第26話 ♬「星数の恋」♬

 桃子にとって、どの曲も初めて耳にするものだったが、どこか昔聞いた事のあるようなメロデイーラインだった。

 その証拠に、すぐに口笛や鼻歌でいけるものだった。

 今の小難しい、変調がなくて、正当な音の流れだった。

(これなら万人に愛される)

 昭和のヒット曲が、何故若い子から年寄りまで愛されるのか、少しだけわかった気がした。

「いいよねえ」

 スポットライトフォローしながら桃子は、いつしか口ずさんでいた。

「超やばい!今の曲よりずっといいじゃん。今度ユーチューブで見ようっと」

 エリカも同調した。

 いつまでも、こころの中でリフレインする曲調が、二人のこころの琴線を鳴らしたのだった。

「動」と「静」のサウンド。さらにそれらを上手くミックスしたサウンドも、サンライズは、数多く持ち合わせていた。

 いよいよ、佳境に入る。

「では、僕らの最大のヒット曲(星数の恋)聴いて下さい」

 後半は、極力お喋りを抑えて、観客のこころの底に今でも沈殿している曲を次々と演奏していった。

 その度に、観客のこころの底から、大きく波しぶきをあげて、「青春の日々」が顔を出し、やがて、岸に向かって力強く泳ぎ出していた。

 ♬

 星数の恋を したけれど

 今でも君が 好きなんだ

 信じて   もらえないけども

 今でも君を 想っている

 空が青く  太陽が赤く

 星がきらめく その時に

 僕は君に  プロポーズ

 アイ ラブ ユー

 アイ ラブ ユー

 星数の 恋

 星数の 恋


 桃子は感じた。

 ステージのサンライズのカツこと、小林は、指さして歌うその先に、雅子さんがいる事を。

 今回もとても二時間で終わるような雰囲気でなかった。

 すでにアンコール曲は、五十曲を越えて、日付も越えていた。

「皆、起きてるか」

 とマサが叫ぶと、

「無理しないで下さいよ。明日、神戸に着いたら、お釈迦になってたなんて駄目ですからね」

 小林のコメントが続く。

 笑いは、いつまでも続く。

「では、これが本当の最後の曲です。実はニューシングルとして、今回正式に発売される事になりました」

 会場がどよめく。

「これを出発に、遅ればせながらサンライズ復活コンサート全国縦断やります。皆さんも明日お家へ帰ったら、すぐにチケット買うようにして下さいね。

 近日、僕らの公式ブログ、ツイッター、インスタ、Facebook始めますから、(サンライズ)で検索してみて下さいね。では、聴いて下さい。(僕たちの熱情)です」

 ♫

 街角で出会った あの時

 君だけが輝いて みえた

 あれから幾日が 過ぎただろうか

 今でも 今でも

 ずっと ずっと

 きみの事が 好きです

 虹が見えた 希望のアーチだ

 一緒に歩んで 行こう

 これから先 ずっと ずっと

 約束するよ 誓うよ 永遠に


 かなり、情熱的な曲が始まる。

 客席の手拍子が鳴り響く。

 どこまでも、いつまでも手拍子を続けていた。

 こうして大盛況のうちに、お開きとなる。

 桃子は時刻を確認した。

「午前一時四五分」

 部屋に戻っても、中々寝つけられなかった。

 まだ頭の中は、強烈なサウンド、まぶしいムービングライトの光の洪水が幾多の束になって交差している。

 観客の中には、寝られずにそのまま、夜明けを迎えた人が多くいるに違いない。

 四十年もの歳月の空白を感じない、濃密な演者と観客の強い絆を見た。

 観客は、歌詞を配られていないのに、一緒に完璧に歌っていた。

 桃子は思った。

 翻って、果たして私達の世代で、あんなにもこころの底にしまえる歌があるのだろうかと。

 恐らく残念ながら、悔しいけれどない。

 今のヒット曲は、本当に一部の人にしか持っていない。

 それも、その年だけで、三年前のヒット曲は?と云われても誰も思い出せないし、云えないし、歌えない。歌も、一時の歌い捨て時代になっていた。

 歌の持つ、本来の力、人の魂を揺さぶるほどの音楽はなかった。

 これが、ファンだったら、たまらないだろう。

 一種の興奮状態だった。

 それにしても往年のスター、サンライズのボーカルが、あの小林さんだったとは。今でも信じられない。

 もう一つ信じられないのは、四六時中、毎日そばにいた妻の雅子さんまで気づかなかった事だ。

 これはどう云う事だろうか。

 身分を偽って、結婚したのだろうか。

 翌朝、小林は、プライベートティールームに桃子を呼んだ。

「お早うございます。昨夜はお疲れさまでした」

「本当にお疲れ様でした。いやあ若い時は、一晩寝たらすぐに体力が回復したもんだけど、やはり駄目だなあ」

「これから体力つけないと、全国縦断コンサートやるんでしょう」

「ああ、メンバーが生きているうちにね。いや、観客が生きているうちかなあ」

「サンライズメンバーも観客もまだまだ大丈夫です。でも本当によかったです」

「おじさんバンドの良さがわかるかなあ」

「こころに訴えるものがありました」

「おだてても、何も出ないよ」

 と云って小林は一人笑った。

「本当です。ところで、奥さんとは」

「コンサート終わった後は、会ってない。もうすぐここへやって来ると思うけどな。これ、今までの気持ち。取っといてくれ」

「いいんですか」

「ああ、エリカさんと二人分だ」

 小林は、祝儀二つを桃子に渡した。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る