第14話 もう一つのパーティー

 乗船客も最初は、それぞれのテーブルで、提供されたショーを見るだけの云わば、受け身だけの生活だったが、一週間も過ぎると、乗船客同士のコミュニティ広場が広がる。

 それが発達して、やがて集い、パーティーへと発展して行く。

 スペシャルルームに泊まる最高級の客は、プライベートパーティーに乗船で知り合った客を招待する。

 その余興に駆り出される事もある。

「今夜、船内営業一件入る事になったの」

 定番のショーのあと、陽子が云った。

「どこですか」

「田所さんのスペシャルルームです」

 クルーズ客船で旅行するだけでも、桃子からすれば金持ちのステータスなのに、さらにその中で、一番最高の部屋に泊まる客がいる。

「平安」の中でも、この最高の部屋は三室しかない。

 一体どんな部屋なのか、興味深々で桃子は訪ねた。

 部屋のドアを開ける。

(なにこれ!)

 広さは、二十畳、いやもっとある。

 しかも部屋の中に上、下に行ける螺旋階段がある。

 上は展望ルームになっており、三百六十度海が見渡せる。

 下は、ワインバーがある。

 トイレとバスルームは、独立式で二つずつある。

 寝室はスペシャルキングサイズベッドがある。

 その幅は、大人五人分ほどの大きさだった。

 キッチンもある。

 部屋は三つもある。

 その内の一番広い部屋が今夜のパーティー会場だった。

「凄い!やばい」

 を連呼しながら、桃子は早速スマホで連写し始めた。

「ようこそ、お越し下さいました」

 その声が桃子の耳に入らなかったのか、まだ連写を続ける。

 陽子は、わき腹をつねる。

「痛いっ!あ、田所さん、どうも」

「お待ちしてました」

 にっこりと田所は、微笑んだ。

「お荷物は、こちらにどうぞ」

 田所は、案内する。

 ずらっと五十はある、小物入れの戸棚がある。

「こちらに貴重品入れて、ロックして下さい。これがカードです」

 一枚のカードが手渡された。

「決してなくさないで下さい」

「はい、わかりました」

「今夜は、桃子さんは、重要な任務の着ぐるみです」

 田所は、桃子の顔を見つめて云った。

 部屋でスタッフ会議が始まる。

 照明の桃子、陽子、エリカ、音響の上岡が出席していた。

「で、私は着ぐるみの中で何をすればいいんですか」

「何もしなくていいです。いつも通り接して下さい。怪しい人物かどうかは、私が判断します」

「あのうそれだったら、メインホールでやった方が、大勢集まって効率よいと思うんですけど」

 恐る恐る、桃子は田所に質問を投げかけた。

「それは違います」

 と云って田所は、微笑み、ひと呼吸した。

「人間の心理として、あまりにも大勢の視線が集まる場所では、人は本性が出にくいです。だから、私は、こうした小さなパーティーを開催したのです」

「素朴な質問ですけど、今回空振りだったらどうするんですか」

「またやりましょう。航海最終日までね」

(やれやれ、犯人逮捕まで、着ぐるみ営業続くのかい)

 暗澹たる気分が、桃子の背中からどす黒く覆い始めた。

 思わず、ぶるっと身震いした。

 やがて招待客が集まって来た。

 桃子は、タラップちゃんの着ぐるみで精いっぱいの身振り手振りで応対していた。

 その横には、田所と陽子が立っていた。

「ようこそ、いらっしゃいました」次から次へと押し寄せる招待客に対して、田所はずっと笑顔で、接していた。

 陽子も引けを取らず、笑顔の放射を行っていた。

 招待客は、五十人ぐらいだった。

 ダイニングでは、「平安」のコックが派遣されていた。

 招待客のほとんどは、この時に備えて、メインホールでのディナーに参加しなかった。中には、両方出席のお腹が丈夫な人もいた。

 田所は、簡単な挨拶を行い、ショータイムに入る。

 最初は、マジシャンの菊池が出て来た。

「今夜はですね、こういう小さな集まりですので、それに応じたマジックをやります」

 出席者にボードとペンを渡した。

「じゃあ、皆さん魚の絵を、思い思いに描いて下さい」

 出席者は、早速色々な発想で、描き出した。

「一匹でも何匹でもかまいません。大きなクジラから、小さなメダカでも構いません。そして必ず署名して下さい。漢字でもひらかなでも、英語でもかまいません」

 描いたあと、ボードは回収され、菊池の手元に集まる。

「では、皆さんの描いた絵を見ましょう」

 と一枚ずつ見せた。

「このボードには、皆さんが描いた絵がありました。署名してますので、世界で一枚だけですね」

 菊池は、前列の客に、何枚かのボードを渡して、

「表裏しっかり見て下さい」

「はい、見ました」

「署名ありますね」

「あります」

「何の絵が描いてましたか」

「魚です」

「会場の皆さん、全員魚、描きましたか」

「はーい」

「皆さん正直ですねえ。だから騙しやすい」

 失笑が漏れる。

「たとえ私がここで、絵を何らかの方法ですり替えても、署名があるから無理ですよね」

 会場の皆がうんうんとうなづく。

「その無理な事、やるのがマジシャンです」

 会場が、しんと静まる。

「魚の絵を船の絵に変えます」

 菊池は、ボードの塊の上から、両手で何やら呪文を唱える。

「はい、入れ替わりました。皆さんに一旦お返しします」

 一枚ずつ皆に見せながら、返して行く。

「皆さん、私は魚を描いて下さいと云ったのに、全員へそ曲がりで船の絵を描いてくれました」

 返却された絵を見ながら客は、不思議がっていた。

「ところが皆さん、どこかに小さく魚の絵を描いてますねえ」

「あああ、あった」

 会場のあちこちから、驚嘆の声があがる。

 後方でスタンバイしていた桃子は、何枚かの絵を覗いたが、全てどこかに最初に描いた魚の絵が小さく、縮尺されたかのように、描かれていた。

「わからん、何故だ」

「不思議」

「署名あるのに!何で!」

 会場から次々と驚嘆の声が広がる。

「そのボードは、記念にお持ち帰り下さい。有難うございました」

 すっと菊池はステージを去る。

 まだ信じられない観客は、じっとボードを見つめたり、表裏ひっくり返したり、ボードを指で擦ったりした。

「マジシャン菊池さんに盛大な拍手を」

 司会も務める田所が云った。

 拍手の渦が覆う。





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