第12話:イレドの夜其の2

 目と鼻の先にある『隷属の愚痴』に入店すると、中は洒落た感じの暗闇と明かりで演出されていた。カウンターとテーブルの上に一つずつ垂れ下がるランプ。どうやって光を発しているのか目を細めて見てみると、光るもじゃもじゃした丸い生物が何匹もランプ内を蠢いていた。発光生物を使って明かりを得ているのか。となれば街灯のランプも説明がつく。電気ではなく、有機生命体を利用した文明なのか。


「いらっしゃい。二人さんかな?カウンターへどうぞ」


 店員に声をかけられ、ランプから顔を離した。


 店内は先程の店よりも客はまばらで静かである。想像していた囂然たる酒場ではなく、バーであった。これは落ち着けるな。


「ここでお酒が飲めるんだー…」


「そうだね。じゃあ座ろうか」


 ターコイズブルーの髪をオールバックにした耳の長い美形の若い店員が微笑んできた。

「何を飲まれますか?」


「えーと…私達はこの町初めてなものでして、何か特産のお酒があればいただきたいですね」


「喜んで。ではこの地方で採れる緑星桃の発泡酒などはどうでしょう。酸味のある甘さに刺激の強い炭酸が売りの一年酒です」


「いいですね。ではそれを。閃凛はいつも何を飲んでいたのかな?」

 俺は意地悪く閃凛に微笑みかけて聞いてみる。


「ワ、ワタシ!?ワタシはその、あの、あれかな、あの―」


「あ、あれですね、芳醇な甘さが虜になる満蜜柿の熟成発泡酒。よくお嬢さんのような若い方が嗜まれています」


「あ、それそれ、それ!えへへ」


 流石はハンサムバーテンダー。女性の扱いとフォローがばっちりだ。これがイケメン力というやつか。


「お待たせしました。どうぞ」


 緑星桃の発泡酒はクリームソーダのような色をし、炭酸が極めて強く、地球にはない刺激だった。味は桃のようで葡萄酒に近い味で、甘さと苦味がすーっと消える喉越しである。


「うん、いけるな」


「ぷはあああぁぁ~」

 俺が一口を楽しんでいた瞬間に、閃凛はグラスを一気に飲み干し、アペリティフを完食していた。


「おいしーー!もういっぱいちょうだい!このおまけの食べ物も!」


「閃凛さん、閃凛さん」

「ん?」


「こういうお酒は一気飲みじゃなく、このおまけの食べ物のアペリティフと一緒に少しずつ楽しむものだよ?」


「え!?し、知ってるし!!ちょっと喉がか、渇いてただけ!」


 バーテンダーも下を向いて少し笑っていた。閃凛の顔はアルコールなのか恥ずかしさなのか仄かに赤らんでいた。ホントかわいいな。


 気の利く店員がすぐに閃凛の二杯目を出してくれた。今度は閃凛は少しずつ飲んでいる。


「店員さん、この都市イレドのことを色々教えていただきたいのですが」


「ええ構いませんよ。お二方はどちらのご出身ですか?」


「ここからかなり遠くにあるチキュウという田舎町です」


「チキュウですか。聞いたことが無いですね。ではこの黄乃国ロイエー自体ご存知ない?」


「はい、お恥ずかしながら」


「そうですか、では町の成り立ちからお話しましょう。ここ都市イレドは黄乃国ロイエーの属州都市で、歴史は約三百年です。イレド統治者は現在一代目で、黄乃国ロイエーが崇める黄神『ロイエー=フラーウム=ジャッロ』の統一神官『菊帝黄(きくていおう)』の家臣『ギャクザン』様です」


「三百年で一代!?」


「え、ええ。それがなにか?」


「え?あ、いえ、人間が三百年も生きるのかなって思いまして…」


 バーテンダーがきょとんとしている。


「普通の人は寿命は五百年程ですから、当然生きますが…?」


「え!?あーいえいえ、それだけ長い間権力の座にいて、暗殺やらで命をよく狙われずにいるなって思いまして、ははは」


 この星の人間は五百年生きるのか…。


「あーそういうことですか。心配ご無用です。ギャクザン様は菊帝黄侯の天導により、この国に顕現された強大な力を有する天導者様ですから、敵などすぐに返り討ちにしてしまうでしょう」


「な、なるほど。強いんですね。あ、天導とはなんですか?」


「天導とは分かりやすく言いますと、菊帝黄侯がロイエー神から絶大なる力を備えた御仁を授かることです」


「ロイエー神は実在すると?」


 俺は女神ルルックが神だとすると、そのロイエーという神も実在すると踏んだ。


「あくまで言い伝えですから実在するかどうかは私にはわからないですね。ただ、菊帝黄侯は絶対的な存在です。その御方が崇める存在なら私達ロイエー国民も崇めるのは普通です」


