第8話:町のよからぬ雰囲気

 城門前には多くの人が列を成し、剣や槍を装備した門衛による入国審査のような手続きの順番を待っていた。


「すごい人!うわーー!」


「閃凛、どーどーどー」


「すーはーすーはー」

 閃凛が興奮するのも仕方ない。俺だって緊張や興奮といった感情が心の中を踊り乱れているのだから。


 周りの人間を視線に気づかれないよう見ていると、色々な人種で溢れかえっていた。


 耳が長く色白で外人のような顔をした者、全身もさもさの毛で覆われ、筋骨隆々の者、背が低くマッチョで顔には大層なヒゲを生やした者、俺の記憶が確かならば、それはエルフ、獣人、ドワーフといった人種だった。その他人種もたくさんいた。


「ファンタジーがここにあった…」


 感動していた俺に、言葉わかる?と閃凛が聞いてきた。そういえば全く周囲の人間の言葉

に耳を傾けていなかった。


 俺は人の話に耳をそばだてる。


「おおお!わかる!わかるぞ!」

 感激で思わず叫んでしまった。並んでいた人達が訝しげにこちらを一瞥する。


「やった!焼いて食べても効果あるんだね」


「これって話す時はどうなるんだ?」


「今の言葉が相手の言語に合わせてくれるから普通に話せばいいよ」


 なんて便利なんだ。外国語を学ぶには何百、何千時間も必要なのに。地球にもドラゴンがいれば言語問題なんて解決か。まあそれを生業としている人には死活問題だから一長一短か。


 しかし、どうも彼らの話題が気になる。


「今回はいい奴隷がいるといいですな。この前買った女はすぐに病で事切れて、大赤字でしたからな」

「あんたそりゃ見る目がないよ。しっかりと身体検査はしないといかん。顔色、声色、肌艶色々見ないとねえ」


 奴隷?奴隷なんているのか?思ったよりやばいところなんじゃ…いや中世なら奴隷は当たり前か…?


「あんちゃん、見たことねえ鞄背負ってるなあ。それどこで買ったんだ?」

 俺は振り返る。後ろのトカゲの顔をしたリザードマンのような人が俺に話しかけたのだ。


「あ、これはここから遠い廃墟で拾ったんですよ」

 咄嗟に嘘をつく。予め聞かれるであろう質問に備えておいてよかった。


「そうなのか、しかし見たことねえ服装もしてるし育ちはどこなんだ?」


「ここからそっちの方角に一ヶ月馬車で走らせたところの田舎町です。今はこの子と旅をしていまして」


「一ヶ月たぁやべえな。この州都イレドは治安がよくねえから気をつけるこった。そんな珍しい装備してると盗人に目をつけられちまうからな」


 ひいいいい…まじかよ…。


「ご丁寧に教えて頂き、ありがとうございます。旅の者ですから気をつけないと」

 リザードマンは隣の仲間との談笑に戻っていった。


「ねえ航、この町って治安悪いのかな?」


「な、なんかそうみたいだな…怖いなぁ…」


「次!」

「おい、そこの見たこと無い服を来てるお前!」

 いつの間にか俺達の番が来たようだ。急いで門衛のいる所に駆け寄る。


「あ、はい、すいません」


 俺達を審査する門衛は二人。どちらも鉄のような金属の鎧に身を固め、剣を帯刀している。


「入都審査だ。身分証明手形を出すんだ」


 なんて態度が横柄な門衛なんだ。地球の入国審査官の比じゃないぞ。それにしても身分証明手形なんてあるわけがない。どうしよう…。


「ええと、私達は小さな田舎町の出でして、手形はないのです…すいません…」


「ないだと~?んなの論外だ。さっさとここから立ち去れ。金を持っていない田舎者が来ていい場所じゃない」


「ねーなんなのその偉そうな態度は?」

 閃凛が門衛に突っかかった。


「あーなんか文句あんのか、女」


 まずい!角が伸び始めてフードがこんもりしてきた!

 俺は慌ててフードの上から彼女の両側頭部に手を当てる。


「すいません、すいません!ちょっと私達ご覧の通り田舎者ですから言葉遣いが悪くて!ちょ、ちょっとお待ち下さい」

 俺は閃凛を脇に連れて小声で話す。


「閃凛、腹が立つのはわかる。俺も同じだ。ただここで一悶着起こすと町に入ることができない。ここは抑えてくれ。俺がなんとかうまくやるから」


「あいつら何様なんだろ!」

 閃凛はほのかに頬を赤くし、片方のもちっとしたほっぺをぷくぅと膨らます。


「さ、さあ深呼吸しよう」


「すーはー…すーはー…」

 俺は閃凛をここで落ち着かせ、門衛のところへ戻る。


「おい、さっさと去れ!」


「門衛様、私達は確かに通貨や手形はございません。しかし、それに十分見合う物を所持しております」


「なんだと?」


 俺は乗り物であった毛皮にしまっていたドラゴンの鱗と毛皮を取り出し、門衛にみせた。

 すると門衛の目が大きく見開き、束の間唖然としていた。


「こ、こここれは、竜の鱗か!?しかも灼竜の鱗!?こんなものをどこで手に入れたんだ!?」

 見事な食いつきようで逆に俺のほうが驚いた。そんなに貴重な物なのか?


「私達は行商人でございます。できましたらこちらの竜の鱗を一枚差し上げますので、入都をお許しいただければと存じます」


「わ、わかった。おい、手形を発行してやれ!」


 鱗を一枚門衛に渡す。


 後ろで順番を待っていた人達がざわつき始めた。


「おい、なんか竜の鱗がなんとか言ってたぜ」


「まさか。竜鱗といったら国で管理するレベルの素材だぜ?」


 なんか思った以上に竜の鱗の価値が高いのだろうか。俺は周囲に見えないように鱗を片付けた。


「これが手形だ。持ち物はそれだけか?」


「はい」


「女、フードを脱いで顔を見せろ」

 ハラハラしながら俺は閃凛を見た。閃凛は黙ってフードから顔を出す。むすっとしている。


「ほう!べっぴんだな、おい」

「こいつはすげえ上玉だぜ、へへへ」

 二人の門衛は閃凛の顔をまじまじと凝視した。


「よし、通れ。州都イレドはお前たちの入都を歓迎する」


 俺達は入都を許された。閃凛がその際に門衛に向かって、「べーーだ」と舌を出していたが、門衛もペロリと閃凛に対して舌なめずりしていたのにゾッとした。


 何事もなければいいのだが…。

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