第13話:闘技場へ
「航って、股が大きくなるんだね。すごい!」
「ぶっ!!」
俺は飲んでた水を吐き出した。
しまった…朝方に少しばかりうたた寝していた時に閃凛が起きたのか…。
「閃凛は、あの、お母さんに男の人の特徴とか教えられてないのかな…?」
「お母さんからは、男の人には体を見られちゃだめよって言われてたよ。あとしつこく言いよってくる男は悪い人だから、やっつけなさいってことも教わったかな」
「あっ…そう…あのところで、服を脱がしたりはしてない…よね?」
「えへへー。しようと思ったけど、その前に航起きちゃったからできなかった。触ったら固いようで弾力があるようですごい気持ちいい感触で、ずっと触っていたかっ―」
「ダメだよおぉ!?」
いかんいかんぞーこんな美少女がここまで男を知らないのは!
「いいかい閃凛。今後は俺に抱きついて寝るのは禁止。あと俺の股を見るのも触るのもダメ」
「えー!なんでなんで!?」
「ダメなものはダメ!」
なんだこのやりとり…。
「だって…人と一緒に寝るの久しぶりだったし…ずっとお母さんと寝てて…」
家族ネタを持ってこられると流石に心根に響く。
「あーじゃあ、一緒に寝るのは、いいかな。でも股は男の弱点だから見たり触ったりしたらだめ」
「弱点なんだ!それならだめだね。わかった」
ふーこれでいい。あれ?なんかこれでいいんだが、ちょっと俺の心が残念がってるのはなぜだ?
俺達は支度を整え、朝早くに早速出発した。目的地はギャクザン宮殿。歩いていくのは大変だよとお婆さんに忠告されたが、所持金も僅かだったことと町を知るためにも徒歩にした。
日が西から上っているが、地図の東西南北は地球の見方だから正直どっちの方角かは定かではない。
都市イレドの石造りの景観が太陽光に当てられ、爽やかな気持ちにしてくれる。暑くもなく寒くもない快適な気温だ。この地方は温暖なのだろうか。それとも季節なのだろうか。
道中屋台でパンといっていい食べ物を買い込み、閃凛の朝食とした。
談笑しながら二時間程歩いただろうか。遠くにようやく黄金に近い色にまばゆく宮殿が見えてきた。
「すごーーい!!綺麗ーー!!」
「流石は宮殿…。金には見えないな。近い色の大理石かなにかなのかな」
「早く行ってみよう!」
駆け出す閃凛につられながら、宮殿へと急いだ。
正面に昂然と立ち塞がる闘技場より巨大な建築物は訪問者の目を常に釘付けにして話さない程の芸術だった。
正門は宮殿を守護してやまない二十メートルはあろうかという大理石のような石壁で建てられており、多くの衛兵や豪奢な馬車が駐留している。周囲の人だかりは金持ちがほとんどであり、いくつもある宮殿への入口に入場の許可を得るために列を成している。
「ここからだと正門を通してしか宮殿が見えないね。中に入れないのかな?」
「どうだろう。並んでみるか」
しかし、列に加わろうとした瞬間に身なりで目をつけられたのか、衛兵から入都手形と宮殿に来た目的を尋ねられた。
「お前たちは旅行者か?何しにこの宮殿へ来た?」
「素晴らしい宮殿があると聞きまして、ぜひ見学をしたいと」
「宮殿に入るには入殿料として三万黄貨かかるが払えるのか?」
「さ、三万ですか!?すいません、そこまでは持ち合わせてはいませんでした…」
「だったら諦めて遠くから眺めるだけにしろ」
俺達は早々に列から離脱し、トボトボと脇へ移動した。
「ワタシ達、貧乏なんだね」
「だから大食いはしばらく控えてね!?」
金の問題は最優先になんとかしないといけないな…。
闘技場行きの馬車があったが、一人二千黄貨という現実にまたも打ちひしがれ、来た道を徒歩で戻ることにした。まあ疲れてはいないからいいんだが、懐具合が寂しいのは気持ちのいいものではない。
闘技場が近くなるにつれ、周囲のざわつきが激しくなってきた。昨日よりも人だかりが多い。闘技場は想像以上に大きく、外周を一回りするだけでも三十分程度は体感でかかったと思う。周囲には隙間なくぎゅうぎゅう詰めに様々な露天商が軒を連ね、貧困富裕層でごった返していた。奴隷の都市ということもあり、閃凛と一悶着起こした以外の奴隷商も多く、大きな檻を後ろに、大声で金持ちそうな通行人を呼び止めては奴隷の購入を勧めていた。その光景を見る度に、閃凛がしかめっ面をしていた。
一方で工芸品や調度品、宝石、素材品の露天も多く、興味深げに見て回った。閃凛が心躍らせながら、アクセサリーを試着してきゃっきゃしていた光景は実に微笑ましかった。個人的にも地球では目にしたことのない品で埋め尽くされており、文化や技術水準を知るにはもってこいだった。