「そうですね、それが信仰というものですから。あと、一年はこのロイエーでは何日間なんでしょう?」


「恐らく他国も同じだと思いますが、五百日で一年としています」


「五百日!?それは長いですね」


「チキュウは違うのですか?」


「え、ええ。チキュウは三六五日です」


「そんな国もあるのですね。興味深いです。続きをお話しましょうか?」


「ええ、ぜひ」


 閃凛も店員の話を静かに聞きながら、お酒をちびちびやっている。恐らく一気に飲み干してたくさん飲みたいのだろうが、そこは乙女のプライドもあるのだろう。


「イレドを語る上で忘れてはならない方がもう一人います。ギャクザン様の筆頭参謀である『焔艶妃(えんえんき)』様です。美しき女傑であり三百年の間、ギャクザン様と共存共栄でイレドの繁栄に務められているのです」


「イレドの繁栄とは具体的に何なんですか?」


「それはもう、奴隷です。質のいい奴隷がたくさんいますから、世界中の富裕層が買い付けに日々訪れるのです。奴隷がいて、富者が大金を落とすこのサイクルは完璧です」


 閃凛が不快そうな顔つきをしていたので、俺はそっと耳打ちで落ち着くように言った。


「そうだ、ちょうど明日中央広場のギャクザン闘技場で奴隷たちの決闘試合が行われるのでぜひご覧になってはいかがでしょう」


「奴隷たちの決闘試合ですか?」


「ええ。屈強な奴隷達が血湧き肉躍る決闘をしてイレド民や旅行者に楽しんでもらう催し物です。明日は焔艶妃様も参加されますよ」


「そんなこと―」

 咄嗟に声を上げた閃凛の頭を抑える。落ち着くようにという仕草だ。しかし、このまま話を聞いていたら、閃凛は抑えられない可能性もあるため、そろそろ退店することにした。


「色々と教えていただきありがとうございます。この子が少し酔っ払ったようなのでこれで帰りますね」


「いえいえ、ぜひまたいらっしゃってください」


 俺は閃凛の頭をさすりながら、会計を多めに払って外に出た。


「なんなのこの町は!奴隷奴隷って!しかも奴隷を戦わせるんだよ!?」


「地球にも昔あってね。今はないけど、人と人が戦って見世物とする興行は依然として行われている。どこの世界でも暴力や力のぶつかり合いはなくならないものなのか」


「ワタシ、なんとかしてあげたい…!」


「そのためには―」


「うん。この街のことを知ったり、ちゃんとその後のことを考えられるようにすること」


「正解。とりあえずまだまだ俺達は何も知らないから、明日以降も街を回ってみよう」


「じゃあ帰って寝るだけだね!」


「あ、ああ、そうだね…」


 寝るという言葉に俺だけが反応するとか、俺は本当に女性に免疫がないな…。


 夜だというのに、通りは昼間と変わらず人で賑わっていた。夜でも営業している店が多いのだろう。まだまだ建物には煌々と明かりが灯っていた。



 部屋に入ると真っ暗だったため、宿のお婆さんからあのバーにあった有機生命体ランプを借りた。


 地図をテーブルに広げ、椅子に座り眺める。購入した地図はイレドの都市図とロイエーの国土図だ。とはいっても観光案内図的な簡素なもので、地球でいう地図を求めると五十万黄貨と大変高価だったため、とてもではないが手は出せなかった。


 さてこれからどうするかと思索に耽けようとした時、例の痛みが全身を突き抜けた。

「ごぉああああ!」


「航!?また食中毒が起きたの!?」


「ぐぁ…そ、そうらしい…!がぁぁ!」


 くそったれ!普通の人が口にするものでも受け付けないっていうのかよ!?

