第4話:竜を殺す美少女

 地鳴りのような音と共に地面がガクガクと揺れた。


「な、なんだー!?地震か!?」

 大した震度ではなかったが、地鳴りのような音が気になった。


 崖下で草を食んでいた草食動物も大地の揺れに反応し何処かへ駆け出していった。



「グラアアアアアアアアアア!!!」



 やにわに全身が慄くような雄叫びが背後から上げられた。


「ひいいいい!」

 すぐに後ろを振り返ると、遠くの空に何か巨大な生物が浮いているのを目にした。


 双眼鏡でその正体を実見する。


「ど、ドドドラゴン!!!???」


 はっきりとは視認できないが体色は赤く、巨躯を支える至大な翼が生えている。誰が見てもドラゴンと口をそろえるだろう。


 双眼鏡は10倍。100メートル先のものを10メートルの距離から見える倍率からいって、恐らくここから実際の距離は約600メートルくらいか。


「ち、近いぞ…!」

 俺は岩の陰に身を潜め、双眼鏡を片手に顔を出してドラゴンの様子を伺う。


 逃げなきゃと思ってはいるのだが、ドラゴンの猛々しさと威風に萎縮したのか目が離せないでいた。

 まもなくドラゴンの口が開き、光り始めた。



ガボオオオオオオオオオオオオ!!!



 地上に向けて口から火炎が放射された。火炎はドラゴンの口から地上まで途切れずに放ち続けている。


 双眼鏡を下に向けると、樹々が燃えだし煙が一面から上がり始めた。


「地獄絵図だ…」

 俺は開いた口が塞がらず、ただ呆然とその様子を遠望する。そして双眼鏡をドラゴンに向けようとした時、空に人のようなシルエットが浮かんでいるのを確認した。大気が煙で充満し、視界は悪いが、明らかに人のようだ。


「なんだあれは??ドラゴンと空中で対峙しているみたいだ…」


 刹那、今度は人らしき存在が光り出し、まばゆい閃光がドラゴンに向かって走った。


「うお!!」

 余りの出来事に俺は一瞬のけぞった。


 すぐにドラゴンのいるところを双眼鏡で追うと、翼が失くなったドラゴンが落下していた。



ズゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!



 先刻よりも大地が強い揺れに襲われた。ドラゴンが落ちた衝撃とみて間違いない。


 俺は今度は人らしきところに双眼鏡を戻した。


「まだいる!あれは…間違いなく人だよな…?」


 いや違う、人は空を飛ばないし飛べない。いや、ここは地球じゃないからその常識は非常識か。そもそも人だったとして、あれは明らかにあのドラゴンを倒した奴だろ…?やばい奴かもしれない…。


「でも…ドラゴンを倒すってことは、いい人間かもしれない…よし、あそこまで行ってみるか…!きっと話がわかるはずだ」


 そんな保証はなかったが、一人よりはマシだという考えが強かったため、俺は清水の舞台ならぬ、異世界の崖から飛び降りるつもりでドラゴンの落下地点まで駆け出していった。


 人の姿は空中には既になかったが、多分まだいるだろう。

 あれだけでかい地響きだったから、猛獣がいたとしてもどこかへ逃げている。


 樹々が燃えているのは双眼鏡で確認できたが、どうやら進行方向の樹は無事のようで、煙も追い風で反対側に吹いている。


「山火事で怖いのは煙にやられることだから、ツイてるな。とはいえいつ風向きが変わるかもわからないから注意していこう」


 森の藪をかきわけていくと、開けた平地にでた。


 戦っていたのは平地だったのか。俺の視線から少し離れた先の樹々が燃え、何本も倒れていた。


「あの火炎放射でこれだけの被害がでるのかよ…」

 俺はゴクリと唾を飲み込んだ。


 視線をふと横に向ける。


「うおっ!!」


 想像を絶する程の巨躯のドラゴンがうつ伏せ状態で倒れていたのだ。

 周囲には地面を呈していた土や岩がばらばらになって散在している。


「もう生きてはいないよな…?」

 地球では空想上の生物で大人や子供から人気のあるドラゴンが、まさかこうして俺の目の前に死んではいるが存在しているのは妙な心持ちだった。


 ラメが施されたかのようにキラキラと輝く紅色の体にはA4サイズほどの亀の甲羅のような鱗がぎっしりと生えており、その姿は神々しい。


「よくRPGの世界では竜の鱗は貴重なアイテムとして採用されているけど、わかる気がする」

 頭部からは4本の極大な角が突き出している。近くに寄って見ると、象牙のような質感にも似ているが、もっと滑らかな感じだ。そして色が薄い銀色で落ち着いた輝きを漂わせている。高く売れるに違いない。


