第9話:都市イレド

 都市イレドは活況で、様々な衣装に身を包んだ多種多様な人種が闊歩していた。とりわけ地球人の俺から見ても、豪奢な服や装備品で着飾った人が多く、裕福層の多い所という印象だった。


「うわーー!うわーー!すごいやばい楽しいーー!!」

 閃凛の目が暗闇でも光を発するくらいに輝きを増し、角が大きく伸び始め、フードが膨らみ始めたので、俺は彼女の頭に手をやりながら歩いていた。


 俺達が歩く通りは城門から一直線に続く大通りで、馬車と歩行者区間で分け隔てられている。大通りの脇には街灯が等間隔で並び立っており、石造りの建造物が宿や酒場、雑貨屋などの商店として建っていた。


「これは街灯だよな?電気が走っているのか?」などと、次から次に湧き上がる摩訶不思議さに呟きながら、俺達は上京してきた田舎者のように首をせわしく動かしながら、町の景観を楽しんでいた。


「ねーそれでどこ行くの?」


「そうか、うっかりしてたよ」

 ついつい町並みに気を取られていた。しかたない。


「そうだな、まず当面俺達に必要な所は宿屋と食堂、酒場だ。そこで相場を事前に調べておく。その後質屋か両替商のところに行こう」


「お金が先じゃないの?」


「ああ。相場も分からずに質屋に行ったら足元を見られるからね」


「よくわかんないけど、航についていくよ!」


「閃凛はその間に町の雰囲気に慣れて角を引っ込めておくようにね」


「が、頑張る!」


 小さく両拳を胸の前で握って気合を入れる閃凛のポーズに微笑み、俺達は大通り沿いの宿屋へ入っていった。


 石製のテーブル四卓が置かれたロビーの先にカウンターがあり、宿の主人らしき人が二人座っていた。


「らっしゃい」

 声が低く髭面で頭髪の無い強面の主人だ。


「何泊かしたいんですが、一泊いくらになりますかね?」


「一人一泊で五千黄貨。銀貨なら二枚。金貨なら一枚で六泊だ。金貨の場合は釣りはないぞ。鉄貨は受け付けてねえから両替商で黄貨に代えてくれ。あとは奴隷がいれば一人預かり料として二千黄貨だ。詳しくはそこに書いてある」


「ありがとうございます」


 奴隷…やはりこの町には奴隷制度が敷かれているのか。奴隷なんて現代日本においては社畜とか重労働者を皮肉って比喩する存在なんだが、異世界は別ということか…。この都市の文化や情勢を知りたかったが、まずはやるべきことをやってからだな。


「で、泊まってくか?」


「これからちょっと行く所があるので、それが済んだらまた来ます」


「おう」


 屋内の装飾品や壁掛けをほう、はあ、へえと一人呟いて眺めている閃凛に声をかけ、宿屋を後にした。

「相場はわかった?」


「うーん、通貨が色々あるようでしっくりこないけど、まあ生活に必要な額は大丈夫かな。じゃあ質屋か両替商のところに行くか」



 近くの衛兵に場所を聞き、大通りを進んでいくと、眼前に巨大なコロシアムのような建築物が大仰に構えていた。


「なにあれ!?でっかーーい!」


「でかいなー!あれは一体なんなんだろう?」


 外観はローマ帝国時代のコロシアムに近かった。


 俺はハッとした。『奴隷』『コロシアム』、この言葉から連想すると、あの巨大な建造物の役割は容易に想像できる。


 質屋の看板が見えてきた。衛兵の話によると、質屋と両替商は同じ建物内にあるという。


 質屋内は多くの装飾品や調度品、ガラクタにしかみえない物などが棚に並べられていた。個人的にこういう雑貨は見ているだけでわくわくする性分だが、まずは通貨を獲得することを優先し、真っ直ぐに店員の所へ向かった。


