第24話 サプライズコンサート

 メインホールでの夕食は、いつもより三十分早く、六時より始まった。

 食事に一時間、コンサートは午後七時より九時までの二時間。

 しかし、いつもアンコールの応酬で、午後十時を過ぎる事も度々だった。

 昨年は、午後十一時を回った。

 お客様は、会場でのコンサートなら帰りの時間を気にしないといけないが、船内ならその心配はない。

 この夜ばかりは、お客様は正装だった。

 森川は、羽織袴だった。

 裏方照明の桃子も、エリカもドレス姿だった。

 いつもは、Tシャツに、薄汚れたジーンズ姿の上岡が、蝶ネクタイの正装がおかしかった。

「何がおかしい」

「おかしくありません」

 と云いながら桃子は、吹き出していた。

 エリカのアイシャドー、チーク、口紅の化粧が、いつもより濃い。

「ちょっと濃いんじゃないの」

 桃子が指摘した。

「もっと濃い人がいるよ」

 目で指摘した。

 視線の先には、陽子がいた。

 今夜の司会をまかされていた。

 しかし、陽子は、一般照明の調光卓とムービング操作卓までやるのだ。

(そんなの出来るの)

 不安になって桃子は聞いた。

「大丈夫。いつもやってるから」

 普段は滅多に人前で笑顔を見せない陽子が、今夜はにこやかにほほ笑んだ。

 乗船客は、早めに食事を済ませて、早くからステージに注目していた。

 BGMの音楽が止まる。

 陽子が立った。

 桃子がスポットライトフォローする。

 化粧が濃いと思ったが、こうしてステージに立ち、スポットライトを浴びると、全然違和感がない。

 むしろ、美しさが際立った。

 べたな云い方だが、舞台映えする顔立ちだった。

「皆さん今晩は。今夜は(平安)名物のサプライズゲストコンサートです。皆さん、お待ちかねですよね」

「待ってたよ!」

 と間髪入れず、森川の大向こうが入った。

 さすがは、歌舞伎役者である。間の取り方は、抜群にうまかった。

 この大向こうが切っ掛けで観客の笑いと拍手の渦が、あちこちで急速に発達した。

 ゲスト登場前から、メインホールは、一気に熱気が立ち昇った。

 その熱気は、若者主体のコンサートの一直線の単純なものではなくて、熟年世代が長年、こころの中に秘めて温めて来た芳醇な熟成のどこか、優しさを携えたまろやかな情熱の発露だった。

 隣りの席の雅子は、にっこりとほほ笑んだ。

「有難うございます。さて気になる今夜のゲストですが、その前にジェームス船長から一言ご挨拶がございます。船長どうぞこちらへ」

 上手からジェームス船長が出て来た。

 エリカが、手慣れた感じですかさず顔からスポットライトフォローする。

「皆さん、今晩は。今宵は待ちに待ったサプライズゲストコンサートの時間です。皆さん、待ってましたか?」

 観客に問いかけた。

「待ちくたびれたよ!」

 もう一度森川の野次がさく裂した。

 陽子が耳元で船長に英語で通訳した。

 船長は、森川の野次を理解して笑った。

「さてサプライズゲストを迎えるこころの準備は出来たでしょうか。では、ゆっくりと最後までご観覧下さい」

 船長は、森川の野次で観客の意識を鑑みて、簡単に挨拶を終えた。

「船長有難うございました。では皆さんお待たせしました。今回のサプライズゲストは、この方です。どうぞ」

 陽子は下手に引っ込む。

 すぐに後方の調光室目掛けて走る。

 曲調が変わる。

 陽子が調光室に戻るための時間稼ぎである。

 陽子が調光卓に座り、インカムで上岡に、

「OKよ」

 と叫ぶ。

 ステージ照明が落ち着いたものから、変化あるものに代わった。

 ムービングライトが、サーチを始め、ステージと客席に光をシャッフルし始めた。

 後方の黒幕が真ん中から割れて、ホリゾント後方から、ドラムが出て来た。

 上手、下手からエレキギターを抱えた人間が出て来た。

 一瞬にして、会場はコンサートホールに変身した。

「皆さんもうご存知ですよね、1960年代のグループサウンズを牽引した、サンライズの皆さんです!」

 陽子のテープ音が流れた。

 会場が、ざわめきから悲鳴、歓声に切り替わるのは早かった。

「皆さん、お久し振りです。僕もこうしてステージに上がるのは四十年ぶりです」

 リードギターのマサが云った。

「皆さん生きてましたか」

 会場から失笑が漏れる。

「たっぷりと生きてるよ」

 今度は、ポールが叫んだ。

「ですよね。でないとここに来れないもんね」

「今までどうして生活してたんだ」

「生活保護受けて来たのか」

 会場から次々と野次の応酬が始まる。

「はい、よくご存じで。飲まず食わずでした」

 それにひるまず、マサは野次をすぐに投げ返した。

 今度は、爆笑が会場を包む。

「皆さん、ちょっと笑いすぎですよ。我々はコミックバンドじゃないんだから」

 マサの言葉に、乗船客は、手を叩いて答えた。

 笑いが静まるのを待ってマサが語る。

「サンライズ、四十年ぶりの再結成です、平安サプライズゲストコンサートのために特別に再結成しました」

「一人、足りないわよ」

 間髪入れず、雅子が云う。

「お客様、鋭い。家でもそうして旦那さんを追及してるんですか」

 笑いがこぼれる。

「そうです。サンライズの肝心かなめのボーカルのカツがいません。しかし、皆さんご安心下さい。あちらにおられます」

 と云って後方を指さした。

 一斉に観客が振り返る。

 一部で悲鳴が早くも起こる。

 姿を確認するより、その言葉だけで反応したようだ。

 丁度桃子が後方でスポットライトフォローしている付近。

 ステージの上に吊られたムービングライトが、一斉に桃子らの辺りに光のシャワーを降り注いだ。

「うわああ、まぶしい!」

 思わず桃子は叫んだ。

 ふと横を見ると、小林が立っている。

 一瞬のうちに、黒の正装スーツを脱ぎ捨てた。

 中から、キラキラきらめく、ラメ入りスーツ姿が出て来た。

「うっそー、小林さんが!」

「さあ皆、昔に戻ろうぜ!座ってる場合じゃないぞ!立て!立て!立て!そんな年寄りくさく、座ってないで!皆立とうよ!」

 喋りながら、小林はどんどんステージに近づいた。








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