第7話:数百年振りの人里
俺は閃凛と町へ行く支度を始めた。
町へ行こうと閃凛が提案してきた後、俺はこの地から離れてよかったのか、と聞くと、ここからはかなり遠いし、送るだけなら両親も許してくれると思う、とのことだった。
俺の行き支度はリュックを背負うだけだったが、閃凛は少々手間取っていた。やはり女の子である。
彼女の居住空間には二部屋あり、一つが、見上げると空が広がる窓のない大きな空間で日が差し込むところには天然の良質な芝や花が咲き、半径六メートル程度の泉がある。壁は崖をくり抜いた居住空間のため岩肌である。
そしてもう一つが閃凛のプライベートルームといった部屋である。そこには約四百年前に両親から持たされた家具雑貨、服が保管されていた。しかし長い年月によりほとんどがボロボロで、女の子の所持品としては不憫に思える。金属製の雑貨、調理器具、食器もあったらしいが、錆びて捨てたそうだ。今はくりぬいた木や石がその代用品となっていた。問題は衣服だったが、これは特別な材質で高価なものだったそうで、下着と上着の一着は完全な原型をとどめていた。下着を見ていた時、閃凛が慌ててそれを隠し、顔を紅潮させて俺を追い出した姿はかわいかったな。
「おまたせ!」
閃凛が準備を整え、自室からでてきた。
閃凛は着飾っていた。光の角度によって様々な冷淡色に見える瑠璃色基調のフード付きワンピースで、腰には洒落た白のベルトが締められていた。足は黒のハイソックスに黒革のブーツを履いている。少し先端が尖った両耳には赤い小さな宝石のイヤリングをつけている。
「ど…どうかな…?」
閃凛が上目遣いで時折視線を横に向けながら、俺に感想を求めてきた。
自慢ではないが、俺はこの世に生を受けてから、こんな美少女と会話などしたことがなく、ましてや服装の感想を求められたこともない。正直返答に困った。
「にゃってるよ(似合ってるよ)」
「ちょっと噛んだよね!?」
俺はダメダメな奴だ…。
出発前に俺達はいくつか取り決めをした。
まず閃凛の角を生やさないこと。両親から生やさないよう厳しく躾けられていたということは人前ではあまりいい印象を持たれないという意味にもとれるためだ。いざという時はフードで隠す。
次に金目のものを目に見えるところに身につけないことだ。これから行く町はもしかすると治安が悪い、または無法地帯かもしれないため、高価なものは身の危険につながる。よって閃凛のイヤリングは俺のベストポケットに隠しておくことにした。
最後は通貨だ。閃凛はお金を持っていないため、どこかで調達する必要がある。質屋があれば好都合だ。異世界なら俺の所持品は珍しいと思うのでいくらか貸してくれるかもしれない。そして、ゲーム感覚で当てにはならないが、ドラゴンの素材はいくつか持っていっても損はしないだろうと考え、閃凛に昨日のドラゴンから鱗を数枚獲ってきてもらった。こんなの売れるの?と閃凛は首をかしげたが、俺も疑問だ。ついでにここで山積みになっていたふかふかの毛皮も何枚か持っていっていいよと閃凛の許可を得たので、いくつか持っていくことにした。正味、鱗より毛皮の方が売れそうだ。
「それじゃあ、行くかー!」
大きな柔軟性のある毛皮の上に、ビニール袋に入れた閃凛の食料である大量の木の実と売り物の鱗と毛皮を置き、最後に俺が胡座姿で乗る。
「飛ぶよー!」
閃凛は出発の合図をした途端、背中から漆黒の翼を生やした。
「翼!?」
「早く飛ぶには翼が必要なんだ!」
彼女が毛皮の両端を掴み、大空へと羽ばたいた。
毛皮の両端が上に持ち上げられ、乗車スペースがぐっと窮屈になった。鱗や毛皮、果実が俺の体をぎゅうぎゅうにする。まあしかたない。
ビュオオオオオ!
