第14話:血塗れの闘技大会其の1
ドン…ドン…ドン…ドドンドン…ドドンドン…!
右側の広い二階踊り場で待機していた音楽隊が演奏し始めた。重低音がリズミカルにスローテンポで闘技場全体に響き渡る。そしてその前方中央にいる豪華なローブに恰幅のいい体格を包んだ司会者らしき人物が大袈裟な身振りで声を上げた。
「皆様!大変お待たせ致しました!これより第三演目試合『無法集団対特別ロイエー治安部隊』を執り行います!この演目はロイエー神が愛する
ドンドドドンドドンドン!ドンドドドンドドンドン!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
音楽のテンポが早まり、それに合わせ観客が興奮し始め、闘技場が揺れるような騒然とした空気に早変わりした。
奥の大扉からボロキレを着た奴隷四十人程が盾と剣を構え、走り出、反対側から黄金色の身軽な軽鎧を装着し、剣や斧槍、盾を装備したギャクザン親衛隊らしき兵士が十人程と脚が重馬よりも太く、黄金色の馬具を装着した馬のような動物にそれぞれまたがった騎兵五人が悠然と姿を現した。
「奴隷に勝たせる気など微塵もないだろ、あれは…」
閃凛は静かにその模様を観ていた。恐らくこの先は怒りが沸き起こると考え、フードの上から彼女の側頭部をなで始める。
音楽が戦闘模様を盛り上げるリズムに変わり、司会者が始まりの声を張り上げた。
「はじめええええええええ!!」
「うおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
奴隷達がジリジリと親衛隊の方へ近づく。一方で親衛隊は三人の歩兵が横に並び、両横の歩兵が中央側へ斜め前に歩む。中央の歩兵はその二人よりも遅い歩調で真っ直ぐ進む。両横と中央の歩兵の間に騎兵が各二騎スタンバイし、残りの歩兵は三人の歩兵の後ろを隊列を組んで静止する。
奴隷達が近寄ってきた歩兵に対して襲い掛かってきた、と同時に間にスタンバイしていた騎兵が三名の歩兵の間を猛スピードで駆け抜け、奴隷に突進し始めた。
ダダダダダダ!ドガ!バガ!ザシュ!
「ぎゃああああああ!」
「あがああああああああ!」
重馬の怒涛の体当たりで奴隷が吹き飛ばされ、騎兵の持つ長剣が奴隷を斬りつけていく。大量の血が飛沫し、土の地面を赤黒く染めていく。
隙を突いて奴隷が重馬に斬りつけても、重馬の金属製の馬具がそれをはじき、また裸の部分においても鋼のような筋肉で血すらこぼれない。
次から次へと奴隷から血が吹き出し、バタバタと倒れていく。
「やれええええええ!!もっとだ!!」
「俺に血を見せろ!!!悪党どもを切り殺せえええ!!」
目の前の無残な光景に俺はただ目を見開いていることしかできなかった。
日本では、いや地球でも見ることはないこの惨劇、こんな公の場で罪に問われることもなく人が人を弄び殺していく…人が死ぬことではなく、殺されるところを実際に目の当たりにしているのだ。
体が小さく震えている…。正直言って怖い。目を背けたい。だがここで逃げると俺はこの世界では生きていけなくなるかもしれない。そう思うと体は拒絶しながらもこの惨状は頭に入れておく必要がある。
閃凛の体も俺の手を伝わり震えているのがわかった。だが彼女もしっかりと視線をこの状況を捉え続け、必死で耐えている。俺は休むことなく彼女の頭をさする。
「なんて酷いことを…!」
「うん…!うん…!」
奴隷達が次々に地面に伏している中で生き残っている奴隷達が固まり、手を前方に突き出した。徐々に赤く光り出し、そして離れた歩兵に向かって火炎放射のような魔法が放出された。
「魔法か!?」
しかし、それを読んでいたのか、歩兵は既に隊列を固め、盾を前に構えて炎を防ぎ切る。隙きを突いて騎兵が固まった奴隷達へ突進を仕掛け、なぎ倒していく。かろうじて突進を避け、散り散りになった奴隷が炎魔法で騎兵に攻撃をするが、魔力量が足りないのであろうか、苦もなく騎兵はその炎の中を駆け抜け、長剣でその奴隷の首をはねる。
