに!?]


「そんなことどうでもいいだろ。それよりなんで他の神に頼めないんだ?」


[そ、それこそ貴方が知る必要はありません!貴方は死ねばいいんです!黙って何もせずに誰かに殺されるか、自殺でもして消滅すればいいんです!!]


「て、てめええ…次に会った時は覚えてろよ…!どうあっても俺を地球に戻したくないらしいな。だったら、俺がどこかの国で暴れれば、その国の神が降臨してお前以外の神に会えるのかな?そうなったら地球への帰還方法も何かわかるわけだ」


[ば、ばばばば馬鹿なことを考えるのはやめてください!そそそんなことあり得るわけ無いでしょう!!]


 女神が激しく動揺している。どうやら俺の考えはあながち間違いではなさそうだ。


「ははははは!お前は実にわかりやすいな!」


[だめです!だめなんです!そんなことは絶対厳禁です!]


「だったらなんとかしろ。お前にはその義務がある」


[め、女神に命令するとか貴方はほんっっっとおおおに万死に値します!!]


「へえ、星を壊滅させる力を持つ地球人をお前が殺せるのか?ならさっさとその姿を俺の前に現せよ。殺すチャンスなどいくらでもあるんだぞ?」


 女神がここに来ないか挑発してみた。


[私のような神聖の存在である神が地球人のような蝿のような生物に直接手を下すわけありません!殺すなら使い道のない数千数万数億の人間を送り込みます!]


「使い道のない…?」

 まさかこの女神も人間をそんな風に扱っているのか?


[そうです。人間なんて私達神族の奴隷です。奴隷を神がどう自由にしようが勝手ですからね。人間なんてそこら辺にわんさかいます。足りなければ召喚術で異星からどんどん送り込めばいいんですから。こんな便利な資源、どこにいったってありません、あっはっはっははっはっは!!]


「てめえええ…!!」


「人間は道具じゃない!!女神だかなんだが知らないけど、そんなことが許されるわけない!!」

 閃凛が怒りに震え、女神に食って掛かった。


[だ、誰ですか!?せりんとかいう人間ですね!?貴方も瀬界航に同調する仲間なら死んでください!この美しい星オリヴァルには不要です!ゴミです!]


 神の人間の捉え方をよくわかった気がする。俺は怒りを抑えて一つ質問した。


「…お前の国にも奴隷制度があるのか?」


[はあ?奴隷制度どころか、人間自体が神の道具。制度とかいう高尚な決まりにすら値しません。人間は奴隷。そしてそれはこのオリヴァルのどの国においても常識です。私達神を敬い、神を楽しませ、神に娯楽を与え、神に至高の調度品を献上すること。それが人間の命を費やす全てです]


「そうか…この世界の概念がよくわかったよ。それを踏まえて、改めて俺はクソったれな神とやらに会って地球に帰してもらわないとな」


[だだだダメです!!暴れるなんてもってのほか!!貴方は黙って死ねばいいんです!]


「お前…ひょっとして俺がこの星にいることを他の神に知られたらまずいのか?」


[ぴゃっ!!]


 つくづく反応が直情的で愉快だ。

「暴れて他の神を降臨させる、もしくはお前を困らせて俺と直接交渉の場に座らせる、どちらの方法がいいかなあ?」


[どどどちらもダメです!!いいですか!?貴方は黙って死ぬこと!それが一番なんです!忠告しましたからね!?私からの総攻撃が来る前に早々に消滅してください!!]


 そう言い放ち、女神からの通信が途絶えた。


「ひどい世界なんだね、ワタシの生きてるところは…」

 わなわなと震え、怒りで角が生えている閃凛の頭に俺は手を置く。


「…思った以上にな。奴隷はこの国だけじゃないってことだ。それ以上のひどいことが神という悪しき存在によって行われているらしい」


「どうしたらいいんだろ…」


「閃凛に弱気は似合わないよ。決めた。レジスタンスに入る」


「ホントに!?」


「ああ。どうせこのままだったら、普通に生活しててもいずれ命を狙われる。俺は戦う運命なんだろう。だったら、レジスタンスに入って正しいと思える活動をし、神を降臨させることが最善だ」


