第16話:レジスタンス
闘技場のある中央広場通りの憩いの場で石の長椅子に俺達は座る。屋台で買った冷たい珈琲のようなカフェイン風味の黄色い飲み物を片手に、ネンシンが話を切り出した。
「率直に言います。ぜひお二人には私達の組織に入っていただきたいのです」
「組織とは?」
「はい。奴隷の解放組織です」
「な…!」
「すごい!!」
「待ってください。なぜ俺達を?それにそんな簡単にいわゆるレジスタンスの存在を話すのはどうも腑に落ちません」
ネンシンがじっと俺の目を見る。
「それは貴方達が純粋に故郷や身寄りがなく、この都市の奴隷制度に嫌悪感を示している旅人だからです」
「!」
「身寄りはいるよ!」
閃凛が即座に反応した。
「閃凛、シーッ」
「あっ!!」
「俺達は行商人ですが…」
既に閃凛の反応でばれてはしまったが、そう思った根拠を聞きたかった。
「閃凛さんを連れている時点で、行商人ではないでしょう。宙に浮き、あの
そうか…俺達はそんな風に他人から見えるのか…。
「ええその通りです。推察で違うところもありますが、行商人でなく、風来坊であることには変わりありません。そして奴隷制度はクソだということも」
ネンシンはにこっと笑った。
「ねえねえ、どういう組織なの?」
「私はこの国ロイエーにより滅ぼされた町の生き残りが集まって結成された奴隷解放組織『リムダーフ』の一員です。私の任務はここイレドで奴隷制度に不快感や不満を持つ人を探し、同胞を募ること。リムダーフは罪のない奴隷を解放し、人としての生活を取り戻すことを信念として活動しています」
「何名の組織なんですか?」
「四十五名です。戦闘工作員から情報収集員、作戦立案員といった人員で構成されています」
「戦いが苦手な方でも全く問題なく活動しています。同じ志を共有していることが大事ですから」
「航!入るべきだよ!」
閃凛がすぐに同調するが、俺には重い決断だった。
レジスタンス…まさかそんな組織に遭遇するとは思わなかった。確かに奴隷制度はよくない、しかしそこに加わることが正しいとは一概にも言えない。この組織の一員として活動することが俺の目的である地球に戻ることとどう繋がるのか…。俺は日本人であり、生粋の平和ボケをした人間だ。そんな人間がすぐに二つ返事で反政府組織に入ると言えるはずもない。
俺は片手で額をさすりながら考える。
「仮に俺達が入ったら、どういうことをすることになるんですか?」
「戦闘員、情報員、管理員のいずれかに属することになります。航さんは戦闘が得意…では…」
「多少力と頑丈さには自信ありますが、戦闘訓練など受けたこともありませんし、ド素人です。武器なんて持ったことすらありません…」
「ですよね。でも心配いりません。情報員か管理員という非戦闘員として活動できますから」
「ワタシは戦えるよ!あんな焔艶妃とかいう魔族なんてイチコロなんだから!」
「はははは!それは心強いですね」
「…先程滅ぼされた町と言っていましたが、なぜ滅ぼされたんですか?」
「…航さんは奴隷がどこから来るかご存知ですか?」
「犯罪者や戦争捕虜だと思いますが…」
「普通はそうでしょう。しかしここの奴隷達は罪の無い者ばかりなのです。イレドを始めとして、ロイエーは世界各国から奴隷を売って莫大な国益を得ています。他の国と違うことはその奴隷が『質がいい』ということなんです。犯罪者といった危険因子でもなく、信念が固まり融通の利かない捕虜兵士でもない、ただ生きる希望を失い、暴力によって恐怖心を植え付けられた従順な人達ばかりが奴隷として売られているんです」
「では…闘技場で戦っていた奴隷は犯罪者といった人達ですか」
「違います」
「え!?」
だったらなんなんだ?