 俺はその巨体がどれだけでかいか確かめるため、ドラゴンの周りを歩いた。


「推定体長は…30メートル…!?」

 腕を広げた長さが俺の場合だと大体1.7メートルだから、目算で大体それくらいはある。体高は倒れていて不明だが、相当高そうだ。


 ちぎれた翼が遠くに落ちていた。


「そうだ!人を探さないと!」

 ドラゴンに夢中で本来の目的を忘れていた。

 俺はきょろきょろと辺りを見回した。


「ЙBЩOO!?」


「ぬわ!」


「ЫHTЖДДЗUURЭЯ…!」

 背後から聞いたことのない言葉が突然発せられ、俺はびくっとなって振り返った。


「ЁOOOP%#ВЦЮΘΣ!」

 人だった。いや少し違っていた。


 側頭部から上に湾曲して伸びた角とやや前方上部に伸びた羊のような角、両側頭部合わせて四本の漆黒の角が猛々しく、それでいて綺羅びやかに生えていた。


 そして女性だった。年齢は10代半ばだろうか。長く潤い溢れる煌めく銀髪にきりりとした眉に大きな目、瞳はオーシャンブルーで鼻は欧米人と日本人のハーフのように均整がとれ、まごうことなき美少女だ。

 意思疎通は叶わないだろうが、敵意がないことは示さないとな。


「あ、あの、こんにちは、俺実はこの世界で迷っちゃってて、その、ええととりあえず、貴方に敵意はないので安心してください」


「OЮΘ――…」

 見た目は魔族や竜族のような少女が俺の精一杯のアピールに上目遣いできょとんとしている。


 俺は両手を上げて降参のポーズをとり、必死で悪意がないことをジェスジャーで示す。

「ええとあの…何もしません!ただ迷ってしまって誰かに助けてほしくて…あの―」


「こう…ЖPUα…かな…あーあー…うんこれでよしっと」


「ふぁ?」

 少女の口から聞き慣れた言語が吐かれた


「これでよし…って?」


「キミ、変わった言葉を話すんだね。耳にしたことなかったから理解に時間かかっちゃった」

 完全に日本語だ。


「おおお!言葉がわかる!わかるぞー!」


「あははは、言葉がわかるのがそんなに嬉しいの?あははは」


「はい!嬉しいですよ!だって地球じゃないのに!」


「地球?」


「あっそうか!異世界に来たから俺の耳が勝手に異世界の言葉を日本語に変換してるのか」


「んーそれは違うかな。ワタシがキミの言語に合わせてるだけだよ」


「へ?え、じゃあ貴方の今話してる言葉は日本語…ですか?」


「この言葉は日本語っていうんだ。うんそうだよ」


「どど、どうやって習得したんですか…?」

 出会ってすぐの理解できない言葉を瞬時にマスターするとかどんなトリックだ。


「ワタシは竜の血をひいてるからね。竜は相手の言語に合わせられる力があるの」


「す…すごい…」

 流石は異世界である。そんな能力は地球では聞いたことが無い。


「それにしても、こんな辺鄙な場所でまさか人間と会うなんてもうびっくりしたよ!数百年ぶりじゃないかな!?こうして知能ある人型の生物と会うなんて!」


 何か今、すごいことを聞いた気がする。数百年ぶりとかなんとか…。


「す…数百年ぶりですか…?」


「そーそー!いやーキミの姿を見た時、興奮しちゃったもんねー!」

 どうやらこの美少女には俺に対する敵対心はないようで安心した。

 色々と聞きたいことはあるが、それは後にしたほうがいいだろう。


「それでー?キミ、名前は何ていうの?」


「あ、瀬界です。瀬界航せかいわたる。貴方は?」


「ワタシは閃凛せりん。ここで会ったのも何かの縁。よろしくね!」


「あ、どうぞよろしくお願いします。私も貴方とこうして会えたことにすごく感激しています」


「うーんうーん…航って呼べばいいのかな?日本語でいう敬語は無しで普通に話してくれてオッケー!あと、ワタシのことは閃凛でいいからね」


「そ、そっか…じゃあ、遠慮なくそうさせてもらうかな。閃凛」


 天真爛漫とはこういう子のことを指すのだろう。嘘か誠かはさておき、数百年ぶりに人と会ったというのに物怖じせずにこうして振る舞えるということは、一種の才能である。


 ただ、着ている服が少々露出が目立つので、天真爛漫さに合わせて可愛く動く閃凛をじっと見るのはどうにも気まずい。


 シルクのような艶のあるカラス色のオーバーフリルスリーブっぽいローブを身に纏っているが、ずっと使い古してきたのか、所々がひどくほつれており、下の着衣はないため艶めかしい肢体が垣間見える。


 ギャップが非常に悩ましい。

 俺は時折視線をそらす。


「んーなんか視線時々そらすよね?」


「え!いや、そのなんだろ、その服が…目のやり場に困るというか…」


「服?」



 沈黙。閃凛が自分の服をみて硬直。顔が赤くなっていく。



「ちょーーちょっちょっちょっとまって!ダメダメ!こっち見ないでー!そうだったそうだった、異性の前ではちゃんとした格好をしなさいってお母さん言ってたっけー!」


「見ない見ない、大丈夫!」

 すごく狼狽している。数百年ぶりでも異性に対する恥じらいが残っていて安心したと同時に、ちょっと惜しい気もした。


「はーはー…これでよしっと…いいよこっち見て。どうかな?」


「あ、いいね。それなら問題ないかな」

 ほつれた箇所を器用に結び、露出を減らした。


 風向きが変わり始め、煙が今いるところまで吹き始めてきた。


「ワタシの家に行こっか。煙で落ち着いて話できないしさ」


「そうだね。俺も色々とこの世界のこと知りたいし、お邪魔するよ」

 俺が返事すると閃凛はニコッとして、樹の影から大きな包袋を抱えた。


「ついてきて」

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