 これまでと同じように全身の筋肉が波打つように蠢いている。体内で得体の知れない生物が暴れまわっているかのようだった。


「どうしようどうしよう!そうだオバちゃんから水もらってくるね!」

 閃凛が階下に急いで降りていった。


 しかし、今回は十五分程で痛みが引き、閃凛も笑顔で抱きついてきた。


「よかったー!今回は短かったね。んー…なんか徐々に苦しむ時間が短くなってない?」


「確かに…徐々に短くなってるな…」


「体が慣れてきたのかな?」


「ふむ…もしかしてあの女が言っていた俺の生体分子構造とやらが徐々にこの世界に順応してきているのか…?」


「まああれだよ。死ぬわけじゃないんだし、その痛みとはうまく向き合っていけばいいんじゃないのかな」


「簡単にいうね…でも、そのとおりだな」


 俺は椅子に座り直し、頬杖をついて窓の外の景色を見やる。

 気を取り直して、今後のことを考えるか。


「航!寝よう寝よう!」

「ふぇっ!?」


 閃凛がベッドの上でちょこんと座り、俺に寝ようと催促し始めた。


「人と一緒に寝るなんてお母さん以外初めてだよ!楽しみだなー!早く早く!」

 手をベッドにばしばし打ちつけて急かす。


「い、いやいや、閃凛先寝てていいから!俺は後で寝るから!」


「だめだめ!航全然寝てないでしょ?食中毒で悶絶したまま眠れなかったりしてて疲れが溜まってるよ!」


 すごく正論だけども!?下の話じゃない分、そのピュアネスさは本当に俺の体には毒極まりない。


「え、ええとほらやっぱり男と女が一緒のベッドで寝るとかダ―」


「もう早く!」

 閃凛が俺の腕に抱きつき、すごい力でベッドへと引き寄せた。


「わわわわ!」

 バフンと音を立て、俺はベッドに倒れ込んだ。


「えへへー!二人でちゃんと疲れを取ろうね!」


「そのセリフは誤解するよ!?」


 閃凛は俺の右腕を抱き枕にした。物凄くやわらかく、至高の感触が右腕から全身に伝わる。


「おやすみ、航!」

 そう言うと、のび太くんのようにスースーと寝息を立て始めた。


「早っ!」


 男の特徴が全力で主張したまま俺は仰向けで冷静に努めるべく色々と今日の事を振り返った。しかし、やはり右腕の感触と風呂に入っていないのにいい香りのする彼女の色香は思考を鈍らせるため、熟睡を確かめてテーブルへと戻った。


「俺は小さい子には興味なかったんだが、実際に側にいると気になって仕方なくなるんだな…これが男の性というやつか…」


 さて気を取り直して取り掛かるか。


 考えるべきことはいくつもある。俺がこの町に来た本来の目的は、人のいる所で生活し、地球に帰る算段を立てることだ。しかし現状閃凛がいることでその目的は少し、というかだいぶ変わってきている。

 閃凛は奴隷をなんとか助けたいと願っている。間違いなく俺がついていないと彼女は暴走し、この国から狙われることは明白だ。彼女は俺を助けてくれた恩人であり、放っておくことはできない。

 ただ奴隷の問題を俺がなんとかできるかは甚だ疑問だ。今日のチンピラを撃退した時に確信したが、俺には力が宿っている。その力でなんとかするか?いや…ただでさえファンタジーの世界なんだ…破壊力のある体術など弱者でしかないかもしれない。あの女神は言っていた。地球人は星を壊滅させるほどの力があると…。この物理の力がか?俺には魔法や閃凛の放つ波動砲のような技は使えない。とてもそうは思えない。

 もし奴隷を助けるとしても、それは力技ではなく、金という経済力で解決した方が双方安全ではないか?


「ふう…経済力か…まあサラリーマンだったし、そっちの方が楽か…あとはこの町、国の文化や風習に慣れていく地味な手段を続けるしかないかな…」


 俺は都市図を眺入る。


 都市は闘技場のある中央広場を中心に、東西南北のエリアに大きく区分されている。俺のいるこの宿は東区。東区は横に長く伸び、他の三区よりも広い。住居の記載も東に進むほど少なくなっており、平地に民家が佇んでいる景観が広がっているように見える。西区の奥は山が背となり、そこにギャクザン宮殿と書かれていた。背後を天然の山に防護させ、入口が西側のみとなっているような要塞宮殿に見て取れた。


「俺達が通った門は南区か。南区の大通りから中央広場まで着て、東区への大通り沿いのこの宿にいると…」


 明日は宮殿と余り観たくはないが闘技場に行ってみるか…。問題は閃凛をどうするか―


「航!」


「ひゃっ!!」


「もう!なんで起きてるのさ!だめだよちゃんと寝ないと!さ、こっちきて!」


「ま、まだやることあっ―」


「明日明日!朝早く起きればいいだけだから!今は航は寝ないとだめなの!」

 閃凛がまた腕に胸を当てて抱きながらベッドに連れ込んだ。


「よしっと!じゃあ寝ようね。疲れ取ろうね」


「そのセリフは勘違いするよ!?」


 閃凛の極上にマシュマロより柔らかい双丘が先程より強く右腕に押し当てられ、感触が全身を突き抜けた。


 こんな胸が存在するとはー!


 閃凛はまたすぐに熟睡し始めたが、俺は逆にどちらもギンギンで眠ることなどできず、結果、一晩中悶々としながら、明日以降の計画を練り始めることになった。


「ふぁっ!?そこは触っちゃだめだって、ふぁっ!!」

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