第18話 フィリピン・エリカの実家訪問
フィリピンに到着。
台湾も暑かったが、フィリピンの暑さは質が違うとまず、桃子は感じた。
かと云って、日本のぬめっとした肌にまとわりつく湿った暑さとも若干異質だ。
言葉では、上手く表現出来ないが、しいて云えば、日本よりももっと開放感のあるものだった。
エリカは、短パンにタンクトップの完全夏モードだった。
桃子は、夏仕様の麻糸が入った西陣織のジーンズにタンクトップの上から薄手のクリーム色の上着を羽織っていた。
さらに日焼け対策に、日焼け止めクリームを塗りたくり、UVカットの日傘をさしていた。
「日本人は、どうして晴れているのに、傘をさすの」
「もちろん日焼け止めに決まってるじゃないの。逆に聞くけど、どうしてフィリピン人は、日傘をささないの」
街を行き交う人を見ながら聞いた。
「雨降ってないもん」
「傘イコール雨の感覚なんだ」
「普通そうでしょう。頭暑かったら、帽子を被ればいいじゃん。その方が手軽でしょう」
「私は、傘の方が手軽だと思う」
「傘を持つ手がだるい。大体日本人だけだよ、日傘さすなんて、ヨーロッパでもアメリカでもそんな人いないよ。て云うか、逆に太陽の光を浴びるのを喜んでる人が多いよ」
「帽子被ると、髪の毛の汗で、髪がぺちゃんこになるでしょう」
エリカとの帽子論争は、ひとまずお預かりにして、私達は、エリカの実家のあるマニラから車で三十分ほどのところにある、バナクランと云う小さな町を目指していた。
今、車を運転してるのは、エリカのお父さんだった。
お父さんは、確か日本人と聞いていたが、今見る顔は、完全にフィリピン人化していた。
(やはり、住んでいる環境で、人間の顔は変化するんだ)
と改めて思った。
桃子とは、初対面なのに、旧知の友に会ったかのように、抱き合い、熱烈歓迎だった。
お父さんは、何故か日本語を話さず、現地語を話す。
車中、いちいち会話を通訳していたエリカは、十分もすると、
「ああ疲れた!お父さんは黙って運転して」
と云ったらしい。
久し振りに娘に出会って、嬉しさを隠し切れないお父さんだったが、エリカに一喝されると、塩をかけられたナメクジの様に、小さくうなだれた。
それを見ていた桃子は、可哀そうにと相手にかける言葉が、咄嗟に口から出て来ない。
英語も現地語もだ。
エリカの家の前に到着した時の最初の桃子の言葉は、
「嘘!」
だった。
頭の中では、エリカに失礼だが、相当の貧民街を想定していた。
目の前にあるのは、白亜の三階建の瀟洒な洋館だった。
「凄い!大きい」
お父さんは、笑みを浮かべて何やら小さくつぶやく。
「ああ、これもエリカのおかげさ」
と云ってるように桃子は聞こえた。
中に入ると、三階吹き抜けの大天井から、シャンデリアが姿を現し、桃子らを迎えてくれた。
部屋の真ん中の白い螺旋階段は、まるで天国へ誘うかのようだった。
大天井では、グリーン色の四枚の羽根がゆっくりと静かに回っていた。
南国の家を象徴する一端だった。
中から、エリカの兄弟八人、メイド三人、親戚二十人が出迎えてくれた。
一々紹介してくれたが、桃子はとても覚えきれない。
「ねえ、凄いねえ。エリカが帰って来て、皆こんなに喜んでいるじゃない」
桃子は、皆の笑顔に驚いた。
「そりゃあそうでしょう。私は皆の金づるだからね。丁重に扱うのは、当たり前じゃないのさ」
六人は座れるソファに一人でふんぞり返るエリカだった。
「この家は、エリカ御殿と呼ばれているの。一年三百六十五日。休みなしで命削って私が稼いだお金で、建てたのよ」
「エリカは偉い!見直した」
桃子はバシンとエリカの背中を叩いた。
あまりにも大きな音がした。
周りの人が口々に叫んで、二人に駈け寄る。
エリカが何やら叫ぶ。
すると、一同は安堵の色を浮かべた。
「私達、喧嘩を始めたと勘違いしたみたい」
奥から中年の太った女性が走り込んで来て、きつくエリカを抱きしめた。
「ママ、苦しいって。また太ったでしょう」
「これでも痩せたほうなのよ」
ウインクした。
桃子は、昼ご飯をこんなに大勢で食べるのは初めてだった。
「もっと食べてよ」
肉、野菜をデザートをどっさりと桃子の目の前に置く。
「こんなに食べたら桃子、ママみたいに太るわよ」
エリカはすぐに英語に訳す。
改めて通訳は、忙しいと感じた。
「今日は、ゆっくりと泊まって行くのだろう」
「駄目。船は夕方出向するから、それまでに戻らないといけないから」
「じゃあ観光するのか」
「ここでゆっくりする。桃子も疲れているようだから」
あまりにも食べ過ぎて、ソファで座っていると、桃子はうとうとと眠り込んでいた。
肩を揺すられる。
目の前にエリカの母が笑っていた。
ママは、身振り手振りでこれをあとで、エリカに渡せと云って白い包み紙を渡した。
「だったら、自分で渡せばいいでしょう」
「あなたからお願い」
階段を下りて来るエリカの足音で、ママは離れた。
「桃子、よく寝てたわねえ」
「ぐっすりと。最高の休息になったわ」
「じゃあ行こうか。ママ、出かけるから」
また当分会えないのに、エリカは近所へ散歩に行くような軽いノリで云った。
一同が玄関に勢ぞろいする。
記念に桃子を中央に挟んで、集合写真を撮った。
「皆元気でね。またねえ」
お父さんが港まで再び送ってくれた。
船を見送りたいと云ったらしいが、エリカは拒否した。
「だって、余計しめっぽくなるでしょう」
強い口調のエリカだったが、それと正反対に、目の中に、光るものを桃子は見逃さなかった。
(涙・・・)
桃子まで熱いものがこみ上げて来た。
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