第17話 不審な動き
台湾観光から、戻って来た乗客。
今夜は、台湾から乗り込んで来た、中華料理の業者がメインホールに色々と趣向を凝らした屋台を出していた。
毎日、同じところで、同じような夕食では、乗船客も飽きが来るだろうと云う事で、新しい趣向を主催者側がプランを立てたのだ。
乗船客は、自分の好きな屋台へ行き、食べるのだ。
中華はもちろん、たこ焼き、お好み焼き、焼きそばと云ったB級グルメもあった。
この夜は、メインホールでのショーはなかった。
桃子らは、乗船客に交じって、屋台を見て回った。
食べ物の屋台、果物、何故か服の屋台まであるのだ。
フィリピン人らは、各屋台の応援部隊として、駆り出されていた。
皆、桃子の姿を見つけると、
「桃子、ちょっと寄って行ってよ」
といつもの笑顔で声をかけて来る。
「私、もうお腹いっぱいだから、無理」
と云いながらも、満更でもない様子だった。
ここで、百人ばかしの乗客が下船していた。
今回のクルーズでは、途中の台湾で降りるコースが用意されていた。
台湾で三日間観光して、飛行機で帰るのだ。
その分、旅行代金も五十万円ほど安い。
台湾の次の寄港地は、フィリピンである。
「いいわねえ、久し振りに家に帰るんでしょう」
桃子は、エリカに云った。
「どうしようかなあ」
何故か浮かない表情のエリカだった。
「あら、えらい暗い。エリカらしくない。いつも笑顔のエリカはどこ行ったの。久し振りに家族に会えるんでしょう。嬉しくないの」
「はっきり云って嬉しくない」
「どうして」
「会いたくないから」
「だから、どうしてって聞いているのよ」
「桃子、一緒について来てよ」
「私が行ってもしょうがないでしょう。それに言葉も通じないし」
「何でもいいからついて来てよ。言葉は私が通訳するから」
「でも、折角の家族水入らずの対面にお邪魔だと思うよ」
「全然。日本人は、大歓迎なの。それに桃子が私の家族に会いたいと云う事にすれば、私も帰りやすいの」
半場、強制的に桃子は、エリカの里帰りに同行する事になった。
フィリピンに着くまで、三回、田所のプライベートパーティに付き合う事になったが、その度に着ぐるみになるのだけは、苦痛だった。
しかし、一回十万円である。
田所に云われたミッションは、
(着ぐるみとして、お客様に対して普通に接する)だった。
タラップちゃんを前にして、ほとんどの乗船客は、頭を撫でるか、軽く触れるぐらいだった。
(着ぐるみに近づいて、匂いを嗅ぐ)人間はいなかった。
毎回、マジシャン菊池は、ネタを変えていた。
森川も、前回着ぐるみの桃子が倒れたので、演目を変更していた。
一人で踊るものに変えていた。
さらに、「楽屋ウラ話」と題して、毎回面白おかしく芸談を語るコーナーが追加された。
桃子は、ある時ふと気づいた。
演じている時、田所は後ろで見ずに、いつも姿を消していた。
(一体どこへ行ってるんだろう)
気になった。
芸談中、
「ちょっとお手洗いに」
桃子は、陽子に声をかけた。
陽子は、ステージに顔を向けたまま、無言でうなづいた。
トイレへ行こうとして、ロッカールームから声が聞こえて来た。
田所と見知らぬ女が、何やら深刻な話をしているようだ。
「今はやめておこう」
「意気地なし」
女は、怒気を含んだ声で、吐き捨てるように叫んだ。
「やあ、桃子さんどうしましたか」
慌てて、田所は作り笑いを顔に灯した。
「ちょっと、忘れ物をしまして」
「そうでしたか」
女は、ロッカールームから離れた。
(誰なの、あの人は)
パーティー会場では、紹介されなかった女だ。
田所の視線を感じた桃子は、カードを差し込んでロッカーを開けて鞄の中からメモ帳を取り出して、ポケットに忍ばせた。そのあと、トイレへ行った。
桃子が戻ると、
「桃子、ちょっと代わってよ」
スポットライトフォローしているエリカが云った。
「どうしたの」
「緊急事態発生!」
「はいはい、お手洗いね」
「サンキュー」
パーティーが終わり、後片付けも済んだ。
桃子は、田所が来るのを待った。
また十万円入りの(さばき)を貰うためだ。
田所は、来たが、
「お疲れ様です。また次回もよろしくね」
と型通りの挨拶をすると、くるっと背を向けて姿を消した。
(そうか、あれは、全ステージでの金額なのね)
自分の欲ボケさ加減に、一抹の恥ずかしさを感じた。
自室に戻り、エリカが
「さっき、トイレ行ったらびっくりしたよ」
「どうしたの」
「鍵がかかってなくて、ドア開けたらいたのよ」
「誰が?ガエス様が?」
自分では最高のジョークだと思い、少し茶目っ気を出して、桃子が口に出してみた。
「違うのよ。田所さんよ」
そのジョークに対して完全にスルーされた答えが返って来た。
「それがどうしたの。彼だってトイレ行くでしょう」
「そうじゃなくて、スマホで話し込んでいたの」
「何て云ってたの」
「まずいから、すぐ取り替えろって」
「料理の事かしらん」
「わかんない。彼は、私と目が合った途端、すぐに電話を切ったわ」
その顔は、今まで見た事もない険しいものだったそうだ。
「もちろん、次の瞬間、(失礼しました)と云って、私の方からドアを閉めたけど」
「田所さんって、本当は何者なのよ」
素朴な疑問を二人は、呈した。
結局、着ぐるみの匂いを嗅ぐ犯人を見つけられないまま、パーティーは終わりを告げた。
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