気づけば首や手足が至る所に散乱し、内臓を腹から出しながら泣き叫ぶ奴隷や親衛隊の炎魔術で全身が燃えた状態でもがき歩いては歩兵にとどめを刺されたり、重馬に轢かれたりで事切れる。
「…あ…悪夢かよ…うっ」
俺は慌てて壁の陰になっている隅で吐いた。
「こんなこと…まともな人間がすることじゃない…」
隅で頭を下げ、俺は地獄のような惨劇に嗚咽する。閃凛の方を向くと、彼女はただ黙って震えながらじっと観ていた。
「閃凛が現実に直視しているんだ…俺も…しっかりしないと…」
「大丈夫ですか?」
茶色の短髪をした小柄で童顔の男性が俺の様子を気遣ってか、声をかけてきた。
「え、ええ…すいません…みっともない醜態をさらしてしまって…」
「いえいえ、とんでもありません。これで口元を拭ってください」
その男は俺に麻色のハンカチを渡した。
「どうもありがとうございます…」
「闘技場は初めてなんですね。遠くからいらっしゃった旅人でしょうか?」
「はい…田舎町からやってきまして…どうもこういったことは初めてで」
「そうですか。まだこれから後一試合も観戦される予定で?」
「え…ええ。慣れない興行ですが、観ておかないとと思いまして」
「ご一緒に観てもよろしいですか?私も全然慣れず、同じ心情の方と一緒に観ると幾分楽になるかなと思いまして」
「あ、はい。全然構いません」
俺はその気さくな男と閃凛の方へ戻った。
試合は終わっていた。地面に転がっているのは奴隷達だけ。残っているのは観衆の声に手を振って応えている親衛隊だけであった。
「皆様!やはり特別精鋭治安部隊『ロイエーファミリア』は強かった!愚かな無法者達はロイエー神の神罰が下ったのです!続いて本日最後のそしてお待ちかねの我らが麗しき永遠の妃、
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
死体が片付けられ、地面には新しい砂が撒かれている。
「閃凛、大丈夫か?」
「うん…なんとか…。あれ、その人は?」
「ああこの人は―」
「初めまして、ネンシンと言います。丁度そこでこの方と出会いまして、一緒に観戦させていただくことになりました。どうぞ宜しくお願いします」
「こんにちは、ワタシは閃凛。よろしくね!」
「私は航といいます。どうぞ改めてよろしくお願いします」
ネンシンが横に立つ。
「ネンシンさんはこの闘技場は何回か来てらっしゃるのですか?」
「ええ。ただ何回来ても私は慣れないですね」
慣れないのになぜ何回も来ているのだろう。普通は一回観れば十分なはずだ。
「私なんてさっきの有様で、殺し合いを実際目の当たりするのは初めてで今も嫌な気分です」
ネンシンがじっと俺の方を見る。
「航さんはなぜこのイレドへ?」
「私達は旅の行商人でして、道中で偶然この町をみかけて立ち寄ったんです」
「…行商人なんですか。何を売り買いされているんですか?」
「毛皮です。すぐに売れてしまって今はこうして観光地を巡っているんです」
「…なるほど。とても美しい閃凛さんも行商人で?」
「いえ、彼女は私の親戚で、ついてきているんです」
「…ほう」
ネンシンの一言一言が妙に重たい声色だった。何か俺達のことを深く探っているようなそんな感じだった。
「ネンリンは、この試合を観てひどいと思う?」
閃凛が口を開いた。
「すいません、この子、ちょっと敬語がわからなくて…」
「いえいえ、問題ありません。むしろネンリンと呼んでいただく方が嬉しいです。航さんもぜひ普通に話してください」
「どうもすいません…」
「今の質問ですが、ええ…ひどいと思います」
「そっか。仲間だね!」
「お二人も酷い、許せない、何とかしたい、とそう思っているのですか?」
なんだ?酷いはいいとして、他の二つの言葉がなぜ出てきた?
「うん…!こんなことって絶対許されないことだと思う…」
俺は黙って小さくゆっくりと何度も頷く。
ネンシンの視線が閃凛の足元に向いた。
「そうですか。おや、そろそろ最後の試合が行われるようですよ」
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