第15話:血塗れの闘技大会其の2

パパパパーパパパパー!パーパパパーパパーパー!


 音楽隊が第三試合とは打って変わったファンファーレのような音楽を奏で始める。


「お待たせ致しました!!本日最後の演目『焔艶妃えんえんき様の慈悲』の始まりです!この演目は皆様ご周知の通り、第一から第三演目を生き抜いた奴隷が、焔艶妃様と戦い、その戦いの中で焔艶妃様に力を認められれば我が国ロイエーの戦士として献身できるという慈悲深き演目となります!奴隷という道具に対しても慈悲を授けようという焔艶妃様の寛大な御心に我々は尊敬の念を抱き、その判断を大きな歓声を持って仰ぎましょう!」


 貴賓席の反対側の大扉から奴隷が十人姿を現した。これまで三つの死闘を生き抜いてきただけあって、誰もが傷だらけではあるが、屈強な体つきを誇り、銀色の頑丈そうな鎧を装備している。


「強そうな奴隷だな…なんとか頑張ってほしい」


「…そう願いたいものです」

 俺の希望にネンシンが応えた。


 貴賓席からこれまでじっと座っていた双角の女が飛び出し、闘技エリアへと降り立った。


「あれが焔艶妃えんえんきか。あの湾曲した角は魔族とかってやつか?」


「そうです。彼女は魔族です。魔族をご存知でしたか」


「あ、いや、故郷の本によくでていたので、そうかなって」

 角があるのは大体魔族。アニメや漫画ではよくある設定だった。


「魔族は強大な魔力を有するものがほとんどで、まず大抵の人間が勝つことは不可能です」


「え?それって…」


 胸元が開いたスカーレット色のスレンダーラインのロングスリーブドレスを見事に着こなしている淡いピンク色のロングウェーブヘアーに赤い双角の女、焔艶妃が中央エリアへと優雅に歩いていった。


 荘厳な音楽が会場を包み込み、焔艶妃を称える歓声がこだまする。


「焔艶妃様ーーー!!」

「今日もお美しいお姿で私感動しておりますわーーー!!」


「ねえ航、あの焔艶妃って人も奴隷を殺すのかな…?」


「はい。殺します」

 ネンシンが代わりに閃凛の問いかけに応えた。


「そうなんだ……として恥ずかしいよ…」

 閃凛がボソッと何かを口にしたが聞き取れなかった。


 焔艶妃が中央に悠然と立ち、両手を上に掲げた。するとたちまちのうちに音楽が鳴り止み、観衆が静まり返った。


「聞きなさい、奴隷達よ!貴方方は黄乃国ロイエーの献身たる忠誠戦士に値するかがこれから私、焔艶妃によって試されます!奴隷としてこのまま朽ち果てるか、持つ力全てを示し、一人の戦士として国に仕えるか、その生き様を見せるのです!さあ、始めましょう!」


 音楽隊が再び演目を盛り上げる音楽を奏で始め、観衆もそれに合わせて騒ぎ始めた。


 奴隷達はすぐに散らばり、焔艶妃を取り囲むように並び、大盾を前に構えだした。そして彼女の背後にいる数人がじわりじわりと長剣を片手に引いた体制で距離を詰めていき、剣の間合いに入ったと同時にそれを突き出し彼女に攻撃をしかけた。

だがその作戦は失敗だった。彼女は宙に浮き、円陣から離れた場所へ降り立った。


「そのような下賤な作戦は私には通用しませんよ。言ったはずです。持つ力全てを示しなさいと!」


 奴隷達はすぐに円陣を崩し、散り散りになる。束の間の硬直状態の後、奴隷達が次から次に焔艶妃に斬りかかり始めた。


 ひらりひらりと剣先を躱し、軽やかに優雅に舞い踊る焔艶妃。


 突然一人の奴隷の片腕がボンッと音を立て爆発し、続けざまに他の奴隷も手や足、胴の一部が爆発し吹き飛んでいく。


「きたきたきたーーーー!!焔艶妃様の『えんなる焔舞えんぶ』!!なんて美しい舞い踊りなんだ!!」


 その光景を観て、観衆は更に歓声を上げる。焔艶妃は何をして奴隷の体を爆発させているのか俺にはわからなかった。ただただ闘技エリア全体を流麗にドレスと長い髪をひらつかせながら踊っているようにしか見えない。


