第6話:女神ルルック其の1
瀬界航を惑星オリヴァルの未開拓奥地へ飛ばした後、女神ルルックは綺羅びやかな調度品溢れる自室で書物を読み漁っていた。部屋には本が至る所に散乱している。
「どこでしたっけ、昔習った惑星危機管理概論の教科書。あれに確か地球人の危険性について書かれていたはずなんですが…」
コンコン
「ルルック様、入ります」
ドアがノックされ、ターコイズブルー色の髪をしたオールバックの魅惑的な女性が入室してきた。
「なんですか、この本の散らかりようは。ルルック様、どちらですか?」
ルルックは彼女に全く気づかず、高く積まれた本の陰で夢中で調べ物をしている。
気配に気づいた召使風の女性がルルックの肩を叩き声をかけた。
「ルルック様、どうされたのですか?」
「ぴゃっ!」
ルルックは驚いて飛び上がる。
「あーびっくりしました…パイパでしたか」
「珍しいですね。いつも本なんて読まないルルック様がこうして書物に囲まれているなんて。気でも触れたのですか?」
「触れてません!私だって本を読みます」
パイパの毒舌に、ルルックは頬をぷくぅと膨らます。
「それはそうと、メラギラズン様は無事に行かれましたか?あの方の魔力は大変強力なものですから、きっと我が国の特別戦力となってくれること請け合いです」
「え?えーと…そのあの…まだちょっと忙しくて…」
ルルックは手をもじもじさせて答えた。
「はぁまったく。本と戯れることも大事ですが、いつも申し上げている通り、物事には優先順位がございます。ルルック様がまずすべきことは貴重な戦力であるメラギラズン様の召喚ですので、ゆめゆめお忘れにはならないようお願い致します」
「わ、わかっています…ちょっと遅れてるだけですよ」
「そうですか。それではすぐにおやりください」
「はい…」
パイパからの真っ当な指摘にルルックはシュンとする。
「そうだ。パイパ、ちょっと聞きたいのですが、もし、もしもですよ?地球人がオリヴァルに来たらどうなると思いますか…?」
「変なことを聞きますね。なぜそんなことを知りたいのですか?」
「え、えーとその、昔習った危機管理学のことをふと思い出しちゃいまして…」
パイパははぁ~とため息をつき、答える。
「そんなくだらないことを思い出して、本を引っ張り出してきたのですね。私はてっきり管理学や統制学に目覚めたのかと内心狂喜乱舞しておりましたのに…はぁ」
「う…ちゃんと勉強はこれからします…」
ルルックのその反応に口を小さく曲げ微笑し、パイパは質問に答えた。
「これは神格大学の上級惑星危機管理学で学んだことですが、地球人が他の文明惑星に来ると、生体分子構造が著しい変化反応を示し、その世界の構成法則が通用しなくなるようです。ここまでは学のないルルック様でもおわかりになりますよね?」
「余計な一言はありましたが、わかります」
ルルックの顔がひきつる。
「構成法則は色々あるので省きますが、要は地球人の体がその世界のあらゆる物質よりも強固になり、想像を絶する力を得、厳しい環境下においても生き永らえることができるだろうということです」
ゴクリと唾を飲むルルック。
「た、例えば、地球人が落下死するってことは―」
「あるわけないでしょう?」
「ぴゃあ~…」
ピシャリと断言したパイパの言葉に思わず顔をひきつる。
「じゃ、じゃあ、魔獣とかに食べられるとか―」
「だから、有り得ません」
「ぴゃあ~…じゃ、じゃあ地球人はどうやったら死ぬのですか…?」
「可能性がある死因としては、餓死、渇死、病死、自殺、寿命と考えられています」
「あるんですね!」
ルルックの表情がパァッと明るくなり、嬉々とする。
「しかし、最近の召喚生命体適応学の論文によりますと、餓死や渇死による死は滅多に起こらないのではと言われています。そもそも餓死や渇死する前に何かを口にすると思いますから」
「…そ、そうですよね…では病死とかしかないと…」
「まあ実際に地球人がそんな死に方をしたという歴史はありませんので、あくまで学者たちの仮説です。ただ、別の死に方は一つ考えられます。他の星から召喚した方々にはいつも生体適応術を施していますよね?あれはなぜそうするか石ころの脳みそを持つルルック様はおわかりですか?」
「また余計な一言がありましたよ!?」
パイパはルルックの反応を都度楽しんでいた。
「あれは、その、ええと…オリヴァルの食事とか空気とかに生体分子構造を合わせるため…かな…?」
「50点といったところですね。当然オリヴァルと他の星は生体分子構造がまるで違います。その構造が違ったままでオリヴァルの生体分子を取り入れると、拒絶反応が起き、大抵の被召喚者は死んでしまうのです。だから私達は被召喚者がしっかりとオリヴァルの生活に順応できるよう術を施しているのです」
「あ!じゃあ地球人に生体適応術を施していないと―」
「はい。食物や水を摂取すると拒絶反応が起きると思います」
「やったー!!」
ルルックは両手を広げジャンプし、体全体で喜びを表現した。
「…さっきから仮説に関して落胆や歓喜を繰り返していますね。何かあったのですか?」
ギクゥッ!
「あ、ありませんよ!?ただちょっと興味の度合いが強くて、感情が大げさになってしまったんです!」
「そうですか。些末なことよりも管理、統制学に興味をもってください」
「だ、大丈夫です!これからどっぷりがっつりやっていきます!」
「そのお言葉をルルック様から直接拝聴することができ、この特別専属執務長パイパはこの上なく僥倖でございます」
パイパはルルックにメラギラズンを早く召喚するように再度進言し、部屋を後にした。
「そうですかー。地球人は拒絶反応で死にますね!そうでなくても餓死、渇死があると!
すっきりしました。今頃瀬界航は拒絶反応で悶絶死してオリヴァルの大地の肥料と化してますね。あーはっはっはっ!」
ルルックは気分爽快でメラギラズンを召喚する準備に取り掛かろうと机に向かった。
「それにしても、召喚生命体適応学で地球人の仮説が立てられていたなんて、どうして気づかなかったんでしょう。これを早くチェックしておけば余計な心配はしなくて済みましたのに!試しに召喚の知識を増やすため新しい論文でも読んでみますか」
乳白色で光沢のある材質の大きな板に『召喚生命体適応学論文』と指でなぞる。
「どれどれー…ありました。最新論文はこれですね。えーと…」
最新の論文にはこう書かれてあった。
『新説!地球人がオリヴァルの物質を摂取すると、力を更に増す可能性が高い!』
「ぴゃあああああああああ!!」
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