広場には円に0から16までの数字が時計のように書かれた大きな柱が幾つも立っていた。0から1の間は白、1から2の間は黄色といった各数字の間に色が塗られ、色相環のようだ。円の中央の窪みのガラス内には巨大なコガネムシのような緑色の甲殻がはめられている。人に聞くとそれは時計で、中央の彩光虫の甲殻が一定時間で変化し、その色と数字を合わせたものを時計としているらしい。町の灯りといい、有機生命体を利用したものが多いことに感心した。
屋台で肉の串焼きやハンバーガーのようなファストフード、ジュースを買い、閃凛に食べさせながらウインドウショッピングを楽しんだ。
突然闘技場からワーッという歓声が鳴り響いた。試合が始まっているのだろうか。露天が楽しくてつい忘れていた。
「閃凛、俺はこれから闘技場に行く。多分残酷なことが起きるだろうが、ここで騒ぎは起こせない」
「大丈夫!いやだけど、この町のことを知るためには仕方ないんだよね…?」
「無理するな。そこの飲食店で待っていてもいいんだ」
「行く!」
「よし、約束だ。ここで起きることに静観すること」
「うん!」
闘技場の入口では衛兵が何人も警備しており、入場者の動向に目を光らせていた。入場料は一人千五百黄貨で、本日行われる決闘試合が書かれた質の悪い薄柳色の草の紙が配られた。
「客さん、そろそろ第三試合だ。だが満員御礼だからな。恐らく上部観覧席で立ち見になるよ」
闘技場運営者から上に行く道順を教えてもらう。
「今日は四試合が行われるようだ。第一試合は『森の死闘』、第二試合『賊との邂逅』、そしてこれから始まる第三試合『無法集団対特別ロイエー治安部隊』、最後が『
「昨日のあの店員が言ってたのがこの焔艶妃って人のことか」
「ああ。この州都イレドの実質二番目の権力者だそうだ」
闘技場は外部だけでなく完全な石造りのようだ。短い入口通路を進むと、大きな室内広場があり、その中央に妥協なく服の模様や顔が彫られている杖を片手についた五メートルほどの大きな黄金の彫像が置かれ、観覧者の視線を集めていた。像にはツタンカーメン像のように所々着色され、宝石も至る所に装着され、神々しい雰囲気を放出していた。
「
像の下には闘技場の上質な見取り案内図が貼られている虹色に輝くプラチナ色の台座が佇んでいた。
周囲の石壁には松明が短い等間隔に灯され、闘技場の持つ張り詰めた緊張感と闘争心がうまく演出されているように思える。
俺達は広場の左側の通路を辿り、上階へと続く石段を上っていった。二階、三階と歩き回ったが、どこも人でごった返し、とてもではないが更に上へと移動するしかなかった。
最上階の五階でようやく人の歩けるスペースができ、通路のあちこちで食欲を掻き立てるスパイスの利いた肉を焼く匂いが広がっている中を食欲を押し殺して群衆をかき分けて進んでいった。約一名匂いに負けて巨大な串焼き五本を買うはめになったが。
通路のあちこちに観客席へ抜けるアーチがあり、俺達はそこから一番空いていそうな場所へ身を寄せた。
「とりあえずここで見るか。背の高い人もいないし丁度いいだろう」
「少し浮いてもいい?航の背くらい」
「あ、じゃあ俺の前においで。俺が抱きかかえているようにも見えるし不自然じゃない」
持ってきた双眼鏡で見ると、闘技場の観客席と闘技エリアは形が八角形のことを除けば野球スタジアムとみてもあながち間違いではない。屋根は当然ないが。闘技エリアと観客席の間に一段高いスペースがあり、長槍を片手に携えた衛兵が一定間隔で立っている。恐らく闘技エリアから脱出を試みる奴隷への対処要員なのだろう。
俺達から見て左方向の二階辺りには絢爛豪華な貴賓席のような天蓋付きのスペースが広がり、そこに双角の妖艶そうな女性が座っていた。イレドのVIPなのか、貴賓席の周囲を黄金色の鎧に身を包んだ近衛兵が観客席と闘技エリアに目を光らせている。
右方向の四階から五階にかけて視線を闘技エリアに向け、両手を前に広げたいかつい装備をした巨大な黄金像が闘技場の荘厳華麗さを倍増させていた。やっていることはくそったれな興行であるが。
「この建造物だけみれば、地球でも世界レベルなんだけどな」
「航の育った日本でもこういうところあるの?」
「いや、日本はこういうデザインの建造物はほとんど見ない。どちらかと言うと実用的で無機質で飾り気のない建物が多いから、こういう所を見ると、行われることは抜きにして感動する」
「それはそれで楽しそうだね!行ってみたいなー」
「俺もだ」
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