第27話 サプライズ報告

 噂をしていると、雅子は、森川を伴ってやって来た。

「お互い同伴ですか」

「多い方が楽しいでしょう」

「昨夜は、ご苦労様。いやあ久し振りに楽しい夜だったなあ。あなたのコンサート見てると、生きる希望が湧いて来る」

 森川は上機嫌だった。

 雅子は、黙ってコーヒーを飲んでいた。

「で、話しって何なの」

 少し苛立つ声だった。

「込み入った夫婦の会話の始まりみたいだね。我々は、席を外した方がいいかも」

「はい。そうですね」

 桃子と森川が、席を立とうとした。

「森川さんは、いて下さい」

「桃子さんも座って下さい」

 両者、それぞれお供を座らせた。

「どうだろうねえ、もう一度やり直さないか」

「その前に、あなた大事な、いや重大な事をお忘れやございませんか」

 雅子の濁った眼が、小林を追い詰める。

「一体何の話だ」

「とぼける気ですか」

「だから何だと聞いているんだ」

「まだわからないんですか」

「わからないから、聞いているんだ」

「サンライズの伝説のボーカルってどうして、私に云わなかったんですか。ずっと私に隠していたのは、どうしてですか」

「きみが聞かないから、云わなかっただけだ。別に隠してたわけじゃない」

「私に云わなかったのは、隠してたのと同じです」

「いいや、同じじゃない」

「同じ」

「同じじゃない」

「あのう、ちょっといいですか」

 ヒートアップした二人のバトルに水を差す感じで、桃子は割って入った。

「どうぞ」

 小林も雅子も同じ言葉を口にした。

「雅子さんは、ずっと一緒に生活してて、全然気づかなかったんですか」

「私は、この人より、十歳も若いんです。世代が違います。それに結婚した時は、もちろんグループサウンズブームなんかとっくの昔に去っていましたから。わかるわけないでしょう」

「部屋に、昔のレコードとか、写真とか」

「あれば気づくわよ。そこまで鈍感じゃありません。私の事、馬鹿にしてんの」

 夫婦喧嘩の火種が、桃子を襲う。

「とんでもない」

 慌てて桃子は、否定した。

「あなたは、昔から肝心な事は、全て私に隠してた。そうでしょう」

「全然会話が、かみ合わない」

 呆れたように、小林は云った。

 最後に雅子は云う。

「最高の離婚旅行を有難う」

「どうも」

「神戸港に下船したら、すぐに離婚届け出しておいてね」

 一瞬、小林は言葉を失った。

「奥様、そんなに結論を急ぐ必要はないと思います」

 桃子は、遠慮がちに云った。

「一刻も早く、この男の支配下から逃げ出したいのよ」

「そのあと、どうするんですか」

 桃子は、小林の気持ちを代弁するかのように、尋ねた。

「私、森川さんと結婚します」

 ぎょっとなって森川は、雅子を見た。

「いや、私にはすでに妻はいますから」

 森川は、困惑の表情を浮かべた。


「結局、夫婦の事は夫婦にしかわからないのよ」

 桃子の報告を受けて、エリカは答えた。

 ジェームス船長主催の、スタッフお別れパーティーが、開かれた。

「始まる前に、皆さんに報告があります」

 ジェームスが、壇上にポールと陽子を招いた。

「陽子さん、あなたから話して下さい」

「実は、長年ずっと平安で仕事して来ましたが、今度下船します」

 ざわめきが、広がる。

「先輩、本当なんですか!」

 思わず桃子は、口走った。

 陽子は、口元に少し、笑みを作りゆっくりと顔を縦に振った。

「平安やめて、他のクルーズ客船に行っちゃうって事なの」

 すぐにエリカは聞く。

「うううん、そうじゃないの・・・」

 ここで陽子は、言葉を区切った。

 そして、ひと呼吸置いて、

「私、ポールと結婚します。相手はポールです」

 と云った瞬間、ステージ上から、花吹雪が舞い降りた。

 フィリピン人スタッフが用意したもので、桃子らは知らされていなかった。

 後でわかったが、陽子から固く口留めされていたらしい。

 桃子とエリカは、花束を二人に渡した。

「先輩、何で黙っていたんですか」

「ごめんね」

「私らを除く、スタッフのサプライズだったんですね」

 エリカが付け加えた。

「ええ、まあ」

 陽子が照れたのを、初めて桃子は見た。

「船の中で、会わせて下さいと呪文を唱えていましたよね」

「エリカ、聞いていたの」

「はい、友達が聞きました。あれは、昔の恋人にじゃなくて」

「未来の旦那様に会わせて下さいと云ってたんです」

 陽子は、休みの時は、外出もしなかったので、出会いもなかった。

 しかし、それでも異性との出会いを強く願望していた。

 毎日毎晩、(平安)、船の神様、ガエス様に祈りを捧げていた。

 ガエス様の存在を教えてくれたのは、ポールだった。

「実は、私も深夜、同じフレーズ聞いたんです」

 今度は、ポールが話して、なれそめを披露した。

 ポールはてっきり、陽子の具合が悪くなったと思って、鍵のかかる部屋だったが、マスターキーを回して部屋に飛び込んだそうだ。

「でも皆さん、マスターキーを使ったのは、これが最初で最後ですから」

「次回からは、マスターキーを使わなくても、鍵がかかってなかったんでしょう」

 桃子が混ぜ返した。

 爆笑の渦が、スタッフ連中を取り囲む。





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