「彼らはロイエーによって滅ぼされた町の人間で占めています…。占領され、捕まっても尚もロイエーに抵抗し、服従しない人間を、この国は犯罪者より重い反逆者として烙印を押し、商品価値がない奴隷として闘技場で戦わすのです…」
「なんてことだ…」
「ひどすぎる!ひどすぎるよ!」
「…そういう歴史がロイエー建国以来続き、観衆は血をみても悲しむどころか興奮するのです」
「あの闘技場で戦っている人の中には、組織の人の知り合いも…?」
ネンシンはこくりと頷いた。
「奴隷を解放する…かなり長い時間がかかりそうですね…」
「…組織の具体的な作戦に関してはまだ言えませんが、そうならないよう計画しています。閃凛さんは魔法を使えますよね?」
「うん!お母さんに習ったんだ」
「その魔法は組織の大きな力となります。航さん、ぜひお願いします!」
「すいません…こういうことはなにぶん初めてなことでして…すぐには答えは出せそうにはありません…」
「問題ありません。いいお返事を待っています。ワタシはいつもここに四時から五時の間いますから、その時に聞かせてください」
俺と閃凛は会釈して別れた。
「航、入らないの?」
「うーん…すぐに答えは出せない程大切なことだからね…」
日が暮れ始めた空を見上げ、俺は物思いに耽けながらゆっくりと宿へと歩みを進めていく。
「閃凛、レジスタンスに入るということはどういうことかわかるかい?」
「えーと、奴隷を助けることができることなんだけど…多分航はその先のことを考えろってことだよね…。そうなると…ここの人達と戦うことになるってことかな」
「まあ、そういうことになるな…。組織に入ることはこの国の敵となるってことだ。いや…もしかするとこの星のあらゆる国を敵に回すことになるかもしれない。それはつまり今後平穏無事な生活はできないってことを意味する…。閃凛はそういうことになったら耐えられるかい…?」
閃凛は俺の顔をみて、その後俯く。
「…それって国の人達からみたら私達は悪者ってことだよね…?」
「ああ…」
「美味しいものも可愛いアクセサリーや服も買えないってことだよね…」
「そう…なるな…」
「そっか…。でもね航、ワタシはやっぱり奴隷とされている人を助けたいなって…そう思う…」
彼女のその一言は重く、力強さを感じた。
「強いな、閃凛は。俺は地球人で戦いのない日本という国で育ったから決心がつきにくいんだ…。知っての通り、俺は地球に帰ることが目的だ。でもその目的が今回の組織の一員になるということとどう繋がるのかはっきりとわからない…。組織に入るってことは人殺しだって直接ではないにしろ加担はするかもしれない。人を騙したりもするだろう。そんなの…俺はやだ!くそっ!あの闘技場で人が殺されていくことに何度目を覆っては震えていた!?こんな俺が組織に入る!?国の潮流に抗って、常に命を狙われながら生きることが、地球に帰ることとどう関係する!?」
俺は思わず熱くなって声を静かに荒げてしまった。閃凛が黙って俺を見つめる。
「ごめん…つい熱くなって…」
「ううん。ワタシもそう思うから気にしないで」
「葛藤してるんだ…俺は地球にいた頃の俺とは別人で、肉体が増強し、人を少しの力で傷つけられる力が備わった。この力があれば奴隷を救えるのでは?救いたい。でも奴隷を救うことと地球に戻ることがどう関係している?国を敵に回すことでこの先どう生きればいい?ってね。結局その葛藤が俺の決断を鈍らせているのかもな…」
「ワタシは航の決めたことについてくよ!航はワタシにはまだできない先を読んで考えてる力があるし!」
「そっか…キミには感謝してる。地球から放り出された俺を助けてくれて、人のいる町にも連れてきてもらえたんだから、いくら感謝してもし足りない。ありがとう」
「ちょ、ちょっとやめてよ!そんな改まって言われると恥ずかしいから!普通にしてくれていいから。ワタシだって町に行きたかったんだし、そのきっかけを作ってくれた航に感謝してるんだよ!」
俺達はお互い笑って、どうするかを決めることにした。
宿屋に差し掛かった時、その辺りで門衛らしき兵士三人がたむろしていたのが見えた。
「あの男ってえらそうにしてた嫌な門衛だよ!」
「えっ?」
辺りは既に薄暗くなり、俺には顔がはっきりとは確認できなかったが、閃凛にはわかったらしい。近づいてみると、その門衛がこちらに気づいたのか、すぐに歩み寄ってきた。
「いたいたー。お前たちを探してたんだよ」
その門衛は確かに入都審査をした男だった。なぜ俺達を探していた?まさかあの組織のことがばれたのか?くそっ嫌な予感がする…!
「これは門衛様。一体どのような御用件でしょうか?」
俺は行商人らしく振る舞う。閃凛は訝しげな顔をし、門衛を睨んでいる。
「いやなに、昨日入都審査手続きをした際に確認漏れがあってね。もう一度確認して新しい手形を発行したいから荷物をもってこの先の詰所に一緒に来てほしいのさ。ちょっとばかし大切な確認事項が抜けてて、このままだと下手をするとお前たちを勾留してしまう恐れがあるからな。そうならないように確認させてほしいのさ」
門衛の一人が口元を手でさすりながら閃凛を凝視している。組織のことではないことに一先ずホッするが、明らかに怪しい。
「もし…お断りしたらどうなりますか?」
一瞬門衛の目が細まり、その長身を少し仰け反らせ目線を下目に向けて俺を見る。
「…断ったら、逮捕しかねえな」
「…わかりました」
ここでのいざこざは避けたい。もしかすると本当に手続き漏れがあったのかもしれないしな…。それに閃凛もいる。本当はこんな子に頼ってはいけないのかもしれないが、彼女の強さはドラゴンを超えるほどだしな。ただ心配なことは揉め事を起こした後の生活だ。
俺は荷物を部屋から持ってきて、前と後ろを門衛に挟まれながら、兵士詰所へと立ち入った。これではまるで連行じゃないか。
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