「やった!これで奴隷となってる人を助けられるんだね!?」


「そうだな。少しでも多くの奴隷を助けて、この世界で暴れてやるか」


「よーーーし!!なんか気合はいってきたなーー!」


 いつもの快活な閃凛に戻ったようだ。


 明日から忙しくなりそうだ。女神の話がきっかけで今後の俺の身の振り方があらかた定まったが、戦いの人生はやはり怖かった。しかしあーだこーだは言っていられない。殺らなければ殺られる。それは先刻の出来事でよくわかった。でも願わくば平和にこれから生きていけますように…。



【ギャクザン宮殿】


 ギャクザン宮殿は贅の限りを尽くした絢爛豪華で豪壮な様式が施された、巨大な宝物といっても過言ではない建造物である。色とりどりの宝石を散りばめた壁や柱、調度品に芸術品、鏡のように反射する光石の床。天上や壁にはクリスタル製のシャンデリアやライトが掛けられ、夜でも煌々と室内を照らしている。壁の一部を削り落とした破片でも通貨に交換できるくらいのまさに巨大な宝飾品、それがギャクザン宮殿であった。


 その宮殿内の一部屋で、黒光りする毛皮を纏った、金色の長髪で長い耳と鋭い切れ長の目をした優男が高級な果実酒を嗜みながら、芸術本を読み耽っていた。


 焔艶妃えんえんきも絹のような光沢のある緑のドレス姿で近くのソファーに寝転がり、足を組んで宝石箱にひしめき煌めいている宝石に魅入っていた。


「ねぇ~ギャクザン、今日の闘技舞踏も張り合いがなくてつまらなかったわぁ」


「もっと闘技場で骨のある奴隷を育てないとダメかな?いいじゃないか、観衆は喜んでいたんだろ?」


「そぉ~だけどぉ~もっと強い奴隷を殺すことで更に民衆は喜んでくれるんじゃないかなって思ってねぇ」


「ふ~む、そういえば二ヶ月前になかなか強い奴隷が出場して生き残っただろ?来月の大闘技で出てくるはずだ。」

 男のオレンジ色の瞳が果実酒に反射して怪しく光る。


「あぁ~ら、いいわねぇ。楽しみ」


「なんなら菊帝黄きくていおう侯に実力者を見繕ってくれるようお願いしてもいいさ」


「そうこなくっちゃ、愛してるわ、ギャクザン。その時は私もお願いしようかしら」


「好きにするといいさ。さて、オレはそろそろ寝るとするか。可愛い子猫が寝室で待ってるからな」


「たまには私も相手してよぉ~ギャクザ~ン」


ゴンゴン


 扉をノックする音。


「夜分遅くに申し訳ございません。至急ご報告差し上げたい事がございます」


 やれやれと頭を一掻きするギャクザン。

「入れ」


 扉が開き、華麗な兵装をした親衛隊が入室した。


「こんな夜更けの報告ということは、良くないことかな?」


「はっ。二件ございます」


「二件?穏やかじゃないねぇ」

 焔艶妃が少し驚いた様子で言う。


「まず一つ目ですが、またしても奴隷運搬車が襲撃を受け、運搬兵が全員死亡。奴隷は全員行方知れずとのことです」


「やれやれ、またか。犯人の目星はやはり…」


「はっ。奴隷制度に反対する組織によるものかと」


「二つ目は?」


「東区第四門衛詰所が何者かにより破壊されました」


「なんだと?」

「へぇ~」


「火を放たれ、鎮火跡からは十一名の門衛の遺体が発見されています。その遺体の様子からみて、焼死ではなく殺されています。時間帯の駐留当番人数から、全滅。また、詰所にはあちこちに巨大な穴が空いておりました」


「目撃者は?」


「おりません」

 パリンと酒の入ったグラスが割れた。


「些か気分が悪いな。すぐにやった奴を見つけ出せ。恐らく運搬車を襲った奴らと同じだろう」


「はっ」


「それと、オレの部屋に四人女を呼んでおけ」


「はっ」

 親衛隊は部屋を後にした。


「反抗組織だかなんだか知らんが、このオレのイレドで勝手な真似はさせん。皆殺しにしてやる」


「その時は私に任せてね、ギャクザン」


「ふっ。さて今宵は気分が悪いから暴れてくるか」


「優しくしてあげなさいよぉ」


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