第28話 最後の訪問者

 そして陽子とポールは各テーブルを回る。

「先輩、照明の仕事はどうするんですか」

 早速、桃子は一番気になる事を聞いた。

「まあどうせ桃子は、私が結婚退職すればいいと思っているんでしょう」

「いえ、いつまでも陽子さんは、私の先輩であり続けて下さい」

 と云って桃子は、微笑んだ。

「今回の船旅で、よいしょも上手くなったねえ」

「いえ、真実です」

「さて、どうしようかなあ」

 お菓子をねだる幼子のように、陽子は、ポールに顔を傾けて尋ねた。

「陽子の好きなように、するがいいさ」

 ずっと陽子の腰に手を回しているポールは、笑顔で答えた。

「ひとまず、陸地での生活訓練しないとね」

「ああいいなあ。私も誰かいい人、紹介して下さい」

「紹介されなくとも、ここにいますよ」

 いつの間にか、ケントスが桃子のテーブルに来ていた。

「あんたは懲りない人ねえ。桃子は、全然その気がないから」

 エリカがきつく云った。


 ダンスタイム。

 ジェームス船長は、桃子を指名してダンスした。

「私、踊れないんです」

「適当に合わせればいいの」

 尻込みする桃子の背中を、エリカは押した。

「桃子さん、例の件、確かに承りました。然るべき所へ手配済みです」

「えっ、じゃあやっぱり、そうだったんですね」

「はい。実は、桃子さんから、連絡受ける前から、私も陽子さんもわかっておりました。確固たる証拠を作るために、我々は協力する事にしました。今まで黙っていてすみません」

「いえ、とんでもないです」

「でも秘密は、下船まで守り通して下さい」

「ええ、それはわかってます」

「ところで、どうでしたか、今回の船旅は」

 踊りが始まり、すぐにジェームスと桃子の会話が始まっていた。

「ああ、驚きの連続でした」

「それはよかった。人生に驚きがあるのは良い事です」

「あのう一つ聞いていいですか」

 じっと桃子は、ジェームス船長の顔を見上げながら質問した。

「どうぞ」

「船の神様、ガエス様は、今回の航海では、結局私には見えませんでした」

「焦る事はないです。初めての航海で見える人は、そういませんよ」

「どんな神様ですか」

「さあ、どんなでしょうか」

 ジェームス船長は、意味ありげにつぶやいた。


 早朝、(平安)は、神戸港に接岸された。

「只今、神戸港署の方が、(平安)の中に入ります。降りるのは、しばらくお待ち下さい」

 繰り返し、船内放送された。

 昨夜、スタッフ、乗船客のスマホにもメール配信された。

「一体何があったのかなあ」

「警察が乗り込むなんて、久し振り。わくわくする」

 エリカは我先に、甲板に行こうとした。

「桃子もおいでよ」

「行っていいの」

「早い者勝ちよ」

 すでに甲板は、人だかりが出来ていた。

 署員は、ジェームス船長に書類を見せて、客室に向かう。

 数分後、両脇を署員に抱えられた男が出て来た。

「田所さん、一体どうしたんですか」

 エリカが叫んだ。

「やあ、いい船旅だった。皆、有難う」

「田所さん、マジックは人を楽しませるものですよ。決して人を騙すための小道具ではありませんから。くれぐれもマジシャンの誇りにかけて、それだけは云っときます」

 菊池が声をかけた。

「人生の再生を祈ってます」

「菊池君、有難う。もう人を騙すのはやめるよ」

「いいえ、お礼を云うのは、桃子さんですよ」

「私、菊池さんのマジック披露で、マジックも詐欺師も同じ手口を使うって言葉にピンと来たんです。

 すみません。私がジェームス船長に報告しました」

「お見事でした、桃子さん」

 手錠を

 された手で、拍手する田所だった。

「おい、喋るな」

 署員は、田所に一喝した。

 田所と、パーティーのロッカールームにいた女が連行された。

「とうとう捕まりましたね」

 後ろから菊池が声をかけた。

「えっ、菊池さんもわかっていたんですか」

 桃子は驚いた。

「ええ、これでもマジシャンですので」

 にっこりとほほ笑んで、菊池は、答えた。


 乗船客は、早速スマホを使い早速ツイッター、ブログで検索を開始していた。

 すぐに出て来た。

(詐欺行為で、田所逮捕)

(クルーズ客船「平安」で田所が詐欺行為)

 菊池は、スタッフルームで改めて桃子らに語った。

「前にも云いましたよね。彼は、初歩のマジシャンの手口を使いました」

「どう云う事ですか」

 エリカはまだ気づいていなかった。

「まだわからないんですか。彼は、乗船客が僕のマジックに夢中になっている時に、乗船客が預けた荷物から、クレジットカード抜き出して、カード番号盗み取っていたんです」

「クレジットカード盗まれたら、すぐに気が付くよ」

「彼が盗んだのは、カード番号だけです。番号盗んだら、すぐにカードを元に戻していたんです」

「そんな事出来るんですか」

「出来ます。カードを元に戻すなんて、手間がかかります。だから彼は、打ち合わせの時に私に云ったんです。出来るだけ、時間のかかるものにしてくれと。これっておかしいですよね。

 普通、マジックの内容を聞くはずでしょう。主宰者だったらね。それで僕は、ピーンと来たんですよ、怪しいなあと」

 桃子は思い出していた。

 ロッカールーム前での菊池と女とのやり取りを。

「さすがはマジシャン。勘が鋭いなあ」

「いやあ僕より他に、彼の詐欺マジックを見抜いてた人がいたなんて。桃子さん、改めてお見事でした」

 菊池は、桃子に拍手を送った。




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