第6話 吉田
あの過酷を極めた儀式から数日、私は近所のスーパーに来ていた。
あーそれにしても、まだ返してもらった私の槍さんがムズムズしている、これは中身が取られた人間にしか分からないだろう。というかまず、中身だけとられるという現象が不可解なのだ。
男性諸君なら分かってもらえるだろう、もともと中身と皮は一心同体というか、こう追いかけっこをしている状態なのだ。普通はディスエンゲイジすることなどありえないものをディスエンゲイジされる。そしてまたくっつける。すると、何が起こるのだろうか?
そう、皮の中でエラーが生じてしまうのだ。
これだけ愚息が身体に馴染まなかったことも、重力がこれほど恐怖に変わることも今までにはない経験だ。この歳になっても、まだまだ学ぶことがあるのだなぁ。
そんなことを考えながら、買い物を続ける。
そうそう、この買い物で最も気をつけなければいけないのはレジだ。あそこは店員さんとのコミュニケーションを取らざるを得ない場所だ。もし、女性店員が働いているレジにならんでしまえば、執行は免れないだろう。
だがしかし、この店には唯一の男子レジ打ち、吉田くんがいる!私がスーパーに来る時はいつも吉田くんのところに行くので、もはや顔なじみで、今では普通に雑談を交わしたりする。彼は本当に、命の恩人だ。彼がいなければ、私は何度も廃人になっていたのだろう。
そうやって、人の縁に思いを馳せつつ買い物を終え、私は吉田くんのレジに並ぶ。するすると会計を終えた人が出ていき、私の順番がやってくる。後ろに人はいないし、ちょっと世間話でもしてしまおう。すると、吉田くんが品物のバーコードを読み取りながら、声を出す。ん?なんかいつもより、少し高いような?まぁいいか、なんかいいことでもあったのだろう。吉田くんの仕事はいつ見ても丁寧で気持ちがいい。さて、お釣りももらったし、ちょっと喋ろうじゃないか。
「いやー吉田くん。今日も精がでるね!レジ打ちも洗練されてたよ!」
「え、、、?あ、はい?」
ん?なんだ?反応がおかしいぞ?吉田くんはもっと元気の良い若者だったはずだ。もしかして、さっきのレジ対応は空元気だったのだろうか?だとしたらおじいちゃん心配。まぁ、若者だし、色々あるのだろう。ここは何も聞かずに、立ち去ろう。
そうして、バッグに買ったものを詰め込んでいると、急に声をかけられた。
「久しぶりじゃんか!じいさん!元気してた?」
なんとさっきレジを打っていたはずの吉田くんではないか。
「おーもちろんもちろん、ちょっと噛み合ってない部分もあるけど、絶好調だよ。あれ?ていうかさっき、レジ打ちしてたよね?抜けたということはなんかあったんじゃないの?」
「レジ打ち?あー!うちの姉ちゃんのことか!2つ違いなんだけど、めっちゃ似てるんだよね!ちょっと前に俺がこのバイトやってるって言ったら私もやるって言い出してさ。それで姉弟一緒にバイトしてんの、ちょっと面白いよね!あ、そろそろもどらなきゃ、じゃーねー!」
笑顔でそう語り去る吉田くんを見て、否、正確には焦点などあってはいなかった、とにかく私は絶望していた。
姉ちゃん、その言葉が頭の中でリフレインする。つまり、私はあれだ。女性のレジを通ってしまったのだ。となると、私は罰を受けなければならない。どれだけ取り繕ったとて、彼女にはバレる。もう覚悟を決めるしかないのだ。畜生、吉田め。なぜ、今日に限ってレジを打たない。そして、吉田姉め。こんなことになるならもうちょい愛想よくしてもよかったじゃないか、どうせデスペナをくらうならもう少し異性との会話を楽しみたかった。
まぁ、あの若人たちを責めてもしかたない。
これから考えるべきは来たるべき審判をいかに有利に動かすか。自動ドアの先に見える下界は炎天下でもないのに、揺らいでいた。
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