「すいません、買い取ってほしいものがありまして」


「はいよ!買い取るってことはアンタは旅行者かね?」

 顔の横幅より長いカイゼル髭を伸ばした、少々胡散臭さを感じるおっさん店員が言った。


 俺は荷を解き、竜の鱗と毛皮をカウンターの上に置いた。


「こここ、こりは!?ままままさか灼竜鱗か!?」


「ええ。私は行商人でして、とあるルートで入手した正真正銘の灼竜鱗です」

 俺は相手の話に合わせて話をでっち上げる。


「ばば馬鹿な!?竜鱗は種類問わず全て国庫級の素材!なぜアンタのような個人が持ち歩いておる!?」


 う、何か話が大袈裟な方向に向いていってるな。しかし沈黙は正義という言葉もあるので、俺は黙って彼に微笑した。


「な…なるほど。アンタ、相当やばい橋を渡ってきたとみえる。しかし残念ながらこれを買い取ることはできん」


「!?」

 えっ!?何故こんな展開に?想像以上の宝物なのか、この竜鱗は…。


 俺は表情は平静を保ちながら、必死で金をどうにか工面する方法を巡らした。


「こんな一州都の質屋でこれを買い取っても宝の持ち腐れなのだよ。どうせなら首都まで持っていかんとな。それよりもこっちの毛皮を買い取ろうかの?上質な茶絹鹿の毛皮とみえる」


 そうか…これは普通の町の質屋で金の延べ棒を何本も持っていった状況なのか。とりあえず毛皮を買い取ってくれるらしいから良しとするか。


「わかりました。では毛皮の査定をお願いします」


「ならば全部で毛皮二十枚。締めて八万黄貨だ。行商人なら金銀貨の方がいいかね?だとしたら、金黄貨で二枚と銀黄貨で八枚になる」


 八万黄貨って、硬貨八万枚も持たされるってことか?いやいや、そんなまさか。


「すいません、このイレドという町は初めてなもので教えて頂きたいのですが、黄貨八万枚って、八万枚の硬貨ってことですか…?」


「なんだアンタ、イレドだけでなく黄貨も知らなかったのか。竜鱗っちゅう大層なモンを持ってて黄貨を知らないなんて変わっとるの」


「あ、あははは、実は私、ここからかなり遠くの国の出身でして、この辺りは不慣れなんです…」


「…なるほどの。黄貨はこの州都イレドが属する国家『黄乃国ロイエー』の通貨じゃ。黄貨は金黄貨、銀黄貨、通常黄貨の三種類あり、それ以外の貨幣は他国通貨じゃから、両替商で黄貨に代える必要がある。ちなみにアンタが心配している硬貨数の説明をすると、通常黄貨には一、十、五十、百、千、一万の六種類あるから、八万黄貨だと一万黄貨で換算すると硬貨八枚分ということになる」


「そうなんですね…。安心しました。あのなぜ通常黄貨がそれほどしっかり区分されているのに、別に金銀貨があるんですか?」


「アンタ…どんな鎖国国家出身なんじゃ…?金銀貨の存在意義といったら他国への両替用しかあるまいに。他国で通常黄貨なんてもっていってもガラクタとしか扱ってくれん。しかし、金銀宝石は別じゃ。これは万国共通の魅力ある素材。じゃから国を渡り歩く旅人は通常貨幣じゃなく、金銀という特別貨幣を求める」

 勉強になる…世界が違えば貨幣制度の考えも違う。行商人として身分を偽ってはいるが、この世界の常識を知っておかないと今後痛い目に遭うことは間違いない。


「ところで、アンタの出身国はなんという名前なんじゃ?」


「地球といいます」


「チキュウ?聞いたこと無い国じゃの。だから普通の行商人らしからぬ言動なのか。あとその身なりか」


「あはは、そうですね。この服はチキュウの人間がよく着るものなんです」


「なんだったらその珍しい服も買い取るがの」


「これは思い入れのある服なのですいません」


 俺はこの国で色々と融通が利く共通貨幣で買い取ってもらうことにした。ついでに安宿やお薦めの食事処、衣料品、雑貨屋といった生活必需品を揃える店などを教えてもらった。


「閃凛、お待たせ。じゃあ行こ―」


 閃凛がいない!


「閃凛!?閃凛どこだー!?」

 しまった。質屋に入る所で彼女がついてきているか確認するのを忘れていた。


 俺は閃凛を探すことにした。あてはある。コロシアムだ。それを目にした時の彼女の反応がこの町に来てから一番だったからだ。


 俺は人がごった返す大通りの中央を避け、端側に寄ってコロシアムに向かって駆け出していった。


ドン!!


 突如、前方にいた柄の悪そうなガタイのいい男に体当たりされ、路地裏へ突き飛ばされた。

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