第25話 サプライズゲストの正体

 雅子は、口をぽかんと開けて、白昼夢を見るような、魂が完全に抜けたような顔を見せた。

「一体どうなってるのよ、エリカ!」

 場内の奇声、悲鳴に負けじと桃子は声を張り上げた。

「それは、こっちの方が聞きたいくらいよ」

「本当に今ステージにいるのが、あの小林さんなの、まるで別人みたいじゃん」

 あの桃子らの部屋の前で、海岸に打ち上げられた干されたわかめのような、生気のない小さくうずくまる小林とは、同一人物とは全く考えられない。

 桃子もエリカの思考回路は、パニックを起こし、固まったままである。

「恰好いいよねえ」

 ステージに上がると、

「よっしゃー、それじゃあ最初は俺たちのデビュー曲、(サンダーストローク)から」

 エレキギターの音がさく裂する。

 もう場内で座って見ているのは、一人もいない。

 そりゃあそうだろう。

 自分たちの青春のスターが、四十年の歳月を通して突如として蘇ったのだから。

 テーブルクロスを振り回す人。

 自分の上着をブルンブルンと飛行機のプロペラのように旋回し、自分も回転する人。

 曲に合わせて、その場でジャンプして足首を痛めて、その場に倒れ込む人が続出。

 自分の熱きこころと、身体がついていってないのだ。

 観客の中には、感極まってもう何人かが泣き出していた。

 ♫

 サンダーストローク

 サンダーストローク

 俺の目を見ろ

 俺の指先見ろ

 何も云うな 何も答えるな

 お前が黙っていても 

 俺には全てお見通しだよ 

 笑うな!

 息するな!

 喋るな!

 サンダーストローク

 サンダーストローク

 全て、お前が俺に従うのさ

 全て、お前が俺に捧げるのさ


 興奮の嵐は、徐々に勢いを増していった。

 グループサウンズブームは、ほんの一瞬の一陣の風が吹いたかのように、短く、実質五年もなかった。

 綺羅星の如く、約二百組のバンドが誕生した。

 その中でもサンライズは、抜群の人気を誇っていた。

 まずヒット曲の多さ。

 他のグループサウンズが、ボーカルが一人だったが、サンライズは三人もいた。

 曲の雰囲気に合わせて、交代していた。

 メンバー全員、全ての楽器が演奏出来た。

 これが一番の強みとなった。

 メンバー全員がドラムが出来るなんて、日本の歌謡歴史になかった事である。

 これは当時ギネスブックに登録され、今でもこの記録は、誰も塗り替えていない。

 激しいロック調の曲を披露したかと思えば、次はバラード曲と、曲の雰囲気の幅の広さも日本一だった。

 マンネリを防ぐために、常に何かに挑戦していたグループだった。

 しかし、突然の解散宣言。

 そして今でも語り草になっている後楽園球場での二十日間連続公演。

 この記録も、今でも破られていない。

 他のグループサウンズが復活したり、他の分野で活躍するのをマスコミが報じていたが、サンライズは、ものの見事に忽然と姿を消し続けた。

 一部の週刊誌やネット上では、全員死亡説まで流れていたのだ。

 三曲連続で、演奏して歌い終わる。

「えー皆さん、この辺で一度お席にお座り下さい。もう皆さん若くないんだから無理しないで下さいよ。くれぐれも。ここらで救急車の要請はないですね」

「ここは、船の上だから、来ねえよ、出来ないよ」

 再び会場に失笑の世界が現れた。

「カツはやさしいよね。奥さんにも優しいの」

「その急に、所帯じみた話題振るのは、やめてくれるかなマサ」

 笑いが、こだまする。

 乗船客全員の笑顔が、今、このメインホールに集まっていた。

 これまで幾多のショーを開催して来たが、こんなにもの笑顔の洪水を見るのは初めてだった。

 桃子は、サンライズを全く知らない。

 しかし、この人気が凄かった事を、改めて認識させられた。

「で、どうなの。奥さんと上手くやってるの」

「また今夜はしつこく、絡むねえ」

「俺、昔から絡み酒だったもんね」

 二人のやり取りは続く。

「で、奥さんはどんな人なの」

「綺麗で、優しくて、率直で」

「嘘つけ!」

 マサが、小林の言葉を遮った。

「本当ですとも」

「じゃあ、見せてよ、ここに」

 雅子の顔に、不安の二文字が刻まれるのを、桃子は直観した。

「見せません」

「ケチ」

「ちょっと場内しらけたねえ、次の曲行こうよ」

 静まり返った客席を瞬時に察知した小林は、云った。

「はい、じゃあ聞いて下さい。(愛の言葉)」

 曲始まりで、マサのハーモニカ独奏があり、次に小林のチェロ独奏があり、そしてハーモニカ、チェロの二重伴奏が続く。

 今では珍しくなくなったが、当時は独創的で、音楽評論家の間でも評価が二つに分かれた曲でもあった。

 ♫

 僕が 君を愛してる

 君が 僕を愛してる

 二人は どこまでも愛してる

 永遠の 愛のかたち

 永遠の 愛の世界へ

 行こう 行こう 行こう

 手を取り合って

 行こう 行こう 行こう

 肩組みあって

 たどり着くのは 愛の家

 たどり着くのは 愛の世界


 場内では、何人かが口ずさんでいた。

 人は、サンライズの歌に合わせて、自分の過去と向き合い、垣間見える昔の情景、出来事を脳裏の中に映し出していた。

 思い入れの強い歌は、歳月が経過しても、決して色褪せず、じっと思い出の引き出しの中で崩れずにそのままの形で残っているものであった。



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