かなり高速で飛んでいるのだろう。俺はバイクに乗っていたのでわかるが、これは俺が若気の至りで一八〇キロで飛ばした時の風速以上だった。顔があの忌まわしい落下の時と同じようにぶるぶるしている。そして徐々に速度が増しているようだ。
荷物が飛ばされないよう押さえてはいるが、すぐに限界がきそうだった。
「閃凛!せブラブルブルりん!」
「どうしたのー!?」
「ちょっとブラブラブル…速度を抑えてブラブルくれ!荷物が吹きブルブル飛ぶから!」
俺は大声で閃凛に頼んだ。
「了解ー!ちょっと到着が遅くなるけどいいかな!?」
「全然いいよ!ブルブラ…」
閃凛は速度を落とし、飛行し続けた。体感的には八〇キロくらいか。これなら問題ないだろう。
俺は上空から景色をずっと楽しんだ。
長い…早朝に出発して、もう日が落ち始めているのに、まだ到着の兆しがない。
休憩中、閃凛に聞くと、このペースで行けば三日間はかかるんじゃないかということだった。時間の感覚はわからないが、恐らく数千キロ先だろう。
「どんだけ人里から離れてるんだよ。あのクソ女神め…」
閃凛に出会えて本当によかった。この子がいなかったら俺は間違いなくあの世にいっていただろう。
俺達は野宿をしながら町へ向かい続けていった。
閃凛とはお互いに冗談や悪ふざけを言い合えるほど仲良くなった。彼女は相変わらず地球のことを聞きたがり、その度に面白がってキャッキャッと笑っていた。俺もこの世界のことを色々聞きたかったが、彼女の両親の言いつけとずっと一人で数百年生きてきた心情を鑑みると躊躇した。
三日目の日中に閃凛が声を上げた。
「町がみえてきたよ!」
「よしきた!閃凛、飛んで町に入るのはまずい!ある程度近くまでいったらそこからは歩いて行くぞ!」
「了解ー!」
平原に降り立った。
俺からは町は見えないが、閃凛が言うにはこの先らしい。
「あれだ!見えてきたよ!」
閃凛の頭から角が生え始めてくる。
「閃凛、角、角」
「あ!えへへ…」
「それで、どこだ?」
俺は閃凛が指差す場所を見ても見当がつかなかった。
「ほらほらあそこ!あの建物!蔦が絡まってるけど、家の形してるでしょ!」
「え…た、たしかに…」
俺は嫌な予感がした。そしてそれは現実のものとなった。
「廃墟じゃねえか!!」
町の外観がはっきりみてとれる場所に来て、それが既に風化して久しい廃墟だとわかった。
「うそ!?廃墟!?」
「閃凛、キミがこの町を見たのはいつ…?」
「えーと…四百年前くらい。私があの家に行く途中で見たから」
「既に滅んでるよ!?」
「がーん…がーん」
ショックを隠せない閃凛。しかし四百年前なら全然不思議じゃない。俺もどうして気づかなかったんだ。
「閃凛、滅んでるのは別におかしいことじゃないよ。四百年前ならむしろ滅びるほうが自然さ」
「そ、そうなの?」
「人間だからな~人間の歴史は栄枯盛衰なのさ」
「でも、どうしよう…他の町っていったってわからないし…」
「閃凛の故郷は?」
「ワタシ、今の家に行く途中まで両親に目隠しされて連れられたから、故郷の方角がわからないんだ…」
「そ、そうなんだ…」
一体両親はこの子に何をしたかったんだ?意図がわからない。
「うーん…そうか!このかろうじて見え隠れする石道の跡を辿っていけば、別の町に行けるかもしれないぞ!」
「おーーー!すごい航!行こう、ぜ!」
なんだその語尾の使い方、かわいいな、ちくしょう。
「来た方角とは反対方向がいいな。よし、向こうに続くこの道を辿ろう」
俺達は再び人里へ向けて飛んでいった。
しばらく飛んでいると、遠くに町の景観が見えてきた。
「航!!大きな壁が見えるよ!」
「ああ!あれは…城壁か!?閃凛、降りるぞ!」
町どころか、城に行き着いてしまった。石道は途中で影も形もなくなってしまっており、勘でこの先に続いているだろうと進んでいたが、まさか城に出るとは思ってもみなかった。
林に降り立った俺達はここから城壁に向かった。
「閃凛、角が生えてもいいように、フードをかぶっておくんだ」
「あ、そうだそうだ!」
既に艶のある漆色の角がぴょこんと生えだしていた。
城壁があるということは、地球で言うと中世辺りの文明なのか?だとしたら振る舞い方が皆目わからない。下手をするとこの格好だけで捕らえられて処刑ということも…。
ブルルと俺は武者震いした。大丈夫だ…閃凛の強さなら問題ないはず…。
「さて…言葉が通じればいいが」
「通じない時はワタシが通訳するから心配しないで!」
閃凛よ…なんていい子。
林を抜けると、石道にでた。
ガタガタガタガタガタ!!
突然後ろから大きな音がし、振り返ると猛スピードで馬車が走ってきた。
俺は咄嗟に石道の脇に身を寄せる。
騒々しい音を発しながら馬車は城壁に伸びる道を突き進んでいった。
「馬車とか初めてみたよ…やはり中世辺りの文明レベルなのか」
「危ないねー乱暴な人間もいるんだー」
少し歩くと眼前に高さが概算十メートルの城壁が現れた。
「思った以上にでかいな…ああちょっと不安になってきた…」
文化も常識も地球のそれとは違う慣れない世界で、更には生活水準が中世だとしたら誰でも不安になる。
俺は大きく深呼吸をして気持ちを落ち着ける。一転、閃凛は目を輝かせながらふんふんと城壁を眺めている。角が最大まで伸びなければいいが。
城門がみえてきた。門衛も四人いるな。
「城門に行く前に、閃凛、気持ちを落ち着けて角を戻すんだ。恐らくフードを取れと言われるかもしれないからな」
「お、おっけー。すーはーすーはー」
閃凛も深呼吸して気持ちをとり静める。そして俺達は平常心を取り繕いながら城門へとやってきた。
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