「な、何が起こっているんだ!?なんで奴隷の体が爆発している!?」


「……あの女が奴隷に素早く触っているの…」

 閃凛には見えているのだろう。凄い動体視力だ…。


「全く見えない…」


「…すごいですね、閃凛さんは」

 ネンシンも感心している。


 奴隷の断末魔があちこちから聞こえ始める。


「あああああ!!俺の腕があ!!腕ーー!!」


「助けて!!脚がない!ああああ!!」


 首が無事な奴隷達が足をひきずったり、痛みでのたうち回っている惨劇が広がる。


「だーーーはっはっは!!なんだよそのかっこわりー踊りはよー!!」


「もっと地に足をつけて踊れーー!!足なんてなかったか!!わっはっは!!」


 とても同じ人間とは思えない歓声が四方八方から聴こえてくる。


 俺は閃凛の頭をさすりながら必死で感情を押し殺し、惨状を見つめる。


「アーーーーーハッハッハ!アーーハッハッ!!」

 演舞しながら焔艶妃が笑っている。


「あれが焔艶妃の本性です…!」

 ネンシンが怒りの声色で言った。俺もあれがあの女の稟質ということはすぐに理解できた。


「どうしたのーー!?もっと踊りなさい!!もっと私と踊りましょうよーー!!アーーーーーハッハッハ!」


 焔艶妃は少しずつ奴隷達の手足胴体を吹き飛ばしていき、すぐには絶命しないように長く奴隷を苦しませていく。そして、動かなくなった奴隷から首を爆発させ、阿鼻叫喚の地獄の演目が幕を下ろした。


 焔艶妃は手を挙げ、観衆に応えて貴賓席に戻っていった。


「皆様!これにて本日の闘技演目は終了となりました!最後に我々に今日も最高の演舞を披露して頂いた焔艶妃様と、それを引き立たせた生き人形に拍手喝采をお願い致します!!」


 観客が一斉に拍手し焔艶妃を称える。


「それでは皆様、また次の演目までご機嫌ようーーーー!!」




 興奮冷めやらぬ観衆がぞろぞろと席を立ち、帰り始めている中で俺達はしばらくの間その場から動けなかった。この国の根底となっている悪しき仕組みにまともに直面し、様々な感情が沸き起こりただ佇むしかなかった。


「酷すぎて何も言えないな…」


「あの女…絶対に許せない…ううん、この国がおかしいんだ…!」

 閃凛がうつむき、やり切れない気持ちを静かにぶちまける。


「…やはり貴方達は間違いない。いかがです、ぜひお話したいことがあるので、ご一緒にお茶でも」

 このネンシンという人間の言葉には所々気になるニュアンスが含まれており、俺は考えた。


 まず考えられることは俺達が周りの人間とは違う感情を抱いていることで、不穏分子として捉えられていて、近衛兵といった都市の役人に突き出そうとしているのではないかということ。またはこの男自身が国の公安で、体制に不満を抱く輩を取り締まっているのではということだ。


 そしてもう一つは単純に俺達のような人間が珍しく、自身と同じ感情を持っていることから仲間として興味を抱いていること。


 しかし、最初の可能性は低いか。もし俺達を捕まえる気があるなら周りの血気盛んな人間を呼んでいるだろうからな。あえてお茶に誘う遠回しな事はしないだろう。


 話を聞くくらいならいいか。いざとなったら閃凛がいる。


「ええ。ぜひ」


 俺達はネンシンと共に闘技場を後にした。

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