第23話 ゲストは、誰でしょう?

 音楽グループなら、必ず音合わせや、リハーサルをやるはずだ。

「明日のコンサートに備えて、仕込み替えやるからね」

 と陽子が云った。

 仕込み替えとは、ステージの上に吊ってある、照明器具を変えるのである。

「ムービングライト仕込むからね」

 ムービングライトとは、コンピューター制御で、色チェンジも複雑な動きも出来る。

 最近のコンサートでは、ほとんど使われている。

 照明の光のタッチつけるために、コンセプトマシンと云われる煙を出す機械を袖に置く。

 上岡も、ステージ前のスピーカーの増設をフィリピン人スタッフに手伝って貰いながらやっていた。

「音響さんも、仕込み替えですか」

「そうなんだよ。大物のサプライズゲストのためにね」

「明日は、誰が出るんですか」

「知らない」

「本当に?」

「本当に知りませんよ」

「本当に?」

「本当ですとも」

 くどいほど、桃子は聞き返すが、上岡も知らないと云い張った。

 自室でエリカと話した。

「エリカなら知ってるでしょう。誰なの」

「私も知らない」

「いつもどんな感じなの」

「恐らく知ってるのは、数名で私らのような、雑魚は直前まで知らないのよ」

「音合わせ、リハーサルはどこでやるの」

「人知れずどこかでやってる。場所も知らない」

 桃子は、エリカまでもが嘘をついていると、勘ぐった。

「船の中だから、そんなに広くないよね」

「それもお客様に見つからずにやるんだから、一苦労ねえ」

 日中の船の上で、乗船客は、様々な行動で時間を潰す。

 船が、沖縄、台湾、フィリピンと南下してる時は、船上のプールで泳ぐ人もいたが、北上するに従って、甲板を吹き抜ける風は、南国の暑い湿ったものから、湿度の低い爽やかな風へと衣替えしていた。

 今は誰も泳ぐ人はいない。

 サンデッキチェアに座って読書する人、何もせずぼおっと海を見つめる人、絵を描く人、カメラ片手に海と鳥の写真を撮る人、様々である。

 日本人は、せわしく名所旧跡を見て回るのが観光、休暇と思い込む人が多かった。

 ここに来て、ようやく日本人も欧米並みに何もしない時間を過ごす観光が、板について来た。

 昼間から乗船客の話題は、やはり今夜のサプライズゲストの事が話題で、フェイスブック、ツイッター、ブログでもその話題が大半を占める。

「平安」「サプライズゲスト」で検索すれば、関連サイト、動画は十万を越えた。

「今年は外国人アーチストだね」

「日本人と外国人とのアーチスト交互に出てるからな」

「スピーカーの増設から見れば、かなりのサウンドだから、ロックかなあ」

「私は、毎年これが楽しみで、(平安)に乗ってるようなもんです」

(スカイウエイブ)では、過去のサプライズゲストのコンサート風景のビデオが流されていた。

 と同時に次回の(平安)ツアーへの申し込みも始まっていた。

 終わりは、次の始まりへの序曲なのだ。

 また船内では、お茶、お花、書道、フラメンコ教室も開催されている。

 スポーツジムも開催されている。

 一番の人気は、英会話と身体を鍛える、同時に二つの事を習得出来る「Englishジム」だった。

 ジム内、日本語厳禁。若いフィリピン女性トレーナーは、男性に、男性トレーナーは、女性に教えていた。

 またミニビデオシアターも併設されている。

 クルーズ客船に乗ってまで、映画見る事ないだろうと思うが、これが意外にも好評である。

 東宝の加山雄三の「若大将シリーズ」、松竹の渥美清の「男はつらいよ」、西田敏行の「釣りバカ日誌」などが連日放映されていた。

 クルーズ教室もある。

 船の一般知識や、(平安)バックツアーも開催されていた。

 このバックツアーでは、普段入れない船長室や、機関室、乗組員の住居スペースなどが見学出来た。

 これらは、全て旅行代金に含まれているので、乗船客はこぞって、それぞれのツアーや教室に参加していた。

 どこまでも、貪欲なのだ。

 甲板に森川が出て来た。そばには、雅子がいた。

「もう落ち着きましたか」

 桃子は、にっこりと笑って声かけした。

「もう大丈夫よねえ」

 雅子は、森川の顔を見つめながらつぶやいた。

 右手はしっかりと、森川のズボンの腰回りを掴んでいた。

 また飛び込まないか、と老婆心の現れだった。

「下船した後は、どうするんですか」

「いやあ、まだそこまで考えていませんよ」

「ですよね」

(平安)に乗り込むときから、森川は、自殺、つまり人生の幕引きを自ら考えていたのだ。

 それが突如、次の場面が追加されたのだ。

 今は戸惑い以外、何も考えられないに違いない。

 我ながら愚問だと思った。

「桃子さんは、どうするんですか」

「また陸上に上がって、劇場勤めか、巡業です」

「どれが一番楽しいですか」

「(平安)楽しかったです。でもずっとは、ちょっとね」

「あなたは正直でよろしい」

「人間って贅沢な生き物ですね。ずっとそのままでは嫌。でもきっと劇場勤めが続くとまたクルーズ客船に乗りたいと思いますよ」

「イルカがいる」

 雅子と桃子が叫んだ。

(平安)を友達と思ったのか、イルカはしばらく並走したり、ジャンプしたりする。

「人間が捕獲出来ない、大きな海で生活してる」

「こっちのイルカは、捕獲されたけどな」

 自嘲気味に森川はつぶやいた。

「イルカの意味御存じだったんですか」

「ええ、あの時、初めて知りました」

「イルカは自由でいいなあ。この広い海原を自由に疾走出来て」

「それ以上に、人間は自由ですよ」

 雅子は、口を開いた。

「そうかなあ」

「そうですよ。だって職業も住む場所も、恋愛の相手も皆、各自が決めているんですもの」

「云われてみればそうだ」

「今夜は楽しみだわ」

「ああサプライズゲストコンサートねえ」

「桃子さんなら、裏方だから、もうゲストが誰だか知っているのよねえ」

「いえ、知りません」

「知っていても上司から、云うなときつく口止めされているんでしょう」

「いえ、本当に知りません」

 今度は、桃子が、知りませんと云う番だった。







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